自分の居場所 ~転生してもだめでした~

うさとひっきーくん

自分の居場所

 ――富士の樹海。

 鬱蒼と生い茂る草木を見ながら、自身が終わる瞬間が迫るのを感じる。


 澄んだ空気、生きている時になぜか感じる圧迫感というものがここにはない。

 各所からは自由を謳歌する鳥の鳴き声が響き、生きる為に淡々と血を吸いに来る蚊が羽音を響かせている。そして、一人の人間が鼓動を止めようとしている。


 生命の息吹はここで渦巻いているのに……好き勝手出来るはずの人生、それを自らの手で握りつぶしてしまおうとしている。

 過去も未来も忘れてしまえば何も未練などないのに、その未練でさえも自分で作りだしている。


 もし……もしだ。

 死んだ後、更に過酷な運命が確実に待ち伏せているということが証明されればどうだろう。今の人生を謳歌しようという努力が芽生えるだろうか。仮に、そう思い込んだとして……俺は頑張れるだろうか。


 ここに来るまでに、いくつかの人骨を見つけた。そのどれもが誰にも相手にされずに転がっている。

 俺は、その人骨を全てサッカーボールの様に蹴り飛ばしてきた。その蹴り心地はあまりに悪く、そして軽かった。水分やらなにやらがなくなったり分解されたりで、そうなったのだろう。


 その頭蓋骨は、未練がましくかつての造形を保って、今生きてる奴らにアピールしているかのような……そんな気さえしてしまう。実際、そんな頭蓋骨が木に当たって粉砕した時は、爽快感を覚えた。

 どこか、他人を未練から解き放ったような……。怒られる謂れはない、そいつらは自分でその身体を捨てたんだからな。


 俺はこれまでに――――沢山のものを失い、沢山の苦汁を飲み、沢山の思考を巡らせた。

 本当は、泣きたい。泣いて、再出発したい。

 いつか見た夢を掴んでみたい。あいつを負かしてやりたい。羨ましがられたい。楽しいことがしたい。笑いたい。生きたい。


 だが、ここに来て、全てを捨てれた気がした。

 自分がこれまでに見慣れた日常は、この景色に一つもない。ここで死ぬことが新天地への移住の様にすら感じる。


 ――ハングマンズノット、別名「首吊り結び」

 何度もこなして覚えたこの結び方を、実践する。まるでリボン結びをするかのように、それは完成した。

 そして、もう片方を木へと括りつける。「もやい結び」というもので、しっかりと括りつける。これも手慣れたものだ。


 深呼吸をして、ゆっくりと首を通す。まるで、新天地に顔を出しているかのようだ。

 俺は髪が多い、きっと鳥たちが俺の髪を巣作りに有効活用してくれることだろう。

 この世界に、自分の居場所はなかった、ならば旅立とう――――さようなら。



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 目が覚める。


「……起きましたか」

「…………」


 現状が理解できない。俺は死んで無いのか?


「大丈夫です。貴方は死にました」

「…………」


 死んだ?じゃあここは一体どこなんだ?


「ここは……どこ、だ?」

「貴方達の世界の言語の最も近い言葉で表記すれば、霊界です」


 霊界……?

 確か、神話だかなんだかで、魂だけが入れる世界だっけ?


「貴方は、とても愚かな心を持っているようです」


 なんだ?いきなりお説教でもするのか?

 というか、こいつは一体何なんだ。


「通常の人間は没後、悠久の自由を手にするか、人生をやり直します」


 悠久の自由?人生をやり直す?


