4
――タスケテ。
誰か助けて!
唐突だった。
「あ……」
風の背筋に悪寒が走る。
突然のめまいに襲われて、風は棚にぶつかった。花瓶がはねる。
息が苦しい。
がたん、と大きな音を立てて苗葉が立ち上がり、パイプ椅子が前後に揺れた。慌てて駆け寄ろうとするのを手で制し、風はそばにあった自分の鞄を手に取る。
「ちょっとフラついただけ。飲み物買ってくる」
風は早口で言うと、ドアの取っ手をしがみつくようにつかんで、横にスライドした。一度ベッドを振り返る。
ドアを開けた時と全く同じ姿勢で、言は眠っている。
病室からすぐ近くの、階段の踊り場。
風は壁に体を預けながら、息を整えていた。
(さっきの、声は)
脇の大きな鏡に向かって倒れかけ、慌ててバランスを取る。
踊り場にかけられた鏡には、青ざめた自分の姿が映りこんでいた。
(――どこかで……聞いた、ような……)
体が熱い。胸が苦しい。
寒気がおさまらない。
思考がまとまらず、バラバラになっていく。
(それに、あの声は――)
ねえ。
(助けて、って……)
「ねえってば!」
「あ……」
気づくと、左肩を掴まれていた。そのまま体が半回転する。
「ねえ、どこか病気? 顔が真っ白になってるよ⁈」
目線を少し下げる。
そこで目をまんまるに見開いていたのは、同じくらいの年齢の少女だった。
肩の辺りで髪を切り揃え、紺色のスポーツ着に身を包み、とても大きなバックを担いでいる。細長い袋も背負っているのだが、
「すぐ病院……って病院はここか。どこか痛いのなら、1階の内科に行こう!」
袋がグラグラと揺れるのにも構わず、少女は慌てふためいた。
「……平気。大丈夫です」
「その顔で言われても! 絶対大丈夫じゃない――あっ」
ふと、少女は何かに気付いたように言葉を止める。
「もしかして、ミカヅキサマ関連なの?
だったらお医者さんに相談できないのも分かるけど……」
「――ミカヅキ、さま?」
問い返した、その時だった。
バァァン!
脇の鏡が、突然割れた。
と感じるほど、強く光り輝いた。
「ひゃっ‼」
「⁉」
白く熱く、痛みを感じるほどの光。少女が悲鳴を上げたのが聞こえる。
風の意識は、光に包まれて途切れた。
そのころ、鏡宮言の病室。
苗葉は、父と『はとこ』の帰りを待っていた。
パイプ椅子の上で、プラプラと足を動かす。空に浮かぶ雲の数は36個、一人しりとりも飽きてしまった。
誰かと話そうにも、声が出ない。
ふと、たった1人の兄を見る。言が起きていた頃――苗葉がホワイトボードを持っていなかった頃は、言が自分を引っ張ってくれていた。言は考えるより前に動く『ちょくじょう型』で、誰にでも優しかった。
苗葉の憧れだ。
病室の白いドアは、いまだに開く気配がない。
時計の『長い針』が数字を2つほど通り過ぎた時、苗葉は気付いた。花瓶のそばにスマホが置き去りになっている。その青いケースは、父が使っているものではない。
ぎっ、と小さな音を立てて、椅子から立ち上がる。
苗葉はお気に入りのナップザックから、もしものための防犯ブザーを取り出して、フックを腰のポシェットに引っ掛けた。もちろん、スマホをナップザックに入れることも忘れない。ホワイトボードは、紐を伸ばして肩にかける。
誰にも聞こえない挨拶をして、苗葉は病室を抜け出した。
『いとこ』に、届けなければ。
きっと兄ならそうするだろう。
シャリン
金属がこすれ合うような音が鳴る。
音は少しずつ、こちらに近づいてくる――。
「……?」
風は目を開けた。夢を見ていたのだろうか。
体を起こそうと、風は砂利道に手をつく。
……………………………、
砂利?
「起きたっ!」
声がした方に顔を上げる。先程の少女が駆け寄ってきた。
「よかった……。声掛けても全然起きないから、どうなることかと……」
心の底から安心したように、少女が安堵の息をもらす。
(あれ…………)
「……俺は、もう大丈夫。ありがとう」
「ううん、私は何にもしてないよ」
「ずっと見張ってくれてた?」
少女の右手には、似つかわしくないものが握られていた。
握っている白い皮の部分は黒ずんでいて、何年も使われていることが分かる。
「ああこれ? いっそのこと防具も着ちゃおうかと思ったけど、動きにくいしね」
少女はそう言って、肩をすくめて見せた。
だが風の目は見逃さない。竹刀の先が、少し震えていることを。
風は辺りを見回した。
眩いほどに真っ白な、地面に敷き詰められた砂利。それが地平線の向こうまで広がっている。近くには少女のバックが置かれていた。
白い砂利とは対照的に、空は藍色をしていて、満天の星がちりばめられている。美しい景色のはずなのに、どこか気味が悪い。
それらに影を落とす、
大きな『城』があった。
城までには距離があるが、それでも、その存在感は大きい。
しかも1つだけではなかった。2つ、3つ……もしかしたら5つは軽く超えるかもしれない。
石造りのものから木造のもの、遠くにはコンクリートでできたものまで様々だ。
「……なんだ、ここ」
「私も分かんない。鏡が光ったとこまでは覚えてるんだけど……、目が覚めたらここで倒れてた」
「なんなんだ、ここ」
風は繰り返してしまう。
少女は細長い袋――竹刀を入れるものらしい――を肩にかけて、
「とりあえず、人がいないか探そう? ここにずっといるよりはマシだと思うよ」
「…………ああ、そうだな。えっと――」
いまだ
察したらしく、少女は言葉を紡ぐ。
「
そう言って、少女――鈴乃は安心させるように微笑んだ。
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