第96話 ペット=ニートな神狼

「うまいッ、流石はジャパンッ、家庭的な料理でもこれほどの味を堪能できるとはッ!!」


 SKが拾ってきたホームレスな幼女。


 霞さんと共に風呂から上がって綺麗さっぱりになった今、俺のお古なパジャマを着て、コマ君の餌にがっついている。


 コマ君の餌に「うまい、うまい」と言ってがっついている。


 大事なことだから二回いいました。


 空腹は最高のスパイス。


 何を食べても味覚は美味しいと判断してしまうのだろう。


 コマ君意外、誰もその奇行を止めようとしないので、俺は幼女を羽交い絞めにし、ドックフードを無我夢中になって口へ頬張ることを止めさせる。


 そして、日本食はもっと至高なものであるということを教えるため、焼き魚のいい香りが漂うダイニングの席へと座らせた。


「うぅ…、うまい……これ程に美味い飯を食べたのは始めてじゃ…うぅぅ」


 我が家自慢の味付け。


 母から徹底的に教え込まれたという霞さんの手料理。


 まずいわけがない。


 幼女は瞳に涙を浮かべながらも、右手でオカズを鷲掴み、左手で茶碗に盛られた米をガツガツと食らい、味噌汁をペロペロと啜った。


 食べかたきたな。

 獣かよ。


「美春、美春、この子って犬じゃないのか?」


 すっとボケた様子でSK。


 どうやら彼女には今の今まで、この獣な幼女が犬に見えてたらしい。


 なわけあるか。


 どう見ても?人だろーが。


 これをどう見たら犬になるんだって。


 まったくSKは変な所で世間知らずを通り越しておバカなんだから。やれやれ。


「段ボールに『捨て犬』って書いてあった、耳も尻尾もあった、ほんとに犬じゃない?」


 疑問を口にし、心配げな表情を浮かべ、SKは続けて「飼っちゃだめ?」と口にする。


 滅多に見せない甘えた感じの態度。


 思わず「いいよっ」と即答しそうになるが、ダメだと首を横に振る。


 むっとした表情を浮かべるSK。


 可哀想な捨て犬猫ならともかく、これは人だ、飼っていいわけがない。


 SKには悪いが、後で犬を模した人形を手作りしてあげるからそれで我慢してもらおう。


 お人形な友達さえいれば、獄中は寂しくないはずだきっと。


「シェフを呼べッ、このわちが直々に星五つをくれてやるッ!!」


 ドックフードで大満足していた幼女。


 食事を完食し、どこぞのグルメ審査員の様な台詞を口にする。


 料理人な霞さんを紹介してあげると、何やらトトトっと俺に近づいてきて、手に持っていた手帳とペンを取り上げてきた。


 急に何をするのかと思いきや。


 白紙のページを一枚破り、そこへ落書きの様な星を五つ描きだす。


 そして、それを「褒美じゃ、受け取れっ」と言いながら霞さんにプレゼント。


 グルメ審査員な幼女。


 中々に微笑ましい子である。


「風呂にも入った、飯も食った、霞さんにお礼も言った、よし帰れ」


 幼女の純真無垢たる精神が場を満たす中。


 空気も読まず、雪美が冷たい声音で水を差す。


 名は体を表すとはよく言ったもの。


 雪のように冷たい男よ。


 食事をとって涙を流す幼女の話も聞かず、この極寒の外へと放り出す。


 もうすぐ日が暮れる。


 夜の冷たさは増すばかり。


 我が弟よ、人の心とかないんか?。


わちは家無き賢狼ッ、可哀想なのじゃッ」


「そうか、よし出てけ」


「なんと薄情なやつッ、貴様が出てけッ!!」


 家の者に出てけとはこれ笑える。


 どうやらこの子はどこぞの元居候な人より、図太い神経をお持ちの様だ。


「なんだ?」


「べつに」


 隣の元居候なSKを横目に、俺は改めて雪美と口喧嘩を始めた幼女を観察する。

 

