神様もう少しだけ・・・
朱音
第1話 死にたがりの少年を拾ったクリスマスの夜
この物語は三期が終わってから少しずつ書き溜めた物です。現在22万字で、まだ完結してはいません。
織太の出会いから織田作が命を落とすまでの二人の人間が生きた証を書いた物語です。
三期が終わってからで原作も未読だったため、年代的におかしい部分もありますがご容赦下さい。
太宰12歳、織田作17歳で、二人の過去や家庭環境については完全オリジナル設定です。
太宰が15になってからはたまに中也も出て来ます。
あまりに太宰が素直すぎるかもしれませんが、朝霧先生が太宰の設定について「精神年齢二千歳の仙人」とし、「極真っ当な『人間』を稀に見せる瞬間がある。それは自分と同等の頭脳の頭脳の超人と対峙する時。そして死んだ友人について語る時である」と書いてます。
なので、織田作の前ではありのままの太宰で書いてます。
後に事件も起こり、その後遺症などこんなの太宰ではないと云う方もいると思われます。
ですが、太宰にとっての神様とは織田作と云う存在であった。それがこの物語です。
そんな話しでもいいと云う方のみお願いします。
長いシリーズで最初は特に大した事もないですが、二人がどう生きたかがこのストーリーのメインです。
本が好きな方、じっくり楽しみたい方向けです。
書いたなら読んでもらうのが作品への供養。どうか沢山供養してやって下さい。
コメントなど頂けると嬉しいです。
ちなみに太宰が作中で「面白かった」と言っていた本は、京極夏彦先生「魍魎の匣」です。
ーどうか、許してほしい・・・。
この果てのない漂う漆黒の海に、お前を独り残して逝ってしまう事を。
錆びついた世界に残される事が、どれだけの苦しみなのか解っている。
だけど、生きてほしい。
ここで命を終わらせる、愚かな自分を思ってくれるなら。
もうお前を見守ってやる事は叶わない。
責めて・・・、責めて最後に抱きしめてやりたいのに、血を流し過ぎた身体は冷たく重くもう感覚がない。
これから起こる「何か」など、ありはしないと思い込んでいた。
もう己に残された道は、死への招待状を受け取るのみだとしか考えられなかった。絶望に全てを支配されていた。
どうして忘れてしまえていたのだろう。こんなに愛しいお前の事を。
あの雪の中で出会ってから、成長を喜び生きて欲しいと願って来た愛しい存在。
「これから」ではなく「現在(いま)」。起こるのではなく、すでにあったお前の存在すら慟哭で見えなくなってしまっていた。
詫びようにも、もう言葉を紡ぐ事は出来ない。こんなにも、お前の声がはっきり聞こえると云うのに。
光のない荒れた海でも、お前は器用に渡って行く事が出来るだろう。
その器用さが、お前を孤独にしてしまう事なのは解っている。
けれどいつかきっと、お前を理解し認めてくれる者達に出会える事だろう。
だからどうか、泣かないでほしい。
いつの日にか必ずお前を迎えに行く。あの雪景色の中からやり直し、今度こそ共に海の見える部屋で生涯を過ごそう。太宰・・・たった一人の愛しいお前。
プロローグ
それは雪の降るクリスマスイブの夜だった。
もう二時間もすれば、日付が変わって本格的なクリスマスがやって来る、そんな深夜の事だった。最もこの国の人間は、イブにお祭り騒ぎをして翌日は何事もなかったかのように日常を送る。
夕方から降り出した雪は、異常なまでの降雪でどんどん辺り一面を銀世界に染めて行く。
ホワイトクリスマス。ロマンティックと人は感嘆する。
しかし彼にとってはただ迷惑なだけだった。
この何十年に一度と云う大雪のせいで、電車は止まり、三時間近くをかけて歩いて来た。
雪が降ると云う事は知っていたから、今日は車ではなく公共交通機関を選んだ。雪が降れば道路が渋滞し、動けなくなってしまう。
滅多に雪など降らないこの街では、スタッドレスタイヤを知らない者も存在する程だ。それ程雪など降らないし、積もる事もない。薄っすらと白く道路を染めるものの、翌朝に日が昇ればたちまち溶けて消えてしまう。
だから、積もっても数センチだろうと思っていた。
所がこの、足首まで埋まってしまう雪の量は、どう見積もっても20センチ以上はある。
ここ最近は、帰って寝るだけで精一杯の生活で、朝も早かった事からろくにニュースも新聞も見ていない。身支度をしながら付けっぱなしにしたテレビで、雪が降ると耳にしただけだった。
今朝は寝ている所を携帯が鳴ってたたき起こされ呼び出された。
要件は、「子供がイタズラしてテレビの配線を抜いてしまって、直せなくなった」と云う物だった。電気屋だってまだ寝ている時間だ。
幸いその家はさほど遠くなかったので、タクシーを飛ばしてかけつけた。配線の設置は慣れているためすぐに済んだのだが、それからも色々雑用を言いつけられた。
そして終えて本来の仕事をもらいに行ったのだが、これがまた厄介な仕事ばかりで、終わったのは夜になっていた。
その時点で気付いたら電車が止まっていたと云う訳だ。
タクシーは長蛇の列で、家族や恋人がいる、どうしても家や約束の地に向かわねばならない人であふれていた。
タクシーにありつける確率はどう見てもゼロに等しかった。
家庭も約束もなく、懐に余裕がある者は早々にホテルに逃げ込んだが、任務が長引いて帰る頃には、彼が泊まれるようなランクのホテルはすっかり埋まっていた。
それで仕方なく決意し、この雪の中を自宅まで歩いて来たと云う訳だ。
途中の売店で、運よくビニール袋が一本だけ残っていて助かった。
ネオンサインに照られた、鈍色の空からは大きな綿雪が勢いを増して落ちて来る。
湿り気を含んだ重たい雪は傘に張り付き、時々降ろさないと持っているのも重くなり腕が疲れて来る。
湿った雪に足を取られ、歩き疲れて棒のようだった。とかく雪と云う物は歩きにくい。一歩歩くのに、普段の何倍もの力がいるし、スピードは半分以下になる。きっと明日は筋肉痛だろう。
生まれた時からこの街で暮らしているが、こんなにも雪が降ったと云うのは彼の記憶にはない。まるで北国にでもいるような気分だ。
港から吹く風がいっそう彼を凍えさせる。滅多に雪など降らないため、ブーツなど持ち合わせてはいない。普段から履いている革靴は雪でぐっしょり濡れて重く、足先の感覚がない程凍えさせた。
足を踏み出す毎に、足跡のない湿った雪の中にまた一歩踏み入れる。重く濡れたスラックスの先が張り付いて、氷をまとっているように冷たかった。
こんな大雪の日にすれ違う人間などいやしない。24時間営業の店も通りながら覗いて見たが、人っこ一人見当たらず、店員も暇を持て余しているようだった。