「基準は、私たちが決めます。単刀直入にいうと、貴方はやり直しです」

「やり直しって、同じ人生をもう一度繰り返すって事か?」


 冗談じゃない。もしそんなことになるんなら、子宮口で首括ってやる。


「貴方の心の声はこちらに駄々洩れですよ。それに、人生のやり直しといっても同じ人生ではありません」

「……どういうことだ?」


 そして、その黒い羽織のようなもので身を包んだ女がこう告げる。


「元居た世界とは別の世界。魔法が理を調律している世界で、人生を謳歌してください」


 女がそう告げると、俺の視界は闇を映し、暫くすると目の前に光が差し込む。

 ――――そして、俺は新しい身体を手に入れた。


----------


 16歳になったある日、俺は親友に自分が転生者だという事を伝えた。

 その親友は、ギョッとした表情を浮かべて、俺を腰にぶら下げていた剣で突き刺した。


「醜悪な穢れめ!我々の世界から出ていけ!」


 なぜそうなったのかわからない。ここまでの16年で、そんな思想が芽生えるような教えは無かった。何故だ、なぜ拒む。


「な……なん、で……」

「転生というのは前世で愚かな行為をした者を更正させる為に、神によって行われることだ!」


 なんだその教えは……そんな教えがあるのなら、転生者だなんて言わなかったのに……。

 流れる生温かい血液を触りながら、第二の生を終えた。


----------


 再び、且つて見たことのある景色。霊界だろう。


「死んでしまいましたか……」

「何故、あんな思想が蔓延している場所に送り込んだんだ!」


 俺は怒っている。せっかく都合のいい親友を見つけたというのに、そいつに殺されなくてはならないなんて。

 魔力が理を調律している?魔力が使えるようになるのは20歳からだってよ!


「貴方が前世でなぜ愚かだという評価を得たかわかりますか?」

「……自殺したからじゃねぇのかよ」

「違います。貴方、人を殺してるでしょう?何人も」

「それがどうかしたのかよ」


 別に人なんていずれ死ぬんだから関係ないだろ。


「そこなんですよ、貴方が愚かだと評価をされている理由は」

「あぁ?」

「少女を人気のない廃墟に先導し、強姦した後殺害、これを24回。女性を巧みな話術で家に連れ込み、無理やり行為に及び、その後殺害、これを48回。その他、有り得ない数の非人道的な行為を行いました」


 それがどうしたってんだ。俺は死んだんだよ。あいつらと同じようにな。


「貴方は……悪魔ですか?」

「悪魔?悪魔が自殺すんのか?」

「そういう事ではありません。貴方、強姦の最後、決まって首吊り用のロープで首を絞めて女性を弄んだでしょう。謝罪の気持ちはないのですか?」

「謝罪も何も、感謝されるべきじゃないか?あいつら、決まって泣くんだぜ?死にたがってたんだよ、みーんな」

「そうですか……」


 俺の四肢はその場で引きちぎられた。


「あぁ?……い、いだいいだいいだいぃぃ!!!!」


 目の前のクソ女はそんな俺を黙って見つめている。


「てめぇ……ふざけんな……!殺してやる……!ごろじでやぁぁるぅぅぅうううう!!」


 俺の怒りの声を聴いたクソ女は、あろうことか身体を反転させて、どこかへ行こうとする。


「おい……どごへいぐうぅぅ!!もどにもどぜぇぇえ!!!ぜっだいごろじでやる!!ぜっだいああああ!!!」


 そんな俺の悲痛の叫びに耳を傾けることなく、どこかへ消えやがった。あのクソ野郎、いつか絶対に殺す。

 鼻の中にセメントを詰めて、呼吸をしずらくして、口にち〇ぽをぶち込んでやる。十分苦しめた後、熱した鉄の棒で尻の穴を抉って、あと、あとは――――


----------



「あんた、よくあんなのに手を差し伸べたわね」

「そうよ、話なんて聞かずに天牢行きでよかったのよ」


 「天牢」、それは悠久の時を過ごすことになる牢獄。別名無限牢獄。

 そこでは、日々苦痛に喘ぐ囚人たちの悲鳴が飛び交っている。


「私は、あの人は無垢なだけだと思うのです。痛みを知ればきっと……」

「無理よ無理、あんなの悪魔以外の何物でもないわ。たまに来るのよねー、化け物クラスのゴミが」


 確かに、見切りは付けたし、あれはどうにもならないような気もした。

 だけど……あの子は、泣いていた。痛みに喘ぎ、泣いていた。

 泣きながら放った言葉は酷い物だったし、心の声も最悪だった。

 それなのに、何故か子供を見捨てたような気分になってしまう。


「ラフィールあんた考え過ぎよ、居場所ってのがあんのよ。誰にでもね」


 居場所……彼の居場所。

 この後彼の居場所は天牢へと移るだろう。そこが相応しい場所なのか、私にはとても答えをだせない。


 ――あれから数百年が経った。

 私は、ふとあの時の彼がどうなったのかが気になり、やや重い足取りで「天牢」へと向かった。



 彼は、いまだに私を殺すと叫んでいた。

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