飛行機に乗ったら突然美少女が乗ってきて

甲斐田悠人

飛行機に乗ったら突然美少女が乗ってきて

「あーっ! クーラーめっちゃ効くー!」

 飛行機に搭乗するとクーラーの冷たい風が俺を出迎えてくれた。

 今日の気温は三十八度。八月のお盆とはいえ、この殺人的な暑さにはさすがにこたえる。

 つっても、これから東京から沖縄に行くから現地はもっと暑いだろうな。

 お盆期間は婆ちゃん家に帰省ついでに沖縄の観光を楽しむ予定だ。

 東京生まれの俺にとっては沖縄は新鮮でまるで別の国に行ったかのように感じられる。

 楽しくなるであろう観光のためにも早く座席に座ってしっかり休むか。

 航空券で座席の列を確認する。

 たぶん、ここだよな。

 手前の席に座って、背負っていた重いリュックサックを前の座席の下に置いた。

 席を少し後ろに下げて態勢を楽にする。

 沖縄に着くまで寝よっかな。

 


 腰の方からもぞもぞとなにかが動いているのを感じる。

 柔らけえ。なんだこれ?

 目を開けると見知らぬ女の子が俺の膝の上に座っていた。

 栗色のセミロングの髪。夏によく似合う白いワンピース。香水かシャンプーの匂いかはわからないが首筋の方からわずかに柑橘系の香りがする。

 あどけない顔は万人に通じそうな愛らしさをもっていて、夏の美少女という言葉が思い浮かんだ。

 そんな可愛らしい女の子が俺の顔をジト目で見つめていた。

 俺の膝の上で。

「えっ? ちょ、誰だよ! なんで俺の上に座ってるんだよッ!?」

「驚きましたか。私も驚きましたよ。なにせ私の座席にすでに人が座っているんですからね」

「それ、マジに……?」

「マジにです。あなたが本来座るべき場所は手前の席ではなくて奥の席ですよ」

 言われて航空券を確認する。

 ホントだ。確かに奥の席だ。

「わりぃな。勝手に席に座っちゃって」

「いえいえ、気にしてませんのであしからず」

 いい人でよかった。

 早速立ち上がろうとするも、女の子はまったく動かない。

 なんで?