雪が積もると音が吸収されると何かの本で読んだ事がある。確かに不気味な程の静寂に、聞こえるのは自分の雪を踏む足音だけだ。
もうすぐ家にたどり着く。もうすぐだと足を励ましながら一歩、また一歩と雪を踏む。ぎゅっと云う足音のみが辺り一帯に響く。
早く帰って風呂に入り、この凍えた身体を温めたかった。それでなければ、こんな寒い日には蒸留酒をホットで飲むのも悪くない。酒のつまみは、冷蔵庫にある安いチーズで十分だ。
歯の根も合わないこの凍てつく寒さから、早く解放されたかった。
息を吐くと空気が白く変わり、それがまた彼の寒さを実感させた。
早く帰りたい。
そう思って、近道のため細い路地に入る。
車がやっと一台入れるような細い路地を脇目もふらず進んで、通り過ぎようとした時、ふと視界に入ったモノに違和感を覚えた。
・・・今のは、人?でなかったか。
路地の隅の壁側、ごみ置き場になっているそこに小さな影が見えた。雪を被った段ボールやポリバケツに隠れるようにして丸くなっているようにも見える。
ここは貧民街ではない。こんな日にこんな所に人がいるはずもない。酔っ払いにしては、あまりに小さい。
確かに近くに酒を出す店がない訳ではなかったが、視界に入った影は到底大人とは思えなかった。
けれどまさか、子供がこんな深夜に大雪の降る路上にいる訳がない。
きっとゴミを漁る野良猫とでも間違えたのだろう。
そう思いながら、自分を納得させるために影に近づく。
通常ならば面倒事に関わりたくない人間は、見なかったふりをして通り過ぎる。そして、少し気にはなるものの、やがて完全に記憶から抹消する。一々他人に構っていては生きていけない。事情を抱えた不幸な者など、路傍の石のように転がっている街だ。
解ってはいる。解ってはいるけれど、無視など出来ない。それゆえ変わり者と称される事など十分承知している。
野良猫であってくれと願いながら、ゆっくりとうずくまる影に近づく。
暗い中よくそれを判別して、彼は驚愕した。
その影は、何とまだ幼い子供だった。親の庇護を必要とし、こんな夜は温かい布団で眠っているはずの子供。
ひざを抱えてうずくまって、いつからそうしているのか頭や身体に大量の雪が積もっている。
「おい! おいしっかりしろ!」
慌てて雪を払い、子供を揺さぶった。
目を覚まさない子供を、何度も必死に声をかけて身体を揺さぶった。こんな夜にこんな所で眠ったら、最悪凍死の危険もある。
何度目かの時、子供は緩慢な仕草で顔を上げ彼をのぞき込む。
雪で濡れたとは云え、きちんと手入れされた蓬髪。愛らしいとも美しいとも表現できる顔立ち。まだ十かそこいらの少女のようにも見受けられた。
じっと見つめる子供は、やがてゆっくりと口を開いて問うた。
「あなたは天使? それとも死神?」
全てを見透かすようなとび色の瞳で見つめられて、彼は答えに迷った。
天使などと云う綺麗な生き物でないのは確か。では自分は―。
「俺は死神だ」
抑揚のない声でそう告げていた。
死神だったのは確か。沢山の命をこの手で奪って来た。ほんの数年前まで。その自分が天使などと名乗れるはずもない。
すると子供は「よかった」とふんわりと破顔するではないか。
そのあまりに美しい笑み。まるで長年待ち続けた恋人に出会ったようでさえある。
この子供こそが空から落ちて来た天使の様な、そんな錯覚すら覚えた。
「天国なんて、退屈な所行きたくなかったんだ。死神は黒い恐ろしい姿をしてると思ってたけど、あなたのようなきれいな赤い髪をした素敵な人なんだね。もうすぐちゃんと死ねるから、連れて行ってね」
それだけ言うと、また顔を伏せてしまった。
放たれたその声は、少女の物ではなく、声変わりを終えた少年の物だった。
もうすぐちゃんと死ねる?
一体何を言っているのだろう。こんな子供の口から「死」と云う言葉が飛び出すなど。
よく見れば、うつ伏せたその身体が苦しそうにゼーゼーと呼吸しているではないか。
「おい、お前大丈夫か? 親はどうした?」
「親? さぁ? 人買いに売り渡した、狂った女なら知ってる」
ゼィゼィと苦しそうに、けれど子供らしからぬ皮肉の効いた答え。
親に売られたと云う事なのか?
だとしても、この街では珍しくなんてない。
だが、少なくとも売られるような、貧しい家の身なりには見えなかった。しっかりとアイロンのかけられた仕立ての良いシャツ一枚で、コートもない。何故こんな所にいるのかが問題だった。
「お前、どこから来たんだ?」
問いながら確かめるため、そっと額に触れてみる。
予測はついていたが、ひどい熱だった。
子供は苦しそうに呼吸しながら、人買いから逃げて来たと云う。
それでこんな所にいるのかと、合点が行った。自宅から娼館に連れて行かれる間に、隙を見て逃げて来たのだろう。そして行き着いたのが、こんな裏路地だったと云う事か。
「クスリ漬けにされて、廃人にされるのなんてごめんだね。僕は人間として死にたいんだ」
地下組織の中には、商品が逃げたり騒いだりしないように、クスリで大人しくさせる所があるのは知っている。
何の意思も持たない人形達。幼い頃に買われて、十八まで生きられる子供は皆無に等しい。そんな組織を彼は吐き気がするほど嫌っていた。
クスリで意思を奪った幼い子供に客を取らせる。地下組織の中でも最低と話題に登る奴らだ。特にこの少年はやっと精通を果たしたくらいの年齢だ。こんな小さな子供をも商品にしようなどと、心の底から怒りが沸き上がるのを感じた。
これだけの大雪の中逃げて、こんなになるまでさぞ寒かったろうし、苦しい事だろう。
自分のコートを脱いで、子供に羽織らせそっと抱き上げる。
冷え切ったその体は、降り積もる雪のようだった。
「とにかく病院に行こう」
このままでは命に関わる。この小さな体を早く温めて適切な処置をしてやらねば。
「嫌だ、病院なんて行かない。 僕はここで死ぬんだから放って置いてよ」
高熱のある子供とは思えない力で、手足をばたつかせて抵抗する。彼の胸を何度も叩き、降ろせと要求する。
「あなたは僕を連れて行ってくれる死神じゃなかったの?」
暴れる子供をしっかりと抱きかかえて、「昔はな」とつぶやく。
「だが今は死神は廃業した。だから俺の目の前では誰も死なせない」
すると、騙されたと非難するように、子供とは思えないするどい眼差しで彼を睨めつける。
「じゃあ降ろして。ここに置いて行ってよ。あなたは何も見なかった。そうすれば僕は死ねる」
こんな子供が何故ここまで死を願うのか、彼には理解出来なかったが、ここで潰えそうな命の子供を放ってなどおけない。
面倒事を背負い込むのが、自分の厄介な性分だと解っていても、この子供を死なせる事なんて出来なかった。
