この若い頃の秀吉は冷静で補給を常に考えていたのに、文禄慶長の役では補給を無視して無理な進軍をさせていますよね。やはり、権力は理性を失わせることを示唆していて
面白いですね。
作者からの返信
他の方もおっしゃっていますが、秀吉ってこの頃は現場を知っているせいか、兵糧の調達が巧みでした。
一方で文禄の役、慶長の役では……^^;
これはおそらく、権力と老いではないでしょうか。
権力者と成った以上、そういう細やかな心遣いは無用と思われ、捨て去り、老いているので、やれといわれても面倒でできない、といったところかと。
あとは、俺は一人で考えていろいろやっていたんだから、お前らも一人で考えてやれと思っていたのでは。
ありがとうございました。
口に入れるものと出すものと。その両方を考えるからこそ。
この部分、さすがです。
今日、時間がないのが惜しいです。
早晩、一気読みします。ほんと、面白い。すでにレビューの内容が頭に浮かんでます。
作者からの返信
口に入れるものと出すもの。
実はネタ本というか参考資料(最終話に載っています)に、そのあたりの記述がありましたので、使わせていただいたのです^^;
今まで見た創作物では、あまり見ない話なんで、じゃあ使おうと思いまして。
そしてお時間がない中、ご覧いただき恐縮です。
作者冥利に尽きます^^;
目の方が心配ですので、どうぞお時間と余裕のある時に、ごゆるりと。
ありがとうございました!
編集済
スミマセン、四谷軒さんの作品だと、つい書き込みが多くなってしまって…
お返事はゆっくり、マイペースで。むしろ返していただけるのがとても嬉しいです。
さて、、、
成程、信長を迎える準備=帰るときの補給線、
となるわけですね。
私は個人的には海運(塩飽水軍)も活用していたのではないかと思っています。
長浜という、琵琶湖での海運に目覚める土地を与えられ、瀬戸内海の海運に目をやれば、自然ととうなるかと。
むかし、武吉と秀吉、という能島武吉の歴史小説を読んだ際、
秀吉が山陽担当となった際に、
いち早く海賊衆を傘下に治めて、毛利に圧力をかけていた経緯がある
と知りました。
治安(通行料徴収)だけでなく、
物資&兵員の輸送にも、海賊衆は使われていた、と考えています。
作者からの返信
書き込みは大歓迎です。
お気になさらず。
ただ私が年頭で忙しいだけなので^^;
さて、水運の活用についてですが、お見込みの通りです。
本作を書くにあたって参考にした本にも、そのようなことが書いてありました。
じゃあなんで書いてないんだというと、やはり、陸路を突っ走る方が「らしい」演出だと思ったからです。
それと、海賊衆の話が出てくると、全体的に話が長くなっちゃうのと、ねねさんの活躍がその分薄くなるかな、と考えたからです。
……なかなか難しいところです^^;
この辺は書き手の匙加減の話になるので、ホント、水運については申し訳ないというところです^^;
ありがとうございました。
拝読致しました。
名将の条件はさまざまかと思いますが、なんと言っても部下を自らやる気にさせること、だと思います。ムードメーカー的な?
その点、この秀吉さんは、緻密にして壮大なプロジェクト運用に皆を巻き込み、自然に自らを律して奮い立たせているように感じられ、その雰囲気を演出している物語の運びも流石だと思いました!(^▽^)
ポーカーフェイスであの毛利家を騙し切る役者顔負けの演技、距離の暴力を克服してあの光秀さんに一撃を食らわせる気宇壮大な戦略、そしてそれを支える細密な心配り。
いやほんと、この時期の秀吉さんは天下を狙うレースを制する気迫がありますよね!(・∀・)
作者からの返信
秀吉はテンションアゲアゲな男だったと思います(笑)
だから人が集まって来るし、こういう空前絶後のイベント(?)もこなすことができたのでは、と^^;
きっと、将兵たちに「今まで誰もやらなかったことをやろうぜ」と盛り上げていったことでしょう。
そしてノリノリの将兵は大返しへと突き進む……。
うーん、木綿、やりますね^^;
……この頃の秀吉は、最も脂の乗った時期だと思います。
おっしゃるとおり、視野が広く、必要な芝居もできるし、何より閃きが凄い。
これでテンションアゲアゲMAX(笑)なもんだから、そりゃあ天下餅を手にするのはお前だよと言いたくなります。
その辺を描ければなぁと思って書いておりましたので、お褒めいただき、恐縮です^^;
ありがとうございました!
