第14話 エピローグ
わしはとうとうホルト・クロイツに探し当てられてしまった。
酒場であれほどあの街道は通るな、と忠告したのも、こういうことになりそうな予感がしたからだったのだ。
だが、それがお母さまたちの意志だったとしたら、それもまた運命。
受け入れざるをえまい。
若き日のわしそっくりのホルトに連れられて、わしは数十年ぶりに故郷の土を踏む。
第14話 エピローグ------------------------------------------------------------
ホルト・クロイツはあたりを鬱蒼とした森にかこまれた街道を歩いていた。
ミケネー村に続く街道。ミケネーに取り憑かれる、という忠告を受けて、ひとりでびくびくしながら通り抜けた街道だったが、きょうはあのときとちがった。
老魔導士のシーラン・ミケネーが一緒だった。
「シーラン。ここまできて、まだ怖じ気づいています?」
ふいに歩みをとめたシーランにむかって言った。
「いいや、とっくに腹は括ってるよ。すこしこの森の空気をすいたくてね」
「なつかしい……ですか……?」
「さあ、どうだろう?」
シーランは木々を見あげながら言った。
「もう60年ぶりくらいだからな。いくらわしが長寿の家系と言っても、さすがに60年前のことは容易に思いだせんよ」
「でも気になって、あの街まではきていたんでしょう?」
「ああ、そうだな。ミケネーの霊を目覚めさせたくなかったのでな」
ホルトはくすりと笑った。
「それで、ぼくをみて、『街道に行くな』って忠告してきたんですね」
「ああ…… けっしておまえさんの身を案じたわけではない。わしを思い起こさせる若者を近づけさせたくなかっただけなのだよ」
「ほんとうですかぁ?」
ホルトはすこし意地悪げな笑みを浮かべた。
「ぼくはまんまとあなたの作戦にはめられた、と思ってたんですけどねぇ」
「どうやって、わたしにたどり着いたのかね?」
シーランが歩きだしながら訊いてきた。
ホルトは胸に下げた蒼い宝石のペンダントを持ちあげて言った。
「この石に導かれましてね。まずは『願いが叶う』という噂のある村にむかったんです。、なんとも妖しげなゴートマンの種族の村にね。そこであなたのいる場所を知りたいって願ったんですよ」
「それで願いは叶ったのかね?」
「ええ、洞くつのなかで宣託を受けました。ただそれまでは、生きた心地はしませんでしたよ。だって敵対する種族がおなじエリア内にいるんですよ。あれじゃあ、どこで殺し合いや食い合いがあってもおかしくなかった」
「人間族もいたのだろう?」
「ええ、10人ほど。なかでもマハバーランとシュランクというヤツとは、順番待ちのあいだ、生い立ちやらなんやらを語りあったりして、すっかり仲がよくなりました」
「ほう。その後、彼らとは?」
「ぼくは彼らより先に呼ばれたから、わからないんです」
「あそこでは、ひどい目にあうこともあると聞いたが?」
「そうなんですか? ぼくはまったくそんな目にあいませんでした」
「それは運がよかった」
「そうとも言えないんですよ。だって、ぼくはそこでの教えにしたがって、マーベルグ魔法学園に行ったんですよ。あなたが学長をつとめているって聞いたものだから」
「ずいぶんふるい情報をつかまされたものだね」
「まったくです。3年も前に退職されたっていう話で……」
「3年だけ学長を押しつけられてね」
シーランが苦笑いをした。
「でも、10年ぶりに母校にもどれて懐かしかったですよ。ぼくは戦士科専攻でしたけど……」
「あの旧校舎には、いったかね?」
「いいえ。昔、とんでもない事故があったっていわく付きなんでしょう。退学になるのはごめんですからね。近づきもしませんでしたよ」
「まぁ、何年かに一度、魔力がつよいものが、あの場所に引き込まれそうになるのだが……」
「だったら大丈夫です。ぼくはあなたとちがって、魔力はそんなに強くないですから」
「だが霊力はつよいのだろう」
今度はホルトが苦笑いをする番だった。
「ええ……まぁ。だからこんなことに巻込まれてるんでしょうね。むかしアッヘンヴァル学長直々に『あなたには忌むべきものを察知する能力がある』と言われたことがありますしね」
「そなたは剣の腕も確かではないか」
ホルトは肩をすくめて首を横にふった。
「あの蟲属性の魔族やドラゴンをやっつけたことですか? あれはあなたの魔力がすごかったからですよ。ふだんのぼくは成仏できない霊を祓ったりして、食いぶちを稼いでるくらいですよ。それだって、あなたほど鮮やかにはいかない」
「ほう。わたしがなにをしたと?」