 白銀のきめ細かな長髪。

 澄み切った青空の様な瞳。

 弾力モチモチすべすべ白肌。

 頭部の獣耳と下半身のモフモフ尻尾。


 芸術点高めな容姿をしただけの人。


 なんだか似た雰囲気を感じなくもない。


 謎に親近感が湧いてくる。


 他とは異なる容姿、という点が俺にそう思わせるのかも。


 銀髪。

 ケモっ娘属性。

 青い宝石の様な瞳。


 まるでアニメや漫画から出てきたそれそのままって感じだ。


 普通じゃない。


 俺と一緒だ。


「な、名前…は?」


 パーソナルスペース内。


 異性ではあるが初対面。


 しかし、謎に湧いてくる親近感。


 それを頼りに、手帳とペンを取り上げられた俺は口を動かす。


 イメージ通りとは行かなかったが、たどたどしくも言葉がこぼれた。


 これを期に、一歩前進できればと俺は思う。


「よくぞ聞いてくれたッ!!」


 雪美との口喧嘩を止め、何やらソファーの上に乗ってふんぞり返る獣な幼女。

 

 ビシッ、と俺を指さしたあと、近所迷惑も気にせずな様子で、大きく息を吸い込み口を開いた。


「能ある鷹はなんとやらッ、普段は賢き賢狼、しかしッ、その正体は自由な神狼ッ、一目見ればお主も虜ッ、わちは世界一のVTuber、その名もフリー・フェンリーッ!! よろしくなのじゃーー♪」


 フリー・フェンリー。


 VTuber活動をしていれば嫌でも耳にするその名前。


 海外の視聴者をとりこもうとしていた時に遭遇した世界一。


 噂では二次元的な神懸った容姿を中身はしていると囁かれていたが、まさかここまで一致させてくるほどだとは思わなんだ。


 見た目も声もまんまが過ぎる。

 何なら実名かよって感じだ。


 どうやらSKはとんでもないホームレスを拾ってきたようだ。


 まさかこんなところでチャンネル登録者が最近になって一億を突破したVTuberと出会うことになるとは夢にも思わなんだ。


 てか、確か今はアメリカで行方不明とかニュースになってた気が…。


 SKのとばっちりで俺も誘拐犯の一味としてUSAな獄中生活とかないよね?。


 え?。


「い、家に帰らないの?」


「だから言うておろうッ、わちは家無き神…ではなく賢狼だとッ」


 アメリカを代表する世界一のVTuber。


 お金ならいくらでもあるはずだ。


 遊園地付きの豪邸の一つや二つあって当然。


 なのに家がないとはこれ如何に。


 もしかして、あの噂というか極度に騙されやすいという設定も本物だったりするのだろうか…。


「世界、一……でも、お、お金ない?」


「宵越しの金は持たぬ主義、故にわちの貯金は今やゼロを通り越してマイナスじゃッ!! くはーっはっはっはッ!!」


 何が楽しいのか高笑いを決め込む幼女ことフリー・フェンリー。


 設定年齢一万越え。

 実年齢二十いくつ。


 色んな意味で現実味のない彼女はその後、行方不明になってから今に至るまでの経緯を雑に語って聞かせてくれた。


 話を省略し、簡潔、且つ順にまとめるとこうだ。


 アトランタのホテルから追い出された。

 借金取りに追われるのも面倒。

 ホームレスになった。

 ホームレスな仲間が増えた。

 仲間が海にはまだ見ぬ秘宝があるといった。

 借金の返済を夢見て海へ出ることを決意。

 金槌だからと、近くの店から親友?のビートバンを盗んだかりた

 バタ足で大海原を生死ついでにさ迷う。

 魚と雨で食いつなぎながら日本へ不法入国。

 再びホームレス。

 人目を盗んで数ヶ月の間、盗人かりもの生活。

 警察に追われ、田舎で妖怪扱い。

 その内に安らぎを求め、捨て犬に身分詐称。

 善意を利用した結果SKに拾われる。

 安らぎの場(榊家)を得る。【NEW】


 ということらしい。


 最初から最後までツッコミどころ満載だった。


 とりあえずとるべき行動。


 俺はスマホを取り出して110番。


 盗人で行方不明な世界一の不法入国者を、警察に突き出すことにした。


「たのむぅッ、止めるのじゃぁッ、獄中でまずい飯は嫌じゃッ、借金とりから解放されたのじゃぁッ、それにこれからは無理やりに仕事もさせられなくて済むのじゃァっ、頼むぅ、なんでもするからココで秘密裏に飼って養ってくれぇッ、警察にだけは突き出さないで頼―――」


