第9話
「オペレーション開始。日引さん。日和さん。……そしてリーダー。全力を尽くしましょう」
まるでこれからお祈りでもするかのように、厳かに千夏が言った。
千夏が慣れた手つきで通常よりかなりキーの多いキーボードのエンターを押すと、一枚しかなかったモニターが一気に何枚にも広がった。
モニターは千夏を取り囲むように広がり、歳星の様子がリアルタイムで映し出されていた。
まるで小さな簡易司令室のようだった。アニメでよく見るようなやつ。
…………いや、昔のアニメだから俺は見たことないんだけど。
「真昼さん、タブレットのコード、繋げてもらえます?」
モニターから目を離すことなく指示を出す千夏。非常事態なので猫の手より役立たずな俺の手も借りたいのだろう。
見よう見まねでコードを千夏の指示に従ってモニターに挿す。液晶画面には歳星のマップがメインモニターに映し出された。
「ヤヨイさんは無線機と通信、お願いします」
「承りました」
俺とは正反対に素早く対応するヤヨイ。機械は機械に詳しいのだろうか。
千夏は俺たちに短く礼を言うと、何やら難しそうなガジェットをいじくりまわしている。その間にもモニターで歳星の確認をしているのだから脱帽である。
「……あ! 繋がった! 千夏、大丈夫!?」
「はい! 自分は大丈夫です! ヤヨイさんと真昼さんも無事です!」
一番左のモニターに日和の顔が小さく映し出された。同時に日和の位置情報も表示される。
彼女の顔は疲弊しきっていたが、その目は爛々と輝いている。この非常事態に浮足立っているのがわかる。
「アドレナリン出まくってんな」
「! 真昼! 無事っぽいね。よかった。こっちはあんまり戦況、わかってないかも……兵士の素性もわかんないし、色んなとこに散らばってる状況で」
「兵士の情報、ですね。おそらく私兵だと思われます! 王族や兵士、民間の軍隊にもデータが合致しないので」
千夏がモニターを見上げながら話す。
「敵は、開発村Aの森林区域に拠点を置いてるようです。総大将……なのでしょうか、そいつを守っている兵士がいるようなので、データ送りますね」
「うん。ありがと。とりあえず私らはこれ以上被害が出ないように食い止めてる。拠点の攻撃するなら日引とリーダーに送るのが良いかも」
「了解です! 一斉送信しますね」
日和との通信が切れると、千夏はそのまま作業を続ける。どうやら敵の侵攻状況を確認しているようだ。
じっとしているはずなのに呼吸は荒く、その表情は鬼気迫るものがあった。
「手伝えること、あるか」
恐る恐る聞いてみると、彼女はちらりと俺たちを見た。
しかしすぐに目線をモニターに戻すと、何も言わず作業を再開した。
「開発村B、Cの被害は今のところ軽微ですね。Aが狙われているのでしょうか。」
しゃがみこんでモニターをまじまじと観察していたヤヨイが呟く。千夏は相変わらずなので、今の発言は俺に向けられたものなのだろう。
「そうだな。敵の拠点もAにあるし、狙いは開発村Aってとこか」
「月の下国では古来より米が主食だと聞きます」
「そんな理由かは知らんが、まあ魚とか野菜狙うよりは被害はでかいかもな」
とは言ったものの、些か腑に落ちない。ヤヨイも総当たり的に可能性の一つを言ったに過ぎないようで、それ以上は何も言わなかった。
それに開発村Aを攻撃することは、すなわち我が国の危機に繋がる。確かに米は主食っちゃ主食だ。俺は滅多にありつけなかったが。
まあ俺のようなスラムの民はともかく、中流以上の家庭や、それこそ王族の飯は大打撃を受けると思う。
「千夏様、革命軍本部はマップではどこに位置するのでしょうか」
ヤヨイならとっくの昔に知っているのだろうが、俺が理解できるようにわざわざ聞いたのだろう。
「本部はどこにも属してないです。かなえさんの私有地という扱いですね」
モニターから目を離すことなく千夏が答える。
「……どこに近いかと言われたら、開発村C、ですね」
なぜか追加の情報をくれた。
「なら革命軍のことは関係ないのか? いや、でも」
非常事態のくせに何の戦力にもなっていないので、せめてもの意味で自分の足りない頭を動かす。
