春愁
拙著
春の日
桜は散るからこそ美しいとは、誰が言い始めたのだろうか。
風に漂う花弁を目で追っていると、ふとそんなことが浮かんできた。
私は窓際の席が好きだ。ほんのふた月ほど前には寒々としていた窓の外は今、春を告げる花たちが彩っている。空調の効きの悪さに目をつぶれば、花の色彩や微かな風と陽の温かみがいち早く季節を伝えてくるこの場所は私に少しの優越を感じさせてくれる。
チャイムが鳴った。休み時間が終わる。妄想に耽っていた私を現実に引き戻した。立ち上がって談笑していた生徒達がばたばたと席に着いていく。ドアが開く音とともに退屈を顔に貼りつけたような教師が入ってきた。
暫くすると、間延びした教師の声が耳にまとわりついてきた。淡々と黒板に描かれる白い筆跡をノートに書き写していく。
現実はどうしてこんなにもつまらないのだろうか。まだもう少しだけ妄想に耽りたいと思う。
窓の外を見れば、いたずらに白い校舎があった。陽の光が差し込んでくる教室。ごくありふれた光景である。何の変哲もないこの学び舎で2年間も過ごしたのだ。その日々を思い返してみれば、全てがつまらなかったわけでもない。行事の1つ1つや、友達といつまでも話した放課後は...。
でも今は心の片隅に靄がかかるように、ぼんやりとした憂鬱がある。この靄が現実をつまらなくさせているようだった。
この靄......そう、最終学年になった私たちに等しく訪れるもの。卒業である。飽きるほど通った通学路も、この教室も、卒業してしまえばもう使うこともないのだ。
終わりが見えてきたこの日常には一抹の虚しさを含んだ靄がかかっていた。つまらなく思えるこの日常もいつかは終わってしまう。そう思うと、なんだか寂しい気がしてくる。今この瞬間も、刻々とその終わりは近づいてきているのだ。
戻ることないの時間は無機質に私たちを卒業へと運んでいく。残された時間は儚く散っていく。花弁のように。
_____私の名前を呼ぶ声がする。耳にまとわりつくあの声...。教師に当てられてしまったのだ。また現実に引き戻されてしまった。
そんな現実が、今は美しく見えた。
春愁 拙著 @aynuhs
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