「ダメだ。俺に見つかったのが運が悪かったと諦めるんだな。俺はお前を死なせない」
真っすぐに見つめる緑の瞳。そこには確固たる強い意志が写っていた。
その言葉に観念したらしく、子供の手足から力が抜ける。
「でも病院は絶対嫌なんだ。家に連絡されたら、あいつらに捕まる・・・」
とび色の瞳が表すのは、絶望の色だった。
確かに医師の元に行けば、保護者に連絡せざるを得ない。
裕福な家庭であっても、遺産相続のゴタゴタで継子や親戚によって残された子供が売られるケースも存在する。殺すより安全で手っ取り早い。それが、この魔都横浜だ。
ならば・・・。
「解った。病院へは行かない。だがお前をこのまま置き去りにもしない」
「どうするの・・・?」
不安げなとび色の瞳がじっと彼を見つめている。
「俺の家に行く。幸いここから近い」
それでいいだろ? と問うと、腕の中の子供は嬉しそうに微笑みうなづいた。
そして同時に子供は意識を手放していた。親に売られると云う絶望と男娼館の男達にいつ見つかるともしれない恐怖。突然身に降りかかった出来事に、辛うじて意識を保っていたらしい。
彼はしっかりと子供を抱きかかえ、降り積もる雪の中を家路に急いだ。
・・・これが、少年太宰治と後に大切な存在となる青年、織田作之助の、偶然にして運命の出会いだった。
彼―織田の住まいは、商店街を抜けた先の、五階建ての小さなマンションの最上階、エレベーターから一番遠い階段のすぐそばにあった。築20年は過ぎている古いマンションだ。
幼い頃から住んでいるが、近隣住民の顔など知らない。たまに駐車場やエレベーターですれ違い軽く挨拶する程度だ。
十畳二間の和室に、キッチンとダイニング。一人暮らしにしては広い部屋だ。
もっともここの契約者は、戸籍上のみ存在する彼の父親だ。
母親については知らない。自分が存在する以上、いた事は確かだ。けれど誰からも、一切何も聞かされた事はない。
父親は彼と同じ裏社会の人間で、彼が幼い時に亡くなった。だが、幼い彼のため、父親は今も生きている事になっている。もっとも彼が裏社会の人間になったのは、父親が死んでからだったのだが。
幼くして裏社会の一員となり、たった一人で生きて来た。
この部屋に自分以外の人間を連れて来るなど、初めての事だった。
二間続きの奥の間に布団を敷き、まずは着替えさせねばならない。
ぐっしょり濡れているシャツを脱がすと、胸のあたりが包帯で覆われていた。
何か傷でもあるのだろうかと濡れた包帯を慎重に解く。と、目に入った物に思わず眉を顰めずにはいられなかった。
左胸を中心にいくつもの傷跡。一目で刃物傷と解る大小の痕。全ては浅い物でいわゆる「ためらい傷」に見えた。つまりは自分でやったのだろう。
通常手首などを切るときに出来る「ためらい傷」深く切ろうと思っても、恐怖が優先して浅い傷になる。本格的に深く切る前に、いくつものためらい傷を繰り返す。そして意を決して切ったとして自死に至るのは相当に根性も技術もいる。
そして、細い身体中のあちこちにみられる痣。売られる位だ。日常的に虐待を受けていたのだろう。そう思うと、あれだけ家に連絡されるのを恐れていたのが解る。彼にとって家とは、恐怖の箱でしかなかった事だろう。
白すぎる程の体のあちらこちらに黒や赤紫の内出血痕が浮かんでいた。
両腕にも手首からひじの先まで包帯が巻かれていた。こちらも案の定、いくつもの深い切り傷と縫った痕だった。
「死にたい」と言っていたのを唐突に思い出す。秘密を暴いてしまったようで申し訳なく、買い置いてあった包帯を新たに巻いてやる。タンスから物色した新しめの自分のシャツに着替えさせ布団に横たえた。
身体がひどく冷たくなって体温が下がっている。
湯を沸かし、火傷しそうになりながら、熱い湯にタオルを浸して固く絞っては少年の身体を拭き、温めた。
額には氷につけた冷たいタオル。
けれどそれもすぐにぬるくなって、頻繁に取り換えねばならなかった。
自分は大して病気をした事もないし、人と関わって来なかった分病人の看病の仕方など解らない。
けれど、この少年は病院は嫌だと言い、自分の部屋ならいいと言った。
とにかく、自分に出来る限りの事をしなくては。
風邪薬さえないこの家。冷凍庫の氷もあっという間になくなった。
降り積もる雪の中、深夜営業の薬局へと急いだ。新たに出した靴もこの雪ではすぐに濡れてしまうだろう。自分自身も凍えたままだが、そんな事にはかまっていられなかった。
何を買うべきか薬局内をウロウロしていると、従業員に声をかけられた。大雪で暇だったためか、余程困って見えたのか。どちらにしても有難かった。
子供が高熱を出して、何を買ったらいいか解らないと答えた。
年齢を訊かれて戸惑ったが、十一と答えた。見た目は十くらいだが、声変わりを終えているならその辺りだと思ったからだ。
店員は立ち入った事は何も訊かず、薬や品を用意してくれ、看病の仕方まで教えてくれた。
この街では、血縁のない者が肩を寄せ合って暮らしている家も多い。立ち入った事は問わないのが暗黙のルールだ。
上手い言い訳や繕った事が言えない不器用な身には、この街のルールは大いに助かった。
薬局で教えられ購入した厚いゴム手袋で、湯を固く絞ったタオルで身体を温める。
素手とは違って、厚いゴム手袋は湯の熱さをあまり通さずに楽にタオルがしぼれた。
やかんと電気ポットで何度も湯を沸かし、少年の物と云ってもあまりにも細い身体を暖める。
何度か繰り返す内、少年の唇に血色が戻った。
少年は、時折目を開けては周囲を見回し、自分の姿が視界に入ると安心したようにまた目を閉じる。ここがどこなのか確認しているようだった。
目を開ける度、織田は声をかける。欲しい物はないか、喉が渇かないか。水を飲ませようとしても、すぐに少年は目を閉じてしまう。
「死にたい」との言葉通り、生きるのを拒否しているようにも思えた。
それでも織田は、少年を生かすため看病を続けた。
体温計の数字は42度。
どれだけ看病を続けても、少年は水さえ拒否し、体温計の数字は下がらない。少年はゼーゼーと荒い呼吸を繰り返すのみ。
このままでは死んでしまうのではないか? そんな不安が胸中をよぎったのは三日目の事だった。
少年は病院を頑なに拒否した。しかし、素人の自分では限界がある。
まして、これまで一人で生きて来て、誰かの看病なんてした事などない。
薬局の店員にも、熱が下がらなかったら病院へ連れて行くように言われた。
病院へ行けば家族に連絡されると、少年は恐れていた。
けれど・・・。
苦悩する中でふと思い出す。
少女と見紛う程の美しいこの少年を、織田は見た事がある。確かにどこかで逢った記憶がある。あれはどこだったのか?
