第5話

「で、昨日はどうだったの?」


兎渡は昨日の惨状を話題に上げようとする。

あの後、会話も続かず地獄みたいな空気だった。元はと言えばこいつが変な事しなけりゃ平和な1日だったはずだ。


「何も無かったよ。」


兎渡の弁当から唐揚げを奪い取った。兎渡はあたしの口に放り込まれる唐揚げを見ながら悲しそうな声を出していた。


「そもそもお前何したかったんだよ。」

「昨日電話で言ったじゃん。推しの笑顔の為だよ。」


白鳥もよく分からないし兎渡もよく分からない奴だ。あたしの周りにはこんな奴ばっか集まる気がする。

兎渡が話す気が無いならあたしも話を広げない。昨日のアレは黒歴史だ。


「...廊下騒がしいね。」


兎渡が呟く。確かに廊下側から声がする。どんどん近づいてくる。もう嫌な予感がする。


「依那ちゃんはいるかな?」


白鳥だ。しかも、あたしを探してるらしい。


「白鳥さ〜ん。こっちこっち!」


名前を呼ばれた白鳥は兎渡とあたしの方に寄ってくる。


「兎渡、あたしが白鳥が苦手って知ってるよな?」

「へぇ〜、初めて知ったよ。」

「白々しい事言いやがって...」


兎渡を睨みつける。まぁコイツがその視線を気にするとは思えないが。


「何だよ、白鳥。」


出来るだけ昨日の事を思い出さないように、白鳥に要件を聞く。多分、いつものあたしはこんなに不機嫌じゃない。

そんなあたしの機嫌も我関せずといった感じで手に持った弁当を見せてくる。


「一緒にお昼ご飯でもどうかなって思ってね。」

「いやなんであたしと...」

「いいねぇ、一緒に食べよ!」


兎渡があたしの言葉を遮る。本当に自分勝手な奴だ。


「お前、よく昨日の今日で普通に話せるな。」

「口調に関しては勘弁してくれよ。周りの期待にも応えないといけないからね。」

「いやそういう事じゃなくて...」


あたしが言いたいのは昨日の告白紛いの事だ。まぁ兎渡の前で言いたくはないか...


「そういえば白鳥さん、昨日どうだった?」

「あぁ、失敗してしまったよ。」

「そっかぁ...でも大丈夫!まだチャンスあるよ!」


あたしの杞憂なんか気にせず世間話みたいなノリで2人は話し始めた。おかしいのはあたしの方か?いや、そんな事無いはず...


「狛木は案外ピュアだからね、あんまり急ぎすぎない方が良いよ。」

「確かに、まずは友達から始めるべきだったね。」

「...お前ら、本人の前で何話してんだよ。」


本人の前で黒歴史を掘り起こしていく。あたしはコイツらが悪魔に見えた。


「何って、風香ちゃんは私の恋のキューピッドだからね。」

「そうそう、白鳥さんの笑顔を見るために奮闘してるんだ。」


あたしを巻き込むなよ...そう言い返す気力も湧かなかった。ずっと兎渡の手のひらの上だったわけだ。昨日の事を思い出してしまって腹が立つ。

あたしの気持ちを考えない兎渡とか、じろじろと不躾に見てきた白鳥のファンとか、真剣そうに口説いてくる白鳥にも...


「カッコよかったでしょ、白鳥くん。」


掴まれた腕の熱さが、近づく白鳥の表情までもが兎渡の言葉をきっかけに鮮明に思い出される。


「うるせぇよ...」


顔が熱い。本当に最悪だ。

白鳥と兎渡は楽しげに笑っている。あたしの気持ちも知らないで...いや、知ってるのか...勘弁してくれ。


「改めて、友達から始めようか、依那ちゃん。」


白鳥が手を差し出す。握手でもしようというのか。生憎だけどそんな気分じゃない。


「友達止まりだよ...よろしくな。」


白鳥の手を軽く叩いた。

あたしは絶対に絆されない。あたしと白鳥はただの友達だ。

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絶対に絆されない。 ユア @Im_Yua

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