それでも中央線は人を運ぶ
白川津 中々
◾️
電車に乗って「あーあ」と呟いたのは人犇く通勤ラッシュだったわけでも吐瀉物があったからでもなく、ロングシートを三席占領して眠りこけている無法者がいたからである。
周囲には酒気。しこたま鯨飲して不覚となっている様子。半開きの口元がだらしなく、さながらベイビーの面持ち。さぞ好い夢を見ているのだろう。ぼっくんおねんねきもちいいでちゅね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
他に席が空いてないのでぼっくんの隣に腰をかける。すぅすぅと立つ寝息が実に不快。駅を通過する度にビクリと小さく痙攣する様も気色悪かった。せめて静かにしていてほしいと願うも叶わず。ベイビーは理不尽につき、やりたい放題。また、駅に着けば当然人の流入があり、乗車する老若男女はぼっくんを見て顔を顰めるのだった。「てめー朝の混雑時におねんねキメてんじゃねーよ殺すぞ」の声が心に響き渡る。生まれは違えど想いは一つ。異体同心のシンクロナイズが中央線上り各駅停の車両内に起こり負の一体感が車両を包んだ。人が更に増えると、「殺すぞ」から「殺す」にステップアップ。誰が殺すかクックロビン。マザーグースはぼっくんのマザーではないのである。
場はまさに一触即発。いつ誰がぼっくんに致命を負わすのかというまさにその時。風が吹いた。
「ずる過ぎる!」
響く幼い声。子供が、キッズが指を差しぼっくんに野次を飛ばしたのた。
殺伐が一転、車両は和み一様に頬が緩んだ。吹き出す者や「そうだよなずる過ぎるよな」と野次にのっかる者が現れ賑やかとなる。その騒ぎに気づいたのか、ぼっくんが身を起こして座り直し、ロングシートが健全となる。空いた席にはここぞとばかりに疾風迅雷の如く人が座り満席御礼。不満の種は潰え、平和が訪れた。野次を飛ばした子供は立ったままだった。
それでも中央線は人を運ぶ 白川津 中々 @taka1212384
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