第10話 大団円
綾子からの話も衝撃だったが、辰巳刑事は、署に戻って確認したいことがあった。
「俺はなんて迂闊だったんだ。せっかく防犯カメラの確認までしたのに」
と辰巳刑事は悔やんでいた。
それはまるで、試験勉強を怠って成績が悪かったというよりも、私見があるということを忘れてしまったかのような感覚だ。それも本当に自分が悪いのかどうか分からない。
「ひょっとすると、犯人に一杯食わされたのかも知れない」
とも思ったが、少し表現が違っている。
「何もかもこちらが見逃すことを承知してのことだったんだ」
とまるで計算されていたかのように思うのが癪なのだった。
「木を隠すなら森の中」
と言われるがまさにその通り。
さらにもっといえば、
「一度調べた場所であれば、何か変化が見つからない限り、二度とそこを調べるはずがないので、これ以上安全な場所はない」
という発想と同じで、完全に警察の特徴を分かり切っている、いや、人間というものの特性をしっかりと分かってのことだったのではないかと思うと、防犯カメラの映像というのは、まさに、一度調べたところを二度と捜索しないという死角を持っているのではないかと思えてきた。
なぜ、そう思ったのかというと、
「うなると、どこまでさかのぼっていいのかというのも困りものですよね」
という先ほどの自分のセリフに対し、
「あっ」
と感じたからだった。
そこまでさかのぼっていいのか分からないということは、まだまだ遡る余地があるということだ。それなのに、遡りながら、犯人の姿と被害者がエレベーターに押し込まれるところから後しか確認していなかった。それ以前を見る余裕もなければ、考えもまったくなかったのである。
人間の想いこみとは恐ろしいもの。それよりも前に何が映っているか分からない。そのことにどうして気付かなかったのか、それを思うと、犯人の策略にまんまと嵌ったと言えるだろう。
そういえば、思い出してみると、犯人は目出し帽をかぶったその目で、時々防犯カメラを意識しているのを感じたではないか。ということは犯人には防犯カメラの存在も、そしてその位置も分かっていたことになる。
何しろエレベーターの中に死体を放置するなどという、まったく考えられない犯行に、普通の常識を当て嵌めようなどというのは、最初から無理だったのだ。相手が歪んで考えたのなら、こちらも歪んで解明しようと考えてこそ普通と言えるはずである。それも分からずに、辰巳刑事は、自分の浅はかさを痛感した気がして、
「今度こそ、逃がさないぞ」
とばかりに、署に戻り、まだ回収したままの防犯カメラを遡って見ることにしたのだった。
辰巳刑事が、あまりにも慌てて帰ってきたことで、それを見た清水警部補も、
「ん? 何かいつもと違うな」
と思い、一緒に防犯カメラを見ることにした。
清水警部補は、実はまだ防犯カメラの映像を見たわけではない。捜査員が分析したことをなるべく信じたいと思っていることで、自分から、再度確認するような無粋なことはしなかった。
だが、今回は辰巳刑事からの、
「できれば、一緒に確認してください」
という要望もあり、要望があった時は遠慮しない清水警部補だったので、
「それならば」
と、自分も犯行を見抜く気は満々であった。
映像室で、防犯カメラの営巣を確認していると、まわりの機械の音がいつもは耳についてくるのに、この日はあまり気にならなかった。それだけ集中しているのだとうと、自分で感じた辰巳刑事だったが、隣に清水警部補がいてくれるのは心強いこと、最初の得も何度も見返した画像だったが、時間が経ってみれば、最初に感じなかったことも少しずつ分かってきたような気がした。映像に映った内容で一番の不思議なものといえば、やはり、あの大きなアタッシュケースだったのだろう。そして次にきになったのが、アベックが驚いたシーンだが、死体を見たことでのショックには違いないのだが、通報をしなかったのは、ラブホテルという微妙な場所だったからだろう。自分たちが発見者となって、バレてはいけない人にバレるのが怖かった。通報されないで済む場所として、ラブホテルという選択は間違いではない。
二人が見ていくと、犯人が運び込んだ死体のそれ以前の状態で、そこには、もう一体の死体を運び込んでいる様子が見られた。
「誰なんだ? これは」
と思わず、清水警部補は叫んだが、辰巳刑事は何も言わない。そこから一時間ほどさらにさかのぼってみたが、もう、何もなかった。しいていえば、最初の死体が運ばれる前に、そのエレベーターを使用した人がいたというくらいだった。
「じゃあ、死体は二つあったということなのかな?」
と清水警部補は、そういった。
「これで、あのアベックがなぜあんなに驚いたのか、そしてアタッシュケースの謎も分かるというものですね。アベックが驚いたのは、死体が二体あったからです。そしてアタッシュケースは、そのうちの一体を運び出すために使われたんでしょうね」
