第8話

歳星防衛作戦さいせぼうえいさくせん


 大仰な名前だが、実際は歳星に縦横無尽に飛ばされている偵察用ドローンの定期メンテナンスを千夏が大袈裟に名付けただけである。

 俺は彼女に引きずられ、無理やり同行させられたわけだが……。


「至急連絡! 至急連絡! 開発村Aにて謎の軍隊が歳星境界線を突破! ……こっちに向かってきてる!」


 隣で日和ひよりが怒鳴るような声で液晶端末に話しかけている。きっと革命軍本部への連絡だろう。

「真昼! 連絡用の端末とか持ってる?」

「持ってるわけないだろ!」

 日和につられて俺も焦る。

 日和は小さく舌打ちをすると、俺の腕を掴んで言い聞かせた。


「いい? ここから東に300メートルまっすぐに走って。そこに千夏がいると思うから」

「お前はどうすんだよ!」

「私はやることあるから!」

 周囲が次第に銃声と悲鳴で埋められていく。

 日和は周囲を見渡すと眉間に皺をよせ「わかったらはやく!」と俺の背を押すと、自分は反対方向に向かって走りだした。

 ぽつんとその場に残された俺は仕方なく日和の言う通りにすることにした。

「ヤヨイ」

 ただそのことだけが、心配だった。


「みなさん! 今すぐ開発村Bの『天つ日避難区域』への避難をお願いします! 冷静に、押さずに! みなさんの命が最優先です!」

 言われた通り千夏の元へ向かうと、村は大混乱であった。女の甲高い叫び声、子どもの泣き声、運悪く撃たれたのだろう、悲惨な呻き声も聞こえる。

 そこにヤヨイの姿はなかった。

 避難誘導をしていた千夏が俺に気づき、「こちらです!」と手を振る。


「真昼さん! ご無事でしたか!」

「ヤヨイは!?」

 俺の問いかけに千夏は案外冷静に返す。

「真昼さんのGPS反応を読み取ってあなたを探しにいかれました。……入れ違いになったみたいですね」

「どうすんだよ! あいつ一人でもし敵に捕まったら……」

「落ち着きましょう。……玉兎はある程度の戦闘能力があります。そう簡単に捕まることはありません。それに、ヤヨイさんはあなたの位置情報を常に把握されています。じっとして、自分たちの指示に従ってください」