「死にたい」自分が彼を見た時も確かにそんな事を言っていた。
そうだ、あれは世話になっている町医者の所での出来事だったと唐突に思い出す。
たまたま医師に用事があって診療所の前までやって来た時、猛スピードでやって来た黒い高級車が急ブレーキのけたたましい音と共にそこの前で停車した。
それが合図だったかのように中から医師が姿を現し、運転手が後部座席から運び出したのはこの少年だった。共に降りて来た初老にさしかかろうと云う女性が動転してたいそう案じている様子だった。だが、当の子供の口から出た言葉は「何で死なせてくれないの?」だった。恨みがましそうに大人達を睨めつけ、嘆息する医師に伴われて診療所に入って行った。
その時はこんな子供がと、痛ましい思いを抱えながら通り過ぎた。
あんな子供が「死にたい」など、織田には理解出来ない思想だからこそ強く印象に残っていたのだ。
あの病院は、表向きは町医者だけれど、実際は闇医者だ。
ポートマフィアにも通じ、裏社会の訳ありの人間の駆け込み寺だ。
だからいずれかの黒社会の幹部の子供だろうと思っていた。
父親が黒社会の人間ならば、自分を取り巻く環境の真実に気付く年齢だ。あるいは親から跡を継ぐ事を強要されているのかもしれない。
そう云う理由での自殺未遂ならあり得る話だと、痛ましく思っていた。
あの診療所は中立地帯でどんな人間も差別なく治療してくれる。敵対組織の構成員どうしでも、そこでは一切もめ事を起こさないのがルールだ。
見た目は温厚な中年の医師だが、禁を破った者がどうなるか、知らない裏社会の人間はいない。
この少年が、どう云う経緯であの医師の患者になったのかは解らない。
けれど、事情を話せばあの医師なら解ってくれるはず。売られたと解れば、家族に連絡せずに守ってくれるだろう。
子供の人身売買には、特に市警が目を光らせているのは事実だ。
ただ、勿論組織だってバカではない。この少年のように、幼くして売られた子供は高い値で客が取れる。娼館の隠し部屋に監禁し、身元の確かな常連の富裕層の客だけを相手にさせる。
世話をするごく一部の組織の人間しか解らないため、発見が難しいのも事実だ。
それに、あの医師には小児性愛の傾向がある。淫らな事やふしだらな事は一切しない。童女が人形遊びをするように、ただ愛でて楽しむのを最大の喜びとしているのだ。
ならば・・・。ここにいるより、確実にこの子供を救える。
どんどん衰弱して行っている少年。迷ってる時間さえ惜しかった。
織田は毛布に少年を包み、闇医者の元へと向かった。
・・・声がする。またあの女がヒステリックに喚いている。
「この取り換え子! 私の娘を返しなさい!」
身体が宙に浮く。鈍い痛みが襲って来て息がつまる。
ああ、また殴られたのか。
こんなの、もう慣れた。痛いのは嫌だけど、その時だけこらえていれば済む事だ。
何も感じてはいけない。この女に屈してはいけない。
「その目は何! 魔物のくせに! あの人は騙せても私は騙せないんだからね!」
己と云う存在は、一体何故この世に
ハヤクシンデシマイタイー。
「もう大丈夫だからな、安心していいぞ。だから水くらい飲んでくれ」
声が聞こえる。
薄っすらと重たい瞼を開けると、そこは知らない部屋だった。自分を見つめているのは、あの赤い髪の青年だ。自分は彼の家に連れて来られたらしい。
物好きな男だ。赤の他人にどうしてこんなに必死になれるのだろう。
だけど、とても優しい表情。必死に自分に呼びかけてくれている。
熱の塊のような身体。いくら呼吸しても、空気がちっとも肺に入って来ない。
やっぱりほら、死ぬんだよ。けど、最後に見た人間があなたでよかった・・・。
再び闇に飲まれた意識の中で、身体が持ち上げられた感覚を覚えた。
ごめんね、ありがとう。死体はそこら辺に放り出してくれて構わないよ。
「死なせないと約束したからな。絶対に助けてやるぞ」
どうして? どうして? ただ通りすがっただけなのに。
この世の中に、こんな人がいるなんて。許されるなら・・・、許されるのなら、この彼となら生きてみたい。
そこは、織田のマンションから歩いても程近い小さな診療所だった。
小高い丘の上の洋館一階が診療所で二階が医師の自宅になっている。
木立に囲まれた古い洋館で、小説に出て来る偏屈な老人でも住んでいそうに見えるが、その実態は闇医者の診療所だ。軍医上がりの確かな腕と穏やかな物腰は近隣の一般住民にも評判だ。
小さな待合室と薬品やカルテなどの棚が並んだ広い診察室があり、隣は処置室になっている。最新の医療機器が揃っているし、荒事の患者が多い診療所らしく手術も可能だ。扉で仕切られた奥には処置や手術した患者を寝かせるベッドが並んでいる。
織田は異能があるため深刻な怪我をした事もなく、詳しい内部構造までは解らないが、看護師もおらず実質医師一人で運営しているようだ。
いつものように中に入ると、丁度前の患者の診察を終えた所だった。
「太宰くんじゃないか!」
自分の腕の中の子供を見て、何事にも動じない医師はくわえたたばこを落とさんばかりに驚いていた。
何故自分がこの子供を連れているのかと訊かれ、一昨日の大雪の日に出会った事。親に人買いに売られ、病院が嫌だと云うので自分が見ていた事を、ありのままに話した。
淡々とした口調でしか話せない自分だが、医師は全て解ってくれた。
医師は手早くレントゲンを撮り、結果を見ては顔をしかめ、細い少年の腕に点滴の針を刺す。
流れ落ちる点滴を上部で調節して、医師はため息まじりにつぶやいた。
「この子の家は色々複雑で、母親が精神的に病んでいてこの子を疎んじていてね。これまでは何とか父親が抑止力になっていたのだけれど・・・」
本当に自殺を図ってしまうのではないか、母親が殺してしまうのではないか。危惧していた事がこんな形で現実になってしまうとはと、医師は驚き交じりに嘆息して話す。
やはりそうなのか。裕福でありながら人買いに売られるまでになるとは、よほど複雑な家庭なのだろう。
母親を「気の狂った女」と表現したのも解るような気がする。
「見つけてくれたのがキミでよかったよ。肺炎を起こしているからね、そのままだったら核実に命はなかったろうから」
そう医師は礼を述べた。
「俺は何も・・・」
何と返したら良いか解らず、そう答えるのが精一杯だった。
家族には連絡しないと、医師は確約してくれた。快復したらどうするか、少年と話し合うからと。
太宰と呼ばれた子供を医師に託し、彼は帰路についた。