―――ピンポーン。


 泣いて縋りついてくるフリー・フェンリー。


 それを零さんに担いでもらって大人しくさせていると、何やらインターホンが鳴った。


 霞さんに出てもらい、しばらく。


 通報の電話がプツリと切られた・・・・のを不思議に思いながら、俺は戻ってきた霞さんへと視線を送る。

 

「近所迷惑?」


 外はもう暗い。


 近所の人がうるさいと苦情に来たのかと思ったが、霞さんが首を振るところを見るに違うらしい。


 じゃぁ、配達の人かな、とおもっていると、霞さんから手紙を入れる様な封筒を手渡された。


 なんだろうと、さっそく中を確かめる。


『もう直ぐお父さんを連れ、帰ります。それまでフリー・フェンリーの面倒を見てあげてください。大事な友達の飼い犬です、放し飼いせず、しっかりと首輪をつけて外には出さないようお願いします―――』


 この状況を見ていたかのようなタイミングで送られてきた手紙。


 俺はそれを手に、すかさず玄関を潜り、裸足のまま外へと飛び出した。


 さっきインターホンを鳴らした人物。


 姿はもうない。


 夜の街を走り回っても何処にもいない。


 力を使って過去へ戻ってみても、今度はインターホンが鳴らない現象。


 オマケにどれだけ時を巡っても手紙が届いていない・・・・・・現象に辿り着く。


 霞さんから何一つとして手紙を持ってきた人の話を聞けず、手に持ったそれだけが残る。


――母より。


 手紙の最後に記されたそれだけが、在りもしないはずだった世界で一つだけ残る。


 なんだ。


 これは、どういうことだ。


 本当にこれは母からの手紙なのか。


 分からない。


 手がかりである人物といくら会おうとしても会えず仕舞い。


 詳細はもう知ることが出来ない。


 唯一遭遇した霞さんからも話せず。


 でも。


「……よかっらぁ」


 俺は母からの手紙だと、安堵した。


「兄貴、警察に電話したのか?」


 未来から過去へ戻ってきて雪美。


 スマホをポケットに入れたのを疑問視する様に口を開いた。


「ちてない」


「ちて?、……なら俺がしとくぞ?」


「だ、だぁ~めっ」


「え?」


「この子は、う、家で飼ふことに、ちた」


「……は?」


 みっともなく縋りついてくる世界一。


 俺の飼う宣言。


 反対するものは雪美一人だけ。


 二人はお願いすれば許してくれる。


 霞さんから雪美へ言って貰えれば問題なし。


 そしてもう一人は言わずもがな。


 おまけのコマ君はおやつでどうとでもなる。


 なら問題は何処にもない筈だ。


 倫理観を覗けば。


 母の言いつけであるのなら、マザコンな俺はいい子を遂行。


 飼い犬としてお世話するくらい訳はない。


 偉大な母という存在の前には、倫理観なんてクソくらえだ。っぺ。


「ほんとかッ!? わちを養ってくれるのか!? この美味なる食事が出るここで!?」


 母の大事な友達の飼い犬。


 葬と分かれば悪く思う訳もなく。


 笑顔を返す。


「か、勝手かっれに居なくなったらッメ、だぁよ?」


 両親が帰ってくるまでの間。


 何処かへ行ってしまわぬよう、俺は縋りついてきていたのを抱きしめ返す。


 リエルノを真似てゼロにしていた神気。


 時を駆け巡ったときの疲労のせいか、その際、僅かに滲み出る。


 「なんと甘美な香りかッ!? …心地良きかなぁ~」


 途端に鼻先をスンスンさせるフリー・フェンリー。


 腕の中で何やら恍惚とした表情を浮かべ、モコモコな尻尾を勢いよく振りながら大きな耳をへ垂れさせ、ペロペロを首筋を舐めてくる。


 くすぐったいから押し退ける。


 マタタビを嗅いだ猫の様になるフリー・フェンリー。


 無防備にお腹を晒し、床でゴロンゴロンと寝がえりをうつその頭を撫で梳きながら、何処かへ逃げ出さないよう、霞さんに首輪を要求。


 コマ君のお古であるそれを、その細首に装備。


 一時的にではありますが家族が増えました。


 名前はフリー・フェンリー、雌です、一万歳です。


 世界一のVTuberです。


 よろしくね。


「夢のニート生活ぅ、ここは極楽なのじゃぁ~」


 

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