第6話
翌日、俺は学校にバットを持ってこなかった。
酷い筋肉痛に襲われ、素振りなんてする気になれなかったのだ。ついでに妙なトラブルに巻き込まれたことによる精神的疲労ものしかかり、今日の俺はひたすら無気力になっていた。
「はぁ……もう何もしたくない」
授業が全て終わり、放課後になっても、俺は教室の自席で項垂れていた。早く帰りたいという気持ちはあるが、それ以上に立ち上がるのが億劫で仕方ない。
「やっぱ、どう考えても俺に野球は向いてないよなぁ」
実のところ、ルールもよくわかっていないんだ。試合を見たこともないし、現役選手の名前を答えろと言われても、一人も挙げられない。
それに、球拾いが嫌で入部を渋るとか、日に当たるのが嫌で日陰を自主練の場所に選ぶとか、そういうことをしている時点で、もうどうしようもなく精神性が野球選手に向いていない。
青春といえば野球という気がしたんだが、俺には難しいようだ。現実的ではないと認めざるを得ない。
俺が将来、甲子園で大活躍する選手になるなんて、宇宙人と出くわすよりもよほどファンタジーだ。
「────だったら! 探偵部に入りましょう!」
「うわっビックリしたっ⁉」
どこからともなく生えてきた猫嶋に、危うく椅子ごとひっくり返りそうになった。
「……神出鬼没だな」
「ずっとここにいましたよ? 枯芝さんが気づいていなかっただけです。それよりも今、お暇ですか? お暇ですよね!」
「いや、暇じゃない。これから帰るところだ」
「いえ、顔に暇だと書いてあります!」
失礼な奴だな……と思ったが、あながち否定できない。確かに今の俺はもの凄くしまりのない顔をしているだろう。その自覚はある。
暇だと思われても仕方ないし、実際やることもなくダラダラしており、暇と言えば暇なので反論のしようもない。
「あ、そうそう。昨日はどうもありがとうございました。お陰ですっきりした気持ちで依頼を解決することができました!」
「あれは……俺が解決したわけでもないし、お礼を言われる道理はない」
「いえいえ、枯芝さんのおかげです。あなたはきっと探偵に向いているんですよ! ぜひ探偵部に入ってください!」
何をしにきたのかと思えば、部活の勧誘か。部員二人なんて、部活動として成立するギリギリの状態だし、とにかく数だけでも揃えたいんだろうな。
「向いてないって。昨日だって、依頼の解決自体には一切関わってないんだ。俺に探偵の素養はないよ」
「なら、探偵助手としてはどうですか?」
「……助手?」
助手……助手か。昨日はなんとなくで引き受けたが、そもそも探偵の助手っていうのは何をする役職なんだ?
「そんなよくわからないものになりたいとは……」
「よくわからなくても、特別な肩書であることは間違いありませんよ。それは私が保証します」
「特別な肩書?」
「何者かになりたいんでしょう? モラトリアムを過ごす高校生らしい悩みだと思います」
「……っ」
「今、驚きましたね? 私を誰だと思っているんですか? これでも探偵部の部長なんですから。これだけヒントを貰えれば、あなたの悩みぐらい簡単に見抜いてみせますよ」
猫嶋はまさしく探偵っぽく、全てを見透かしたように薄く笑い、俺をジロジロと観察する。
「野球はもうやめたんですか?」
「……ああ、やめたよ。バットも家に置いてきた」
「そうですか。飽き性なんですね」
「そうでもない。ただ、すぐに現実が見えるだけだ」
「現実?」
「このまま続けても、どうせ上手くいかないだろうなって現実。だから早い段階で切り上げて、別のことを始めるんだ」
わかっている。世の中、そんなゴチャゴチャ言い訳をしないで、盲目的に一つの物事に取り組める奴の方が成功するってことぐらい、誰だって知ってる。
けど、失敗することがわかってしまったら、もうそれ以上努力なんてできないじゃないか。
「野球は明らかに俺に向いていなかった。でも、こんな言葉があるだろ? 挑戦する前から諦めるな……みたいなさ。どこかで聞いたその言葉にまんまと乗せられて、高校入学を機にバットを買ったんだ。そして案の定、一月も続かず現実が見えた」
「私も、枯芝さんに野球は向いていないと思います。というより、スポーツ全般が向いていないというか、情熱的な行いそのものが不向きであるような気がしますね」
「……お前なぁ」
それじゃまるで、俺が世の中を斜に構えて見る、冷めきったつまらない男みたいじゃないか。
まあ、それもまた否定できないところではある。何をやっても中途半端に終わる俺は、きっと現実を退屈に感じている。
「だからこそ、探偵部に入りましょう!」
猫嶋は机に上半身を乗せ、頭突きするつもりかというほど、強引に距離を詰めてくる。
「なんたって、私の助手ですよ? きっと楽しいと思います。枯芝さんが求めているものだって、きっとそこにあるはずです!」
「俺が求めているもの……ねぇ。俺は一体、何を求めてるんだろうな」
「それは知りません。探偵助手になるなら、それぐらい自分で答えを見つけ出してください」
「……急に手厳しいな」
とはいえ、甘ったれの俺には妥当な扱いかな。俺だって、何でも与えられる立場を望んでいるわけじゃない。
俺が何になりたいのかはまだわからないが、少なくとも、そんな腑抜けになりたいと思っているわけではないことは確かだ。
「わかったよ……とりあえず仮入部だ。俺に合ってないと思ったら即座にやめる。それでいいなら、探偵助手ってやつになってやる」
「本当ですか⁉」
興奮気味に息を荒げ、俺を凝視してくる猫嶋の目は、まるで夜闇を歩く猫の目のように光っていた。
「だったらさっそく部室……じゃなくて、事務所へ行きましょう! 探偵部の活動開始です!」
そうして俺は引きずられるようにして、部室へと連れて行かれた。
これから俺がどうなるのかはわからないが、せめて今度は一か月以上続くことを願おう。俺だってそろそろ、自分が何者なのか知っておきたいところだからな。
ファンタジーなんて信じない 司尾文也 @mirakuru888
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