※
あの少年がどうしたか時折思い出す事はあったが、恐らくもう会う事もない過去の出来事として思い出になろうとしていた。
マフィアの下級構成員として雑務に追われる日々の中、思い出す余裕もなくなっていた。
人を殺さない信念を持ちながら、マフィアの構成員である事は難しい事の連続だ。
マフィアとは、どれだけ組織に恩恵をもたらしたかで評価が決まる。抗争で活躍したり、沢山の敵対組織を滅ぼしたり、高額な上納金を収めたり。上に登ってフロント企業を任されるまでになるのも、必ずそこを避けては通れない。
しかし希望を見つけたあの日から、一切人を殺さないと決めた。それまでとは真逆の生き方だったが、あの頃よりは今の方が生きている気がする。
下級構成員として、幹部達にあごでこき使われようが、今の人生の方がましだと言える。厄介事ばかりで忙しいだけなのを、充実していると表現出来るのかは解らない。ただ、何も感じなかったあの時代より生きているとの実感を持てる。
そんな日々の中のとある夕刻の事だった。
珍しく仕事が早く終わり帰って来ると、部屋の鍵が開いている。閉め忘れたと云う事はない。今朝、きちんと鍵をかけたのを確認している。
侵入者か? と、一気にその身に緊張が走る。
『今』は恨まれていなくても、『昔』を恨んでいる人間なら心当たりはあり過ぎる。『辞めた』で許してもらえない事も重々解っている。
コートで隠したホルスターの銃に手を伸ばし、十数えて見る。
何もビジョンは浮かばなかった。危険があれば、織田の異能「天衣無縫」が危険を知らせてくれる。五、六秒先の未来が予見出来るのだ。
銃から手を離さないまま、ゆっくりと室内へ入る。殺気のようなものは感じられない。しかし、居間として使っている室内から人の気配がする事は確かだ。
居間に通じるドアを勢いよく開き、そこにいた何者かに銃を突きつけた。
「わぁ~、すごおい。それ本物?」
はしゃいで手を叩いているのは、あの時の少年であった。
しかもちゃっかり、自宅よろしくこたつに入ってくつろいでいる。
「カッコイイねぇ。銀幕見てるみたい」
無邪気に目を輝かせる少年に、一気に力が抜けた。
「お前・・・何でここにいるんだ?」
銃を突きつけられても平然としてる子供。大人びているとは思っていたが、かなり肝が据わっているようだ。
すると少年は、「森さんに案内してもらった」とにっこりと笑って見せる。
「そうじゃない。どうやって入ったんだ?」
「ああ、それならね、これ。マフィアならさ、もう少しセキュリティのいい所に住んだ方がいいんじゃない? 駐車場側から簡単に入れちゃったよ」
少年が手にしていたのは、一本の針金だった。
自分も過去に侵入していたから解るが、ここの鍵は複雑な形式をしていて簡単にはこじ開けられない。それを子供が針金一本で?
信じられない思いで少年を凝視していると「色々あってね、僕はこう云うのは得意なんだ」とにんまりと笑う。
「でもいいマンションだね。畳の部屋は落ち着くし、ベランダからの景色がとても和むよ」
このマンションの取柄はベランダからの景観だ。目の前には大きな公園があり、沢山の樹木が並んでいる。歩道側には沢山の桜が並んでいて春には見事な花を咲かせてくれる。今は葉が落ちているが、春になれば様々な種類の花が咲き乱れそれはとても美しい光景だ。奥は常緑樹でこの季節でも青々と葉を茂らせている。窓を開ければビルしか見えないこの地において、毎日緑が見れるというのはかなりの贅沢だ。
「いつからいるんだ?」
咎めようとか、追い出そうとする気力はすっかりそがれていた。
この妙に大人びた子供が、簡単に帰らないであろう事は予測がついた。
ため息交じりに聞けば、お昼くらいと答える。
「あなたは本が好きなんだね。暇だから待ってる間に色々読んでたよ」
こたつのテーブルの上を見て驚いた。大人でも難しいとされる本がいくつか積み重なっていた。
この本を全部読んだと云うのか? 漢字も難しく、ストーリーもおおよそ子供に理解出来るとは思えない。かなりの活字中毒でもなければ、大人でも難解な小説だ。
「これ全部読んだのか?」
「うん。面白かったよ。トリックも犯人も最後までちゃんと隠してくれたし、何より『人を殺すのに理由など存在しない』ってフレーズが気に入った」
驚くべき読解力だ。やはりただの子供ではないらしい。
ふいの侵入者には度肝を抜かれるばかりだが、あの時死にそうだった子供がこうして元気になってくれた姿を見るのは正直嬉しかった。
「ねえ、名前教えてよ。僕は太宰治」
「織田作之助だ」
「何て呼んだらいい? 織田さん? 作之助さん?」
問いに、好きに呼べばいいと答えた。そして、「さん」はいらないと。
太宰は少し思案し、良い案を思いついたと云うように破顔して言った。
「じゃあ織田作」
そんな呼び方はこれまで誰にもされた事はなかったが、太宰にならそう呼ばれてもいい気がした。
なので、それでいいと答えた。
「ねぇ、織田作。僕お腹が空いたんだけど」
言われてそろそろ夕刻に近い事に気が付いた。昼からここにいたなら、昼食も食べてないのだろう。
年上に対しての遠慮のない物言い。けれど、気分を害する事なく従わせる不思議な魅力が彼には存在した。
冷蔵庫を開けると、入っていたのは昨日の残りが少々。一人ならこれに適当に何か足せばいいが、二人分となるとこれでは足りない。
「解った。買い物に行って来る。だが、俺は子供が喜ぶような物など作れないぞ」
子供が喜ぶオムライスやハンバーグなど、作った事などない。レシピを見たとて作れる自信がない。作れるのはカレーや一般的な和食や中華が少しくらいだ。
すると太宰は本に視線を落としたまま、「別にいいよ」と答える。
「そんな子供じみた物食べたくないし、焼き魚だけでも構わないよ」
まだ12歳だと云うのに、どこまでも変わっている子供だ。裕福な家で贅沢な食事をしていただろうに、魚一品でもかまわないなどと。
「それから織田作、ここには僕が飲める物がなくってね。喉が渇いちゃったよ。甘い物が飲みたいな」
確かにここにはコーヒーしかない。自分はブラックで飲むので、砂糖もミルクも存在しない。戸棚を調べたのだろうが、どっちが家主なのか・・・。
「買い物に行って来るから少し待ってろ」
「うん。いってらっしゃい」
笑顔で見送る太宰は、もう何年も一緒に生活してたような既視感すら覚えさせる。この部屋に人を上げたのは初めてだが、何故か悪い気はしなかった。