やはり奴らの目的は米……なのだろうか。スラムの奴らが一揆を起こした、とか。いや、でもそれならなんで国じゃなくて革命軍のある歳星なんかを……。
「……! え、あれ、なんで」
かぼそい声が聞こえた。
見ると千夏がさっきまでせわしなく動かしていた手を止め、茫然とした表情でモニターを見つめていた。
︎︎ヤヨイがふと、恐ろしい仮説を口にした。
「ご主人様。今から言う事は、決してご主人様のが気に病む必要のないことです」
機械なりに気遣いの言葉を口にするが、その表情はいつものように無であり、不安は拭えない。
その能面のような完成された顔で、アンドロイドは無慈悲に口を開く。
「敵の目的は、食料でも革命軍でもなく、ご主人様である可能性があります」
メインモニターが切り替わり、日引の顔が映し出される。
「繋がった! 聞こえる? 聞こえなくても言うからね! 敵の主力部隊が開発村Bに向かってる!」
白い顔をさらに顔面蒼白にして、モニター越しに日引が叫ぶ。
つまり、それって。
「敵は、避難区域に向かってる!」
俺は茫然自失となった千夏の手を無理やり引っ張り、部屋を後にした。
部屋の外はがやがやと人々の話し声が木霊して、来た時以上に五月蠅かった。
どの人も皆一様に焦りが見えた。俺は適当な人の腕を掴んで、
「おい! 何があった?」
と状況を確認する。
「上で爆発音がしたんだよ! なんなんだ!? 歳星は『革命軍』が守ってくれてんじゃねえのか!?」
隣で千夏がビクンと肩を震わせる。
これ以上この男から何か聞き出すのは得策ではない。俺は手短に「ありがとな」と礼を言ってその場を離れた。
「どうする。外見に行ってみるか」
「あ、えと……」
俺が聞くと、千夏は歯切れの悪い反応を見せた。いつもの快活さは鳴りを潜め、この状況がいかに彼女の計算外であったのかが窺える。
「黙っててもわかんねえだろ」とはとても言えなかった。
彼女は今も会ったばかりの俺の手を必死に握りしめ、目をぐるぐるとさせながら「ごめんなさい」とうわ言のように呟いている。
そんな子を責めることなんて俺にはできなかった。別に俺の性格の話じゃない。なんなら仮にも革命軍幹部の彼女がこんなことになっていれば、叱咤するのが正解なのだろうが、自分の命にすら自信の無い俺に、そんな恥知らずな行為はできなかった。
全てすべて、俺の弱さたる所以だ。
「千夏様。もう一度、外のドローン映像を確認されてはいかがでしょうか」
しかし、そんな人間の弱さなど、毛ほどにも感じない存在がここにはいる。こいつの頭には今、「ご主人様とその仲間の生存率」しかない。
ヤヨイは首をこてんと傾げて「必要なら、私が確認致しますが」と提案する。
「それに」とヤヨイは無表情で続ける。
「まずはこの状況に早急に対処なさることを、強く推奨致します」
「ご主人様と千夏様の生存率が上がりますので」と悪びれることもなく平然と口にするアンドロイド。
この場で一番言わなきゃいけないけど言っちゃダメな事は、機械だからこそ言えるのだろうか。
ともかく玉兎にとって人の感情の機微などどうでもよいことがよく分かった。普段どれだけ取り繕っていても、だ。
しかし場の空気完全無視のこの言葉が、果たして正解なのか間違っているのか、皆目見当もつかないが、少なくとも俺には効果があった。
「ヤヨイ、千夏が仕掛けたドローンの映像、ハッキングとかできるか」
「もちろんです。玉兎の映像、及びハッキングプログラムは……」
「できるならなんでもいい。3秒以内に外の様子を確認しろ」
「畏まりました。……ハッキングを開始します。完了まで3、2……1。ハッキング完了。これより、データをご主人様にお伝えします」
ほんとに3秒でやりやがった。
「外には私兵と思われる兵士が50人程。螢惑の時と同数ですね。そのうち20人が爆発物と思われる武器を所有しております。おそらく、爆破して避難区域へ侵入しようとしていると考えられます」
螢惑での出来事は思い出したくもないが、あの時と同程度か。あの時のように、敵を撒くだけならなんとかなりそうだが、今回はそうはいかない。
避難所にいる全員の命がかかっている。俺の隣で震えている
怖くて仕方がないが、背に腹は代えられない。
「ヤヨイ、俺とお前だけ避難所の外に出ることは、できるか」