信長の兵を迎え入れるための準備を、大返しに活かした、という点は、非常に感銘を受けました。異変後に何もかも揃えたのではなく、既にあったものも十全に活用したのですね。
宇喜多忠家のことを、周りに聞こえるように何度も話題にする、というのも、見事だと思いました。将兵の心を落ち着かせ、毛利も牽制する。優れた武将というのは、知恵だけでなく配慮も深いものなのだと感心しました!
作者からの返信
秀吉が織田信長本隊の大軍を召喚していたということは、その準備も当然していたのではないかと思ったのです。
そうするとその準備を転用して、秀吉はあの大返しに打って出たというのは、有り得ることだよな……と。
こう考えると、やはり秀吉という男は機転が利く男だったと思います^^;
秀吉がその大声で「宇喜多は味方!」と言いふらすというのは私の創作ですが、似たようなことはしていたのでは、と思います。
お褒めいただき、恐縮です!
……ちなみに、描写していませんが、秀吉の凄いところは、その宇喜多が裏切った時に備えて、ある程度兵をこのあたりに置いていたところです。
この男、あるいは官兵衛のズルさが凄いというエピソードです。
拙作だと、あまりにも黒すぎるので、割愛しました^^;
ありがとうございました。
編集済
まさに一世一代の大勝負、拝読する側も武者震いを感じます。
ある目的をもっての準備がうまく転用されること、現代でも意外にあるかも知れないですね。商売をしていたとき小さいながら似たようなシチュエーションを何度か経験しています。要は天が味方するかどうかということでしょうか。
清水宗治の切腹の場面は各先達作家が好んで描くところですが、秀吉の胸中は一刻も早くと粟立っていたこと、貴作であらためて思いました。
作者からの返信
秀吉にとって「桶狭間」だったんだろうなと思います、中国大返し。
彼にとっては主君・信長を超えるための戦いと言えるかもしれません。
「努力は無駄ではない」という言葉はありますが、それは教訓としてではなく、実際のビジネスなり人生なりで本当に役立つから言われるのだな、と思えます……この「中国大返し」のことを考えると。
それを転用できる機転があってこその話ですが、やはりこういうことはあるものだな、と感じます。
さて、清水宗治の切腹、おっしゃるとおり、先達の作家の方々がよく描いておられるシーンです。
ですがへそ曲がりの私は、おんなじではつまらないと考えて、焦る秀吉にスポットを当てて、そこから大返しへ……という展開を描いてみました(笑)
秀吉、焦るだけじゃなく、やっぱり大返しという空前絶後の業を成し遂げたいという欲もあったと思います。
早く大仕事をやってみたいんだ、みたいな^^;
ありがとうございました。
待ってましたの中国大返しですね!
備中高松城の水攻めから、毛利との休戦を経ての大返しは、全盛期秀吉(それと官兵衛)の真骨頂ですねえ。
これで、織田の家臣団の中で頭ひとつ抜けた印象です。
秘訣は、街道整備や兵糧確保などが有名でしょうか。
コメント欄で、他の方々が書いてる説など見ているのも楽しいですねえ。
自分の知らない逸話もたくさんあって、にわか歴史ファンとしては、コメント欄でも勉強が出来そうです笑
作者からの返信
天の時、地の利、人の和という、古来伝わる戦いの条件が、半ば偶然とはいえ揃ってしまった秀吉。
そしてその偶然を必然に変えるべく、大返しが始まります^^;
……やはり、道の整備、そして兵糧確保ならびに大小便の仕置き場を用意できたのが大きかったんじゃないでしょうか。
コメント欄……みなさん博識だしインスピレーションもあるんで、こちらとしてはハラハラしています(笑)
でも楽しいです、私も。
知らないことや、自分では思いつけないことがあるので^^;
ありがとうございました。