50話『新たな危険』

50話『新たな危険』


「――インフェルノバインド!!」


アリアが魔法を唱えたその瞬間、杖から太く真っ赤な鎖が飛び出し、ステュムパリデスの首を捕まえた。

そして、通り過ぎるその瞬間、アリアは「はぁぁぁあ!」と気合の入った声をあげる。


『ドーン!!』


声の勢いに任せて鎖を引っ張られバランスを崩した巨鳥は、見事な一本背負のような形で背中から着地した。


「……わぉ」

「カナデ!カノン!今よ!」

「!!うおぉぉぉ!」

「おっりゃあぁぁぁ!」


『スパン!ザシュッ!』

『ピキュアァァァァァ!!!』


両翼に斬撃を喰らったステュムパリデスは痛みからか再び甲高い鳴き声をあげた。

しかしすぐに身体を持ち上げると、アリアの拘束を振り解き、血の出る翼を大きく羽ばたかせて空へ飛び上がった。


「きゃあっ!!」

「アリア!大丈夫?!」

「あのやろう、まだ飛べるのか?!」

「いや、うまくは飛べないみたいだね」


カノンが言う通りうまく翼を動かせないのか、フラフラと揺れながら飛んでいる。


『ピキャアァァァァァ!!』


三度の鳴き声で威嚇した巨鳥は、しばらく空からこちらを眺めたかと思うと身体を反転させ、おぼつかない羽ばたきで飛び去り始めた。


「……追うかい?」

「いや、やめておこう。じきに暗くなる。それに御者を一人残していくわけにはいかない」

「……はぁ、よかったぁ。なんとかなった」

「アリア、おつかれ。魔導士の初陣としてはヘビーだったね。大丈夫?」

「なんとかね。カナデこそ……ヒヤヒヤしたわ」


アリアはそう言って苦笑いした。

そんなアリアにカナデは満面の笑みを返した。


「しかし、なんでこんなところにステュムパリデスが……」

「詳しい話はスタカについてからにしないかい?もうしばらく歩けば着くはずだよ」


カノンの提案に皆が頷く。

そして、御者に安全を伝え合流すると、五人でスタカまで歩き、無事に到着したのだった。


 ――オペラニア王国 王都ソロア 王城 玉座の間

設置された転移装置から男女が一人ずつ姿を現した。


「バアル様、ベリアル様、お待ちしておりました」

「ったくさぁぁあ!なんでお嬢様の仕事にこの俺様が同行しないといけないんだよ!!」

「間違えるなベリアル。今回の『やつ』の回収は二人で遂行を言い渡された役目だ」

「はいはぁい、わかったよおーじょーおーさーまぁ!」

「さっきから……そのお嬢様と呼ぶのをやめろ!」

「事実だろぉ?魔王様の娘なんだからよぉ?」

「……早くいくぞ」


苛立つ気持ちを抑えてバアルは歩き始めた。


そう、確かにバアルは魔王の娘だ。

だが、娘としての愛を注がれたことは一度もなく、コネなどではなく実力で幹部へと昇りつめた。

対してベリアルは魔王のお気に入りであり、実力もバアルに引けをとらない。

さらに先日、カナデ達に負けて逃げ帰ったバアルの立場は危うい状態で、焦りすら感じていた。


「陛下の寵愛をいただく為、お側にいる為にも挽回しなくては……」


そう呟いたバアルは少し歩調を速めた。


「それにしてもよぉ、捕らえてるあのデカブツを今更回収して、パイモンも魔王様もどういうつもりだぁ?」

「さぁ、私も詳しくは知らされていない。だが、ヤツを使う事態が起こる……もしくはヤツを使ってどこかを攻め落とすのは確かだろう」


その答えに舌打ちしたベリアルは、続けて返した。


「んなことは言われなくてもわーってるつーの。どこと戦うつもりなんだって聞いたんだろうが馬鹿が!」

「馬鹿に馬鹿と言われるとはな。さっき言っただろう。詳しくは知らされていない」

「あぁ?んだとてめぇ!!魔王様の娘だからって調子乗ってんじゃねーぞ!!……あ、もーしかーしてー?お前の尻拭いにー?クラヴィーアに突っ込ませるんじゃねーのー?ハッハッハッ!お前娘なのに期待されてねーじゃん!笑えるなぁ!」


いつのまにか追い越していたベリアルが目の前で爆笑している。

思わず立ち止まり拳を強く握ったバアル。

しかし、仮にそれが真実だとすると、もう自分はこの作戦には必要ないと判断されたも同然。

そう思うと、自身の非力さに尚憤りを感じ、ベリアルへ言い返すことはできなかった。


「……いくぞ」


小さなそうとだけ返したバアルは、翼を広げて城から飛び立った。


「……へっ、バアルはもう終わりだなぁ。せめて最後に……俺様の役に立ってもらいますか」


独り言を呟いたベリアルも、翼を広げてバアルの後を追った。

ほくそ笑むベリアルと不安な眼差しのバアル。

今、魔王国の中でも一つの不和が生まれ始めていた。


 ――翌日 クラヴィーア王国 ドルフラット領 スタカ村

朝からカナデ達四人はカノンの家で話をしていた。


「それで、結局ステュムパリデスが現れた理由は不明か」

「えぇ、今朝ギルドで話を聞いてきたけど、目撃情報すら上がってなくて。私たちが戦ったのが初めてだったみたい」

「そうか……。あいつがここらに住み着いたとなると、今回の白狼解放、ゴブリン集落戦で出会(でくわ)す可能性が出てきたな」

「どうしてだい?」


カノンが問うと、フーガは顔の前で指を交差させて肘をついて目を瞑った。


「ステュムパリデスは湖の付近を棲家とする魔物なんだ。この辺にやつが住めるほど大きく、これまで目撃されないような場所は一箇所しかない」

「まさか……月呼びの森?」


そう聞いたカナデに、フーガは無言で頷いた。


「……レッドキャップだけでも頭が痛いのに、厄介ね」

「うん。あの鳥の羽、ニーズヘッグの皮でできたこの服を切り裂けるくらい鋭かった……鱗の部分ほどじゃないけど、皮もかなり頑丈なはずなのに」

「あいつが出てきたらゴブリンどころじゃないね……。そういえばカナデ、服ごと切り裂かれたって聞こえたけど、やられたのはどこだい?」


カノンの疑問はもっともだった。

なぜならば、切られたはずの脇腹、足の蛇皮は繋がっていたからだ。


「それが僕もよくわからないんだけど、傷と一緒に直ってたんだ。白狼の加護についてはわからないこともまだあるけど、こんなことは初めてで」

「へぇー。じゃあ手入れ要らずか。便利だなぁ」

「そう何回も切られるのはごめんだよ」


苦笑いを浮かべてカナデがそう返すと、フーガは「違いない」と一言で応えた。


「話を戻しましょう。それでどうするの?先に棲家を確認しておく?」

「いや、いると仮定して行動するのがいいだろう。俺たちには荷が重い敵だ。ギルドには伝えたし、そのうち調査と討伐が行われるはずだ。今の俺たちはできることをやるんだ」


その言葉にアリアは強く頷いた。

見届けたフーガはそこからカナデに視線を向けて話始めた。


「そこでカナデ、調子がいいことはわかってるんだが……お願いがあるんだ」

「え?何?」

「ゴブリン集落戦で……白狼の力を借りたい」


次話『』

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