最終話 旅路

 大陸を席巻した大戦終結から数日間、ナムリアにとって、あわただしく時間が過ぎていった。

 戦後処理は執政官の仕事の領域であったが、助言を求められることは度々あった。


 前祭司長を初めとする、巫女関係の葬儀の準備もナムリアには不慣れなだけに大変な仕事であった。その時、ナムリアは思い出した。


「祭司長なんてお飾りで良いのよ。回りにみんなやってもらえばいいの。」

 と、言う前祭司長の言葉を。


「あなたは何でもよくできるけれど、その分何でも自分で背負い込みすぎるの。もっと楽をしなさい。」

 という言葉も思い出した。


 そこでナムリアは、葬儀委員長をソルフィアに押しつけ少しだけ楽をすることにした。


 ソルフィアは若い巫女達に職務を分担させ、てきぱきと職務をこなしていた。


 それを見たナムリアは、やっぱりソルフィアが祭司長になった方がよかったのではないかと思ったが、切り替えの早い彼女は、実務に関してはソルフィアの弟子に徹することにした。


 少なくとも、この度の戦いを通じてナムリアが果たした役割は、本人が自覚するよりもずっと、周囲が認めるところであった。


一月二十六日 アルテニア行政府


 終戦後の混乱の中、行政府の建物を訪れた男が一人あった。


「捕虜達の中に農業に詳しいものがいたら会わせて欲しい・・・サマルド・ルグレンという。」

 男は受付で用件を言い、名乗った。


 しばらくして、執政官ドミニスが現れ、ルグレンに話しかけた。


「これはルグレン殿、よくおいでくださった。早速ご用件をうかがおう。」

 ルグレンは、用件を説明した。


「ご要望は承ったが、引き渡す相手には、適任者を見つけるまで二、三日かかると思う。見つかったら、こちらから連絡するから、数日お待ちいただきたい。」


「わかった。」

 そう答えてルグレンは去った。


一月二十七日 アルテニア行政府


 その日、ザクトが行政府を訪れた。


「執政官に会いたい。」


 そう言ったザクトの希望は意外なほど早く満たされた。


「ザクト殿、よくお越しくださった。ささ、奥へどうぞ。」

 ザクトは執務室に通された。


「『暁の星』の皆さんにはお気の毒なことをしました。二百名以上も戦死者が出たそうで。」


「よく、二百人ちょっとで済んだとアルテナ巫女の治癒術には感心しているよ。そこでものは相談だが。」

「報酬を上乗せしてもらいたいとか?」


 ザクトは持ってきた鞄を机の上にどすんと置いた。

「逆だ。報酬のうち白金貨六百枚返すぞ。」


「それは、しかし・・・」

 執政官が言いかけたが、ザクトはそれを制して言った。


「五百人が二百人減ったから、白金貨六百枚は要らなくなった。気にするな。これが俺達のやり方だ。お宅らも金はいくらでも必要だろう。」

 そう言ってザクトは去った。


 その直後、行政府に再び訪問者があった。魔導師ナルーシャである。

「ねえねえ、ドミニスに会わせてよぉ。」

 ナルーシャは受付係に言った。


「失礼ですがどちら様でしょう?」

「あたしのカオを知らないのぉ?魔導師総代の大魔導師ナルーシャよ!」


「失礼しました、直ちに取り次ぎます。」

 受付嬢も名前は知っていた。


「ナルーシャ殿、よくいらした。で、何の御用でしょう?」

「報酬よ、報酬。あたしの報酬、まだもらってないわよー!」


「報酬と言いますと、あなたの報酬はラステニア王からもらったのではありませんか?」

「それはナムリアの治療代と宝杖の制作費。あたしが要求しているのは『白い霧』を解呪した代金よ!朝メシから次の朝メシまでかかったんだからぁ。」


「ああ、その節は大変ご活躍くださったそうで、話はナムリア様から詳しく聞いております。もちろん相応の報酬を差し上げます。」

「で、いくら出すぅ?」


「白金貨五百枚でいかがでしょうか?」

 そう言うと執政官はザクトの置いていった鞄をナルーシャに押しやった。ナルーシャは、鞄を開けて目を丸くしてから顔を上げて言った。


「ま、まあ、ちょっと少ないけど我慢してやるよ。」

そう言ってナルーシャは鞄を抱え、行政府を出ていった。


「欲のない人だ。あるいはあの人が最大の功労者だったのかもしれんのにな。」

