第98話 ASMRな師匠から、コラボのお誘い
暖房のきいた薄暗い部屋の中。
カーテンも開けず、PC画面の明かりに瞳の奥を焼かれながら、俺は定期的にやってくる
「お、俺はラッシュ、…不死鳥の…ラッシュ」
何かに取り憑かれるように、震える右手でマウスを操作。
アカウントを「不死鳥のラッシュ」から引退したはずの「リエルノ」へ変更。
Witube studioを開き、収益化の欄をクリック。
そして、瞼をかっぴらき、ジッと開かれたその画面を見つめる。
チャンネル登録者数。
アップロードした動画。
公開動画の総再生時間。
公開ショート動画の視聴回数。
それら全ての要件を充分以上に満たしている画面。
一体、どれほどの富を築けるのかと、さっきから想像が止まない。
口の端から無意識に零れ落ちる涎。
じゅるりっ、とそれを左手で拭い、俺はまるでゾンビの様に「あぁ゛っ…あぁ」と口を開けて画面へ近づきながらマウスをカチカチ。
収益化のお申込み。
いつの間にか準備は整った。
ワンクリックで夢のそれ。
押してしまえば申請が通ったのち、人生イージーゲーム。
今すぐ一人で生きていくなんて楽ちんちん。
勉強からも解放。
将来の不安からも解放。
まさに自由だ。
だがしかし。
俺はギリギリで思いとどまった。
ラッシュとしてではなく、リエルノとして成功したチャンネル。
忌々しいそれから得られる報酬を糧にこれから先を楽して生きるなんて恥もいいところ。
目先の欲に釣られて、本当の自分を見失ってはいけない。
俺は最初から最後までラッシュとして収益化までこぎつけてやるんだ。
男の中の漢らしく、一本筋を通す様に。
俺はラッシュの様にかっこよく生きるんだ。
「……チャンネル名をラッシュに戻せば……、わんちゃん…収益化……ゴクリっ」
アカウントを元の不死鳥に戻そうとしたところで悪魔の囁き。
俺はその後、しばらく頭を抱えて無駄な時間を過ごした。
== 一時間後 ==
「ん? なんかメッセージ来てる」
名残り惜しそうに300万の数字を眺めていると、ディスコールドから何やら通知が届いた。
チャットを覗いてみると、懐かしい人からだった。
ASMRな俺の師匠。
アリス・メイデンさんだ。
『お久しぶりです、アリスです。唐突な話で申し訳ないのですが、今度ピリリカさんとABEXコラボする予定がありまして、その際、ご都合があえば是非とも一緒にどうかと思い連絡させていただきました。お返事お待ちしております。』
大半のリスナーが
男子とのコラボはなるべく避けていたと、前にコラボに誘った時はそう言われて断られた。
なのにあちらからのお誘い。
俺は『よろしくお願いします』とすぐさまメッセージを返した。
ピリリカさんとも初コラボ。
たのしみだぁ。
『急なコラボではお互いのリスナーさんもびっくりすると思いますので、慣らしでまずはマシマロ雑談をしたいと思うのですが、どうでしょう?』
『うむ』
『うむ?』
『マジマロでなければ、それで問題ないです』
『暇な日はありますか? 出来れば平日でお願いしたいのですが…』
『いつでも空いてます』
『なら三日後の16時からでどうでしょう?』
『うむ』
『わかりました、では三日後の16時からでお願いします。告知やコラボに向けての準備もしたいので、立ち絵を頂いても?』
互いにやる気は充分。
コラボの話は順調に進み、俺は意気揚々とラッシュなそれを送った。
『えっと、あっちの可愛らしい方でお願いしたいのですが…』
どうやらラッシュはお呼びじゃないらしい。
アイドルな方を所望してきた。
なので、俺はもう一度ラッシュな立ち絵を送ってあげた。
『……』
三点リーダーが返ってきた。
なんだか怖い。
とりあえず、もう一回だけラッシュな立ち絵を送った。一番カッコいいやつだ。多分これで問題ない筈。
『……一度、直接お会いして話をお伺いしたいのですが、よろしいですか?』
会って話をしたいらしい。
お洒落でクラシックな喫茶店の位置情報が送られてきた。
妹系アイドルVTuberアリス・メイデン。
密かに推している456人目な
