第25話 生殺与奪
デパートの廊下には、ロメンゾの元を目指しぞろぞろと蠢く人影の集団がいた。彼らに意識はあるのかないのか、はたまた自分自身がロメンゾの傀儡であることを理解しているのかいないのか――それは分からないものの、とにかく彼らは、ロメンゾに自分がラーズの死を確認したということを報告するために、ロメンゾの元へと向かっていた。
ふとだれかが声を発する。「ロメンゾだ、ロメンゾがいた」そう言った人間は自らの使命を報告すべき人物の元へと急ぎ、残りの人間も同様に、彼の後を追うように歩いた。
ロメンゾの目が視界に彼らを捉えたのか「どうした」と言った。
「はいっ、ラーズを見つけましたっ」人影の中のだれかが言った。
「そうか、なら殺してこい」
「しかし、それではさっきの司令と違いますが……」
「黙れっこの仮想生命どもめ!きさまらの生殺与奪は、このおれが握っているのだぞ?きさまらの命など、今この瞬間にどうとでもできる!そのおれをこれ以上怒らせる気か?」ロメンゾがそのように、気が触れたように怒り始めたので、人影はすっかり萎縮してロメンゾの指令通りラーズの元へと向かった。
「いけないなあ、口調を乱してしまった……いけない、いけない……。わたしは常に、丁寧な人間でありたいと思っているのに……」
人影が去った廊下にロメンゾの声はよく響いた。
そうして人影はラーズのいる場所に戻ったのだが、そこにはぞっとする量のおぞましい描かれ方をした血痕だけがあったので、人影はどよめいた。人影のうちの一人が言った。「なあ、血痕はあっちに向かって伸びてるぜ。きっと血痕をたどれば、いつかはやつがいるところにたどり着く。そうなったら、こう、だ」彼はそう言いながら、親指で首を横になぞるような動きをした。人影がどっと沸いた。「殺せっ、あの男を殺せっ!あの男を殺し、ロメンゾ様の元に持っていくのだ!」人影のなかの誰かがそう発破をかけると、勢いは最高潮に達し、人で作られた大きな蛇は廊下をぐねぐねと、ものすごい速さで動き始めた。
「血痕を追え!血痕を追え!」
「右に行け!」
「その次は左、そしてエスカレーターを登れ!」
蛇と化した人影は、激しいうなり声を上げながら縦横無尽にデパート内を進んだ。そうしてついに、人影は目標の姿を見つけた。
「やつだ、やつがいたぞ!ラーズだ!」
「殺せ!殺せ殺せ!」
「生殺与奪権は我らにあり!生殺与奪権はわれらにあり!」
人影が騒ぎながらラーズの元へと向かったその時、ラーズはかがみ、人影の足元へと入っていった。たちまち人影は秩序を失った群衆雪崩と化し、次から次へと人が倒れ、波が起きた。ラーズはその波に飲まれながらもかろうじて波から逃れることができたので、その場を去ろうとした。
だが人影の中の、まだ波に飲まれていない人間がそれに気づいた。
「生かすものか!おまえを殺すのは、このおれだ!」
そう言った男の手からはエーテルの光線が出たものの、それは瞬時にラーズに見切られ、そればかりか男はラーズの介入する間もなく波に飲まれていった。ラーズはそれを尻目に、ロメンゾの元へと向かった。
デパートの廊下には、ラーズの靴の奏でるかつかつという音が響いていた。そうして自分の追っていた対象を、ラーズはすぐに見つけた。
それはひとりで、フードコートの椅子に腰を下ろしていた。テーブルには箱から出されてトレーに直接盛られたフライドポテトがあり、ロメンゾはそれを丁寧に、一本ずつ、味わいながら食べていた。フライドポテトを数本食べ終えたころ、ロメンゾが言った。「ああ、君か。生きていたのか。実に幸運だな」感情の濃度を極限まで薄めたような口調で続ける。「それじゃあもう一度戦おう、今度は決戦だ。どちらかの命が尽きるまで終わらない戦いをしよう」
「飲んだぜ。だが、殺される時に泣きじゃくるなよ?」
「そっちこそ」
ふたりは向かい合い、それぞれの悪魔を出した。
