転生してめっちゃ普通の村人に嫁いだんだがたぶんこれ世界一幸せルート

ほみずほ

第1話

目が覚めると、私はベッドの上にいた。目の前には、心配そうな男の顔。


「マリアッ!!」


「は…?」


「よかった、もう眠ったままかと…。」


ベッドのそばに跪く男は今にも泣きだしそうに喜んでいるが、これが誰なのかまったく覚えがない。さらに驚いたことに、私の目に入る範囲でこの手もこの髪も、我が身でなくなっているようなのだ。



「あの…どちら様でしょうか?」


男の顔から一瞬で血の気が引いてゆく。


「もしかして、記憶を失ってるのか?…俺はハンス。お前の夫だよ。」



お、夫だとぉ……。新手の結婚詐欺だろうか。いやいや私に限ってそんなこと…とにかく、この男には私が間違いなく『マリア』に見えている。だが、『マリア』の中身はマリアではなく、この私だ…そうか。これが『転生』ってやつなのか!!!!





『異世界』ということを踏まえて改めて周囲を見回すと、そこはどう見ても中世ヨーロッパ風の家だった。そういえばこの男も、西洋風の顔つきだし…


殺伐とした現代日本を捨て、古き良き中世ヨーロッパ風の世界に飛び込めるなんて…なんって最高なんだろう!ここには月曜の朝止まる地下鉄もサービス残業も存在しないっ………私の心のボルテージはブチ上がった。



ただ、惜しむらくもあるにはある。というのも、どうやら私を取り囲んでいるこの状況は、いささか質素にすぎるのだ。いくらヨーロッパ風とはいえ、この家はあまりにも地味かつ貧相で、転生先として想像したくなるような楽しいスぺースではまったくない。


さらに、夫と名乗るハンス青年はあまりにありふれた『普通』の人だった。よくあるモブっぽい茶髪に、可もなく不可もないお顔だち。よく言えば親しみやすい、悪く言えば脇役っぽいという……



転生自体の成功には間違いないが、なんというか…なんというか、


『あー、まじかぁ…』という感じの転生。


が、とにかく今は生き延びるため、あーまじかぁ…でもよっしゃあ!でも、『一般庶民・ハンスの嫁』になりきるしかない。私はなるべく沈痛な声と表情を作り上げる。



「うん。実は、なにも記憶がないの…。」


「そうか…。」



目の前の男は、ぐっと唇を噛みしめうつむく。そのあまりに痛々しい表情に思わず胸がギュッとなってしまう。が、ハンス青年はぱっと顔を上げて微笑んだ。



「でも、心配することないぜ!きっとすぐに記憶は戻るさ……それにまあ、仮に戻らなくても、新しく思い出を作っていけばいいだけだろ?」


「そ…そうよね?あはは…。」



な、なんてポジティブな子なのかしらあ…!!!!



ハンス青年の呑み込みの早さに内心驚愕していると、彼は急に、両手で頬をむにゅっと挟んでくる。



「にゅ!?」


「マリア。記憶が戻っても戻らなくても、俺は変わらずお前を愛し続けるから。」


「………。」



変顔のまま目を白黒させていると、ハンス青年ははっはっは!と豪快に笑い、『とりあえず、リュカ呼んでくるな!』と言って家を出てしまった。




ハンス……見た目地味だけど…



めっっっっちゃええやつやん…!!!!!!



本当は彼自身もショックに違いないのに、きっとマリア(仮=私)を安心させようとしてあんなことを……あー危うく恋に落ちるとこだった。いや、落ちていいのか。むしろ落ちてないとだめか。早速頭がバグり始めたが、とにかく少なからず安心した私は、『リュカ』なる人物を待つことにした。



・・・



数分後、ハンスが誰かを連れて帰ってきた。


『リュカ』と思われるその誰かはハンスより背が高い黒髪の男で、遠めに見てもかなりの美男子である。二次元ばりの美男子の登場で、急に『転生』が現実味を増してきた感じがしてならない。


そしてリュカなるその美男子もハンス同様ベッドにかけより、心配そうに私の手を握った。



「マリア…目が覚めてよかった…記憶を失っていると聞いたが、俺のことは分かるか?」



私は静かに首を振る。ごめんなさい、ていうか実は別人なんで、そもそも覚えてないとかじゃないんですわ…とは死んでも言えん。



「そうか…。ハンスのことも忘れてるんだから、そりゃ俺のことなんて…そうだよな。」



リュカは残念そうにふっと笑ったが、その表情にはどこか気にかかるものがあった。…ていうか、この人はリュカでいいんだよな??私は直接尋ねてみることにした。



「えっと…あなたがリュカ?」



リュカの表情がふっと曇る。



「ああ、俺はリュカ。君とハンスと俺は、ずっと幼馴染だったんだぜ…。まさか、こんな当たり前のことを、お前に説明する日がくるなんてな。」



リュカの目にうっすら涙が浮かぶ。ハンスはぽんとリュカの肩に手を置いた。


…いくら偶然とはいえ、こんな悲しげな思いさせてなんか、申し訳ないな…。


ていうかそもそも私はどうしてこんなことになってしまったのだろう。そして、マリアのほうもなんでベッドに横たわるはめになっていたのだろう…


割と喫緊のクエスチョンが頭に浮かぶと同時に、私の考えを読んだかのようなタイミングでハンスがぽつりとつぶやいた。



「マリア、君が木登りして落ちたりなんかするから……。」



え?マリ…


え、きのぼ……え???



ばっと自分(マリア)の体を見たが、明らかに年恰好は20代いってても30前半くらいだ。体の感覚としても、前世の私とちょうど同じくらい。そんな妙齢の女がなぜ…マリア……。転生先の『マリア』という女にやや疑問を抱き始めた私に、リュカがさらなる追い打ちをかける。



「お前が必死で取ろうとしてたあれさ、リンゴじゃなくてさ…でかい鳥の巣だったんだぜ……!なんでそんなもんのためにお前…ハシゴも使わずに……!」


「リュカ。もういいだろ…目を覚ましてくれたんだし」


「でも…そのせいで木から落ちて寝込んだ挙句、記憶喪失なんて……っ!」


「嘘ぉ…………。」



思わず素で『嘘ぉ』が出たが、二人には聞こえていなかったようだ。ていうかえっ、『リンゴかも怪しい何か』のために、素手で木登りはじめたん妙齢の乙女マリア。てか、リンゴと鳥の巣見間違うって、どんだけアホなんマリアたん…………



脳内でマリアへの敬意が急下降し『マリアたん』呼び決定となったところで、ハンスに『とにかく今はゆっくり休め』と言われ、まだ取り乱し気味のリュカを連れたハンスは静かに部屋を去っていった。


…いや、取り乱したいのは私だよっ!!とリュカの背中に念じつつ、恋愛経験ゼロからいきなり誰かの嫁になった私の奇妙な異世界生活は幕を開けたのだった…。

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転生してめっちゃ普通の村人に嫁いだんだがたぶんこれ世界一幸せルート ほみずほ @hobooyunomizu

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