第26話 脱出、そして……。
「いやいや脱線?それに逃げるだァ?どうやってだ?」カークが言った。
「とにかく!とにかく細かいことはいいんだ、とにかく逃げるぞ!」
「とりあえず落ち着けラーズ、何があったのか順番に話してみろ」
そうジェイムズが言ったので、ラーズは先ほどの戦いのこと、そしてロメンゾがこの大陸鉄道の運転手に言ったことを余さず伝えた。
「なるほどな、どうりであの野郎が乗客を殺しても停車しないわけだ」とカークが呟いたので、一行はしばし、数十分前のキコとの戦いを回想していた。そんな最中、ふと思い出したようにジェイムズが尋ねた。
「そういえばおまえ、『種』を飲ませられてから身体はどうだ、なにか変化はあったか?」ジェイムズの視線の先にはローズがいた。
「いいや、特に身体に変化は……」そこまで言ったところでローズは言葉に詰まった。そしてしばしの沈黙のあとに、再び口を開いた。
「いま、ぼくは能力を得たような気がします」
そのあと一行はそれぞれ、それは本当かだの、なんの能力なんだのと騒ぎ立てたので、ローズは一旦一行の興奮を落ち着かせてから自分の能力について話すという、少しの手間を必要とする羽目になった。
「『能力を得た』ことはわかったんですけど、自分の能力が本当に『これ』なのかって思って……。あんまり実感ないんですよね」ローズはそう言いながら、右手のひらから薔薇の茎のようなものを出した。すると一行はおおっと感性を上げ、そのあとに、これでは解決になりそうにないなと思った。
「とはいうものの、実際脱出をするとなると、心もとない能力だな」ジェイムズがそう言い、続けた。「それにだ、事態はおそらく刻一刻と悪化の一途を辿っている。そうだろう、ラーズ?」ラーズはかすかにうなずいた。
「とにかくだ、脱出方法としての策は、今この瞬間に、そしてある一定の確かな制度で行えるものでなくてはならない。それにはいま目覚めたばかりのローズの能力では、はっきり言ってふさわしくない。誰かほかに、もっとアイデアを出せはしないのか?」
「なんだよおまえ、リーダーみたいな役割になってるからって、いくら事態が切迫してるからって、たかだか10歳の子供に、そんな言い方はないんじゃないか?」ラーズが鋭く言った。
「じゃあ言わせてもらうが、おまえはなにかいい方法を思いついたのか?この列車が脱線するとか言い出したのはおまえなんだ、それ相応のなにか画期的なアイデアを思いついたんだろうな?」ジェイムズが言ったそのとき、
「そこまでだ、やめないかおまえら、子供の前でみっともない!」そうカークが怒鳴った。
「そういうおまえは、なにか思いついたのか?説教ならそれからだ!」
「思いついたんだ、だから言ったんだ」カークはジェイムズに落ち着いた声でそう言い、案を説明した。それは以下の通りのものであった。
まずおれたちが今いる部屋から部屋にある家具を全部取り払う。これはジェイムズのペイルライダーの能力の応用でやる気だ。それから部屋自体を武器――この場合は戦車、あるいはそれに準ずる戦闘用の乗り物――に変形させる。それで脱出だ。なにか異論は?
異論を唱える者――正確には異論を唱える状況的余裕がある者――などだれもいなかった。もはや皆これしか案はないと思っていた。
「それじゃあやるぞ」
一行はさっきカークが言ったように部屋の家具を取り払い、それからカークは部屋を武器化させようとした。しかしできた武器は結局のところ戦車などという高尚なものでは決してなく、むしろ珍兵器としてその名を轟かせたパンジャン・ドラムであった。
「おい、せまいぞ」ジェイムズが言った。
「同じく」ラーズが続ける。
ローズは終始、黙ったままであった。
「あのなあ、少しは我慢してくれよ!」列車から飛び出し雪の積もる地面へ向け落下するパンジャン・ドラムを操縦しながらカークは悪態をついた。やがてパンジャン・ドラムは地面に激突し、そのあとしばらく走り回り、それから車輪が外れたことをきっかけにばらばらになった。一行はパンジャン・ドラムが地面に激突した時点で意識を失っており、やがて来るであろう死を待つばかりであった。
しかし、そこにトナカイに引かせた大きなそりが通りかかった。そりは野ざらしになったジェイムズ一行と大破したパンジャン・ドラムの近くで止まり、操縦していた老爺がその光景を見てぽつりと言った。
「ホトケさんかァ…。かわいそうに、弔ってやらんとなあ」
―――――――――――――――――――――
ローズが目を覚ましたとき、彼は小さな小屋の中にいた。小屋と言っても人ひとりが暮らすには十分な大きさで、むしろ子供であるローズには広すぎるくらいであった。ローズはゆっくりと体を起こして小屋を出た。
扉を開けた先は見渡す限りの雪景色であり、ふとここはどこで、ジェイムズたちもどこにいってしまったのかとローズは思った。ローズは辺りをさまよううちに、耐え難い孤独の憂鬱に襲われかけた。しかしすぐに、さっき自分が出たものよりも数段は大きな小屋を見つけ、そこへと走った。もうローズのこころからは孤独の憂鬱は消えていた。小屋の扉を開けるとそこには大きな焚き火を囲むジェイムズ一行と一人の老爺がいた。
「やっと起きたべかボウヤ、いやはや、もう死んじまったかと思ったべ」老爺はそう言うとすっくと立ち上がり身振り手振りを交え自己紹介をした。
「いやはや、これで一同揃いましたな。あなたがた、これでもう安心ですよ。わたしの名前はオルグドで、この村では子供たちにそりの扱い方を教えています。いやはや、雪の中に埋まったあなたがたを見た時は心臓の止まる思いでしたよ。そりにあなたがたを村に運んでからしばらくは、死体置き場に置いていたのです。ここは辺鄙なところですが、たまにその辺鄙さを好む酔狂な旅人がいます。しかし彼らのなかには志半ばで倒れる人や、帰る道が分からずに息絶える人もいます。そういう人はわたしは過去に何人も見てきたのですっかり慣れていました。しかしあなたがたは幸運でした。おそらくあの場にたどり着いてからさほど時が経っていなかったのでしょう。こうして全員生きていました。これは奇跡です」
老爺の紹介が終わると、一行はしばらくこの村に泊まっていくことをオルグドに提案されたので、ゆく宛の無かった一行はその提案を受け入れた。そしてオルグドは外で一行の生還を祝っての宴をやるからと一行にトナカイの毛皮で作られたコートを渡し、宴の場所へと案内した。宴の場所にはもうすでにたくさんの人々が集まっており、あるものは踊り、あるものは歌い、あるものは談笑をしていた。やがて村長らしき人間が来ると場は厳粛な雰囲気となり、人々の注目が一行へと集まった。
「では諸君ら!彼らの生存を祝って!」村長らしき人間がそう言うと、村人は一斉にいつの間にやら用意されていた酒の盛られたカップを天高く上げ、それから一気に飲み干した。
「ははは、いい村でしょうここは」ジェイムズはその言葉に胸の奥でうなづいたが、それと同時に、この平和も長くは続かないのだろうという予感も確かに感じていた。
ÆTHER MEN L・M・バロン @Easyrevenge
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