小さくハッと息を飲む音が聞こえる。
「……っ! 真昼さん、それはダメです! なんのために自分があなたをここに連れてきたと」
「許可できません」
ヤヨイがきっぱりと言い放った。隣で必死に止める千夏の声ごと切り離すように。
「……理由は」
「確かに、ご主人様を外に連れて守りきることは可能です。玉兎ですので」
「じゃあなんで」
「生存率が下がります」
ヤヨイは至極当たり前のことを言った。それでも納得のいかない俺は食い下がる。
「お前の言う事は間違っちゃいない。でもな、今回は俺たち以外の命が関わっている。俺がここにいたら、他の連中も一緒にくたばることになんだぞ」
「それがどうかしましたか」
「………………え」
絞り出した声は、俺のものか、千夏のものだったのか。
俺たちの動揺を気に留める様子もなく、ヤヨイは続ける。
「この避難所はいずれ攻撃を受けます。間違いございません。ですが、ご主人様が自ら外にでるより、ここにいる方が安全です」
「っだから! それだとここにいる奴全員の命が」
「何度も言いますが、それがどうかしましたか」
無表情でアンドロイドは、先ほどのように首を傾げた。
「『ここにいる奴全員の命』とやらが、ご主人様の安全以上に、優先されるものなのでしょうか」
「人じゃないなにか」が平然と口にする言葉を、ただただ聞くしかなかった。
ぞわり、と全身に悪寒が走る。
どれだけ「人」を装っても、国のお偉いさんのために「女」として作られていたとしても、こいつは月の最高傑作「玉兎」だ。
地球という汚い惑星に棲む人間をとことん見下す、そんな月で生まれた高性能アンドロイド。
俺が、間違っていた。思い上がっていた。
人としての倫理観とか、そんなものが多少こいつにも理解できるんじゃないかと期待した俺が間違っていた。
俺を「人間」として特別視しているんじゃないかと、そんな甘い期待をした俺が、馬鹿だった。
「考えましょう」
突然、俺の右手がぎゅっと握られた。
ずっと俯いていた千夏が、じっとヤヨイを見据えている。
「ヤヨイさん、手伝っていただけますね」
「ええ、もちろん」
機械的に、ヤヨイが答える。
「私だって革命軍の幹部です。『ここにいる奴全員』の命を救うために動くのが義務です。…………たった一人の命を優先するほど、愚鈍ではありません」
嫌味の通じない玉兎は、ただ無表情で千夏を見つめている。
「真昼さん、ヤヨイさんに命令できますよね」
「あ、ああ。それなりには」
俺の要領を得ない返答に、それでも満足げに頷くと、彼女は続けた。
「ヤヨイさんの戦闘能力があれば、50人程なら蹴散らせるかもしれません。避難区域には武器庫もあります。結局ヤヨイさん頼みですが……」
千夏の眉間にグッと皺が寄る。
「
それが彼女の「人間」としてのささやかな抵抗なのか、最後まで俺にはわからなかった。
「ヤヨイさん、あなただけが外に出ることはできますか。できますよね」
いつもの強引さに、少しの怒りが含まれた声音で千夏が言う。
「それは命令ですか」
「ええもちろん」
ヤヨイが俺の方を向く。「ご主人様」以外の命令は聞く気がないのだろう。
「ヤヨイ、俺はここにいれば安全なんだろ」
「100パーセントではありませんが」
「それでもだ。お前がいれば外にいる連中を何とかできる。俺も避難所にいれば安全が確保される。そうだな?」
「お言葉ですがご主人様」
玉兎が、何か言いたげに反応する。先ほどまで「感情の無いアンドロイド」として振る舞っていたくせに、こういう時だけ人間を責め立てる。
「外にいる50人の命は、皆殺しでいい、ということですね」
背に百足が這うような、気持ち悪い汗が流れる。
「50人の命は、ご主人様の責任です」
その通りだ。外にいる50人には、家族も、恋人も、友人もいることだろう。家族も恋人も友人もいない俺と比べたら、天と地ほどの差がある。
兄なんて家族の頭数にいれたくない。
ヤヨイがこれから殺す50人は、俺が殺す50人だ。
こいつは道具で、俺は道具を使う人間だ。さっきの千夏の言葉が脳裏によぎる。
「ガジェットを使うのはいつだって人間側」
確かにそうだ。だからこそ、
使う人間は責任を持つべきではないだろうか?