「ブラックライダーッ!」
「メカニックブラックッ!」
飢餓と飽食。対なる概念を冠する悪魔による暴力の応酬がそこにはあった。
ロメンゾの拳がラーズのみぞおちに当たり、それに負けじとラーズもロメンゾの歯を膝蹴りで折った。床には血によっていくつかの赤い点が描かれた。
「やはりだ……これこそ完全にフェアな暴力ゲームだ……面白いっ、面白すぎるっ!」
ロメンゾがそう言った次の瞬間、ラーズの左腕の肩から先がぱっくりと切断された。鮮血を吹き出し耐え難い痛みに襲われるラーズに、冷たい宣言が降りかかる。
「まあ、イサカの技を使えるのは、おまえたちだけではないということだ」
その宣言と痛みにより苦悶の表情を浮かべるラーズに、新たな一撃が襲いかかった。
「
それは見えない牙を尖らせながらラーズの身体をあっさりと上下に切断した。床には凄まじく不気味な輪郭を持つ真っ赤な絵画が描かれた。
意識を失い、倒れふす殺害対象を見てロメンゾが下衆な笑い方をする。一通り笑ったあと、耳に手を当てこう言った。
「ロメンゾだ。仕事は終わった。お前らは今から残りのやつらのいる部屋に向かって、そいつらを殺せ。それが失敗したなら運転手、おまえがこの列車を脱線させろ。乗客は何人死んでも、いくらでも揉み消せるからいい。おれのことは気にするな、必ず生き残る。だから絶対やり遂げろ。それじゃあ」
話を一通り終え再度地面を見たロメンゾは、耐え難い違和感に襲われた。上下に切断したラーズが床に描いたはずの、あのおどろおどろしい鮮血の絵画が、床からきれいさっぱり消え失せていたのだ。それについて脳に疑問を浮かべた時、ずるりという音がした。ロメンゾの右腕も、ラーズのようにばっさりと切断されていた。
「うわああああああ!」
真っ赤な血の中から姿を現した真っ黒な悪魔がそこにいた。
「ここは仮想空間、つまりはなんでもありだ……だからおれは、自分の血液を『肉体』だと『仮定』したっ!」
焦りの表情を浮かべるロメンゾに、ラーズが畳み掛ける。「全部聴いたぜ……おまえのよからぬ企みを!受け取りな、これがおまえへの罰であり、そしておまえの運命だ!」
ラーズはそう言うと、何度も何度もロメンゾの顔面を、身体を、殴り続けた。そうしてロメンゾはだんだんと壁際に追い込まれ、しまいには壁と自分には一メートルほどの空間しかなくなった。
「これが最後だ。せめて、地獄で神に詫びるんだな」
「おまえこそ。教皇殺しがよく言う」
腹を殴られたロメンゾは、殴られた勢いでフードコートの壁を破壊し、その向こうにある闇の中へと吸い込まれていった。
ラーズはその光景を見届けてから、フードコートを後にした。
闇の中、ロメンゾは落下していた。心の中には、ただただ純粋な、それでいて凄まじい恐怖だけがあった。
そのうちにロメンゾは、闇の中に一欠片の光を見つけた。
「あれは……なんだ?」
その光はみるみるうちに大きさを増していき、しまいにそれが宇宙のような眩い煌めきを体内に持った、座禅を組む大きな人型の――おそらく生命体――であることをロメンゾは理解した。
そうして、彼の身体はだんだんと、その生命体の中に吸い込まれていった。
肉体が完全に吸い込まれ、自身とその生命体とが同化する間際に、ロメンゾは悟った。
「そうか……これが……エーテルの『姿』なのか……実に……実に美しい……」
そうして、ロメンゾは生命体と完全に同化した。
―――――――――――――――――――――
現実世界に帰還したラーズは被っていた折りたたみ式のヘルメットを投げ捨て、ジェイムズたちのいる部屋へと走った。一行の部屋の前に着くと、ドアを勢い良く開けて、どなるように言った。
「今すぐ逃げるぞ!この列車は脱線する!」
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