血を吸うスイカ
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血を吸うスイカ
太陽の光が眩しい夏の日。
ワゴンRは海岸沿いの道路を颯爽と走っていた。
車窓からは広がる青い海と白い砂浜が眺められ、風が心地よく髪をなびかせていた。
そんな中、助手席に座っていた女性は嬉しそうに目を輝かせる。
「きれい」
彼女は鮮やかな茶色の髪を持ち、髪をハーフアップにまとめていた。スポーティな体格を持ち合わせており、服装はライトブルーのタンクトップに、ホットパンツで動きやすい格好をしている。
名前を
運転席には、長い黒髪を軽やかに纏め、爽やかな笑顔が特徴の女性がいた。白いキャミソールに、膝丈のデニムショーツを着用している。
彼女はハンドルを握りながら、時折ルームミラーを確認して安全運転に努めていた。
彼女の名前は
二人は大学も同じところに進学してからも、よく二人で遊びに行く仲だ。
「この先に、穴場の海水浴場があるって本当?」
里奈は楽しそうに遥に話しかける。
彼女たちは今、海水浴場に向かっていた。
そこは知る人ぞ知る隠れた名所という場所だ。
「私もまだ行ったことないんだけどね」
遥は少し不安そうな表情を浮かべながらも、明るく返答する。
車は山道に入り、曲がりくねった道を進んでいく。
カーブが多く、里奈は思わず体を強張らせた。
里奈の表情を見て、遥は慌てて声をかける。
しかし、里奈は、それを楽しむようにはしゃぐのだった。
海岸沿いにワゴンRと止めると、二人は砂浜へと降りていく。
周囲に人の姿は無い。
貸切状態の砂浜だ。
辺りは一面の砂浜であり、水平線の彼方まで見渡せるほどだった。
太陽に照らされて、キラキラと輝く水面を見ていると心が洗われるようだ。
里奈は靴を脱ぎ、服を脱いでビキニなると裸足になって砂の上を歩き始める。
そして、波打ち際まで行くと、足を濡らして水の感触を確かめる。
遥も一足遅れてビキニになって里奈に追いつくと、隣に立って同じように足を濡らす。
二人は服の下に水着を着込んでいただけに、着替えが早かった。
二人共スタイルが良く、健康的な魅力が溢れている。
肌の色は小麦色に焼けていて、引き締まった体は美しいラインを描いている。
特に胸の大きさでは里奈の方が一回り大きかった。
それでも、腰回りやヒップなど女性らしさを感じる部分はしっかりとあり、魅力的である。
遥の方は全体的に引き締まっており、スポーツウーマンといった印象を受ける。
すらりと伸びた手足はとても長く、モデルのような体型をしていた。
日焼けした肌に、鍛えられた筋肉がうっすらと浮かび上がっている。
そんな二人が並んで歩いている姿は実に絵になった。
波が押し寄せると、足首から下が水に包まれ、ひんやりとした感覚が伝わってくる。
そのまま、腿の高さくらいの深さの場所まで進むと、里奈はしゃがみ込んで水をすくい上げる。手のひらの隙間から零れ落ちる水が、きらきらと輝いていた。
遥も同じようにしゃがむと、手の中に溜まった水を眺める。
透明度の高い綺麗な水だ。
指の間から流れ落ちる雫が、陽光を浴びて宝石のように輝いている。
里奈は、その水を一気に遥に浴びせかけた。
突然の出来事に遥は驚いた表情を浮かべる。
だが、すぐに笑顔を浮かべると、お返しとばかりに、両手ですくった水を里奈にかける。
今度は、里奈が驚く番だった。顔に勢いよくかかった水が、髪を伝って落ちていく。
二人は10代の子供に返ったかのように、はしゃぎ回る。
一通り遊んだ後、浜辺に横になり空を見上げる。
真っ青な空に浮かぶ雲はゆっくりと形を変えていき、流れていく。
波の音を聞きながら、アウトドアクッキングをし、二人はのんびりとした時間を過ごす。
それからしばらくして、里奈たちは帰り支度を始めた。
素敵な夏のバカンスだった。
太陽が西に傾き始めている。
そろそろ帰らなければ、真っ暗になってしまうだろう。
「いい場所だったわね」
里奈は満足そうにつぶやく。
「でも、その代わり海の家どころか、自動販売機も無いから飲み物や食べ物を持ってこないとダメだったけどね」
遥の言葉に、里奈はその点だけを不満げにする。
「本当よ。でも、どうしてこんな辺ぴなところに海水浴場があるの?」
里奈の問に、遥が答える。
「元々、この近くに小学校があったのよ。でも、生徒数が少なくなり他の学校と統合したことで廃校。集落の人も、それに合わせて転居してしまったらしいわ。道路も一本道しかないから交通の利便性も悪かった。というのも理由らしいけどね」