「……ああ、そうだな。俺の責任だ」
今この状況は予想できたこと。俺が自分で諦めた命を、強制的にこの女に取り戻させられる話。
犠牲が伴わないわけがない。多くを犠牲にして、それでも死ぬかもしれない俺の命。
だからこそ。
自らが奪った命に「ごめんなさい」で済ますほど、俺は強くない。
全部受け止めて、泣きながら謝ることもできずに血反吐はいて生きるのがお似合いだ。
「ヤヨイ、全部俺のせいだ」
だから。
「やってこい」
間違いとも正しいとも言わずに、玉兎は口を開く。
「承知致しました。ご主人様」
「では行って参ります」と89式を持って早速出口へと向かうヤヨイ。
「あ! お待ちください!」
見ると千夏ががちゃがちゃと大荷物を持っていた。
「武器庫から持てるだけ持ってきました! やっぱり、旧式の武器では不安ですから」
「千夏様、武器は旧式でも私は新式です。ご安心ください」
「てめえも旧式だわ」
如月の謙虚さを見習ってほしい。
「と、とにかく! 手榴弾など広範囲に届く武器もあります。……一応確認しますが、追い払うだけですからね」
「こちらも被害は最小限にしたいので」と小さく付け加える。
「…………? ご主人様は皆殺しにしろと」
「言ってねえわ。そうなっても責任は持つって意味だわかったか旧式」
とんでもない鬼畜なってんじゃねえか俺。否定しないけど。
千夏から武器を受け取ったヤヨイは「それでは、今度こそ行って参ります」と敬礼して出ていった。
数分後、爆発音と兵士と思われる男達の悲鳴が聞こえてきた。
「さすが玉兎、ですね」
千夏がポツリと呟いた。
「一旦出てみるか?」
「いいですけど……」
なぜか言い淀む千夏。気遣うような瞳で俺を見上げると、
「真昼さん、死体とか、いけます?」
「……ああ」
なんだ、そんなことか。
「さっきも言ったろ、ってお前は聞いてないか。犠牲にしたもんは責任とる。それに死体なんてスラムに死ぬほど転がってるからな」
感覚も麻痺するってもんだ。
「慣れてるんですね。私は……なんでもないです」
無言で俺は千夏の手を引いて、出口へと歩く。シャッターを開けて、階段を昇る足取りが、いやに重かった。
階段を昇りきると、なぜか碧が立っていた。
「終わったぞ」
とだけ言って立ち去ろうとする彼を慌てて引き留める。
「終わったってなにが!?」
「作戦」
「単語で答えるな。一から説明しろ」
面倒くさそうにため息を吐くと、碧はこれまでの経緯を説明した。
「開発村Aにいる総大将の首を取ってきた。千夏を迎えに行こうとここに来たら、こいつが皆殺しにしてたってことだ。どうすんだこれ」
心底嫌そうにヤヨイを指さす碧。当のヤヨイは碧の表情など我関せずで「抵抗してきましたので」とケロッとしている。
「捕虜は何人か確保したが、開発村Cを襲った連中の話を聞こうと思ってたのに、皆殺しにされちゃあなァ」
碧は責め立てるようにヤヨイを睨みつける。隣にいる千夏はおろおろと俺とヤヨイを交互に見ている。
「追い払うだけだっていったじゃないですか」と小声で俺の袖を引っ張る。
「それは全部俺の責任だ。俺が命令して、こいつがそれを実行しただけ。こいつらの命も、捕虜の事も、俺のせいだ」
俺の言葉を聞いて、碧はフンっと鼻を鳴らした。
「帰るぞ」
碧はそれだけ言って立ち去った。千夏が慌てて後を追う。
「大層なご身分だな。ゴシュジンサマってのは」
