第61話

「帰って来てたなら、

 なんで連絡くれないの?!」


 雪菜は、泣きながら、

 凛汰郎にしがみつく。


「へ?! 雪菜? 

 何だ、知ってたの?

 親父が倒れたって聞いたから

 急遽帰って来たんだよ。

 黙ってて、ごめん。

 驚かせようと思ってたんだけどな。」


 体を起こして、頭をかく。

 ポカポカと凛汰郎をたたく。


「ひどいよ!

 緋奈子に聞かなきゃ、

 知らなかったんだから。

 メッセージ送っても既読スルーだし。」


「髙橋さんに聞いたの?

 あー、確かに花束買いに来てたな。

 まーまー、母の日で忙しくしてたから

 ほら、雪菜も花買うんでしょ?」


「え?!」


 拍子抜けする雪菜。


「買わないんかい?!

 ……わかった。

 んじゃ、俺が払うから

 雪菜のお母さんに送れば

 いいよ。」


「あ…うん。

 ありがとう…。

 え?それって…。」


「別に深い意味はないよ。

 何、注文するの?

 ソネットフレージュじゃなくて

 ね。

 今店にはないから、

 1本注文ってできないし…

  3000円くらいまとめて

 買うから。手渡しでいいよね?」


「知ってるよ〜!

 間違ったのは、凛汰郎くんと雅俊だし。

 それでお願いします。

 なんだ…てっきり私のお母さんって

 いうから、将来のこと気にしてんのかと

 思った。」


「はいはい。

 また始まった雪菜の妄想。

 明日卸市場で買ってくるから

 明後日には出来上がるよ。

 ちょっと立て込んでて時間かかるけど

 ごめんな。」


「妄想ってひどいなぁ。

 わかった。明後日取りに来るね。

 仕事あるから夕方になるかも。」


「うん、いいよ。

 カレンダーに書いておくから。」


「そういや、引っ越しは?

 そのまま、このお店にいるの?」


「質問攻めだなぁ。」


 引き出しの中から注文書を取り出した。

 ペンで必要事項を記載する。

 雪菜の情報は知っていたため、

 全部記入していた。


「だってラインも電話も

 既読スルーで電話も出ないし。

 何も話せなかったから。」


「それは、仕事が忙しかったから。

 というか、雪菜も俺が送ったライン

 既読スルーしてたし、

 電話だって出ない時あっただろ?

 お互いさまだって。」


 話してるうちに喧嘩口調になってきた。

 それを聞いていた響子が奥の方から

 出てきた。


「どうした、どうした?」


「すいません。響子さん

 休憩中に。」


「何、凛汰郎くんの彼女?」


「まぁ、そんなところです。

 雪菜です。」


「白狼雪菜です。」


「塩野響子です。

 凛汰郎くんにはお世話になってます。」


「え?」


「勘違いしちゃうから。

 俺がいない間に代わりに

 働いてくれてる人だよ。

 親父の学生時代の同級生。」


「あ、そうなんですか。」


「凛汰郎くんに

 こんなかわいい彼女いたんだね。」


「そ、そうですかね。」


「あ、どうも、ありがとうございます。

 んじゃ、そろそろ私

 帰りますね。」


「ああ、んじゃ、明後日な。」


「わかった。」


 雪菜は2人きりではないことに

 緊張感を抱いて、逃げるように

 帰って行った。


 凛汰郎は名残惜しそうに

 雪菜の後ろ姿を見送った。

 止めていた手を動かして、

 作業に集中した。


 響子は、大きなため息をついた。


「凛汰郎くん、仕事。

 私に任せな?」


「え、でも、これ、

 明日までに発送手続きしないと

 いけないもので…。」


「いいのいいの。

 遅れたら、

 店長の大河くんが責任持つんだから。

 彼女に会うの、久しぶりなんでしょう。

 知ってるよ。

 遠距離恋愛だって、聞いてたから。」


「…あー。親父から?」


 響子は、凛汰郎がやっていた仕事を奪った。


「そう。ここは、私に任せて、

 行っておいで。

 今しかないことあるでしょう。

 仕事は代わりはきくけど、

 あの子の彼氏はあなたしか

 いないんでしょう?」


「ありがとうございます。

 夕方5時までには戻ります。

 この分だけでもいいんで、

 お願いします。」


 凛汰郎は資料とパソコンを指さして、

 体はもう外に出たがっていた。

 足を角にぶつけながら、着ていたエプロンを

 脱いで、駆け出した。


 玄関につるしてあるベルが勢いを増して

 鳴っていた。


「ったく、仕事になると

 熱中しちゃうのは父親譲りだね。

 困った親子だわ…。」

 

 響子は、腰に手をあてて、

 気合いを入れて、仕事にとりかかった。

 注文の電話だろうか、コールが鳴り響く。




 凛汰郎は、走って雪菜を追いかけた。

 まだ後ろ姿が見える位置にいた。

 息が荒かった。


「あれ、凛汰郎くん。

 どうしたの?

