真夜中の会議室
旗尾 鉄
第1話
「えーそれでは、特別緊急、んー、営業兼企画会議をはじめます」
営業課長の
時刻は午後九時半を回っている。ふざけた時間だ。
会議のメンバーは、腹田課長、経理課の後輩・
こんな時間に、全従業員の一割が参加する会議なんて狂ってる。狂ってるのだが、それほどの緊急性があるらしい。
「これ労基法的にアウトでしょ。なんなんですか。早く帰らせてくださいよ」
抗議する俺を、腹田課長がなだめる。
「まあまあ。会社存亡の危機らしいんだ。詳しくは眉本、説明頼む」
銀縁メガネの眉本が、嫌そうに話しだした。
こいつはイケメンかつ頭がいい。実家が中堅商社の創業家で、将来の社長の椅子もほぼ確定らしい。だが、自社に入る前に厳しい環境で社会経験を積んだほうがいいという親父さんの方針でウチに入社したのだ。控えめにいって、わが社では宝の持ち腐れな人材である。
「業績が最悪なんです。このままだと、不渡り出して倒産します」
俺たち三人は青ざめた。眉本はいいが、俺たちは再就職の当てがない。
「そんなの困るよ。まだ家のローンが半分以上残ってるんだ。頼むよ眉本、なんとかしてくれよぉ」
腹田課長が泣きそうな声をあげた。こんな話だとは知らなかったようだ。眉本に頼んだってどうにもならないのだが。
眉本はため息をついて続けた。
「計算したところ、うちの主力商品であるもやしを一本十円で売れれば、黒字化して倒産回避できます。社長に言ったら、じゃあそうしてくれと」
「バカにしてんのか。一袋二十円のもやしが一本十円で売れるわけないだろ」
俺と膝川は同時に叫んだ。
「僕に言われても困りますよ。負債額から逆算したら、それしかないんですから。僕は記録係をやるんで、先輩たちアイデア出しお願いします」
あぜんとする俺たち。沈黙を破ったのは、腹田課長だった。
「よ、よし。とにかくやろう。会社のため、がんばろう。な?」
腹田課長は叩き上げの元高校球児だ。気さくで付きあいやすい上司ではあるが、能力は決裁印を押すことに特化している。
なにか指示を仰いでも、返事は「がんばろう」「あきらめるな」「チームワーク」の三つしか返ってこない。今回のようなミッションでは、役に立つとは思えない。
「それと社長から伝言です。俺も今夜は寝ずにがんばるから、おまえらもがんばってくれ、とのことです」
「寝ずに? 社長、責任感じて夜間バイトでもやってんのかな? 課長、なんか聞いてます?」
俺が尋ねると、腹田課長は言った。
「今日は第三金曜日だから、メインバンクの融資課長と接待マージャンだな。徹夜で勝たせまくって持ち上げるつもりなんだろう。あの融資課長ヘタクソだから、勝たせるのも大変なんだ」
「……」
こうして、なんともいえない雰囲気の中、会社の未来を背負う会議が始まった。
会議という名の時間の無駄遣いはダラダラと続き、日付が変わった。
良いアイデアなど出るはずがなかった。
無理なことをやれというのだから。
昼間の仕事の疲れと、無駄なことをやらされているというモチベーションの低さから、自然にまぶたが重くなる。
ふと見ると、テーブルの向かいに座っている膝川がこくりこくりと舟をこいでいる。俺はすかさず、膝川の額にめがけて渾身のデコピンを放った。
「おいヒザ、寝るなよ!」
「いててっ!」
痛さではね起きた膝川は、今度は横の席でだらしなく口を開けて寝ている腹田課長を狙う。わざとネクタイを強く引っ張って起こす。
「腹田課長、会議中ですよ!」
「ふががっ!」
会議は、居眠りしているメンバーを無理やり起こすゲームのようになってきた。パソコンを広げた眉本が、呆れたように俺たちを見ている。
ついに腹田課長が音を上げた。
「無理だ、こんなの。だいたいさあ、もやしなんて食ったらなくなるじゃないかよ。そしたらあとはウ〇コになるだけだぞ。誰がウ〇コの
課長の気持ちはわかるが、それはもやしに限らずどんな食材でも同じことだ。ちょっと論点がズレているような気が……。
そう思ったとき、俺の頭の中でなにかがスパークした。疲れ、眠気、倒産の不安、俺たちだけ貧乏くじを引かされた感、そういう負の感情が重なって、俺の脳はとんでもないアイデアを絞り出した。俺は叫んだ。
「そうだ、それですよ課長! もやしを食品として売るから安いんだ! なにか他の物として売ればいいじゃないか!」
三人の視線が俺に集まる。
