5 月に願いを

「人、全然いないね」

 鈴乃が先導しながら、誰に聞かせるともなく呟いた。

 2人分の足跡が、地面に刻まれていく。砂自体が白く発光しているのか、辺りは不思議と明るい。お互いの顔がはっきりと見えた。

「あの『お城』に入れば、家来さんとかいたりするかな?」

「……うん」

「でも、声一つしないし。やっぱり誰もいない――?」

「…………うん」

、最初はグー!」

「………………うん。は?」

 風は目線を上げた。鈴乃がいつの間にか足を止め、振り返っている。

「ぜ~んっぜん、私の話聞いてなかったでしょ」

「……ごめん」

 風は目を伏せた。

 鈴乃はため息をつく。

「ハァ~。明元くんもなんか話してよ。面白いヤツ」

「人と話すのは――」

 苦手なんだ。

 そう言おうとして、風は言葉を止めた。

「――質問、いい?」

「私が答えられるのなら」

「病院で言ってた、『ミカヅキサマ』ってなに?」

 ほんの数秒の静寂。

 けれど確かに、鈴乃が言葉につまったのが分かった。

「…………、」

 沈黙を破ったのは、砂を踏む音だった。

「歩きながら話そっか。

 …………よくある、ただのおまじないだよ。根拠のないおまじない……だった」

 風は黙って、先をうながす。

「自分の身長より大きな鏡台に、三日月を映して願いを3回となえるっていう、いつからか広まった、いかにも小学生が考えそうなおまじない。けどね――。

 鏡の大きさに見合う、んだって」

「……大きな願い?」

「テストで満点を取りたいとか、足が速くなりたいとか、そんなちっぽけじゃだめ。

 難病を治したい、理想の人間になりたい、好きな人を自分のものにしたい。


 ――もう会えない人に、逢いたい。

 心の底の、ホンモノの声を、ミカヅキサマだけは聞きとってくれる」

 無償タダじゃなく、代償ゆうりょうで。


 シャリン シャリン

 チャリ……チャリ……。


「ねぇ、あそこ‼」

 鈴乃はに気付き、1番近い『城』を指さした。

「あそこにいるの、あれ、人じゃない⁈」

 石壁をじっと見つめると、確かに黒い人影が見える。城の周りをゆっくりと歩いているようだ。

「……ほんとだ。よく分かるね」

「マズい、曲がってっちゃう‼ 今なら追いつけるっ……」

「え、ちょっ――」

 制止の声もつかの間、風に竹刀を押し付け、鈴乃は走り出した。視界があっという間に、すすけた白い壁でいっぱいになる。

 大柄な人影は、紺色のスポーツウェアを着ていた。髪には白髪が交じっているのにも関わらず、メッシュ素材の服の袖から、太いうでがはみでている。脚も肉付きが良く、『何かスポーツをしている人だろう』と鈴乃は考えた。

「すみませ~んっ‼ そこの人、ちょっと待って――え?」

 人影が振り向く。男性のようだ。顔がはっきりと見えて、

 

「――――っ! う、あ…………」

 心臓を、縛られたような重い痛みが走る。

 鈴乃は意識できなかったが、振り返った男には決定的におかしな点があった。

 灰色に輝く、金属のようなものでできた輪。それが男の両手、足首、そして首の周りをおおっている。

 首輪には太い鎖が繋がり、空にいた。頭の上の方で色が透けていき、溶けるように見えなくなっている。

 まるで、男を世界に縛りつけているように。

「……ちょっと、勝手に、飛び出すっ、のは――?」

 風が背後から呼びかけ、鈴乃の様子に眉をひそめる。

 鈴乃は震えた声で男を指さした。

「その……人。私の、中学の剣道の先生。松吉まつよし先生。指導の厳しさで有名で――。


 ――――3年前に、亡くなったはずの」




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死神たちのカルテット 秋雨みぞれ @Akisame-mizore

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