第36話 災厄の湖
「えっ?お二人ともいつの間に来られたんですか?」
かなり遅れて下りてきた古森が、突然増えた身内に目を丸くした。
「たった今よ。私もびっくりしたわ」
「じゃあなにか、ボスがピンチになるようなことがあったんですね。すみません下りて来るのが遅くて…私、空は飛べても飛び降りるのは苦手なんです」
古森は申し訳なさそうに言うと、金剛と大神の方を見た。
「おい、早く着替えろよ。これから敵の真ん中に飛び込むんだぜ」
「うるせえな、お前が急に飛ぶから悪いんだろ」
金剛の陰でもぞもぞと着替えながら、大神があたり散らすように言った。大神は変身する際に(当たり前だが)一度、裸になる。ゆえに元の姿に戻った時はもう一度服を着る必要があるのだ。
「……どうやらこの扉の向こうが『古代種の聖洞』のようですな」
石亀が後ろを振り返りながら私に言った。通路の突き当りには古めかしい鉄扉があり、足を踏みいれることを躊躇する何かがあることをうかがわせた。
「……はい、あなたの「御守り」よ。ここまで案内してくれてありがとう」
私が『古代種』の首に「数珠」をかけると、『古代種』は「ぐるる」と喉を鳴らした。
『イクガヨイ、ニンゲン。ワタシハココデ敵のカセイがクルノヲソシスル』
『古代種』はそう言うと、鉄扉の脇に門番のように控えた。
「いよいよ敵とご対面ね……と言いたいとこだけど、テディがまだ来てないわ」
私が周囲を見回して(洞窟の中だからいないことはすぐわかるのだけど)言うと、石亀は「いずれ来るでしょうから、ここは先を急ぎましょう」と言った。
「ボス、さっき荻原さんから連絡がありました。上の「ほこら」に着いたそうです」
「そう、じゃあ先に行った方がいいわね。久里子さんの身が心配だわ」
「ボス、やっとワン公の着替えが終わりましたぜ」
金剛がやれやれという表情を見せると、シンプルなシャツに着替え(?)た大神が「しょうがねえだろ、パンツから履かなきゃならないんだから」と岩のような同僚を睨みつけた。
「……もう、よくこんな状況で喧嘩できるわね。ここからは一致団結しなきゃならないのよ。わかってる?」
私が檄を飛ばすと、二人は声をそろえて「はあい」と言った。
「それじゃ行くわよ。必ず久里子さんとライル監督を無事に助けだすの……いい?」
「OK,ボス!」
※
重い鉄扉の向こう側で私たちを迎えたのは、奥行数十メートルはあるのではないかと思われる巨大な地下空洞だった。
「嘘……ここって本当に地下?」
私は予想以上の巨大な空間に、言葉を失った。だがその広さ以上に異様だったのは空洞の中心にある巨大な地底湖の存在だった。
「探偵ごときがよくここまでたどり着けたねえ」
突然、空洞内にしわがれた声が響き、私は地底湖の手前に立っている人影と岩にくくりつけられている二人の「人質」に気づいた。
「久里子さん……ライル監督!」
「あたしはぺムブレード―。……おっとみだりに近づくんじゃないよ。ここからは「儀式」が終わらないと始められないからね」
「儀式?」
「そうさ。もう一体の純血種『オヤガミサマ』に二人のうちのどちらかを捧げる、そういう儀式さ」
「捧げる? ……それってつまり生贄ってこと?そんなはずないわ。『古代種』って私が知る限り頭もいいし、そんな物を求めるような生き物じゃない」
「生贄じゃないよ。『オヤガミサマ』がさらなる進化を遂げる手術に、身体を提供してもらうんだ」
「同じでしょ。そんなことしたがるのは、頭のおかしい人だけだわ」
「言ってくれるねえ。……だけどもうじきそんな悪態も付けなくなるよ。 ……みんな、でておいで」
ぺムブレード―と名乗るグレイヘアの女性が声を張り上げると、物陰から二人の女性――おそらくディノ―とエニュ―オーだろう――が、『古代神獣の杖』と『雷獣の杖』を手に現れた。
「新しき種に力を」
「新しき種に勝利を」
二人の「姉妹」が杖をかざし合うと、真ん中にあった岩がもぞもぞと動き始め。二本の首を持つ亀のような生物が私たちの前に姿を現した。
「があああっ」
「ごおおおっ」
二つの首が交互に吠えた瞬間、私は見えない力で後ろに吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。
「ああああっ」
痛みにあえぐ私を嘲笑うかのように、二人の「姉妹」はけらけらと乾いた声を上げた。
「あきらめるんだね。このキメラは初めて超能力を持たせることに成功した個体なんだ。人間がどうあがいたって勝負になるもんか」
「……ボス、ここは私に任せて下さい」
そう言って前に進み出たのは、石亀だった。
「石さん?」
「相手が念動力使いなら、私の方に一日の長があります。どちらがしぶといか見ていて下さい」
石亀はそう言うと、さあ来いと言わんばかりに腰を落とした。
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