夕食は肉じゃがにして、太宰用に甘い粉末の紅茶を購入した。
一人だと淡々と進む事務的作業が、今日はなんだか楽しかった。
夕食を共にしながら、太宰が話すのを聞いていた。
自分が売られた経緯や、生家の事は一切話さなかった。
森医師の診療所での三週間を、面白おかしく話した。
時折、彼の興味は織田にも向けられる。
「織田作はいくつなの?」
「17だ」
「ふうん、僕より五つも年上なんだね。森さんからポートマフィアって聞いたけど、やっぱり怪しい密売なんかして、銃撃戦になったりするの?」
織田が所属するポートマフィアは、横浜一の苛烈な大組織であり現首領は恐怖の代名詞だ。名前を聞いただけで震え上がる者も多いと云うのに、好奇心に満ちた瞳をして訊いて来る。
そう云う物に憧れる少年達がいるのも確かで、丁度この年代は、悪い物をカッコイイと憧れる年頃でもある。
「生憎俺はただの下級構成員だからな。雑用やもめ事の仲裁なんかばっかりだな」
「ふうん、そうなんだ。派手にドンパチするばっかりがマフィアじゃないんだね」
「マフィアにも色々だ。それに子供なんかは、大抵幹部の世話に回される。そこで認められれば出世も見えて来る事もあるがな。だが、実際は喋れて意思の疎通が出来る家畜としか思ってない奴だらけだ」
「じゃあ織田作も誰かの下に付いてるの?」
「いいや、俺にはそういうのはいない。特定の者の下に付かない代わりに、色々な人間から仕事をもらってる」
やっぱり変わってるね~と感想をもらし、じゃがいもを小さく割って口に放り込んだ。
「本当に肉じゃがって美味しいね。じゃがいもがほくほくしてあったかくて。僕ずっと食べて見たかったんだ」
満面の笑みでそうつぶやく。
その言葉に驚いて、思わず質問していた。
「普段はどんな物を食べていたんだ?」
太宰は「洋食」と答えた。
「毎日毎日西洋の猿真似の、仏蘭西料理。音も立てちゃいけないし、喋ってもいけない。黙々と食べるだけ。まるで何かの儀式みたいさ」
イカレてるよねと、辟易した様子で語る。
すごいな、と織田が感想をもらすと、すごくなんてないさと否定する。
「どんな豪勢な料理も毎日なら食べ飽きるし、ただ黙々と食べるなんて、とにかく飲み込む事で精一杯さ」
それにと太宰は続ける。仏蘭西料理とは云うのはまず目で味わう物。じっくりと鑑賞してから食べるように作られているため、食べる頃には冷え切っているのが当たり前なのだと。
お抱えのシェフが料理について説明し、母親がよくも知らないくせに聞きかじりのうんちくを口にする。その不毛なやり取りが終わるまで、一切手をつける事は許されない。不毛なやりとりが終わった時には料理はすっかり冷えてしまっている。
毎日毎日強要される冷え切った料理は、まるであの家その物のようだったと。
確かにそれはそうだろう。テレビで目にする高級旅館の豪勢な料理も、滅多に食べる事が出来ないからこそ価値があるのだ。
それに、冷え切った料理、味も解らずマナーに集中しなければならない。大人ならばともかく、子供にとっては苦痛以外の何物でもないだろう。
壊れた夫婦関係、精神を病んだ母親。金持ちのやる事は解らないが、見知らぬ人間どうしが隣り合った通夜の席でもあるまいし、ただ黙って食べると云うのは大人でも苦行だ。家族がいるなら楽しくあれこれ喋って、それが「団欒」と云う物ではないだろうか? それに、並ぶ豪勢な料理はどんなに空腹でもじっくり眺める事を強要され、すっかり冷え切ってからでなければ食べる事を許されない。目の前に並んでいると云うのに、料理とにらめっこをさせられ冷えて行くのを落胆しながら見ているしかない。
もうそれはマナーではなく拷問だ。
一年中それを強制されたら、どんなグルメを追い求める人間でも裸足で逃げ出す事だろう。
そう思っていると、太宰は驚く事を口にした。
「父親が仏蘭西に別に家庭を持っていて、それの対抗心なんだろうけどさ。女の嫉妬は醜いね」
さっさと別れればいいのに、世間体のために別れないなんて大人は理解出来ないよ、と。
この年齢の子供ならば、父親の不貞を非難するのに、彼には全くその様子が見て取れない。大人のように呆れているだけだ。
「お前の親父さんは仏蘭西にいるのか?」
売られたのは、父親不在のための悲劇だったのだろうか。
「別の家庭があるのは仏蘭西。日本人女性との間に女の子が三人いて、一人は僕と同い年。でも、事業をやっているから世界中飛び回ってる」
淡々と何の感情も見えない口調。ただ事実を述べてるだけ。そんな印象さえ受ける。
「すごいな。そんな大企業なのか」
「うん、まぁ大きいね。『オウラル・マールム』って会社、織田作も聞いた事あるでしょ?」
「オウラル・マールム⁉ これか⁉ お前の親父さんはここの社長なのか? すごい人なんだな」
たまたまテレビで流れていた広告を指差し、さすがの織田も驚嘆して広告と太宰を交互に見ていた。
太宰の口から出た、その会社の名に驚かずにはいられなかった。その会社は子供でも知らぬ者などいない世界屈指の大企業だ。大戦中からめきめきと頭角を現し、ここ二十年程で世界屈指の企業に成長した会社だ。父親はそこの経営者であるそうだ。だが、仏蘭西に家庭があるため、日本には滅多に帰って来る事はない。たまに電話や手紙で連絡を取る程度だと云う。
「まぁ、社長と云うよりCEO、最高経営責任者だけどね。別に親の事なんてどうとも思ってないよ」
あっけらかんとしたその口調。
「森さんもうっとおしいくらい可愛がってくれるし、こうして織田作と知り合いになれた」
その静かな中に喜びを含んだ声音は、人類のほとんどが死滅した惑星で、何十年も他の生き残りを探して粛々と世界中を回り続けた旅人のようであった。
知らず知らずに、織田はその謎めいた子供に惹きつけられていた。
やがて夜になって、病院まで送って行くと云うと、太宰は泊まると言い出す。
医師にはちゃんと話して来たと、頑なに帰るのを拒もうとする。
しかも、「昼間はちゃんと大人しくしてるから」と、しばらく居座る気でさえいる。
確かに何かと慌ただしいあの診療所では、落ち着かないのも解る。
けれど、ここにずっといたら医師が心配するだろう。
それに、織田はこの子供の保護者ではない。現在彼を保護しているのは森医師だ。
「ダメだ。森先生の所に帰ろう」
腕を掴むと、途端に太宰の表情が曇る。
「どうしてもここにいちゃダメなの?」
何かあったのだろうか? 兄弟や家の者が探しにでも来たのだろうか?