 千夏は俺を安心させるように肩を力強く掴んで俺の顔をじっと見据えた。

 その顔に少しばかり俺も落ち着きを取り戻した。


「……ああ、わかった。……さっき日和がどこかに行った。何しにいったんだ?」

「きっと革命軍部隊への協力要請です。日和さんは、幹部ですので。有事の際には兵に協力を要請することができるはずです」

「徹底抗戦ってことか」

「……そうならないといいのですが」

 千夏が不安げに空を見上げる。抜けるような青空が、嘲笑うように光り輝いていた。

「わっ!? ……いたっ」

 背の低い千夏が避難する住民の一人に押しのけられ、ふらりとよろけた。慌てて彼女を受け止める。

「ありがとうございます」と普段からは想像できない蚊の鳴くような声でお礼を言う千夏。彼女も不安なのだ。「平和」とされる歳星でこんな非常事態が起こったのだから。

「治安、悪くなってきたな」

「ええ。あらかた避難誘導が終わったら、自分たちも避難区域に移動しましょう。少し遠いですが……歩ける距離です」

 そう言って彼女は俺の手を取った。


「あの……何の気休めにもならないのですが」

 握られた手にぎゅっと力が入れられた。

「ヤヨイさんは、必ずあなたを見つけてくれます」

 慰めるように、励ますように笑顔を作る千夏。

「だって、あなたは、玉兎の『ご主人様』ですから」


 避難誘導が一段落ついた後、俺と千夏は改めて開発村Bに存在する『天つ日避難区域』を目指すことにした。

 この避難所はかなえの私有地として政府には報告されてあるらしい。実際には革命軍が襲撃された時のために用意されているシェルターのようなものだ。

「地下に繋がっているので、見つかる可能性はほぼありません。ない、はずです。武器庫やバイクなどの移動手段となるものも保管されています」

「とにかくそこで態勢を整えるのです」と神妙な顔をして千夏が教えてくれた。


 しばらく歩いていると、千夏のスカートのポケットがブルブルと震えた。彼女は慣れた手つきで端末を取り出すと、液晶画面を見て少し驚いた声をあげた。

「あっ! 本部からの連絡、ですね」

 そう言って手に収まる大きさ程の液晶端末を耳に当てる彼女。

「はい! 革命軍幹部、コードネーム千夏ちなつ。こちら無事です! そちらの状況は? はい……はい。わかりました!」

 千夏は突然、俺に端末を手渡した。

 戸惑いつつも受け取り、耳に当てると蛍の焦った声が聞こえてきた。

「ご無事ですか!? ご無事ですね! あ、えと、その、こ、こちらはコードネーム、ほたる。本部での状況をお伝えします。げ、現在本部でも協力要請を、お願いしているところです。リーダーが、そちらに向かっているので、合流してください」

 蛍は一通り事務的な内容を話すと、心配そうに聞いてきた。

「あの……ヤヨイさん、大丈夫ですか」

「……入れ違いになったらしい。あいつは俺の位置情報をGPSで把握してるから、見つけてくれるさ」

 電話口で彼は安心したようにほっと息を漏らすと、再び業務連絡を始めた。

「開発村Bはまだ侵入されていませんが、いつ襲撃されるかわかりません。千夏さんの端末になるべく安全なルートを送信しましたので、案内に従って、リーダーと合流してください」

「ご武運を」

 そう言って連絡はプツリと切れてしまった。


 その時だった。

 頭上から、聞き覚えのある張り上げた声が降ってきた。

 どこか危うさを孕んだ、必死な声だった。

「革命軍有志隊各位に告げる! スラム街第1区、歳星開発村Aが何者かの襲撃により被害を受けている。勇気ある者は今すぐ作戦基地に合流せよ! 繰り返す! 勇気ある者は、今すぐ作戦基地に、合流せよ!」


