第97話 SNSを駆ける銀狼
『あんりゃ、なんだびゃぁっ!?』
『
数日前。
不死鳥のラッシュでエゴサの最中。
たまたま流れてきたとある動画。
田舎の猟師が猟銃を構え、発砲しては逃げ回る。
まるで規格外の樋熊と出くわしたかのような慌てよう。
一心不乱に逃げている様子を映す一人称なカメラのレンズには、大きな獣の影が時たまチラついている。
その瞬間を一時停止してみれば、狐というにはあまりにも歪なものがボヤケながらも確かとみえる。
どこぞのモノノ怪の様な山犬ほどはあろう巨躯を持ち、夜月を彷彿とさせる毛並みを揺らして森を駆ける姿。
特に何するわけもなく、近づいては離れを繰り返し、まるで猟師たちを追い払うような立ち回りをする獣。
村人たちは息も絶え絶えで無事帰還。
動画は最後にその記録を残して終わる。
狩猟チャンネルに突如として沸いた化け物。
あれは一体なんだったのか。
絶滅した日本狼。
大昔から伝わる妖狐。
神様な森を守る山犬。
只の作りこまれたCG。
憶測に噂は様々と飛び交い、今やQwitterの日本トレンド一位を記録。
日夜とアンテナを立て、ネタを探している配信者たちにより拡散の勢いはとどまるところを知らず。
瞬く間にその動画は世界へと広まった。
日本を始めとした世界中のありとあらゆるチャンネルがその件に触れ、チャンネル登録者を得ようと躍起になる。
配信者の端くれである俺も、当然このビックウェーブに乗らないはずがなく。
クウィートされたそれを引用して、世間の目を少しでもラッシュに集めようと企んだ。
これだけのネタ、一体どれだけ俺のクウィートに反応が集まるのかと期待を膨らませて今日。
特にこれといった反応が無いまま朝を迎えた。
誰も反応してくれない虚しさに打ちのめされ、無駄に精神力を削った数日間。
最後にもう一度、本当に誰も反応していないかの確認。
当然の様に通知はゼロ。
それどころかアナリティクスの変化もほぼないときた。
俺は溜息を溢しながら、なんの反応もなかったそれを恥として削除。
そして、見納めに動画を視聴し、スマホの電源を落としてベッドから体を起き上がらせようとする、が――、
「これ
と、毛布の中からピョコンッと顔を出して幼女。
甘えた様な声を晒しながら、スマホの画面をその小さなおててで指さしてきた。
銀色の毛並みをした四足歩行の大きな獣。
ブレたそれが映るところで停止されている動画。
尻尾と耳はそれっぽい。
しかし、人が獣に化ける訳が無かろう。
何を馬鹿なことを、と言いかけたところで、俺の脳裏にこれまでの不思議が過る。特にラッシュとして変身した時の不思議が。
もしかして、ホントかも?。
そう思わなくもないが、面倒事が何やら増えそうな予感がしたので、俺は何も聞かなかったことにした。
幼女(一万歳)の戯言と一蹴し、「耳がかゆいのじゃぁ~、掃除してくれぇ~」とじゃれてくるそれを剥がし、ベッドから這い出る。
―――バンッ。
「美春ッ、うちの子がまた居なくなったッ、知らんか!?」
朝っぱらから勢いよく扉を開けてSK。
俺の背中からひょっこりと顔を出す幼女ことフリー・フェンリーを見て、「いたッ!!」と指さし、大声を上げた。
「いやじゃぁぁ゛ッ、
「朝起きたらトイレッ、洗顔ッ、歯磨きッ、毛繕いッ、ちゃんとするのッ、いつも言ってるでしょっ!!」
「小娘の分際で、この
「まぁッ、なんて口の悪い子、いったい誰にそんな言葉おしえてもらったのッ、もうっ」
幼女な両足を脇に挟み、引きずりながらSKママ。
口の悪さは遺伝だろうね、なんて適当なツッコミを入れ、俺は静かになった部屋でパジャマから暖かい部屋着の緑怪獣なそれへと着替えを済ます。
ホームレスな幼女がこの家に来てから数日が経過。