「俺は深く心中を察したりするのが苦手だ。困ってるなら言ってくれ」
すると太宰は、うつむきながら固い声で打ち明けた。
「昨日の夜、あいつらの仲間が、腹を撃たれて運ばれて来たんだ。その時に見つかって、それからずっとあいつらの車が病院の前にいるんだ。戻ったらまた捕まる・・・。だから、森さんが買い物に出るのにわざとついて来て、ここまで案内してもらったんだ」
あいつらとは、人買いの事か? つまり、医師の元を離れた隙に攫うため、見張ってると云う事か。
少女と見紛う程の太宰は、奴らにとっては上玉の商品だ。かなりの大金を支払ったろうし、すんなりあきらめるとも思えない。
恐らく横浜中を探し回って、偶然にも医師の元にいるのを見つけたのだろう。
腹部を撃たれたなら、まだしばらくは診療所から動けないはずだ。
その間、見舞いと称して奴らは太宰を攫う機会を狙っているのだろう。
いくら大人びていても、まだたった12の子供だ。しかも、自分が知っている子供に比べかなり細い。
大人の力に抵抗しようとしても適う訳がない。
「解った。ここでいいなら好きなだけいろ」
そう告げると太宰の顔が途端に輝く。
「ありがとう、織田作」
そして、織田はきちんと医師に話すように言い、自分の携帯電話を貸し目の前で医師に連絡させた。
成り行きとは云え、困っている相手を放って置けないのが織田の性分だった。
「布団は一つしかないぞ。一人用だし、大したいい布団じゃない」
「いいよ、一緒に寝ようよ。森さんと一緒に寝るのは嫌だったけど、織田作とならかまわないよ」
学舎で旅行に行く子供のようなわくわくした表情で答えた。
風呂に入れて、髪を乾かしてやって。一つの布団で眠った。
いつもは誰かに乾かしてもらっていのいるのか、面倒がってそのまま寝ようとするので、つい世話を焼いてしまった。
織田は身体が大きいが、子供とならば狭くなかった。
誰かとこうして寝る事など、初めての事で不思議な感じがした。
幼い頃を思い返しても、いつも一人だった気がする。
温かい。これが人のぬくもりと云う物なのだろうか。
同じ布団で眠る子供は、ぐっすりとよく眠っている。この顔だけ見ていれば、年相応のきれいな顔立ちの少年なのに。
そんな事を思いながら、織田もまた眠りに引き込まれて行った。
翌日、織田の携帯に森から連絡が入った。
太宰から全て聞いたと言い、彼の着替えを取りに来てくれないか。と云う物だった。
確かに着替えを買ってやらねばと思っていた所だ。
織田は快諾し、仕事終わりに森の診療所に立ち寄った。
診療所の向かい側に一台の白い乗用車が停まっているのが見えた。運転席に細い小柄な男と後部シートには大柄な筋肉質な男。それぞれが表の入り口と裏口を獲物を待ち構えるかのように、鋭い眼差しで見つめていた。
太宰が言った人買いの男達に違いない。一昨日からずっと張り込みの刑事よろしく太宰が一人になるのを待っているのだろう。
診療所に入ると、森は何やら袋にあれこれ詰め、点検している最中だった。
「ああ、織田くん。丁度太宰くんの着替えをまとめていた所だったんだよ。すまないね、これを持って行ってくれるかい?」
森は大きな袋にいっぱいの着替えを手渡し、中に父親からの手紙が入っているからと説明した。
父親から手紙・・・。太宰は一体今回の事を何と説明したのだろう? 果たして父親は知っているのだろうか?
太宰を拾った時からずっと気になっていたその事を、森に問うて見た。
森はいつもの少しくたびれたような表情で、煙草をふかしながら話してくれた。
「太宰くんの父親には話してはいないよ。ただ、彼の自殺癖は父親も知ってるからね。川に飛び込んだ所を助けてくれた人がいて、ここに運ばれたと説明しているよ。もう家には帰りたくないともね」
それは太宰自身がそう説明したのだろうか?
その戸惑いを悟ったように、森は続ける。
「彼は驚く程頭がいい子だからね。天才と言っても過言じゃないくらいにね。父親はそんな彼を将来跡取りにと望んでいてとても期待して可愛がっているんだけど、彼の母親と云う人はね・・・」
息子が自殺を図って運ばれても、一度も姿を見せた事がない上、以前には実際に家から追い出し棄てた事さえあると云う。
いつも来るのは使用人の老女で、その老女が太宰の世話を引き受けているようだった。
「太宰くんは四人兄弟の末っ子で、おまけに離婚した父親の妹が、子供を連れて転がり込んでると云う中々複雑な家庭でね。母親は彼を産んでから精神が不安定になり、彼の存在を疎んでいたようだしね。まぁ、夫が長年他に家庭を作っていたら、不安定にもなるだろうけどね」
これまでは父親がしっかり押さえていたはずなのに一体何が起きたのだろうかと、困惑した表情で前髪をかき上げる。
誰もが憧れる世界に名だたる大財閥。金があるだけに男は妾を作り、本妻はそれに嫉妬し。裕福だからこその闇が、そこには存在するのだろうか。
「しかし、あの太宰くんが他人になつくとはね・・・」
少し感嘆しながら、森は煙草を灰皿でもみ消す。
奴らの事は私がしっかり片をつけるから、と。
ただの町医師とは思えない鋭い眼差しでそう告げた。
一見頼りなく見えるが、裏社会の人間を一発で大人しくさせるだけはある。
そう思っていると、途端に相好が崩れ「太宰くんどうしてる?」と始まる。
どうしてるも何も話した通りなのだが。
「せっかく私の元に愛くるしい天使が舞い降りたと思ったのに・・・。毎日頑張って、オムライスやハンバーグやお子様ランチ作ってあげてたのに・・・」
と肩を落とす。
この小児性愛だけは、どうしても理解出来ない。第一、あの大人びた彼がお子様ランチなど喜ぶとは思えない。それに幼く見えるとは言っても、太宰が天使だと云うには程遠い。例えるなら太宰には「小悪魔」と云う言葉が相応しい気がする。
人買いがいなくなるまで、ではなく、しばらく自分の元にいたいと言った、太宰の気持ちが解る気がした。
大きな袋を抱えて、とっくに日の落ちた道を家路へと急ぐ。
途中の店で急いで買い物を済ませる。
馴染みの商店街の方が値段も安いし気心も知れているが、老人が店番をしている所も多く、いつも長々と話しをされ帰るタイミングが見つからない。そう云うそぶりは見せているつもりだが、解ってもらえない。
自分の表情は他人には解りにくいらしい。
いつもなら仕方ないで済ませるが、今日はそう云う訳には行かない。
あの少年がお腹を空かせて待っている事だろう。
昼食は元々用意などしていなかったから、朝食の残りのパンだけで我慢してもらった。育ち盛りにはトーストなどでは足りなかったろう。
帰ったら家に明かりが付いている。迎えてくれる人間がいる。一緒に話しながら食事をする。
感じた事のない不思議な感覚だが、悪くはなかった。
ドアを開けると居間から太宰が飛び出してくる。
「お帰り、織田作」
「ああ、ただいま」
誰かにお帰りと言われるのも、ただいまと云うのも初めての事でなんだか少し照れ臭かった。
「ねぇ、その荷物・・・、もしかして森さんの所に寄って来た?」
腕の中に抱えた大きな袋を見て、苦虫を百匹程噛み潰したような表情を見せる。
「ああ、森先生から連絡があってな。お前の荷物を預かって来た」
「やっばり!」
ああもう、とつぶやいてガックリと肩を落として見せる。
何か悪かったのだろうか? 気を利かせるなんて事が得意でない自分には、太宰が何を嫌がってるのか解らない。
「でも、お前のなんだろう?」
言いながら、部屋に上がり、買い物袋を台所に置いて居間に入る。
「確かに、森さんが僕に買った物だけどね!」
