【二号魔動制御器】外観観察 - 9.12.840 - レイ
子細に刻まれた刻印に、思わず舌を巻いてしまう。
先日【錬金工房】から納められた部品【二号魔動制御器】(『EI〇〇二七三:〇〇一』と先方では識別しているらしい)占めて二十点、受入検査にて正常動作することが確認できた後――製造室へと回されるうちのいくつかを、開発室に一時回してもらったのだ。開発室室長の
手のひら大の筐体表面を【拡大鏡】を使って観察したところ、驚くほど精緻に刻まれた刻印が見られ、後輩のカナメと感嘆の呻きが被る。
「知っている言葉が一つもないですね。文字は魔術言語ですから、暗号化ですかね? やり方は
「わからんね。暗号化ではあるっぽいけど……」
「ハッタリかもしれないですよ。魔術言語は単語に意味が紐づくので暗号化してそのまま導通できるとは考えづらいです。多層構造っぽいので、表層を剥がせば解りやすいのが出てくるかも」
「うーん……」
分解や解析は不可の契約である。それに、レクチャーでは『タンパ検知機能が実装されている』と話があった旨、麻火室長からも聞いていた。要するに分解したらすぐさまわかるということだ。我々【七番工廠】と【錬金工房】との関係性を維持するのであれば――現実的な所としては、コソコソとサイドチャネルから地道に解析する以外ないだろう。【錬金工房】側の設計担当者
「分解したいっすね。できないのがつらい」 【拡大鏡】から目を離し、カナメはグッと背伸びしながら続ける。「【錬金工房】に移籍したくなっちゃうな……」
「うん、わかるよ。でも勘弁してね」
冗談めかして告げるが、実際は冗談ではなく、彼――カナメが開発室から抜けてしまうと大きな痛手である。頭数的にも、技術的にも、【七番工廠】開発室はここ一年、巷で魔術言語の解析が進んだことに反して、高度化するそれを理解できる人材の不足により――現状、人手がまるで足りていない。
開発室で占有しているセキュリティルームに残った男二人、ウンウン唸りながら部品を眺めるものの、ここ半日目ぼしい成果もないまま――時刻は二十時を回っている。
「メシ行きますか?」
しばらく沈黙の後、カナメが声を上げる。
辛抱堪らんという声音での提案に、僕としても甘えることにし、僕らは王都城下市街へ繰り出すことにした。
*
【七番工廠】初の大規模変形機構を組み込んだギミック武器である。同概念実証でランクが【
「コレ美味いっすよ」
カナメが差し出す焼き鳥串を受け取り、二つほど一気に串から嚙みぬいて頬張ってみる。鋭く塩味が舌を刺激し、甘い肉汁が口内に溢れた。辺りには、僕らと同じく夜食を買い求めに出店を巡るプレイヤーも幾らか見られ、立ち込める焼き物の煙と、ランタンの明かりが夜空をぼんやりと滲ませている。
「センパイは帰りたいっすか?」
ふと、カナメがそう零した。食べ終えた串と紙を纏め、指についた脂を紙で拭いながら、カナメの表情はどこか遠いところを見ているようである。
「うーん」
僕は、少し逡巡してしまう。
この世界で、『帰りたいか』という言葉が使われるのは、しばしば、このゲーム『レグルス・フラグメンツ』の世界から、現実の世界に帰りたいか? という文脈においてである。そして、正直に言ってしまえば、こちらの生活も悪いものでは無い。
悪いものでは無くなった、という方が正しいかもしれない。
最初はひどいものだった。サービス開始と同時にログインした四万のプレイヤーが、ログアウトや戦闘不能により次々世界から消えていき――僕らを含めて、残った二万名弱のプレイヤー達の多くは、こちらの世界で生活を立てるのにひどく困窮したものだ。
冒険者ギルドに登録して、日銭を稼げるプレイヤーはまだマシである。
到底ポリゴンと思えないエネミー、傷つけば生身同様に痛みもある
「帰りたいといえば、帰りたいよね……」
出店の寄り集まる辺りから少し離れ、見晴らしの良い城壁上まで歩いていく。時折通りを吹き抜ける夜風が心地良い。日本と違って排ガスの匂いはしない、乾いた砂交じりの夜気。
しかしながら、色々と思うところはあるが、楽しい事がないわけでもない。
エマで細々と、生産技能【細工】の練度を上げながら日々生計を立てていた折に、生産技能持ち仲間から誘われて、生産系クラン【七番工廠】に加入したのが一年前。そこで、少なくないプレイヤーたちが、このゲームからの帰還を『本気で』目指していることを知ったのだった。彼らに触発されて、
帰りたいには帰りたい。しかし、それはそれとして。
「それはそれとして……。とりあえず、もうちょっとやってみたいとは思ってるかな」
「ハハ! 自分もっす!」
開発部での新技術の研究開発も、【七番工廠】
欲を言えば、【錬金工房】の
一つだけ残した焼き鳥串を、親指と人差し指で串を軸にクルクルと回転させてみる。周囲のランタン明かりをチラチラと反射するのを黙って眺め、通りを往来する人々の賑やかなざわめきが遠くに聞こえている。
どうしてか、もう少し、この夕闇に浸っていたいと思った。
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