 ドミニスは呟き、先に鞄から抜き取っておいた白金貨百枚を数え直した。


一月三十日 アルテニア行政府


 ルグレンが行政府を再び訪れたのは四日後のことだった。


 ルグレンは応接室に通された。一人の男が椅子に座っており、正面には執政官が立っていた。


「ルグレン殿、この男ではどうだろう?」

 執政官は言った。


「おい、あんたの元の身分は?」

 ルグレンは男に尋ねた。


「ヒュペルボレアス農業研究所研究員、アレセフ・ニノク。」

 男はしわがれた声で答えた。


 ルグレンは抱えてきた穀物袋を机の上にどさりと降ろした。袋の口を解き、ひとつかみ種を取りだした。それを、男の手のひらに移す。


「この小麦は・・・?」


「俺の知り合い、あんたと同じような立場の男が命がけで守ろうとした小麦の種だ。『春に播く小麦』と言っていた。」


「は、春に播く小麦がここに!?」


「俺の知り合いは、この小麦を増やせば、冬の寒さでの不作も防げると言っていた。俺には詳しいことがわからなかったが、あんたならわかるだろう?」


「あ、ああ、わかるつもりです、これを私に?」

「一袋全部くれてやる。本国に持って帰れ、間違っても食うんじゃないぞ。」


「あ、ありがとうございます。これでヒュペルボレアスも飢饉から救われるかも知れない・・・」


「ルグレン殿、これがヒュペルボレアスとの友好の架け橋となれば何よりですな。」

「別に俺の手柄じゃない。それより老技師ファルマの遺体はどうなっただろう?穀物倉庫の前に倒れていたはずだが、回収されただろうか?」


「調べてみましょう。両国友好の功労者となる方かも知れませんから。」

 執政官が言った。


「よろしく頼む。」

 ルグレンは執政官に頭を下げた。


「じゃあな、大事に使ってくれ、あばよ。」

 ルグレンは研究員ニノクに言うと歩き去った。


「義理堅い男ですな・・・」

 執政官は感心して言った。


「は、はい・・・」

 ニノクは頷いた。


 実を言うと、ルグレンは小麦の種をすべて手放したわけではなかった。


 三分の一ほどは自分の鞄の中に残してあった。マラトかアーゴンにでも高額で売りつけるつもりだったのだ。


 ナムリアとの旅の報酬を金貨百枚しか受け取らず、周囲に無欲な男との印象を残していた彼はやはり商売人だった。


一月三十一日 アルテノワ市内


 その日、母国に帰る準備を進めている各国軍が出立する前に、戦勝祝賀会が開かれた。


 祭司長となったナムリア、未だに怪しげな商売をしているルグレン、ルテニアに帰れば結婚する予定のシグノーとクレイア、ラステニアに帰る予定の魔導師ナルーシャと、「暁の星」のザクト達は全員出席していた。


 アルテノワに共に着いた「旅の仲間」のうちテミストだけがいない。


 その他には、マラト王、ラステニア王を始め同盟国の王達はほとんど出席している。


 ナムリアは、自分は飲まない(飲めない)が、参列したお歴々に自らお酌をして回った。


「執政官様。」


「これは、ナムリア、いや祭司長様。」


「お疲れさまです。、ところで、先日来、執政官様は私からお酌を受けるのがご所望だったそうで。」


「いやぁ、これはかたじけない。」

 執政官は照れ隠しに頭を掻いた。


「こんなことでしたら、いつでもして差し上げますよ。」


 そう言ってナムリアは朗らかに笑った。


(この人達ともう、一堂に会することはないだろう。二度と会えない人もいるかも知れない・・・)

 ナムリアはふと思った。


(私はもう、旅に出ることはないかも知れない。けれど、人生は長い旅路なのだわ。私はまだあの旅から帰っていない・・・これからも旅は続く・・・命尽きるまで。)


 祝賀会は深更まで続いた。


 ナムリアは露台に出て夜空を仰いだ。空には春の星座が煌めいていた。

 

                       巫女戦士ナムリア完

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巫女戦士ナムリア(ふじょせんしナムリア) @philomorph

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