遥の説明を聞き、里奈は納得する。
「そっか。ここには人々が暮らしていた想い出と記憶が残るところなんだね」
確かに、今いる場所は周囲と比べても人気が無く閑散としていたからだ。
だから、穴場スポットとして里奈たちに紹介されたのだろう。
ワゴンRに乗り込むと、遥はエンジンをかける。
シートベルトを締めると、ゆっくりとアクセルを踏んで走り出す。
帰り道の途中、里奈たちを乗せたワゴンRは細い道へと入っていく。
左右に木々が立ち並び、薄暗く不気味な雰囲気が漂っている。来た道と同様ではあったが、日が落ちかけており、より一層不気味さを増していた。
ワゴンRはさらに奥へ進みトンネルを抜け、海が見える道路へと出た。
左手は木に囲まれ、右手のガードレールの向こう側は崖になっている。
行きが詰まりそうな道から開放感のある道に出れたことで、里奈は思わず息を吐いた。
それは、遥も同様で、つい注意が散漫になってしまう。そんな状態がしばらく続く。
お気に入りの音楽を流しての、快適なドライブがずっと続くかと思われたその時だった。
その時、里奈は前方を見て叫ぶ。
「遥! 前!」
それに気づき、慌てて遥はブレーキを踏む。
車体が大きく揺れ、タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
里奈は前のめりになりながら、フロントガラス越しに前方を見る。
そこには、一台の普通自動車が道を塞ぐように停止していた。
見れば道路にはブレーキ痕があり、急停止したことが分かる。
「里奈。大丈夫?」
遥の声に、里奈は大きく頷く。
判断が早かった為、幸いにも、大きな事故にはならなかったようだ。
里奈は安堵のため息をつくと、再び視線を前方に戻す。
車はハザードを点滅させていたが、動く気配はない。
里奈はワゴンRを降りると、前方で停車している車に近づく。遅れて、遥も車を降り里奈と一緒に普通自動車に近づく。
少し遠目で確認するが、運転席には誰も居ないことが分かった。
「事故かしら?」
里奈は心配そうに言う。
「運転手が居ないのが気になるけど、JAFには連絡してあるのかしら」
遥は周囲を見るが、そうした車両は見られない。
「待つしかないわね」
里奈は諦め、周囲の様子を伺う。
すると、普通自動車のフロント部分に小さな祠があることに気付いた。
里奈はその祠に興味を持った。
近づいてみると、古い木造のもので、かなり風化が進んでいるように見えるが、事故によって無惨に破壊されてしまっている。
かろうじて形は残っているものの、扉は完全に外れてしまっていた。
そんな状態にもかかわらず、中に入っているものは無事だった。
お札のようなものが入っているが、それが風に揺れる度にカサカサという乾いた音を立てる。
「祠が壊れてしまっているわ」
里奈の言葉に、遥もその様子を見る。
「本当。何か嫌なことが起きなければいいけど……」
そう思いながら遥は周囲を見渡す。
ふと、近くの電柱を見ると旗が
電柱には蔦が巻き付き、その頂上部に上着がはためいていた。
その現実に、遥かは理解できなかった。
「は、遥。あれ、見て……」
里奈が、事故を起こした普通自動車の反対側を見るようにして震える声を出していた。
「どうしたの?」
そこに男が倒れていた。
男は蔦に絡まれて、男の首には縄のようなものが巻かれていた。その顔は苦悶の表情に満ちていて、今にも叫び出しそうだった。
まるで、絞殺されたかのような状態だ。
しかも、奇妙なことに近くには大きなスイカがあり、乾ききっていない血が広がっていた。
「な、何。これ、何なの……」
遥が恐怖におののいていると、スイカの表面が割れた。力ずくで無理やり割ったかのように割れたかと思うと、スイカは男の首に
ほどなくして、
じゅるじゅる
と血をすする音が聞こえてきた。
里奈は思わず後ずさる。
それは遥も同様で、後ずさった所で尻餅をつく。
すると、スイカが血を飲む音が止んだ。
スイカはグルリと回転すると、暗い眼窩が二人を捉えた。
スイカは、ゆっくりと転がり近づいてくる。
そして、里奈たちを捕食しようと口を大きく開けた。ステーキのような分厚く広い舌が飛び出し、唾液が糸を引いて垂れる。
二人は思わず悲鳴を上げる。
だが、その声は誰にも届かない。
いや、そもそも二人の周囲には誰もいなかったのだ。
「遥、立って!」
里奈は遥の手を掴んで立ち上がらせると、急いでワゴンRに乗る。
運転席には里奈が乗り込み、遥は助手席に乗せる。
片側一車線の狭い道だが、素早くワゴンRを切り返すと来た道を戻るように走り出す。