師匠な件もあるし、コラボの件もあるしで、三日後、マシマロ雑談配信ではなく、横浜のとある喫茶店で会って話し合うことにとんとん拍子で決定。
何を話し合うのか。
まぁ、一つしかないわな。
リエルノ引退宣言についてどう説明したものか。
そして、どう説得して、ラッシュな俺とコラボまでもっていくか、悩みどころである、うむ。
「SKなんか頼らなくても、俺にだってコラボしてくれる人は居るんだもんねぇ~っだ」
不死鳥のラッシュとして活動してから今に至るまで、俺は一度もコラボをしていない。
ディスコールドのVTuberが集まるサーバーに参加して相手を探してみてもいい感じの人は見つからず。
それどころか『
新垢の不死鳥なQwitterでコラボ相手を募集するも、『そのガワに声、私たちVTuberを馬鹿にしてるんですか?、茶化す以外の何者でもないですよね?』と同業者らしき裏垢さんから批判を浴び、メンタルブレイクして終わった。
誰もラッシュの良さを分かってくれない。
わかってくれなければコラボも出来ない。
SKがいるじゃん、と思うだろうが、リエルノ引退宣言のおかげで彼女からはコラボNGが出されている。
相談も無しに、勝手に引退。
それを知った時、SKは滅茶苦茶おこった。
今だから言えるが、当時は本当に大変だった。
顔を合わすたびにラッシュを貶してくるのでほぼ毎日のように口喧嘩をしていた。全部負けて泣かされた。霞さんに慰めてもらった。
最終的に時間が仲直りまでもっていってくれたが、正直今でも彼女は根に持っている、と思う。
自分の部屋を欲しがったのは、きっとそういった背景があるに違いない。
『リエルノじゃないならコラボはしないッ!!』
数ヶ月前にそう言われて、まさか本当にコラボはしてくれないとは夢にも思わなんだ。
何ならたまに見る彼女の配信でラッシュという名前を聞くこともみることも無くなった。
チャット欄にラッシュに関係した文字を入力すれば禁止用語として弾かれる。中にはブロック迄された人もいるという。
何があってもラッシュを認めてくれないSK。
またいつかの様に、
新規発展を願って動き出した俺とは違い、SKのチャンネルはバブル期に突入した株価の様にチャンネル登録者のグラフが上昇中。
優秀な兄の元、個人であるにも関わらずありとあらゆる企業案件をこなし、次々と新規のペロラーを順調に確保。
リエルノのライブを切っ掛けに、ポロライブとの関係も良好なようで、時たまポロライブメンバーの雑談に加わったり、逆凸なんてこともあったり、成功者の道をひたすら突き進んでいる。
未だに最底辺で燻る俺。
いつの間にか差を付けられてしまったものだ。
だがしかし、このままでは終わらせない。
俺だってやればできるんだ。
SKの手なんか借りなくてものし上がって見せる。
今に見てろ。
いつか必ずラッシュな俺を認めさせてやるんだからッ。
「美春、いるかぁ~?」
打倒SKを掲げていた俺。
ノックも無しに入ってくるSKに肩をビクつかせ振り返る。
「な、なに?」
「いや、何してるのかなぁって」
特に用もなしに入ってきたらしい。
プライベート空間。
そうやすやすと入って来てもらっては心休まらないのだが?。
「なんだ、やっとリエルノに復帰するのか?」
未だにPC画面に映るチャンネル登録者300万のそれ。
俺は慌ててアカウントを元に戻し、「復帰するわけが無いんですけど」と返した。
「…ふーん」
若干、拗ねた感じで鼻を鳴らすSK。
本当にこれといった用もなかったようで、そのまま部屋から出ていった。
まったく赴くままに行動しがちなんだから。
これだからSKは。
まったく。
「見てろよぉッ、俺はやるときはやる男なんだからなぁッ」
遥か高みへと昇り続けるSK。
俺は圧倒的な差がついてしまったライバルの背を見て、日々、闘志を燃やす。
とりあえずは三日後のアリスさんとの話し合い。
それに向け、俺は色々と準備を開始した。
次の更新予定
毎週 日・火 08:10 予定は変更される可能性があります
男の娘な俺、可愛すぎて人生つらたん 馬面八米 @funineco
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