「太陽は我らにあり!」


 最後に怒号にも似た声で放送は締めくくられた。

「……日和の声だな」

「……はい。開発村Aにある電波塔からの放送です」


「いよいよ、始まりますね」


 こうして、「歳星防衛作戦」というふざけた作戦は、ある意味真実味を持って、始まったのである。


 蛍から送られてきた「安全なルート」を通り、俺たちは必死の思いで開発村Bの漁村に到着した。

 何が安全なルートだ。山道じゃねえか。

「……村の中は既に銃撃戦が繰り広げられてましたからね! 当然と言えば当然です!」

 フレアスカートが汚れるのを気にも留めずズンズンと山道を歩いていた千夏だったが、流石に顔には疲れの色が見える。


「リーダーとの合流地点は……ここらへんですかね……」

 息も切れ切れに千夏が呟く。

「ああ、目の前だな」

 千夏に肩を貸しながら、俺は前方を指さす。

 そこには、相棒のように佇むバイクの傍に無表情で突っ立っている革命軍リーダーであるあおいと、

 片腕の取れた、ヤヨイがいた。


「……来たか」

 碧が俺たちを一瞥して独り言のように呟く。

 そんな彼を無視して、俺はヤヨイに近づく。

「腕、取れたのか」

「ええ。ご主人様を探しに開発村Aを探索していたところ、銃撃戦に巻き込まれまして。このような結果に」

「申し訳ありません。ご主人様」と彼女は何でもないふうにぺこりと頭を下げる。

「腕、付けられそうか」

「問題ありません。それよりもご主人様の無事が確認できたことが不幸中の幸いでした」

「……それはどうも」

 俺が内心、彼女の安否をどれだけ気にしていたかは、あえて黙っておくことにした。


「……俺はオマケか」

 突然、氷のような冷めた声が隣から突き刺さった。見ると、碧が不機嫌そうにこちらを睨んでいた。途端に空気が凍り付く。碧の傍にいた千夏も不安げに瞳を揺らしている。


 心底不満げに彼は俺に近づいて、支援物資と思われる携帯端末を俺に手渡す。

 俗にいう「子どもケータイ」だった。何千年前の技術だよ、これ。


「……合流してくれたのは感謝するよ。俺と千夏じゃ、襲われた時に満足に抵抗できないからな」

 碧は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、これからを話し始めた。

「俺はこれから有志隊の指揮に行く。今頃日和は前線で戦ってるだろうからな。お前らは避難区域でそのまま動くな」

「千夏、案内を頼む」と言うとそのまま彼は古ぼけたバイクに乗って山道を下っていった。


「……ムカつく奴」

「ええ、そうですね」

 ガシャンっという大きな音を出しながらヤヨイが腕のパーツを取り付ける。玉兎の体というのは便利なもんだ。

「ほおー……」と千夏が感嘆の声を漏らす。いくらなんでも暢気すぎないだろうか。

「……感動しているとこ悪いが、避難区域ってどこにあんだ?」

「…………はっ」

 素っ頓狂な声をあげて「失礼。こっちです!」と俺とヤヨイの手を引く千夏。

 5分も歩かなかった。

「空地……だよな? ヤヨイ」

「正しくは漁村の倉庫跡地ですね」

 千夏が立ち止まったのは、何て事の無い、空地だった。

 周囲には仄かに魚の生臭い匂いがツンと漂っているのみだった。


「少々お待ちくださいね」

 その空地のど真ん中でなぜかしゃがみ込む千夏。

「フッフッフ。驚きすぎて腰抜かさないでくださいね!」

 そう言って彼女は空地の左端にあるマンホールの上に乗って「えいっ」とジャンプした。

 次の瞬間、地震のような揺れが空地に広がった。

 我慢しきれずよろめく俺の腹をヤヨイが素早く支える。耳元でかちゃり、という銃の安全バーが外れる音がした。

「ご安心ください! 決して非常事態ではございません!」

「むしろロマンあふれる現象ですので!」と意味不明なことを言いながら、目に星マークが見えそうなほどわくわくとした表情の千夏。


「意味の分からんことを言うな」と口にしかけた俺だが、次の瞬間千夏の言っていることの意味を理解した。


 地面が、割れた。


 俺たちが立っている地点からほんの数歩先の地面が真っ二つに、規則的に割れたのだ。

 割れた地面の先には、地中深くへと続いているのであろう階段。

「かなえさんが好きな『ゲツメンジャー』の秘密基地を、再現したらしいですよ!」

 

地面の向こうには、幼少期の俺が夢見ていた「男の子のロマン」があった。


 とっくの昔に捨てたはずの「男の子のロマン」を必死に抑えながら、俺は階段を降りる。

 千夏が慣れた手つきで踊り場のレバーを下げると、頭上の「地面」はゆっくりと閉じられていった。

 やばい。わくわくする。

 非常事態なのに、と千夏を馬鹿にできないほど心躍っている自分がいた。

 まあ隣にいるヤヨイは無感動にその光景を眺めているだけだったが。


「そういえば、蛍と日引ひびきはどうしたんだ?」

 階段を降りながら、前方を歩く千夏に疑問をぶつける。


「日引さんはリーダーの補佐として前線に向かっているようです。蛍さんは……他の地区への協力要請と、かなえさんへの連絡ですね。……どこまでかなえさんが動けるかはわかりませんが……」