バックミラーを見ると、スイカが転がって追って来るのが見えた。
「里奈、何なのあれ!」
「知らないわよ。スイカが人間を襲うなんて聞いたことない」
里奈は必死にハンドルを切る。
その間、遥はスマートフォンを操作して警察に連絡しようとするが、圏外の為に繋がらない。
その間にも、スイカは執拗に追いかけてくる。
「……里奈。あれが何か分かったかも」
「え? どいうこと」
里奈が訊くと、遥はオカルト好きの友人から聞いた、よもやま話を口にした。
【吸血スイカ】
ユーゴスラビアのイスラム教徒ジプシーの伝説に「吸血スイカ」「吸血カボチャ」「吸血メロン」がある。
スイカが夜間になると自らの体を変化させ、触手や牙を持った恐ろしい生物へと変貌し、人々や動物の血を吸うとされる。あまりにも長く放置されたものが変化したもので、唸るような声を出し、血のような模様が出来、ごろごろ転げ回るが、歯がないので大した危険はないという。
また、吸血スイカは非常に頑丈で、通常の手段では倒すことが難しいとされることもある。退治法は湯にいれて
他にも
里奈は青ざめる。
「……遥、ここにあった集落がなくなって。何年経つの?」
「たぶん。3年以上は経っていると思う」
遥の言葉に、里奈は仮説を思いつく。
「なるほどね。あのスイカは放置されていたことで吸血鬼になったって、ことね。そして、あの祠は、この地域を守っていたもの……。つまり、あの事故で神様のご加護が消えてしまったってところかしら」
遥は、里奈の仮説に追加を施す。
「じゃあ、あの男は、車を降りてウロウロしていたところを蔦に襲われ電柱に吊るされて殺された。そこを、あの吸血スイカが襲っていた訳ね」
「たぶん」
里奈はそう結論づけた。
遥はバックミラーで後方を見る。
スイカはいつの間にか数を増やし、5個に増えていた。
「里奈、数が増えている」
遥の報告に、里奈は危機的なものを感じる。
里奈はアクセルを踏み、加速させる。
里奈たちの乗るワゴンRが、トンネルに入る。
その瞬間、背後から強い衝撃が走った。
振り返ると、後部座席の窓を突き破った吸血スイカが張り付いていた。
「里奈!」
遥の叫びに里奈は、アクセルを踏み込む。
ワゴンRのエンジンが唸りを上げ、加速をする。
「ドリフトするわよ。つかまってて!」
トンネルを抜けた瞬間、里奈はハンドルを切り、ブレーキを操作してワゴンRのテールを滑らせる。
激しい横Gがかかり、遥は体が横に持って行かれそうになる。
しかし、里奈はその反動を利用して、一気にワゴンRを180度回転させた。
それによって後部座席の窓を突き破った吸血スイカは飛ばされ、ガードレールに叩きつけられたことで破裂する。
里奈はワゴンRを停車させた。
「遥、大丈夫?」
「何とかね。それより」
遥は、トンネルの方を見ると吸血スイカが転がって来ているのを見た。
「ヤバい。どうするの」
遥の問に、里奈は後部座席の荷物を見た。
「遥はアルコール燃料を取り出して、アイツらが来たらそれをぶちまけて」
里奈の言葉に、遥は作戦を理解する。
「OK」
理解してからの遥の行動は早かった。
荷物からアルコール燃料と着火ライターを取り出すと、着火ライターを里奈に渡す。
二人はワゴンRを降りると、迫って来る吸血スイカを見た。
里奈はハンカチを着火ライターの先に巻き、火を付ける。
眼の前まで吸血スイカが迫ると、遥はアルコール燃料の入ったボトルを投げて、吸血スイカを燃料まみれにする。
そこに目掛けて里奈は火の着いた着火ライターを投げつけると、引火して爆発発火を起こす。
吸血スイカは、炎に飲まれ暴れ回りながら転がり、あるものは爆ぜてバラバラになった。
生きたまま焼かれる魔物の姿に、里奈達は恐怖した。
やがて、スイカは動かなくなると、灰になって消えた。
里奈は恐怖のあまり言葉を失っていたが、隣で遥が嘆いていた。
「あーあ。私の車がぁ」
遥は、自分の車を見てぼやく。
ワゴンRは、先程の吸血スイカの襲撃でリアウンドが割れただけでなく、あちこちが凹み、傷ついていた。
里奈と遥の服には、吸血スイカの返り血だが果汁だか分からないものが付着しており、服も汚れていた。
「とんだバカンスになっちゃったわね」
遥がそう言うと、里奈は頷いた。
「帰りも、私が運転しようか?」
里奈が提案すると、遥かは苦笑した。
「あんたの運転は、もうこりごりよ」
里奈の提案に、遥は断った。
~fin~
血を吸うスイカ kou @ms06fz0080
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