冷蔵庫管制室
神田 真
カシオリ作戦
「目標が食事制限を始めて今日で二日目か…」
冷たい管制室に司令官の声が響く。ジュースや、お菓子などが並ぶ冷蔵庫の一角、ここ冷蔵庫管制室では今夜も何かが起ころうとしていた。
「目標、空腹指数急上昇!一階に15秒後、来ます!」
突如鳴り響く警告音、モニターには階段を猛スピードで降りる巨体が映し出されている。
「やはり誘惑に負けたかッ!夜食の使徒め!」
「高熱量の食材を隠せるか?!」
「無理です!何処に移動させても何かが表に露出します!」
「ならば前面に低熱量の食材を移動させろ!」
「圧倒的に足りません!減量、食事制限を目標が思い立って二日目、未だ食材の換装が完了していません!」
「くそ!生半可な気持ちで開始しやがって!お前が選んだ苦行だろ!」
「戸棚に意識を移させれないか?」
「戸棚にはインスタント麺が設置されています!気づかれたら最悪です」
「水分はどうだ、それで腹を膨らまさせれないか?」
「すでに天然水、お茶、炭酸水、牛乳を配備!」
「目標、扉を開けます!」
メインカメラに映る巨体、爛々と光る目はもはや正気ではなかった。夜食の誘惑に、食欲に、どうしようもなく飲み込まれている。
「目標、コーラを視認!手を伸ばしてきます!」
「なんて目ざとい奴だ!あの角度からはキャップもろくに見えないだろう!」
「さらに主食を探そうとしています!」
「何か低熱量で腹にたまる物を主張しろ!」
「駄目です!平均熱量が高すぎます!どれを取らせても、…奴の減量は失敗に終わります」
「いや、一度照明を落とせ!意識を別の場所へ移させるんだ」
「冷蔵庫、照明落とせ!」
復唱して落とされる照明。暗闇の中に輝く食品たちは、再び闇の中に紛れた。
「目標、野菜室へ意識を変えます!」
冷蔵庫を閉めた代わりに、野菜室が開けられる。野菜室とは名ばかりで、たくさんのサイダーやコーラ、ジュースの保冷庫となっている。
「目標、興味を消失!流石に既にコーラを持っている以上、飲料では釣れません!冷凍庫へ手を伸ばしています!」
「冷凍庫の中身は確認したのか?」
「いえ現在霜を払っており完了次第確認できます、ですがアイスクリームなど、高熱量食品が無いことは決済から確認済みです!」
「例えば、奴の出費では無いとしたら?」
一斉に何かに気づく職員。
「まさか、奴に食品を供給する者がいたというの!?」
「カメラ、確認急げ!」
「カメラ、霜払い完了!映像、出ます!」
映し出される冷凍庫、その最上面にあったのは、
「冷凍チャーハンだとッ!?」
「そんな物を食べたら元に戻るどころか、プラスになるぞ!」
「目標、加熱時間を確認。電子レンジを使用しようとしています」
「電子レンジ部門に通達!出力、大幅に下げろ!」
「了解!出力、大幅に下げます!」
数分立って皿に盛られた冷凍チャーハンをスプーンで掬って嬉しそうに一口、そして顔を顰める。まだ凍っているようだ。
「目標、再び電子レンジを使用!」
「頼む、全て温め直してしまう前に、踏みとどまってくれ!」
「好きな人に振られて絶対に痩せてやると冷蔵庫の前で泣いたのを忘れたか!?」
「頼むッ………!!」
職員全員が願った。もはや打つ手はない。あとは使徒が自制するかどうかにかかっていた。
「俺を入り用かい?」
「その声は…自制心!?」
モニターに新しい映像が映し出される。薄暗いコックピットに座る男が一人、怪しげに笑っていた。
「悪い、ちょっと遅れた。こいつのことを抑えるのに時間食っちまった。でももう大丈夫だ。こっからは俺のbッ……………」
「…………自制心、信号消失。自制心、消滅しました。」
全員が絶句した。この窮地を脱せる最良の手段が目の前で消えた。その絶望感が、管制室を覆った。
「嘘だろ…!?お前がいなくなったら、もう…」
目標はコーラをがぶ飲みしている。口が汚れるのも、服が汚れるのも気にせず。
「諸君、我々の敗北だ。次に繋げよう。もはや打つ手はなく、たった一つの可能性は目の前で塵になって消えた。我々は今までうまくやった。何、リバウンドしたってどうせこやつはまた性懲りもなく減量をするのだろう。」
「諦めるのはまだ早いんじゃあねぇかな?」
「誰だッ?」
モニターに映るのは余裕綽々とした青年。
「君は誰だ?」
「俺か?俺は三大欲求が一つ、睡眠欲だ。」
「睡眠欲がどうしたんだ」
「こいつは食欲に負けている。ならば、俺みたいな欲求で上書きするんだよ」
「ごたくはいい!できるなら早くやれ!」
「そうかい、じゃおやすみの時間だぜ、ベイビーとは行かねんだ。あいつに触れる必要がある。俺の能力はそういうことなんだ」
「すぐに射出機を用意する!」
程なくして、
「なんでこうも精度高くできるんだ」と言われるほどの大砲を用意し、構えた。
「射出秒読み!10!9!8!7!6!5!4!3!2!!1!発射!」
猛スピードで目標に飛びついた睡眠欲が指を鳴らした。
「おやすみ、ベイビー」
目標の動きは停止した。そしてそのまま後ろへと崩れ落ちた。
「目標、完全に沈黙!眠りに落ちました!」
管制室全員がガッツポーズしお互いを祝いあった。
そんな中、一人去ろうとしているものを司令官は見つけた。
「一番の立役者が参加しないでどうするんだ?」
「俺はただ欲求を表しただけだぜ。今度菓子折りでもくれ。じゃあな。頑張れよ」
睡眠欲はそう言って去っていった。
冷蔵庫管制室は、今夜も、夜食の使徒と戦いを繰り広げている
冷蔵庫管制室 神田 真 @wakana0624
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます