51話『始まりの場所』

51話『始まりの場所』


 夜、カナデ達は月呼びの森に入った。

この日は満月で、ここに来た日ほどではないが月が大きく輝いていた。

今日の目標はゴブリン集落の偵察、そして幻獣『白狼』の解放である。


現在より少し前――。

カナデは白狼が動けない原因である封印について話した。


「白狼は森の中心から外に出られないって言ってた。だから封印も恐らく中心のどこかにあると思う。ただ、どんな形でどうすれば解けるのかは……行ってみないとわからない」

「なるほどな。ちなみに、その封印はいつ頃にされたものかわかるか?」

「ううん、元々は中心にある祠に封じられてたらしいんだけど、それが最近何故か解けたらしい。もしその封印の保険として施されていたものなら……かなり昔、まだ森の近くにスタカじゃない別の村があった頃だと思う」

「……あたしがマスターから聞いた話だと、スタカができる前までは何もない荒地だったらしいから、村の痕跡すら残ってないほど……何百年も前だろうね」


カノンの言葉にカナデは頷いて話を続ける。


「伝承にそれっぽい話が残ってたくらいで、村の詳細はどこにも残ってなかったから多分そうだと思う」

「長いクラヴィーア王国の歴史にも残っていない消えた村……。ひとまず、白狼の解放は現地でやってみるしかないわね」


アリアがそう言うと、皆が頷いて同意を示した。

すると今度はカノンが口を開き、ある提案をした。


「ゴブリン集落の調査をして、白狼を解放するってことなら、出来るだけ敵に見つかるのは避けたいだろ?だったら、今夜森に入るのはどうだい?」

「夜に?なぜそう考えたんだ?」


フーガが質問すると、カノンは組んでいた足を組み直して椅子に一層深く腰掛けて答えた。


「夜の暗闇に紛れて行動すれば、ゴブリン共に見つかるリスクを下げれるだろ?それに、カナデは夜のほうがポテンシャルが高いからね。あと、明日は満月だから隠れる場所さえ気をつければ目に映るものは増えるはずだよ」


カノンがそう説明すると、フーガは少し考える素振りをみせて、ゆっくりと口を開いた。


「……確かにそうだな。よし、わかった。夜に森に入ろう。二人もいいか?」

「僕は構わないよ。夜には物理的に強いから、頼りにして」

「私もいいわよ。暗視のポーションをちょうど4本買ってきたから、いざという時には役に立つと思う」

「助かる。それじゃあ、今からは休んで夜行動開始といこう!みんな頼んだぞ!」

「えぇ!」

「あぁ」

「うん!」


 ――現在。


「……あっ、みんな!ちょっと待って!」


順調に歩みを進めていた全員を、カナデは突然止めさせた。


「どうしたの?」

「……ここ、この木、知ってる」

「えっ?」


皆はもちろん、カナデ自身も驚いた。

カナデがこの世界に『落ちた』場所。

初めて目覚めた時に見たその景色が、目の前に広がっていたのだ。


「ここから全部が始まったんだ……」


そう、この場所から全てが始まったのだ。

向こうの世界で殺され、この世界にやってきて約半年ほど。

ゴブリンに殺されかけて白狼に出会い、仲間に出会い、……悪い人にも恐ろしい敵とも遭遇したが、白狼の加護や武神の加護、努力で培った肉体、魔法やスキル、何よりも仲間達のおかげで乗り越えられた。

いくつもの奇跡の上で生きているカナデは、自分を生かしてくれている全ての人に、心から感謝した。


「……ここで力尽きてしまった知らない人。僕を救ってくれてありがとう」

「何か言った?」

「……ううん!何も!ごめんね、お待たせ――ん?」


その時、ここに来た時にもたれていた木の根元に、キラキラと光る金属を見つけた。

どうやら、土に埋まっているようだが、細いチェーンが見える。


「……なんだろう」


カナデはそっと飛び出すチェーンを引っ張って、ゆっくり土からそれを引っこ抜いた。

先には水色の雫の形をした石がついている。


「綺麗な石ね……誰かの落とし物かしら?」


いつの間にか近くに来ていたアリアが声をかけた。

カナデはしばらく宝石を見つめて「うん……」と呟くように答えた。


「カナデ、それ多分瑠璃だよ」

「瑠璃ってことはラピスラズリか。カノン、詳しいの?」

「いや?でも瑠璃は冒険者の恋人に成功と幸運を祈って送られる定番のプレゼントなんだ」

「へぇー……そっか」


カナデはカノンの言葉でなんとなく理解してしまった。

カナデの身体となった人には、大切な人がいたのだろう。

この瑠璃はその人の無事を祈って送られて……最後までこの身体を護り続けていたのだ。


カナデは瑠璃がついたペンダントをギュッと握ると、そのままズボンのポケットに仕舞った。


「いつになるかわからないけど、これは返してあげないとね」

「そうね」

「……そろそろ進もう。日が登る前にゴブリン集落まで回らないといけないからな」


フーガの呼びかけに全員が頷く。

そして再び慎重に前へ進み出したのだった――。


 ――森に入って約三時間が経過した。

道中に夜行性の魔物数体と戦闘になったが、今のところ順調に進めていた。


 そしてある時を境に白狼との繋がりを感じるような気がしていたが、今はそれが確信を持てるほどに強くなっていた。

そう、どっちに行けば白狼に会えるかわかるほどに。


「……たぶんもう少しだね」

「あぁ、もうここは中心部と呼ばれる範囲には入っている。強い魔物がいつ出てもおかしくない。集中しろ」

「うん、わかった」


カナデは強く頷いて先を見つめた。

その時――


『ガサッ!ガサン!ギャオォォォ……』


何かと木々の葉が擦れる音がしたかと思うと、野獣のような鳴き声がこだました。

咄嗟に武器を構える四人。


「……今のは、ベアー種かい?」

「いや、そんな緩い種じゃない。昔一度だけこの森で見たことがある。おそらく……地竜だ」

「龍種?!」


驚くカノンだが、フーガは首を横に振った。


「いや、地竜種と龍種は別で龍種ほどの脅威ではないが……強いのは確かだ。二足で走るトカゲのようなやつだ」


(肉食恐竜みたいなやつか……)

カナデはティラノサウルスを想像して納得した。

だが、もし本当に恐竜がいるのであれば、苦戦は必至だ。

誰もが強襲を恐れて敏感に周囲を見張る中、アリアがそっと口を開いた。


「……地竜がいるにしては静かじゃない?」


確かに……あの鳴き声以降物音一つしない。

立ち去った?

いや、それなら尚のこと足音が聞こえるはずだ。

何かがおかしかった。


「…………あっ」


突如、カナデはそう声を漏らすと、構えていた武器をスッと下ろした。


「!?カナデ!なにしてるの?!気を抜かないで!」


小さな声で注意するアリアだが、カナデは言うことを聞かず武器を鞘に収めて振り返った。


「大丈夫だよ。彼女が終わらせたみたい」

「えっ?」


カナデはそういうと、音と鳴き声が聞こえた方向に進んだ。


『……来てくれると思ってました、カナデ』


目線の先に見える白く淡く光るシルエット、透き通ったような声。

近づくにつれて鮮明になっていくその姿に、アリア、カノン、フーガは見惚れてしまった。


「……お待たせ――白狼(フェンリル)」


次話『』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻獣に選ばれた落としモノ 美留町 一荘 @isso_birumachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