「あの、どいてくんない?」

「イヤです。ここはもう私の席です」

「意味わかんねえんだけど!?」

 俺が叫ぶと女の子はチッチッチと人差し指を左右に振りながら、

「これは私なりのあなたへの罰です。あなたは勝手に私の席に座りました。それなら、私もあなたへ座る権利があると思います」

「いや、そんな権利ねえけど!?」

「まあまあ、いいじゃないですか。東京から沖縄までたかだか3時間程ですからちょっとですよ」

「全然ちょっとじゃねえよ! 映画よりなげえよ!」

「ほら、よく言うじゃないですか。旅は道連れ、人も道連れって」

「旅は道連れ世は情けな、ただの人でなしじゃねえかよ」

「あと一度でいいから乗ってみたかったんですよね、男の人の上に」

「その発言は色々と誤解を招くんだが!?」

 俺のツッコミのどこが気に入っていたのか女の子は口を手で押さえながら笑いをかみ殺そうとする。

 でも、上手くいかずフフッと少し声が漏れている。

 なんだよ、こいつ。ちょっとかわいいじゃん。

 変なやつってだけでもなさそうだな。

 それにしても女の子が自分の膝の上に乗っているなんて、ドキドキするな。

 向こうも俺と同じ気持ちになっていたりするんだろうか。

「このパンフレットにあるソーキそばは実においしそうですね。早くこのお店に行ってみたいです」

「全然、気にも止めてねえ」

「どうかしましたか?」

「……いや」

 向こうは俺への罰として座っているだけらしいからな。

 俺のことを気にしてないか。

 ちょっと残念だ。



 少し落ち込んでいると女の子の方から話を振ってくる

「そういえば、あなたはどうして沖縄へ行くのですか?」

「爺ちゃんや婆ちゃんが沖縄に住んでいるから、お盆だし家族で集まることになってさ。あっ、両親は別の座席にいるんだ。お盆に沖縄行く人多いからバラバラになっちゃって」

「存外普通ですね。つまらない男です」

「俺になにを期待しているんだ……?」

 急に女の子は先ほどとは打って変わって物憂げな表情を浮かべた。

 今までの態度はどこにいったのかと思うくらいに。

「……私はお父さんと喧嘩しましてね。それで沖縄にプチ旅行です」

「家出?」

「家出といえば家出なのかもしれません。二泊三日したら家に帰る予定ですが……なんとなく、家にはいたくなかったのです」

「それはなんで?」

「進路のことで揉めましてね。私は普通の大学よりも音大に入ってバイオリンを続けたかったんですよ。でも、お父さんに反対されて」

「待って、きみ歳いくつなの? 未成年だったら親の許可がないとホテルとか泊まれな――」

 続きは言いたくても言えなかった。

 女の子がいきなり俺の唇の上に人差し指を当ててきたから。

 耳元で囁かれる。

「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ? ヒミツです、教えてあげません」

 ぞくぞくした。

 挑発的な眼差しに、蠱惑的な甘い声に。

 惹かれていく。

 だけど、そんな態度は出せない。

 なんとなく、負けてしまうような気がしたから。

 俺だけ意識してしまうのはズルいと思ったから。

 気にも止めてないように振る舞うために話を戻した。

「俺もさ、気持ちはわかる。中学までずっとテニスをやっていたんだけど、高一の時に親に反対されて辞めちゃったよ。いつまでも玉遊びしてねーで勉強しろってさ。

ひどくねーか。確かに俺はその頃テストの成績悪かったんだ。勉強しなきゃいけなかった。親の言うことは間違ってなかったんだ。

でもさ、テニスをずっとやってたらもしかしたら全国大会行けたのかもなって思うと惜しいなって」

「あなたも同じ気持ちだったんですね」

「親ってさ、どうして子供のことを信じてあげられねえんだろうな」

「わかります。もしかしたら、今から宇宙飛行士を目指せるかもしれませんからね」

「それはさすがに今から目指すのは無理じゃねえか?」

「可能性はなきにしもあらずですよ」

「まあ、そうかもな」

「そうですよ」

 お互い、笑いあう。

 もう、あの物憂げな表情はない。

 どうして、この女の子が俺の膝の上に乗ってきたのか分かった気がする。

 きっと一人で旅行に行くのが寂しかったんじゃないか。

 気軽に話せる相手を求めていたのかもしれない。



 突然、機内がガタッと大きく揺れる。

 強風で飛行機が傾いたんだ。

 シートベルトをしていなかった女の子は倒れそうになる。

「わっ、わわっ」

「あぶねえ!」

 倒れさせないように俺は前に引き寄せた。

 近くに顔があった。

 唇には柔らかい感触が。

「ッッ――!?」

「んーーー!?」

 キスしてしまった。

 事故だったとはいえ。

 見つめ合う俺たち。

 本当はすぐに離れるべきだったんだろうけど、体に力が入らなかった。

 だって、あまりに急で信じられない出来事だったから。

『強風の影響で機内大きく揺れておりますが、安全上には一切影響ございません。ご安心ください』

 機内のアナウンスが遅れて流れてくる。

 驚いた俺たちはすぐに離れた。

 女の子は本来、俺が座る予定だった座席に座ってシートベルトを締める。

 顔は下げてこっちからは見えないようにしていた。

 俺も赤くなった顔を見せられなかったから下を向いていた。

 しばらく黙っていると女の子から話を切り出した。

「……はじめてだったんですよ。男の人とキスするの」

「わ、わりぃ。でも、あの安心してくれ! すごい、よかったから。って、俺はなにを言っているんだ。そうじゃないだろ。えと、そのごめん!」

「私も別に悪くはなかったです」

「へっ?」

「な、なんでもありません」

「それってさ……」

「だから、なんでもないですって」

 言葉の意味を色々と考えてしまう。

 悪くないって? つまり、そういうことだよな? そう思っていいのか?

 あれこれ考えて頭がパンクしそうになる。

 こういう時の経験値なんて全然ねえよ。俺、どうすりゃいいんだ!?