と辰巳刑事が分析した。
「じゃあ、一体どういうことになるんだ? 被害者は二人?」
「ええ、そうです。ただ、一人は殺害意志はなかったかも知れません。これは私のあくまでも想像でしかないんですが、このホテルの部屋で、猟奇的なプレイが行われていたのではないんでしょうか? 一人は片桐正治。そしてもう一人は殺された遠藤玲子、そしてもう一人は……」
と言いかけて、
「えっ? ということは、三人で、そのプレイが行われていたということかい?」
「ええ、そうです。その女は、以前、片桐がおもちゃにして、記憶を失わせた女、かわいそうにその女は身寄りもないので、結局片桐が施設にでも入れたんでしょうね。でも、時々親切なふりをして呼び出し、裏でこうやって猟奇プレイを楽しんでいた。その間、いつの間にか不倫相手の遠藤玲子も参加するようになったんでしょうね。そんな時、プレイの中で間違いがあったのか、それとも、病気だったか、事故だったかは分かりませんが、その女性が急死してしまった。片桐も玲子も慌てたでしょうね。片桐のような男に考えなどあるわけもない。きっと玲子が入れ知恵をしたんでしょう。エレベーターで下におろしてどこかに埋めにいくようなね、それには、こういうプレイをするために、ひょっとして人形のようなものを使ったのか、幸いにも人間が入るくらいのアタッシュケースがあった。それを使おうということになったのでしょうね。ただ、そこであまりにもテキパキと動く、玲子が怖くなった。ただでさえ臆病なこの男が、女を殺して、今、もう一人の女が必死に偽装工作している。このままいったら、自分は脅迫されるとでも思ったんでしょう。こういう男は被害妄想も半端ではないからですね。そうなると、二人とも生かしてはおけなくなった。ここまで来ると、男も冷静にあって、いろいろ考えるようになる。幸いなことに、女はまさか自分が殺されるなど思ってもいないし、何檻も偽装工作のために必死だ。そうなると、ある程度までの偽装工作をさせた後で、この女に罪を抹殺してしまえば、何とかなるとでも思ったんだろう。少なくとも、本当に死んだ女の死体が出てこずに、この女自体が偽装工作をしようとしたのだから、自分は安全だとでも思ったんでしょうね。そこで、女を殺して、本当なら女に罪を着せるようにしようと思ったのだが、計画が狂った」
とそこまで辰巳刑事がいうと。
「そういうことか、カップルに死んでいるところを見られてしまったということだな?」
と清水警部補が言った。
「ええ、せっかくのトリックが台無しになるかも知れないが、本当は最初に死んだ女を残しておこうと思ったのだが、あのオンナであれば、犯人は自分しかいないのがバレてしまう。しかしまだ玲子の方であれば、彼女の性格から、不倫相手が他にいてもいいと思ったのだろう。彼女を残すことにした。あの死体の形は、偽装工作をしているところを後ろから刺したので、あんな形になったまま、死後硬直が始まったんですね。だから、あのような不思議な死に方をしていたんですよ」
「じゃあ、エレベーターが四階にあったのは?」
「たぶん、同じ防犯カメラに収めておきたかったという理由があってのことでしょうね。同じ防犯カメラなら、遡ってみる場合、最初に死体が見えたら、そこから前を遡ることは普通はしませんからね」
というのが、辰巳刑事の見解だった。
「じゃあ、この事件の犯人は、片桐正治ということになるのかい?」
「ええ、そうですね。裏付けを行っていくうえで、他に犯人が出てこなければいいんですが……」
と辰巳刑事は意味不明な言葉を吐いた。
それから少しずつ証拠も出てきた。犯人を片桐に絞ってみると、証拠になるようなことはどんどん出てきた。玲子はエレベーター前で殺されたのだが、哀れな女性は部屋で死んだ。その部屋も特定されると、指紋もどんどん出てきて、その時与えようとした薬が床にこぼれているのも、捜査すればすぐに分かった。掃除で見つからなかったのは、ベッドの下に入り込んでいたからで、これが証拠にも繋がった。
逮捕されてからの正治は容疑を全面的に認めていた。辰巳刑事の危惧した、
「別の共犯者」
というのは、出てこなかった。
それを聞いた辰巳刑事は苦虫を噛み潰したような顔になったが、そのあとふと気になったのか、口にした言葉があった。
「綾子というあの女性、どうしてあのタイミングで、片桐のことを暴露しにやってきたのだろう?」
という思いであった。
綾子は警察にとっての救世主なのか、それとも、辰巳刑事の危惧する相手なのか、今となっては分からない。
綾子はというと、今日も元気に客についていた。
そして、秋月という男性はすでに過去の人になってしまったかのようだった……。
( 完 )
謎を呼ぶエレベーター 森本 晃次 @kakku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます