第60話
澄み切った青い空に細長い雲が
浮かんでいた。
飛行機が静かに飛んでいた。
幸せが継続してあると、
普段の喜び事も流れるように
過ぎていく。
凛汰郎が必死で受けた大学受験も
さらりと合格して、
ひとり暮らししながら
大学に通えるようにと荷造りしたり。
雪菜は自宅から専門学校まで
高校に通うように自転車通学できる
距離だった。
高校最後の数ヶ月は
光が飛ぶようにあっという間に
過ぎていった。
誰も奪おうとしない凛汰郎の
制服の第二ボタンは
しっかりと雪菜の手の中に
おさめられていた。
雪菜たちは、なんのトラブルもなく、
平和に卒業することができた。
◻︎◻︎◻︎
晴れて大学生になった
凛汰郎は東京、雪菜は仙台で
過ごすことになり
遠距離恋愛な状態が4年も続いた。
倦怠期と呼ばれる時期も
元々遠距離であったことが
よかったのか。
会わない日が多いことで
逆に解消されて
メッセージ交換や
電話のやりとりも頻繁にしなくても
お互いに強い絆で結ばれていた。
遅すぎた春だと
周りから言われ続け、
いつになったら
結婚するんだと急かされた時もあった。
なんだかんだ過ごしてるうちに
2人は社会人として
それぞれの道を歩き出していた。
「いらっしゃいませ。
ご予約の高梨様ですね。
お待ちしておりました。
こちらのいすにおかけください。」
雪菜は、予約してお越しになったお客様を
先に案内した。
ガコンガコンとちょうどいい高さまで
いすが上がっていく。
「お久しぶりでしたね。
今日はどのような髪型に
なさいますか?」
「すいません、こんな感じに
できますか?」
スマホ画面にヘアカタログから持ってきたであろう写真を見せた。
「あー、なるほど。
シャギーを入れて、脇をすく感じですね。
前より短くなりますが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
「かしこまりました。では、こちらに手を通してくださいね。」
灰色のケープを体にかけた。
雪菜はベルトのようになってる
ハサミやくしが入った道具入れを腰に
巻きつけてた。
くしとはさみを取り出しては
ヘアカットを始めた。
昔から夢だった美容師になれて
毎日を楽しく過ごしていた。
そんな仕事の、休憩中に
スマホを見ると1通のメッセージが
届いていた。
『緊急情報!!
平澤くん、地元に帰ってきてるって。
知ってた?』
緋奈子からのラインメッセージだった。
高校からずっと付き合いが
続いてる仲の良い友人だ。
凛汰郎が東京から地元の仙台に帰って
来てるという情報をなぜか本人ではなく
緋奈子から聞いてしまう。
これでもずっと交際が続いてる彼女なのに
なんで教えてくれなかったのだろうと
本人にラインしてもここ最近既読スルーが
多かった。
「全く、なんで既読にならないの?!」
独り言が休憩室に響く。
職場の先輩の佐々木響子が、
雪菜に休憩終わりの合図を送った。
「すいません、今行きます!」
既読スルーのままのラインを開いたまま、
バックの中にスマホを入れた。
その頃の凛汰郎は、父が営む花屋に急遽
助っ人として来ていた。
大きな入れ物に入った数十本の花を、
ショーケースの中に入れていた。
「よし、これはここでよしと。
次はラッピングの準備か…。」
今は母の日シーズンでカーネーションが
頻繁に売れる繁盛期だった。
それだけではなく、お葬式に飾る仏花の
販売も重なる時もある。
花の入れ替えやラッピングなどで、
慌ただしく過ごしていた。
「凛汰郎くん、発注間に合う?」
「はい、どうにか。
猫の手も借りたいくらいですけど、
親父が明日退院するので、
何とかなります。
響子さん、
先に休憩入ってて良いですよ。」
凛汰郎が大学進学を機会に
父の大河が雇ったスタッフだった。
人当たりもよく、仕事もできる人だ。
父の大河も絶賛する1人だ。
「ごめんね、先に休憩させてもらいます。」
そう言うと休憩室の方へ向かった。
凛汰郎は、そのまま作業に没頭する。
すると、玄関のベルが鳴った。
帽子、サングラス、マスクをつけた女性が
静かに店内を物色しては、
ショーケースに入っている花の方に目をやる。
凛汰郎は、手を洗って慌てて、
接客する。
「いらっしゃいませ。
母の日用でしょうか?
配送も承っておりますので、
お声かけください。」
レジ横に移動して待機した。
「あの…、ソネットフレージュ…
ありますか?」
「え…えっとそれは。」
凛汰郎は、スマホを取り出して、
花の名前を入力した。
『ソネットフレーズ』で
検索が引っかかった。
この名前と、お客さんの声を聞いて、
どこか聞き覚えがあった。
(あれ…。)
と思い返すや否や、お客さんは、
帽子とマスク、サングラスを全て外して、
走って後頭部後ろまで手を回されて、
ハグされた。
圧倒された凛汰郎は、床に倒れた。
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