「いろいろ聞きましたよ。あなたを探している道中でね。ほら、凶悪なマンドレイクに寄生された人を助けたとか、ダンジョンに迷ったひとを惑わす悪徳令嬢の霊を祓ったとか……」
「先日はエルフ殺しの裁判で、死者の霊を呼び寄せたりしたでしょう?」
シーランが目をほそめてわらった。
「あれくらいで、すごいと言われても……」
「すごいと思いますよ」
シーランは目の前が徐々にひらけてきた街道の先を見ながら言った。
「長いあいだ、それだけの冒険や修業をされてきたんだって……」
「ぼくも修業してきたから魔法は使えますが、とてもあんな高位の魔法は……」
森のなかを抜ける。
目の前に野原がひろがっていた。
「さあ、ミケネーの村があった場所です」
「ああ、もちろん、知っているよ。わしの生まれ育った場所だからな」
「シーラン」
ホルトは蒼い宝石のペンダントを目の前にかざした。
「ぼくに魔法をかけさせてください」
「なんの魔法をかね?」
「ぼくをこの冒険にいざなってくれたことへのお礼の魔法です。たいした魔法じゃあありませんが、ぜひ受け取ってください」
「お礼? わしはなにもしておらんが?」
そのとき、街道のむこうから声が聞こえた。
『シーラン。あんたどこ言ってたんだい。お母さんが心配していたよ』
そのしゃがれ声は、小太りの女性レットルさんだった。
その上をふたり並んでホウキにまたがって飛んできたのは、ブリードさんとマリードさん。
『あら、シーラン。ずいぶんたくましくなって』
『ほんと、ホーキンズさんが驚きましてよ』
「ブリードさん、マリードさん。だって、ぼくずいぶんこの村を離れていたから」
シーランはそう答えて、おどろいたように自分の手をみた。それからホルトのほうをむいて目を輝かせた。
「ホルト……」
シーランはあの頃の、12歳の頃の姿になっていた——
「シーラン。みんなが、お母様たちが待ってるよ」
ホルトは村の奥のほうを指さした。
そこには街道に集まったミケネーのみんなが待っていた。
「シーラン。おかえり」
シーランの母親が歩みでた。
「うん、ただいま。お母さん」
シーランはちからづよくうなずくと、みんなのほうへ駆けだしていった。
「聞いて! ぼく、いっぱい、いっぱい冒険をしたんだ!」
うれしそうに笑う母親の胸に飛び込むシーランの姿を、満足そうにホルトは眺めた。
『ありがとう、ホルト。シーランを連れ帰ってきてくれて……』
ふと気づくと横におおきなシルエットがあった。魔法戦士のモリットだった。
『おまえに託して正解だったよ』
「でも、たいしたことはしてないよ」
そう答えて、ホルトは自分もいつのまにか少年の姿になっていることに気づいた。おどろいてシーランのほうに目をむけると、彼はいたずらっぽい目で、ウインクしてきた。
まったく——
おなじ顔が一緒に並んじゃあ、ややこしくなるじゃないか。
『あらららら…… まるでシーランがもうひとりいるみたいじゃないの』
空から声をふらせてきたのは、ホウキに乗って飛んでいるホーキンズさんだった。いつもシーランをきびしく躾けていたこの村の長老の女性。もうとっくに300歳を越えているはずだったが、老いを感じさせない立ち居ふるまいをする。
「ホーキンズさん。まぎらわしくてすみません」
『いいのよ、いいの。シーランに男の子のお友だちができたなんて、ステキなことなんですもの』
シーランを囲んでいるひとたちのなかから、ひとりの人影がこちらのほうへすーっと滑ってきた。
ララルンガ先生だった。
『ありがとうございます。ホルトさん』
彼女は三角型の眼鏡をすっと持ちあげて言った。
『シーランは、ずいぶん、立派になったようですね』
「ええ。そりゃ、長いあいだ、いっぱい冒険をしてきたみたいですから……」
『ああ、そのようだね』
モリットが顔をゆるませてそう言うと、ララルンガ先生は目元をうるませた。
『ええ、ええ。すっかり教えることなど、なくなってしまいましたわ……』
モリットがホルトとララルンガ先生の背中をどんと叩いて言った。
「さあ、さあ、わたしたちもシーランの話を、聞きに行こうじゃないか……」
「ミケネー族1000年ぶりの、『男の子』の冒険話を!!」
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これでこの奇譚は終わりです。
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異世界恐怖奇譚 ——異世界に伝わる13の恐怖譚—— 多比良栄一 @itsuboku
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