開発村B、Cの被害は軽微。ただし、避難区域近辺の見直しが必要。
開発村Aの被害は甚大。復興作業が必須となる。
義勇軍(と革命軍のメンバーは呼んでいる)は多くの死者を出した。しかし、侵入者を何人か捕虜として確保し、敵の総指揮をとっていた人物については暗殺に成功。
「だ、だいたいこんな感じ……でしょうか」
「ありがと蛍。とってもわかりやすかった」
そう言う日和の顔は険しい。義勇軍の指揮を執っていたのは彼女だ。責任を感じているのだろう。
拠点に戻る頃には日が暮れていた。みな夕食など食べる気にならず、こうして今回の作戦の反省会をしているのだ。
いや、反省会なんて生ぬるいもんじゃない。訓練とは違うのだ。本気で人の命がかかっていた、「戦争」だったのだから。
今いる革命軍のメンバーは日和、日引、蛍、千夏、そして小春の5人。そこに俺とヤヨイが同席している状況だ。
肝心のリーダーである碧は現状確認だけすると「寝る」と部屋を後にしてしまった。
「いいよ、いつもあんな感じだから」
日引の言葉に誰も何も言わないあたり、これが当たり前なのだろう。まあいい。俺もアイツの顔見なくて済むのはせいせいする。
小春は部屋の隅で体育座りのまま、何も言わない。会議に参加するつもりはないようだ。
重苦しい空気が和室に流れる。
「じゅ、住民の皆さんには……報告されたのでしょうか」
空気に耐えられなくなった蛍が、おずおずと手をあげる。
「……開発村Aの被害状況だけ。それ以外は私たちの問題だから」
帰る道中に聞こえた放送は日和のものだったのか。かなり悲痛なもので聞くに堪えなかったので誰かわからなかった。
「そうですか……」
再び重苦しい空気が流れる。小春の姿勢を崩す衣擦れの音だけが室内に響いていた。
「……すみませんでした!」
黙りこくっていた千夏が突然叫んだ。
「今回のことは……全部全部、ぜんぶっ……自分の落ち度です。あの時、もっとちゃんと皆さんの後方支援ができれば……冷静になっていればっ……」
しゃくりあげながら謝罪する千夏は見ていてとても痛々しかった。
「そ、そんな……千夏さん一人の責任では……」
蛍が千夏の背中をさするが、効果はない。
「……私は、千夏が悪いとも良いとも言わない。千夏とおんなじ状況にならないとわかんないから」
その言葉に日引が同調するように、千夏に話しかける。
「日和の言う通り、だよ。大事なのは、『なんで開発村Cが襲われたのか』ってことと、これを繰り返さないことのふたつ。『反省会』なんかしててもしょうがないでしょ」
優しい声色でふわりと笑う日引。革命軍に「遊び」で入った彼らしい優しい笑顔だった。
「なんで開発村Cが襲われたか」か。俺はごくりと唾を飲み込む。
「そのことなんだが」
突然言葉を発した俺に、メンバー全員がこちらを向く。驚いたことに小春も、興味深そうにこちらを見つめている。
「あくまで可能性の一つに過ぎないが、あいつらは俺を狙ったのかもしれない」
ピクリ、と小春の肩が震える。他のメンバーも訝し気に俺に質問を投げかける。
「じゃ、じゃあ開発村Aは単なる陽動だったってこと?」
「そうかもな。本命はCで、尚且つ俺のことを知っている連中かもな」
蛍が恐る恐るといったように質問を投げかける。
「ま、真昼さんを狙っている連中って……王立病院の研究員部隊……ですよね? 千夏さんの解析では……どこにも属していない、私兵だったようですが……」
