レグルス・フラグメンツ

古根

【英霊の墳墓】一次調査#1 - 5.18.843 - カヅミ

 危険な場所とは往々にして本能的にわかるものだ。


 そのことを、例えば【技能スキル】だとか、あるいは匂いや、怖気といった感覚だとかで知覚することもあるが、そういった感覚や理屈抜きに、ただ「ヤバい」ということが、何のよしもなく理解わかることがある。


【英霊の墳墓】は、後者だった。


 王都マハトより徒歩五日の距離にされたそのダンジョンへと降り立ったとき、僕にはそれが理解わかった。【英霊の墳墓】はこれまでのダンジョンと何かがいた。調査隊の他の面々も同じく直感したようだった。かつて存在したトップクラン【エデン】をはじめとし、第一世代フロントランナーズと呼ばれたプレイヤーたち、総勢百余名がこのダンジョンで全滅した。その事前情報がおそらく真実だったのだと、今ならわかる気がした。


「……どうする?」


 赤燕が口を切った。大規模クラン【アルカディア】から調査隊に参加した【剣士ソードマン】である赤燕は、あえてと思しき軽薄そうな表情に、若干眉根を寄せて見せ、――左手は、腰に提げた長剣の柄をグッと握り締めている。地下墓所の巨大な崩落跡エントランスに佇む調査隊二十四名という、傍から見れば非常にシュールな状況だが――僕を含め、今、赤燕と、恐らく大半のメンバーが同じことを考えていた。


 要するに、『どうする』か?

 すなわち、『このまま進むかどうか』ということだ。


 第一世代フロントランナーズのプレイヤーたちが挑戦し、そして全滅した、その当時のレベルは、平均して60後半だったという。第一世代彼らの保有していた情報は、彼らの内輪で秘されていたために大部分が失われている(そのため最近まで【英霊の墳墓】の場所さえ定かでなかった)が、当時を知る同世代の、いわゆる『居残り』プレイヤー数名の情報提供により、ある程度の情報は把握できている。『挑戦当時のレベル帯』という情報もその一つであり、『60後半』という数値に比して、僕たちのレベルは今や90に届くから……安全マージンは十分すぎるくらいに取れているはずである。それに、今回の僕たちの目的はあくまで『情報収集』であって、『攻略』ではない。


 であるからして――。


「……進みましょうか。計画に変更ナシで」


 たっぷり十秒くらいの沈黙の後に、リーダーであるアンタレスが告げた。きっと、僕と同じような思考を辿ったと思われるが、一方で、まだ踏ん切りが付き切らない雰囲気で彼はこめかみを揉んだ。赤燕は「了解」とだけ答え、隊列に戻る。それを見届けた後、アンタレスは手早く指示を出し始める。アンタレスの指示に従い、僕らも坦々と準備を整えていく。


『計画に変更ナシ』。


 すなわち、『本編成で可能な限り実地調査し情報を持ち帰る』ことが、当初通り、僕たち『【英霊の墳墓】一次調査隊』の目的である。


 もちろん、は前提としない。



 暗闇、静寂、それから土埃の香る空気。

 それらが満ちた空間を、僕たちは少しずつ進んでいく。ひんやりした静寂の中で、僕たちの立てる物音だけが、ひたすらに大きく感じる。


 【英霊の墳墓】の入り口は、未だに発見されていない。

 地下広くに建造された地下墓所の、おそらく天辺と思われる地点の天井が崩落した跡を便宜上の入り口エントランスとして、僕たちは――そしておそらく、かつての第一世代フロントランナーズたちと同様に――【英霊の墳墓】内部に侵入した。外部から差し込む陽光によって、崩落跡エントランス近辺はそこそこの明るさがあったものの、幾ばくも進まないうちにそれも届かなくなり、今や完全な暗闇である(内部に光のないこのようなダンジョンを、しばしば明かりなしダークネスダンジョンと呼ぶ)。メンバーは銘々、初級火属性魔術【灯火】や、【刻印級エングレイブド・ランク】の【魔法具マジック・アイテム】である【魔力ランタン】ほか、各人の方法で明かりを確保しており、それにより僕たちの周囲数メートルの範囲はうっすらと明るく浮かび上がっている。


 今進んでいる空間は、どうやら回廊のようだった。壁面、天井、床ともにすべて石造りかつ同質の空間である。ぼんやりとした明かりで判然とするそれらの材質は艶がかった黒色であり、キッチリと水平に磨かれた表面が、僕たちの携えた照明をチロチロと反射している。


『非常に高度な石工技術の存在が伺える』。


 記録担当が、そういった事柄を次々とアライアンスチャットへ書き記していく。


『幅十メートルに及ぶ』と記載のあるくらいに、そこそこ広めの回廊。僕らは、【探知】技能により順次マップした範囲の中を、【索敵】【気配察知】技能担当が索敵した上で、会敵しないルートを検討し辿って進む。各担当はローテーションで技能を使い、全員が再使用時間クールタイムに入った折には一時休息の時間を取る。


 はっきりいって、牛歩である。


 しかし、戦闘不能がすなわちゲームからの脱落を意味している今、未踏ダンジョンの調査にあたっては、特別の理由が限り、この、いわば『牛歩スタイル』がスタンダードとなっている。かくいう僕も、長らくソロプレイで培った高レベルの【索敵】【気配察知】技能を買われ、ここ数月に渡って未踏ダンジョンの調査作戦に参加しているのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る