 それぞれ有事の際にどう動くかも決まっているようだ。ここまで迅速に動けるとは……案外、碧も使える男なのかもしれない。

「じゃあ、その、聞いていいかわからんが……小春こはるは?」


 小春、というのはリーダーの妹だ。17歳という若さでなぜ革命軍なんかに身を置く羽目になったのかは知らんが、少なくとも避難区域までの道中で彼女の情報は一切なかった。


「小春さんなら、お留守番です」

「留守番? 避難区域にいたほうが安全じゃないのか」

「いいえ。本拠地のほうが安全です」

 妙に言い切るな……。この非常事態、セキュリティがしっかりしていそうな避難区域の方が安全な気がするが。

「自分にもよくわかりませんが……リーダーが、そう言うので……」

「………………?」

 腑に落ちないが、その理由はあいつ自身に直接聞かないとわからないのだろう。なんかそれは癪に障るので、今は考えないことにしよう。


 それ以降は皆無言のまま、階段を降りきると、大きなシャッターが眼前に迫った。

 シャッターには大きく、機械的な字体で「天つ日緊急避難区域01」書かれていた。

 千夏がシャッターの隣に備え付けられたレバーをまたもや下げると、ガガガっと鈍い音を出しながらシャッターは上がった。


 シャッターの向こうは、大勢の人、人、人であった。老若男女問わず、様々な人間が皆一様に不安げにお互いを見つめている。

 その光景に少しばかり心臓が痛くなったが、黙って千夏の後をついていくことにした。

 苦しむ避難民の姿を気にしていないのか、それとも見ないようにしているのか、彼女は俯きながら避難所の奥まで行くと、小さな近未来的なデザインのボタンを押した。

 何の変哲もない壁に突如としてが現れ、次の瞬間にはその線の通りにまるで自動ドアのように壁の一部が開いた。


 彼女は部屋の隅まで行くと、大きな鞄から少し大きめのノートパソコンを取り出した。それだけではなく、液晶タブレット、通信機器、無線機など様々なガジェットが床に乱雑に広げられていく。

「なにしてんだ?」

「後方支援です! 敵の位置情報や、個人情報などを前線に共有するんです! この子たちは敵の傍受や偵察に使うんですよ!」

 ガジェットを「この子」と呼ぶのは流石だと思ったが、それ以上に彼女の幹部らしい顔がやっと覗けた気がした。


 千夏は、いつもとは打って変わって真剣な顔でヘッドセットをつける。


「こちらコードネーム千夏。無事避難区域に到達。これより、後方支援を開始します」




 コーヒーに砂糖を5つ入れる。

 この非常事態だからこそ、焦らず、優雅に、を繰り返す。

「かなえさん、コーヒー淹れたよ」

「ああ、ありがとう。如月きさらぎ


 カリングループ本社。その社長室で優雅にいつもの甘ったるいコーヒーに口をつける俺のご主人様——日下部くさかべかなえ。

 いつも通り紳士然とした穏やかな表情を浮かべる彼だが、手元の書類は実に優雅さに欠けるものだった。


「歳星の様子はどう?」

 あえて書類には触れず、目下起こっている「非常事態」について尋ねる。

「現地でもやはり状況はよくわかっていないらしい。いくつか増援を送ったが……お前に出てもらうことも考えないといけないかもしれないな」

「任せてよ。俺、玉兎だからさ」

「敵の兵士全員、皆殺しも可能だよ」

 かなえさんは困ったように眉を下げ、「それは頼もしいな」とだけ口にした。


「皆殺しにしてもらうのは敵の情報を引き出してからだ。千夏君から送られてきた敵の外見データを見る限り、王都のではないようだ」

「……誰かの私兵ってこと?」

「たぶんね。この少ない情報源では、確定はできないが」

 そう言ってまたコーヒーに口をつける彼。

「とにかく、この件に関して私たちがやることは、敵の身元の洗い出しと……開発村Aの復興支援、だろうね」

「穏やかだねえ、かなえさん」

 かなえさんの性格を考えるに、良心の下にやってるってわけじゃないだろうけど。基本的にこの人は、損得勘定だけで動くから。


「でもかなえさん、覚えといてね」

 本革のソファに腰かけた彼が、不思議そうに俺を見上げる。


「もし、革命が失敗したとして。かなえさんが自暴自棄になったとしたとして。悔し紛れに『王都の奴ら全員殺せ』って言われたら」

 月の最高傑作、と謳われた「玉兎」である俺は、計算されつくした完璧な笑顔で、うっそりと嗤う。


「俺はすぐにその命令に従えるよ」


「手始めにその書類送りつけた奴らの暗殺とか、どう?」

 俺は机に煩雑に広げられた書類から、一枚取り出す。


 書類には「王都行政機関ニヨル聴聞会ヘノ出席」と仰々しい字で書かれてあった。


「聴聞会なんて柔らかい言い方してるけど、実質的に国家反逆についての取り調べみたいなもんだよね」

 歳星の件よりもかなえさんを悩ませている事、それがこれだった。

「皆殺し、とまでは行かないがね」

 余裕綽々、と言った様子でかなえさんはそれでも微笑む。

「君にはぜひとも同行してほしい、如月」

 彼の穏やかな顔が僅かに歪む。


「カリングループを敵に回すことが、どれだけ国の損失に繋がるか、王は理解されていないようだ」


 彼は最後の一口を飲み干した。

「だから、我々はそれを『理解』していただかないといけない」


「そうだろう? 如月」


 さすがだよ、ご主人様。













 












 



 



 

 

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