蛍の下で千夏がコクリと頷く。
「王族がご主人様の捕獲に本腰をいれた、という見方もできますね」
何でもないふうにヤヨイが呟く。
「それでも、だよ。陽動に開発村Aを使うのは、政府としても困るんじゃないかな。一応、主食の生産地だよ?」
日引の言うことももっともである。陽動なら、開発村Bを襲ったっていいはずだ。
「え、えと……いいでしょうか」
「どうぞ」
促された蛍が小さな声で見解を述べる。
「か、開発村Aは、その、歳星でも一番……人口が多いじゃないですか。そ、それに、革命軍の放送室……じゃなくて、電波塔もあります」
「つまり何が言いたいワケ?」
「ひいっ……」
日和の容赦ない睨みにおびえる蛍だったが、日引に「まあまあ」と宥められ、そのまま続ける。
「じ、人口が一番多い村を襲う方が……陽動になります、よね。それに、革命軍も使っている要所もある場所です。そこを襲うということは……」
不安を覆い隠すように両手を握りしめながら、蛍が続ける。
「もはや政府は歳星を見捨てる準備ができた、ということではないでしょうか……」
突然、小春が立ち上がった。
蛍の見解を飲み込む前に、一同は小春の動きに注目してしまった。
「飽きた。寝る」
彼女はそれだけ言って、兄と同じように襖を開けて出て行った。
「あ、あの!」
小春に続くように、千夏が立ち上がった。
「どしたの? 千夏」
日引が不思議そうに尋ねる。
「じ、自分も、席を外させていただきます!」
いつもより歯切れは悪いが、少し調子を取り戻した声で言うと、彼女は勢いよく襖を開けた。少ししてどたどたと騒がしい音が聞こえ、次第にそれも遠のいていった。
シン、と部屋に静寂が訪れる。
「…………寝よっか」
日和の一言で、みんな不安げな顔をしながらも、その日は解散となった。
急いで拠点である神社の渡り廊下を走る。
「廊下を走らない」というのは祖父に口酸っぱく言われていたが、今はそんなこと言う人誰もいない。
役に立たないと。
それだけしか頭になかった。
見捨てられた自分にも、まだ使い道はあるはずだから。
目的地は社務所にある黒電話。いつのやつかわからないけれど、繋がるはず。繋げてみせる。
真昼さんとヤヨイさんに見つかったら厄介だから、早めに終わらせないと。
必死になって走って、黒電話の前に着くころにはぜえぜえと息が上がっていた。
そんなことも気にせず、黒電話のダイヤルを回す。くるくると回るダイヤルは液晶パネルと違って非常に動作が遅い。
「チッ……」
思わず舌打ちをこぼす。焦る気持ちを嘲笑うようにダイヤルはくるくると回る。だいたい、黒電話の使い方なんて学校で教えてもらえるかどうかも怪しい。何千年も前の知識だ。もはや趣味の領域なんだから。
「幹部に配られてる端末は履歴残るからなあ」
誰に向けたわけでもない愚痴をこぼす。
やっとの思いで繋がった受話器をこれでもかと耳に押し付ける。
…………ちゃんと、聞いてくれるかな。
というか、私のこと、憶えてるかな。
そんな不安とは裏腹に、目的の人物は、電話に出た。
ごくりと唾を飲み込んで話す。
「あ、お母さま、あのね」
頼みたいことがあるの。
真昼を月まで連れていけ 柴まめじろ @shiba_mameta
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