初日から夜な夜なベッドへ潜りこんで来るほど謎に懐かれる俺と違い、SKは初日から謎に我が子フリー・フェンリーに嫌われている。
そのせいで、家中がここ最近、常に賑やかだ。
両親が返ってくるまでの間、倫理観をかなぐり捨てて内緒で飼っている
出来れば静かにしておいてほしいがそれは無理難題。
二人を中心にワイワイぎゃーぎゃーと騒がしくて仕方がない。
基本無口な霞さんに零さん。
口数の少ないクール系を気取った雪美。
言葉もまともに喋ることが出来ない只の犬。
三人と一匹が巻き込まれる形で自然と愉快な場面へと流れていく。
憂鬱な気分に浸る間もない。
こんな状況はいつ以来だろう。
百面相な親父に神樹で厳格な母。
二人がこの家でイチャイチャワイワイしていた時ぐらいだろうか。
懐かしい。
「押忍ッ」
誰も反応してくれなかったSNSでマイナスに思考が傾きかけた朝。
肌身に感じ取った元気オーラに触発されてか、俺は思考をプラスに持っていく。
感謝の正拳突きな仕草で気合を入れたあと、朝飯を食べに部屋を出た。
「兄貴、おはよ」
部屋を出て直ぐ、雪美。
俺は正拳突きで元気よく挨拶を返す。
「朝から元気だな、…それより、さっきの誰だ?」
「ん?、だれ?」
「あの銀色の耳と尻尾がついてるやつ」
これは異なことを言う。
フリー・フェンリーが我が家のペットになってから今日にいたるまで毎日、顔をあわせて「帰れ」と言い続けていたというのに、何故かそれを忘れた様子で雪美が頭の上に疑問符を浮かべている。
小五、ボケるにはまだ早い。
こいつ寝ぼけてんのか?。
「誰も何も、リリーじゃん、……お前、頭だいじょうぶか?」
「リリー、……あぁ、そういえば、そうだったな」
「そうだった?」
「いや、なんでもない、こっちの話」
「…ふーん、変なやつ」
どことなく大人びた様な、落ち着いたような雰囲気を纏っている雪美。
それに何となく違和感を覚えながらも、俺は階段を降りようと足を進ませる。
―――ぎゅッ。
背後から抱きつかれた。
誰に?。
雪美に決まっている。
そうじゃなかったら怖い。
「お、おい、いきなり何す――」
「兄貴、ただいま」
昨日の内に学校からは帰宅済み。
その挨拶は当然、既に終えている。
なのに「ただいま」とは一体どういうことか。
訳の分からんやつ。
しまいには上擦った声。
今日の愚弟は朝から様子がおかしい。
一体、急にどうしたというのだろう。
怖い夢でもみたのか?。
「よく分からんけど、…おかえり」
状況と展開についていけなくとも空気の読める俺は、回された手の上に、そっと右手を置いてそう口にした。
== 榊の本家 主郭 ==
『あんりゃ、なんだびゃぁっ!?』
中間名に「天」の文字を持つ榊の現当主、
上段の間に座る彼の前に、三つの小さな影。
そのうちの一つが今しがた再生されていた動画を停止させ、榊國光へ見せつけるようにスマホの画面を晒す。
「これ、リリー、本物、みんにゃ心配してるから連れ戻しに来た」
尖った耳をピクつかせ、ネコ目で赤髪セミロングな少女。
指さし示すはボヤけた画像の銀狼なシルエット。
世界一のVTuberであり、四天王の一角、フリー・フェンリーの愛称を添え、赤髪少女は口を開いた。
「にゃーの目は誤魔化せない、これはCGでも着ぐるみでもなんでもにゃぁ、撮影場所は日本、日本は榊の縄張り、リリーは今どこにゃ?」
「はて、なんのことか」
問われた質問に白を切る榊國光。
ニャンコな少女は、「知らにゃーならええ、他探すにゃぁ」と納得して帰ろうとする。
「下っ端では会話もままなりません、竜神か五大刀匠の到着を待つと致しましょう、ラン・ミャオ」
隣で即帰宅しようとする純粋な赤髪少女――ラン・ミャオ。
それのしなやかに伸びる尻尾を掴み、天使のような白い翼と微笑みを持った金髪ロングな少女が次に会話の主導権を握る。
