【遺剣窟】二次調査#1 - 4.7.841 - エニシダ

『ダンジョン』という言葉から、普通、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。


 洞窟や、遺跡。

 グレーや茶色の石造りの迷宮、罠やモンスター。

 そんなところだろう。


 この未踏ダンジョン【遺剣窟】も例に漏れていない。

 内部の様相は、まさにそういったステレオタイプなイメージの通りである。

 今のところ異質なのは、エネミーの強さだけだ。異様に強く、高度な知能も備えているとみられる。しかし、それとて想定の範囲から外れるものではなく、事前に検討した作戦や編成を崩すことなく十分に対応できている。


 取り立てて大きな異変はない。今のところ。


 隊長が告げた休憩の指示に、僕たちはしばし緊張を解く。通路の前後に警戒担当が立ち、銘々、その場に腰を下ろしたり、壁に凭れて水筒に口を付ける。


 先に送られた一次調査隊は帰ってこなかった。十日前のことだった。


 我らがクラン【世界樹ユグド】の戦闘団の団長及び副団長が率いた、高レベルの冒険者プレイヤー十二名からなる調査隊だ。彼らは終ぞ帰還しなかった。エマ近傍で頻発している失踪事件を念頭に、『少しでも異変があれば即帰還』の方針を採っていた調査隊であるにもかかわらず、である。ちなみに、この事実を重く捉え、第二次の調査隊である我々も、同様の方針を採用し、加えて若干のを施していた。具体的には、欠員発生の可能性を織り込んでいるのだ。


 アイテムストレージから水筒を取り出し、唇を湿らせる。


 メンバーのうち幾人かは、落とした声音で談笑している。

 主立おもだっているのは、冒険者ギルド経由で依頼を受注し参加している者たちだ。


 今回の調査隊の参加者、占めて十二名の内、僕を含めて【世界樹ユグド】戦闘団からの参加は六名であり、残りの六名が外部の冒険者プレイヤーで埋める形となっている。参加に先立っては、副クランマスター直々の面接も噛ませたという話である。欠員発生の可能性についても説明済みと聞いているが、それによるものか、あるいは数倍増しとなった報酬に釣られてか、過去の未踏ダンジョン調査に比べても、今回の外部参加者はけっこう独特な雰囲気がある。


 どこか、『ギラついている』というのだろうか。

 それはきっと、現行の攻略トップ集団――いわゆる第二世代フォロワーズ――に追いつくぞ、という気迫かもしれない。


「あの、エニシダさん、少しいいですか……」

「はい」


 自分を呼ぶ声に、反射的に返事をして顔を上げると、一人のメンバーが肩身狭そうにこちらを伺っていた。なぜか一メートルほど距離をあけてモジモジしている。声からも察しがついていたが、僕が副リーダーを務める第二パーティー、その【索敵】技能担当メンバーであるジーナだった(加えて唯一、女性アバターのメンバーでもある)。


 黒髪ショートの髪型に、伏し目がちだが整った顔、小柄な背丈。

 黒いレザーメイル基調に、ブルー掛かった鎧をポイント的に纏う、近接系の装備。いでたちからもわかる通り、スタイルも【剣士ソードマン】という近接系のハズだが、彼女だけは、今回の参加者の例に倣わずオドオドとしている。

 ブリーフィングでは、確か『普段は単独ソロで活動している』といっていたように記憶している。


 ジーナは、続ける言葉に迷うように、視線を泳がせながらまごついていた。少し待ってみても続きが出てこないので、声を掛けてみることにする。


「どうしました?」

「え、ええとですね……」彼女は意を決したように視線を上げる。「ちょっと、ヤな予感がするんです……」

「ヤな予感?」

「はい……」


 僕は、視界端の時計をチラリと伺う。まだ休憩終わりまで五分ほどある。

 彼女の話を聞くに十分な時間は残っていると判断し、僕たちは休憩中の一団から少し離れたスペースに場所を移した。「コレ、見て頂けますか?」彼女は滑らかに手元を操作し、一枚の画面を可視化してこちらに寄越した。パーティー・リソースとして共有しマッピング中の、【遺剣窟】ダンジョンマップである。


「動いてないんです。コレが二回目の【索敵】時の履歴です。こっちが三回目。この四点のエネミーが全部重なってて……、たぶん過去三回の【索敵】にわたって動いてないみたいなんです」


 いいながら、ジーナは次々と画面を可視化してこちらに寄越した。

 未踏ダンジョンの調査にあたっては、【索敵】系スキルをローテーションで使いながら、エネミーとのエンカウント頻度をマネジメントしながら進むスタイルが通例である。我々も例に漏れず、同スタイルで行軍中だ。

 過去三回の【索敵】にわたって、というと……。【索敵】担当が技能の発動し、移動含めて次の【索敵】を発動するまで、およそ五分から十分ほどなので、最低でも、計十分間となる。


 三枚の画面を重ね、透過度を上げて確認すると、なるほど確かにそれらの、すべて同じ位置から微動だにしない赤い点(すなわちエネミー)が四つあるようだ。それより以前の【索敵】結果では、範囲に映り込んでいないためわからない。


「午前中に、一層のエネミー出現傾向確認しましたよね……。確か、全体的に、知能ある系とはいっても、動かない系のエネミーは見つからなかったハズです」

「ええ」


 一息に説明したジーナは、こちらを不安げに覗いていたが、僕の相槌に安心したのか、再び先を続ける。


「四点ですが、進行方向に概ね固まってます。もし何かあるとして、際どいラインは」僕が表示している画面に、四点の数センチ手前に一本の線が引かれる。「この辺りかなと思います。この辺りから先は、何かあると思って慎重に進んだ方がいいかもです……」


 ジーナの説明が途切れる。彼女の方を見ると、どうやら話し終わったようで、なぜか深呼吸している。僕が副リーダーということと、普段は単独ソロということで、緊張しているのかもしれない。余り気にしなくて良いのに――と思考する間の沈黙に堪えかねたか「す、すみません! 差し出がましく……!」ジーナはアワアワとし始めた。


「あ、あああの! 情報共有レベルということで、気にしすぎかもしれません! ので……、自分パーティー慣れてなくて、もし変なこといってたら無視して大丈夫です! では!」

「あ、いえ……」


 礼をいう間もなく、ジーナはそそくさと休憩中の集団に帰って行ってしまった。

一人残され妙に物寂しいが……、頭を振り、僕は考えを纏める。


 この件、隊長――アンタレスへ上申すべきだろう。


 どうにもオドオド、アワアワとしているジーナだが、実の所、彼女のレベルは我々の平均レベルである60を大きく超え、81に上る。


 はっきりいって相当に手練れである。

 その上、普段単独ソロとの自己紹介についても、【索敵】が未踏ダンジョン調査に使えるほど高レベルときているので、ゲーム開始当初から生粋の単独ソロプレイヤーであることは間違いない。単独ソロというスタイルは、『頭数』というアドバンテージがない分、普通考える以上に、簡単にのだ。それがレベル81になるまで生存しているということを考えれば――化け物といっても過言ではない。


 その彼女が、『何かヤな予感がする』というのであれば――それが例え仮に無根拠だったとしても――一考に値することは、まず間違いない。

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レグルス・フラグメンツ 古根 @Hollyhock_H

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