「えっと、その」

「言わないでください、なにも。恥ずかしいので」

「そ、そうだよな。そりゃ、うん。仕方ない」

 俺たちはそのまま飛行機が着陸するまで無言だった。

 どうしてもこういう時にかける言葉が見つからなかった。


 飛行機が着陸し、乗客が荷物をまとめて次々に出ていく。

 女の子はずっと俯いたままだ。

 そんなに嫌だったのかな。

 ショックだけどまあ、そりゃいきなり見知らぬ男とキスしたら嫌だよな。

「着いたぞ。俺たちももう出ないと――」

「忘れましょう!」

 女の子はバッと立ち上がって叫んだ。

 顔は真夏の熟れたトマトのように真っ赤だった。

「顔赤くね?」

 つい言ってしまった。

 女の子は顔を左右に振りながら否定する。

「赤くないです! どこを見て言っているんですか!」

「いや、顔だけど」

「これは怒っているんです! 恥ずかしかったりドキドキしたりして顔が赤くなっているわけじゃ断じてありませんから!」

「ご、ごめん。やっぱ嫌だったよな」

「別にそこまで嫌じゃありません」

「どっちだよ」

「と、とにかく、私はもう出ますから、さよなら!」

「あっ、ちょっと」

 引き止める間もなく、女の子は自分の荷物を持って去っていってしまった。

 あの娘が忘れたかったとしても俺は忘れられねえよ。

 だって、楽しかったし。俺だって女の子とキスするの初めてだったし。

 俺だけなのかな。こんなに心が落ち着かねえの。

 名前、聞いとけばよかったな。


 あの女の子のことが忘れられず、砂浜でボーっと沖縄の海を眺めていた。

 降り注ぐ灼熱の太陽の光と青く澄んだ海と聞き心地の良い波の音が俺の心を癒して……


「くれるわけねえだろ! 忘れられねえよ、あんなことあってさ」

 

 叫ぶ俺の声も空しく、一人砂浜で体育座り。

 砂浜の熱で尻、めっちゃ熱いけど関係ない。

 そういう気分なのだから。

「もう、二度と会えないのかな」

「誰にですか?」

 肩に重く柔らかいものが乗っかる。

 でも、そんなのは関係ない。

 俺は今は傷心中なのだから。

 ズボン越しに尻が焦げそうなくらい熱いけど、関係ないったらないのだ。

「飛行機であっためちゃくちゃかわいくて変な女の子。俺が間違ってその女の子の座席に座ったら、膝の上に座ってきたんだ」

「その娘がどうかしたんですか?」

 なんかこの声、聞き覚えがあるような。

 どこだっけ?

 まあいいや。

「最初はさ、なんだこいつと思っていたんだけどさ。話しているうちに気が合ってさ。一緒にいて楽しいなって思ったんだ」

「それで?」

「親に対する悩みとかも共通点あったりしてさ。友達以外でこんなに気が合う奴は初めてだったんだ」

「それで、それで?」

「飛行機が突然揺れてさ。キスしちゃったんだよな。もちろん、ただの事故だったんだけどさ」

「どういう気持ちになりましたか?」

「俺は嬉しかったよ。かわいい女の子とキスできてさ。でも、向こうはそうじゃなかったみたいで。名前も聞けずに怒って出て行ってしまった」

「その女の子に会いたいですか?」

「会いたいよ! だってこんな気持ち初めてだったからさ。初めてだったんだよ、女の子とキスするの。意識しちゃうし、忘れられねえよ」

「ふ、ふーん。そうですか、そうですか。それなら顔を見上げてみるといいですよ」

「え?」

 言われるがままに顔を見上げるとそこには飛行機に乗っていた時に出会った女の子がいた。

 なぜか俺の肩の上に乗っかっていた。

 顔はあの時と同じように真っ赤に染まっていた。

「恥ずかしいことばかり言いますね、あなたは」

「あっー! あの時の俺の膝の上に座っていた」

「名前を言ってませんでしたね。智里です」

 智里は俺の肩の上からどいて、立ち上がった。

 俺も慌てて立ち上がる。

「俺は祥兵だけどそれより、どうしてここに?」

「旅行って言ったじゃないですか。ここには観光できたんですよ」

「そういや、そうだった」

「私と一緒に観光しに行きませんか?」

 智里から白く小さな手を差し伸べられる。

 でも、俺はその手を掴むことはできない。だって……。

「まだ怒っているんじゃないのか? 飛行機の中でも顔を真っ赤にしていたじゃないか」

「あ、あれは初めてキスしたからドキドキしてて、怒っているフリをしたんです。って、なにを言わせるんですか!」

「それってつまり……」

「ああ、もう行きますよ。もう絶対に置いていきませんし、この手を離しませんからね!」

 智里に無理矢理、手を掴まれて引っ張っていかれる。

 なんだ、両想いだったんじゃん。

 白い砂浜に二人で足跡をつけながら、これからのことを話した。

 きっともう離れない。

 

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