彼女はニコニコと常に笑顔を絶やさず、横から向けられてくる抗議の視線を無視しながら上座の榊國光へと視線を送った。
「あとどのくらいで竜神はここへ?」
「竜神様に刀神の方々を待っても無駄だ、私に用がないというのなら、即刻きえ失せよ」
「五大刀匠の方が来るのでしたら、
「
上座からねめつける様な視線。
厳格な態度で静かに叱責を受けるも、金髪少女はニコニコと平常心。
っち、と舌打ちを溢し、「クソ爺が偉そうに」と小声で暴言を溢した。
訂正。
平常心は見た目だけ。
内心は憤怒に染まってました。
「身の程を弁えない者は立ち去れ、目障りだ」
「ヨボヨボな面の方が目障りだっつぅの、死ね、クソ爺」
「黙れ、小娘」
「てめぇが黙れ」
「ふんっ、オウムの様に返しおって、話にならんな」
「雑魚のくせに上から目線、一々、癪に障る野郎だなぁテメェはよぉ? お?」
「……」
「っち、っち、っち、っち、っち」
慈愛の笑みを張り付け、背中に生えた純白の翼を頻りにピクつかせる金髪少女――ノア・グランタは、その慈悲深き優しい声音で毒を吐き、マシンガンの如く舌打ちを溢す。
おかげで空気が凍りつき、今や絶対零度まで落ち込んだ。
見た目と中身のギャップが激しい悪魔的な天使さんである。
「何故、我らの前に竜の伏神までも顔を出さぬ」
只ひたすらに気まずい空気が流れる空間。
赤髪の少女がそれに耐え兼ね、こっそりと出ていこうとしたところで静寂を切り裂くように、ここまで静観していた最後の一人が口を開く。
普通な風貌をしたロリ強めな薄い青髪美少女。
男にも女にもなれるトランス要素を持った彼女の問いかけに、榊國光はようやくまともな者が口を開いたかと、ため息を溢した。
「今は竜神様の傍らでお世話をしている身、ここへ来れる様な暇はない」
「竜神のためにだけ槌を振るうやつらが世話係だと?」
「そうだ」
「大戦の最中でもあるまいし、巫覡の数は足りているはず、……どういうことだ」
「それを貴様らが知る必要はない」
薄い青髪美少女――ステラ。
その竜神にどこか似た赤い瞳を凄めてみるも、手ごたえなし。
見た目通り頑固親爺な口を割るには分が悪いと、そっと瞳を閉じる。
そして、時が来るまで潜めておこうとした
「我ら各種族の神を人質とし、半永久的に不可侵の条約が一方的に成されて早、数百年」
唐突にステラが纏う空気が変化したのを感じ取り、瞼をピクリとさせる榊國光。
その様子を見て、特に発言の制止を受けることもないと判断したステラは、語りを続ける。
「互いに多少のいざこざはあれど、これまで大きな戦は無く、平静を保ってきた」
周りが聞き耳を立てる中。
しかし、とステラは続ける。
「二成の神が目覚められた今、条約は無効と成り得る、……竜神は戦いに恐れ慄いたか? 國光」
台詞と共にピリつく空気。
先ほどノア・グランタが作り出したそれとは訳が違う。
まるで人を殺さんとする意思が、この場の全員から滲みでてくるような。
殺伐とした雰囲気がこの場を満たす。
「世界に起きつつある異変、そしてとある
ロリな青髪美少女から出ているとは思えない気迫。
それを受け、されども榊國光は厳とした態度を崩さず見せる。
「おい、今、二成の神が目覚めたって聞こえた…、聞き違いかにゃん?」
「わわわ、私もそのように聞こえましたが……ステラ?」
榊國光にステラとは違い。
動揺する赤髪純心少女に金髪毒舌少女。
鈍感なその二人に向け、ステラはしっかりとした口調で「二成の神が目覚めた」と口にした。
「何処にゃッ!!」
「ステラぁああーーー゛ッ、何か知ってるんんだったら全て洗いざらい吐けやごらぁああッ!!」
豹変する二人の少女。
襟首を掴まんと迫る勢いで、ステラに怒声を飛ばす。
「リリーの居場所をはぐらかす理由は、もしや二成と関係が?」
二人から揉みくちゃにされながらステラは榊國光へ問う。
