ファッションは自衛から

そうざ

Fashion Starts with Self-Defense

「おいっ、ちょっと待った!」

 足音が階段を下り切った瞬間、俺は間髪を入れず呼び止めた。

「……何?」

 明らかに不機嫌な娘の声を背に受け、俺はテレビの音量を下げた。引き止めておいて何だか振り返るのが怖いような、妙な心持ちだった。

「誰と何処に行くんだ?」

「友達と遊びに」

「帰りは何時頃に――」

 ソファーに腰掛けたまま身体を捩る。そして、認めたくない現実に思わず鼻息が出た。

「またそんな格好をして」

「関係ないでしょ」

 廊下に佇む娘が一瞬、全裸に見えた。酔いの所為ではないが、俺は缶ビールをテーブルに置いた。

 若者のファッションにはまるで詳しくないので、専門用語での説明は難しいが、首から胸元、そして肩から先が露出し、胸は布地で覆われているものの、背中は下着の紐が思い切り見えている。腹は丸出しで、臍に何故か金属がぶら下がっている。下半身は何をか言わんやで、普段から制服のスカート丈も短く感じているが、それを凌いで腿から爪先まで顕わだ。

「真夏だからって薄着過ぎるぞ」

「煩いなぁ」

 中学生の頃はこんなに過激ではなかった。寧ろ大人しい印象だった。それが受験に合格してたがが外れたのか、去年の夏休みから娘との舌戦が始まった。

「せめて成人してからと言ってるだろ。未成年がそんなに肌を晒して――」

「普通じゃん」

 妻は朝も早よから友達と連れ立ってバス旅行に行ってしまった。放任主義の妻は、若いって良いわねぇ、などと我が子の格好を暢気に羨んでいる。

「何かあったらどうすんだ」

「何かって何?」

「犯罪に決まってるだろう」

「考え過ぎ」

 若い頃に女癖が悪かった男は却って娘が色気付くのを嫌い、男関係にも口煩くなると聞いた事がある。俺は正反対の謹厳実直、石部金吉を地で行く男だが、やっぱり娘の逸脱に胸がざわつく。

「世の中の男はな、若い女が露出してると、こう……」

「キモいんだけどっ」

 そう言うと娘は足早に玄関へ消えて行った。

 俺は、自分が無意識に何かを揉むような仕草をしていた事にはっと気が付いた。


 数日後、俺の嫌な予感が当たってしまった。

 会社から帰宅すると、妻と娘が何やらおかんむりの様子だった。

「あぁ、お帰りなさい。ちょっと聞いてっ」

 妻が眉間の縦皺をいつも以上に深くしている。娘はぶすっとしてテレビを観ている。

 昼間、娘が人混みのスクランブル交差点を横断している途中、何者かに行き成り胸を鷲掴みにされたという。

 しかし、犯人は娘が吃驚して狼狽うろたえている隙に人波に紛れて逃げた。程なく信号が変わり、後はもう車の通行に遮断され、それ切りになってしまったという。

「顔は見たのかっ?」

「一瞬の事で、そんな余裕なかったし」

 テレビの場違いな笑い声が居間に飛び交う。

「言わんこっちゃないっ、馬鹿な格好でふらふらしてるから――」

 言ってから、しまったと気が付いても後の祭りだ。途端に二人から総攻撃を喰らう事になった。

「これだから男はっ!」

「そもそも男社会がっ!」

 俺は、すごすごと浴室へ逃げた。犯人もこんな風に尻尾を巻いて消えたのだろうか。

 俺が言いたいのは、自分の身は自分で守る事を基本に、犯罪を誘発し兼ねないファッションは自粛して欲しいと、それだけなのだ。


 階段を降りて来る足音。

 日時は夏休み真っ只中の午後六時。

「こんな時間から――」

「花火大会」

 先んじて娘が答える。

「誰と――」

「友達と五人で」

 テレビがこの国の将来を憂いている。経済格差、少子高齢化、体感治安の低下、若者の暴走――。

「せめて格好だけは……うわぁあっ、えぇっ!?」

 いつものようにソファーで娘の方を振り返った俺は、思わず言葉を失った。

「これ? 最新ファッション。防犯効果があるんだってよ」

 髪はくしゃくしゃ、片目の周りは青痣のように染まり、唇の端からは赤い筋が伸びている。露出した肌の彼方此方には擦り傷や切り傷と見紛みまがあと、着衣は要所要所が引き千切られたように素材が垂れ下がっている。

 それは、まるで被害者だった・・・・・・

「大抵の男はこの見た目にドン引きすんの。下手にちょっかい出したら加害者だと誤解されるからね。じゃ、行って来ま~す」

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