第37話 若干狼の日


「――ごおっ」


 怪物が再び吠え石亀が重心を低くした瞬間、「ぐわっ」「ぎゃっ」という声が響いて人の倒れる気配があった、


「コンゴ、ウルフ!」


 振り返った私は、岩場でもんどりうっている部下達の姿に心臓がぎゅっと締め付けられた。


「ぬうううう」


 石亀が両手を前につき出すと、周囲の石が浮きあがりでたらめな方向に飛び交った。だが石が怪物にダメージを与えることはなく、石亀が両手を下ろすと今度は古森が謎の力で後方に吹き飛ばされた。


「――ヒッキ!」


「や……たわ……ね」


 私は眼鏡を外しかけ力尽きた古森に駆け寄ると、「無理しないで」と言った。


「ぐううう」


 石亀の方に目を戻した私は、どうやら両者の間に目に見えない「力」が飛び交っているらしいことを察した。だが情勢は石亀が不利らしく、怪物が無傷なのに対し石亀のシャツは裂け、ボタンははじけ飛んでいた。私は歯ぎしりした。石亀の念動力はしばしば、狙った物と違う物が動くのだ。

 

 ――このままじゃ、石さんがやられちゃう!


 私の焦りが限界に達した、その時だった。『キメラ』の足元の岩に亀裂が入り、僅かではあるが浮き上がり始めているのが見えた。


 ――もう少しよ、頑張って石さん!


「ぐぬうううう」


 必死で形勢逆転を願う私の気持ちとは裏腹に、石亀の集中力は限界に達しているように見えた。やはり怪物の超能力の方が強力なのか、私が弱気に呑まれそうになった瞬間、「このお!」という声と共に怪物の首を締めあげる人影が目に飛び込んできた。


 ――コンゴ?


 何とさっきまで私の後ろでひっくり返っていた金剛が、怪物の一方の首と格闘していたのだ。


 ――『ショートリープ』か!


 金剛は長距離の瞬間移動のほかに、短距離を立て続けに跳躍するという能力を持っている。


 だが、この能力は体力を一瞬で大量に消費するらしく五、六回飛ぶと金剛は力を使い果たしてしまうのだ。


「コンゴ、無理しないで!」


 私がそう叫ぶと金剛の姿が消え、怪物が足元の岩ごと空中に浮かぶのが見えた。


「んがああああっ」


 石亀が両手を地面につけたまま叫ぶと、岩は怪物ごと空中で半回転しそのまま落下した。


「――ごふっ!」


 ひっくり返され岩の下敷きになった『キメラ』は短い脚をばたばたさせ、身体を元に戻そうともがいた。怪物は一度仰向けにさせられると自分では元に戻れないらしく、しばらくすると力尽きたように脚を伸ばしぐったりとなった。


「――やったわ石さん!」


 振り返ると仰向けで転がっている金剛の上に、念動力を使い果たした石亀がうつぶせになって倒れているのが見えた。


 ――ありがとう石さん、コンゴ。人質の救出は残ったメンバーに任せて。


 私は二人に感謝をささげると、怪物を失って表情を強張らせている姉妹を睨み付けた。


「さあ卑怯者の三姉妹さん、監督とうちの大事な職員を返してもらうわよ!」


 私が見栄を切ると、ディノーとエニュ―オーが『古代神獣の杖』と『雷獣の杖』の頭部が着いた先端をこちらに向けるのが見えた。


「杖も人質も渡すものか!」


 神獣の頭が乗っている円形の台座が光った瞬間、私はまたしても後ろに吹き飛ばされていた。


「――きゃっ!」


 岩肌を転がって制御不能に陥った私を受け止めたのは、起き上がって再び前に進み出た金剛だった。


「ごめんなさいコンゴ……大丈夫?」


「気にしないでくださいボス。あまり動けなくてたまたまここにいただけです」


 金剛はそう言うと、少し動くのが早かったというようにへたりこんだ。


「ははは、いいざまだ探偵。今度は高く放り投げて地面にたたきつけてやろう」


 ディノ―が残虐な笑みを浮かべると、再び杖の先端を私の方に向けた。


 ――だめだ、ここまでか。それにしても『神獣』はなぜ敵に力を貸すの……


 私が絶望的な思いに浸りながら、飛ばされぬよう脚を踏ん張ったその時だった。


「おおおおーん」


 突然遠吠えのような声が響いたかと思うと、金色の影が『グライアイ』の脇を矢のように掠めた。


「――何っ?」


 岩から岩へと飛びうつり、二本の杖を咥えて私の近くに降り立ったのは金色の狼――大神だった。


「ウルフ、お手柄よ!」


 私が快哉を叫ぶと、金色の狼はひと声「おーん」と哭いてゆるゆると人間に――裸の男性の姿に戻った。大神はほんの数分だけ金色の狼になることができ、その間は通常の何倍もの能力を発揮できるのだ。


「ボス……後をお願いします」


 そう言うと、裸に戻った大神はその場にぐったりと崩れた。


 ――たぶん、杖の頭についている丸い台座を真上から見て「変身」しちゃったんだわ。


 私は狼が離した二本の杖を拾い上げると「ここまでのようね、グライアイ」と言った。


「ふん、忘れてもらっては困る。「切り札」はこちらの手の中だ探偵!」


 ぺムブレード―がそう言い放つと、二人の「姉妹」がナイフのような物を人質の二人に突きつけた。


「さあ、おとなしく杖をこちらに寄越せ ……言っておくが、少しでもおかしな動きをすれば、この二人を殺す」


「人質を殺したら、手術とやらもできなくなるわよ」


「構わん。生体組織は死んだ後で採取しても一向に構わないのだ」


「――卑怯者!」


 私が悔しさに歯噛みした、その直後だった。


「……やり方が汚いねえ。そんな物騒な物をやたらにつきつけるもんじゃないよ」


 洞窟に久里子さんの声がこだましたかと思うと、小さな影がくるんと半回転して姉妹の手から凶器を次々と叩き落した。

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