「リリーのことなんて今はもうどうでもいいニャッ!! 教えろッ、今すぐ二成の神について知ってること全部吐けにゃッ!!」
「てめぇ、なに一人出しゃばってんだゴラァ!! スタートラインは祝砲からって
「お、お前たち、少し落ち着け、これでは会話もままならんッ」
「フリー・フェンリーは今、二成の尊に飼われている」
「「は?」」
ステラの襟首を掴んだまま、間抜けな表情を浮かべるラン・ミャオにノア・グランタ。
脈絡もない榊國光の台詞に二人の思考が一瞬フリーズ。
その間に、ステラは拘束から抜け出し、崩れた襟首を正した。
「戦争へ移行するのは此方としても
「どういうことにゃ…、リリーが飼われてるって…」
「あ、あの女狐、一人だけ抜け駆けしやがったのかッ」
憧れの存在に一人チヤホヤされる銀狼。
それを妄想し、勝手に傷心中な二人を無視して、ステラはいたって冷静な態度で会話に臨む。
「竜神がそう言ったのか?」
「そうだ」
「…ふむ、成程」
しばらく考えに耽るステラ。
再び赤き瞳を覗き見せたと同時、立ち上がる。
「何をする気だ、ステラ」
「誓約に縛られるのはお前たちのみ、加えて互いに動けぬ時期だというのなら、やることは決まっている」
ステラは「
「ちょ、ちょっと待つニャッ、おみゃーも抜け駆けするきにゃぁ!? そうはさせにゃーからッ!!」
「ステラぁああああああ゛、待てごらるぁあああッ!!」
慌てた様子で純心獣人ラン・ミャオ。
ニコニコ笑顔で叫び散らかす狂人天使ノア・グランタ。
喧しいくも遠ざかる二つの声に眉を顰めさせ、一人になったところで榊國光は今日一番の溜息を吐いた。
== 視点は変わって竜神ルル ==
「…なんだ、これは」
顔を覆ていた布。
それを雑に脱ぎ捨て、両手で顔を覆う竜神。
炎の様に燃える様な紅き瞳。
それを精いっぱいに開けさせ、動揺を隠しきれないといった様子で両膝を床板につける。
「未来が…、霞む、……朧気に、僅かしか……なぜ、…なぜッ、何故だッ!!」
―――ズドンッ!!。
千の未来を視通し、万の予言を的中させる。
巨塔に生きる誰もが知っている竜神の常識。
それが今、白亜の城の一部と共に崩れ落ちようとしていた。
「もう少しッ、あともう少しなのにッ!! どうして僕の未来も定まらないッ!!」
―――ズドンッ!!。
癇癪を起した子供の様に周りへ当たり散らかす竜神。
五人の人影は、ただ坐して嵐が過ぎ去るのを待つ。
「リリーッ、何故、君がまだ
次々と消失していく未来。
霞、淀み、泡沫の如き消えていく。
残されたのは強く定められた運命のみが、僅かに見え隠れするだけ。
先読みを頼りに竜神はこれまで歩んできた。
それなのに突然のこの仕打ち。
どうしようもない激情が彼女の胸を締め付ける。
そうなる切っ掛けをもたらしたのは世界一のVTuber。
彼女を皮切りに、何もかもの未来が狂い始めた。
塗り替わっては消え、新しい道が見えても塗り替わっては消えるを繰り返す。
最早、
何が正しくて、何が間違いなのか。
その身をもって知っていくしか道はない。
楽をしてきた竜神にとってそれは、あまりにも酷な選択だった。
「フリー・フェンリーッ、お前のせいだッ、お前のせいで何もかも……ッ!!」
怒れる竜神。
向けられるその矛先は、知らず知らずのうちに伸ばされる。
一方、その頃、矛先に居るであろう銀髪幼女はというと――…、
「美春ぅ、おっぱいくれぇ~」
「やるか、ばかっ」
二成の無い乳をせがんで怒られていた。
―― 後書き ――
VTuber四天王。
アメリカ、銀狼幼女。
中国、赤猫少女。
ドイツ、青美少女(♀♂)。
ロシア、金髪狂人天使。
ロリ四天王です。
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