袋をひったくって、中身を盛大に畳の上にぶちまける。
これ見てよ! と。
袋に入ったままの、シャツが十数枚、カラフルなズボンが十数枚。赤やピンクのコートが数枚。肌着や下着もあったが、その中にはピンクのフリルがついた女児物の寝間着もあった。
「これもこれもこれも、みんな森さんの趣味だよ! 僕は女の子じゃないのに! 向こうで着てた服なんか一枚も入ってないじゃないか!」
開けてない衣類は、たっぷりとフリルのついた赤やピンクのシャツばかり。袋に入っていた衣類のほとんどが、12歳の男児に着せる物とは思えなかった。
あの医師の趣味は解っていたが、ここまで来ると軽いめまいさえ覚える。太宰が怒るのももっともだと思えた。
「この寝間着なんてさ、完全に女物だよ! 間違ったとか言ってたけど完全に確信犯だよね! 僕が女の子に間違われるのが嫌なの知ってるくせに!」
あ~気持ち悪いと、畳に放り投げる。
「確かに、女物ばかりだな」
散らかったそれらを片付けながら見ても、到底12歳にもなる男児の衣類ではなかった。下着以外は女児の物ばかりだった。
「全く森さんは・・・。僕今夜も織田作のシャツでいいよ」
いつまでもそう云う訳にもいかない。明日あたりにでも一緒に買いに行くべきだろう。
そう思いながら片付けていると、荷物に紛れ込んだ
住所も宛名も差出人も英文で書いてあるが、辛うじて宛名の「OSAMU DAZAI」位は読み取れた。
それを太宰に渡すと、何の表情も見せないまま手で破いて開ける。
手紙を取り出し読んでいても、一向に太宰の表情には何の感情も見えなかった。
そして、読み終わると封書の中から少し小さく畳まれた封書を織田作に渡す。
「これ、織田作にだって」
確かに宛名には「織田作之助様」とあった。自分の事は森医師に聞いたのだろう。
何となく手で破るのもはばかられ、ハサミを持って来て開封する。
手紙には、息子を助けた礼が丁重に幾重にも言葉を重ねて述べられていた。そして、冬の川に飛び込んだ自分の勇敢さを称えその後の体調まで心配してくれていた。
太宰の事を「かけがえのない大切な息子」と表現してあった。自分が家に帰れないため寂しくさせている。妻が病気でかまってやれず、自暴自棄になるくせがある、と。
流暢な力強い文字で、父親の性格をうかがわせた。
本当は川になど飛び込んでないのだが、『そう云う事』になっているのだから仕方ない。
助けたのではなく、偶然『拾った』が真実だ。やってもいない事で謝辞を述べられるのは、詐欺のようで気が引けた。
手紙を封筒に戻そうとして、中にまだ何か入っているのに気が付いた。
出して見ると、それは小切手だった。
額面は、今の給料の一年分以上にも匹敵する大金だ。
「おい、お前これ・・・」
驚いて太宰に見せると、そっけなく「別にいいんじゃない?」と言う。
けれど自分にはこんな大金もらう言われはない。太宰を拾ったのも、ただの無視出来ない自分の性分だし、彼がしばらくここに暮らす事についても、それくらい自分の稼ぎでやって行ける。
そもそも川になど飛び込んでいないのだし、これでは詐欺のようではないか。
「だめだ。こんな大金もらう理由がない」
「理由ならあるさ。織田作は僕を拾ってくれて、こうして追い出さないでいてくれる」
何か問題でも? と問いかけるとび色の瞳。
「あの人にとってはこんな金額、鉛筆一本買うのと同じさ。どうせ金でしか物事をどうにか出来ない哀れな人なんだよ」
この時折見せる悟り切った表情。高々12年しか生きていないと云うのに、この世の全てを知り尽くしたようでさえある。
それでも受け取る訳になどいかない。自分は何もしていないのだから。頑なに固辞していると、「別に腐るものじゃないし」と、まるで洗剤の詰め合わせでももらったかのようにつぶやく。通常の人間には、宝くじにでも当たる以外お目にかかれない金額だと云うのに。
「まぁ、想定はしてたけどやっぱりキミは面白いね」
12の子供に面白い、と言われる理由が解らない。ただ、彼の見てる世界が、通常の人間とは違う風景である事だけは理解した。
「それにさ、一緒に銀行に行ってもらわないと僕が困るんだ」
どう云う意味か訊ねると、黙って自分の手紙を差し出した。読めと云う事らしい。
本人がそう云うのなら、構わないのだろう。
受け取って読んでみる。
無事であった事を喜ぶと共に、母親について詫びていた。病気なのだから許してやってほしいと。自分は今大きな取り引きがあってそちらに行く事は出来ないが、落ち着いたら今後を話し合いたい。家にいるのが辛ければ、フランスに来ないかと誘っていた。
指定の銀行は、金木銀行ヨコハマ支店。太宰の父親の企業グループのヨコハマ支店であった。
「僕には身分を証明する物がない。それに、銀行側にも一緒に行くものと連絡が行ってるだろうし」
ひらひらとつまんでいる紙片は、小切手だった。
確かに見ず知らずの自分に大金を送って来るような人物だ。息子に不自由のないように生活費を送って来ない訳がない。
「これで必要な物を買いたいし、それに・・・」
太宰の瞳が好奇心いっぱいに見開かれ、告げた。
「僕は織田作に興味があるんだ。キミといると退屈しないだろうし」
だからここに一緒にいたい、そのための生活費くらい受け取ってほしいと。
周囲からはつまらない、面白みのないと言われる自分の、一体どこに興味を持ったのか。別にそれなら好きにすればいいし、別に困る事もない。だが、金は受け取らない。
そう言うと、太宰は絶望したようにそうなんだ・・・とつぶやく。
「そこまで云うなら仕方ないや。子供一人じゃ相手にされないよね。あ~あ、仕様がないから今夜からこれでも着て寝るしかないかな」
世界中の不幸を背負った哀れな少年のようにため息をついて、先程怒って畳に捨てた、フリルで飾り立てられた女物の寝間着をつまみ上げる。先がスカートのようになっているそれは、女性が着るワンピースに似ていた。
「それを着るのか? 嫌だったんじゃないのか?」
「だってさぁ・・・」
しょぼくれた表情で太宰は説明する。
自分は身分を証明したくても持っていない事。子供一人では相手にされないだろう事。父親は義理人情に固く、受けた恩を三倍にして返す事で一代で世界的企業にまでのし上がった事。義理を欠いた者を決して許しはしない事。
確かにあの企業の会長・・・、太宰の父親は災害があると真っ先に支援を行う事で有名だ。社員の中の軍警や軍隊出身者を中心に、その度に災害派遣を行っている。援助物資も隅々まで行き渡るようにし、その度被害に遭った人々から菩薩のように感謝されている。
昔恩を受けたから、と云うのが支援の理由だ。実際この横浜でも孤児院を運営している。知人の子供が不幸にも親を亡くして、孤児になった事が元々の発端だと聞いている。
それ程の義理堅い人物だ。
となると手紙に書いてあったように、息子に人間としてきちんと礼を述べたか確認させるための条件なのだろうか?
ならば、自分が固辞していたら太宰が疑いをかけられると云う事か。
「解った。明後日なら休みだから一緒に行こう。悪いが一日待っててくれ」
「うん。織田作がそう云うなら何日だって待つよ」
この輝いた表情は、森医師でなくとも舞い降りた天使のように思えた。
少年が天使に見えるなど、おかしいのではないかと思ったが、微笑んだその表情が美しく愛らしいのは確かだった。
神様もう少しだけ・・・ 朱音 @mayoineko-kuon
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