 仕事じゃないの?」


 雪菜の前に立ちはばかる。


「うん。少しだけ時間もらった。」


「あ、さっきの響子さん?だっけ。

 そうなんだ。

 大丈夫なの?」


 言葉を言い終わるのを待たずに

 ハグをした。

 かぶっていた帽子が落ちた。

 拾うことを忘れて

 雪菜は凛汰郎の背中をポンポンと

 触れた。


「会うの、本当はうれしかったから。」


「…そっか。」

 

 まったりとした時間が流れている。


「近くの公園にいこう。

 ちょっと話そう。

 あっちにあるから。」


 自動販売機で缶コーヒーと

 アロエジュースを買って、

 落ちた帽子をかぶりなおした。

 

 横にならんでベンチに座ると、

 少し離れたグラウンドで

 少年野球をやっていた。

 遊具で遊ぶ小さな子供たちもいる。


 少しにぎやかだった。


「電話とかメールしてたけど、

 全然会えてなかったな。」


「どれくらいかな。

 半年に1回は会えてたかな。

 盆と正月?

 春に会えるとは思ってなかったから。

 大学卒業したら帰って来るなんて

 一言も言ってなかったでしょう。」


「あー確かに。

 実家に帰って来るのが

 盆と正月だからな。

 だって、就職活動してないし。

 実家継ぐって前から言ってたじゃん。

 でも、予定より早まったけどさ。」


 ポケットから、電子タバコを取り出した。


「ごめん、吸っていい?」


「あーあ。大人びちゃって。

 吸ってたんだ?

 前会ったときは我慢してた?」


「前は紙たばこ吸ってたけど、

 隠してた。

 でも、こっちならいいでしょ?」


「いい子ぶってたんだ。

 まぁ、それならあまり臭くないから

 いいけど。」


「だよなぁ。

 大学のサークルの子も言ってたから。」


「え?!

 誰の話?」


「ん?なんでもない。」

(サークル内に女子がいたこと言ったら

 やばいな。)


「でも、元気そうでよかった。

 ん?お父さんは大丈夫なの?」


「平気平気。盲腸だから。

 手術したらすぐ復帰できるし。

 疲れもたまってたんだろうけどさ。

 響子さんには申し訳ないけど。」


 夕日がオレンジ色に光りだした。


「俺、毎年、贈ろうかな。

 花束。」


「え?

 母の日の花のこと?」


「俺の母さんは、昔に亡くなってるから

 贈る相手いないしねぇ。」


「毎年…??」


「さてと、そろそろ、仕事戻らないとな。」


 飲んでいた缶コーヒーをからっぽにして

 近くにあったゴミ箱に投げ入れた。

 スポッと入って、

 ナイスシュートと言って喜んだ。


「ねぇ!

 毎年ってどういうこと?!」


 凛汰郎は話を途中にして、

 逃げるように駆け出した。

 雪菜の話を聞かないようにしている。

 最後まで話を言いたくないようだった。






◇◇◇


 来年以降になったら、

 雪菜の母のためにいつも

 凛汰郎が準備したソネットフレーズの

 花が飾られている。



 

 その花瓶の横には、

 白いドレスは雪菜で

 白いタキシードを着た凛汰郎が

 映っている写真があるとは

 その頃には誰も想像もしなかっただろう。



雪菜が入院してお見舞いとして

送られたソネットフレージュ。

名前を間違えたことで余計に覚えやすかった。


その花の魅力は、毎年母の日に見ることができた。


いつまでも忘れない。



「雪菜、凛汰郎くんに言っておいて!

 母の日だけじゃなくて

 父の日も忘れるなって。」


「あー、はいはい。

 わかりました。」


 お花を届けてくれてありがとうの電話を

 した菜穂の横で龍弥はさけんだ。


 雪菜は適当にあしらって電話を切った。





 毎年、母の日用の花だけじゃなく、

 鑑賞用に花瓶に入れて

 花を飾っていた。

 

 1年に1回の楽しみになっていた。


 窓をカラカラと開けた。

 少し冷たい風が吹いた。

 庭には、

 白い洗濯物がふわふわと揺れている。

 髪をかきあげた。


「おかあさん!!

 テントウムシ見つけた!」


「あ、本当だ。

 いいことあるかもね。」


 凛汰郎のそばには小さな男の子がいた。



 

 東の空には大きな虹がさしかかっている。

  

 飛行機が大きく南へ飛んでいく。


 明日はきっと晴れるだろう。




 【 完 】





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ソネットフレージュに魅せられて もちっぱち @mochippachi

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