「たとえば……そうだ、芸術品として売ればいいんだ。小学生の落書きみたいな絵が、オークションで何百万とかで売れる世界なんだから、いけるって!」
「落ち着け肩山、絵ともやしは違うんじゃないか?」
課長は懐疑的だったが、それを遮ったのは膝川だった。
「いや課長、いけるかもしれませんよ」
思い出した。
膝川は美大出身で、画家志望だったのだ。画家にはなれず、アート関係の仕事を探したがそれもかなわず、結局この会社しか選択肢がなかったのである。
「アルチンボルドっていう画家がいましてね。野菜や植物を組み合わせて人物を表現するっていう。つまり発想ですよ」
「僕も見ましたけど、あれは本物の野菜じゃないですよ?」
「絵だからな。でもモノだったらどうだ? たとえば生け花とか、ハロウィンのジャック・オ・ランタンとか」
「……なるほど」
膝川は目を輝かせている。得意分野で、やる気スイッチが入ったのだ。俺も続けた。
「お盆の飾りに野菜にわりばし刺してブタ作ったりするだろ、いけるいける!」
「あれブタなんですか? ちょっと検索してみます」
「いいんだよ、そんなの検索しなくても。ブタでもイヌでもなんでもいいんだって! アハハハハハハ!」
俺たちは全員明らかにテンションがおかしくなっていたが、そのときは誰も気づかなかった。
「トウモロコシで燃料を作るってニュースもあったし、いけますよ! アハハ!」
「よーし、眉本までそう言うなら安心だ! 俺も課長としてやってやるぞ! 覚悟しろよ肩山! 必殺パンプキンヘーーーッド!」
「痛い痛い! 課長、本気で頭突きはやめましょうよ、ギャハハハ!」
「それにしても膝川先輩、美大出身だったんですね。なんかこの会社に入って、はじめてへえーって思える話を聞いたような気がします」
「そうだろー。崇めたてまつるがよいぞ、ワハハ!」
「課長は野球ですよね。肩山先輩は?」
「俺はラグビー。プロ目指してたんだけど、大学四年の時に故障して諦めた。ワールドカップ、憧れてたんだけどなあ。ハハハッ」
「なんかこの会社、ハキダメっぽいですね! アハハハ!」
ずいぶん失礼な言い方だが、誰も怒らなかった。
みんな、言い得て妙だと納得していたのだろう。少なくとも俺はそうだった。
俺たちの案はすみやかに承認され、実行された。
最良と思われたからではない。起死回生を狙うには、ほかに案がなかったからだ。
俺たちは「もやしアート」と名付け、売り出した。
宣伝費はかけられないので、俺と膝川と腹田課長が出演して動画を作り、動画サイトで公開する。
膝川がもやしを器用に束ねたり組み合わせたりして、お座りクマを作る動画である。俺と課長がコント風に茶々を入れる。
これが狂ったようにバズった。
膝川はクマおじさん、俺はツッコミおじさん、課長はがんばろうおじさん(口癖が動画でも出たのだ)と呼ばれ、一気に拡散した。
もやしは売れに売れた。
百本入り千円のベーシックセットはあっというまに完売。三百本入りのスタンダードセットと千本入りのエキスパートセットも品薄状態。
パッケージに「このもやしは食用ではありません」と印刷してあるのがポイントだ。こう書くことで、食べ物を無駄にしているという罪悪感が薄れる。
正直なところ、俺にはなぜこんなに売れるのかわからない。
ユーザーアンケートによれば、プラスチックを使わない自然素材で地球に優しいこと、そして日にちが経てば腐ってしまう期間限定のはかなさが人気なのだという。
あれから五年が経った。
もやしアートの人気は、衰えを知らない。
世界的に有名なアーティストが「さいきんお気に入りのホビー」としてSNSで紹介したため、人気はさらに上がるだろう。いまや外国人が知っている日本語といえば、「スシ」「スキヤキ」「モヤシ」である。
小学校の図画工作の授業に取り入れてはどうかという話もあるらしい。
会社は負債を完済するどころか、超一流企業の仲間入りを果たした。
社名も来年には「オイシーフーズ」から「モヤシドットコム」に変更される。
俺たちはそれぞれに出世を果たし、忙しく働いている。眉本もどうやら、この会社に骨を埋める気になったようだ。
あの夜の俺たちの苦労は、こうして報われたのだった。
真夜中の会議室 旗尾 鉄 @hatao_iron
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