第66話 ホンモノ :side S
間違いない。今日まで生きてきて、自分の色は全部外の世界に出してきてた。
相手が誰であろうと。
だから私は自分の絵を完成させることができた。
でも今は違う。
色が分からなくなった。
ありとあらゆる感情が次々に湧いてきてるのに、それを何一つ外へと出すことができない。貯めに貯めてしまっている。
ひとつひとつが複雑に混ざって、どれからなんて状態じゃない。
間違って出したくない。
どんな色になってしまうのか分かんない。
「あー食ったぁー」
余裕はその場に立ち上がり、バンザイのような伸びをした。
この人は、今どうなんだろう?
座ったまま静は、余裕の背中をぼんやり見上げる。
その時、西の空に傾いた太陽の光が静の視界を邪魔する。
「あれ!?」
西日に照らされた静の瞳に黒色だけの世界を視せる。
もちろん手でそれを遮ったりしない。
だから見れた。
余裕の後ろ姿だけが真っ白になっているのを。
キャンバス。
まだ何も描かれていない、白色のキャンバス。
白亜地の、四季と一緒に絵を描きあったあの時と同じ色。
準備は出来ている。
余裕の後ろ姿はそう言っていた。
白という、静が認識出来ている二色のうちの一つで。
「その目は……いつから?」
「!」
思わずその場に立ち上がってしまった。
その瞬間、世界はまた元の灰色に戻る。
「ごめんね。俺、分かってて君にあの絵を完成させた。できるはずがない。そう思ってしまった。でも、君は完成させた。俺がイメージしたそのままに」
苦しそうな表情で余裕が続ける。
「驚いたよ。一瞬君が灰色の世界から抜け出せたのかと思った……でも、すぐに違うって分かって。色が視えていないまま完成させたあの絵が、俺のイメージ出来てしまう程度のもので、それは決して完成なんかじゃないと」
「なら、どうして私があなたのところへ来たのか、その目的も理解してるってことですよね?」
どうしてこっちを向いて喋ってくれないんだろう。
「理解してるってよりは、繋がったって感じかな。君が枢先生からどんなふうに俺のことを聞かされてきたのか知らないけど、俺には俺で、君に会う理由があったから」
「四季さん……ですか?」
「うん、そう。あの人に頼まれてね。まあ、頼まれたというか脅迫じみてたからちょっと違うけど……」
余裕がそこで振り返った。
「荒木静――を助けてあげてって」
浅葱色じゃない――余裕色。
静に余裕はその色を魅せた。
やっぱり、合ってたじゃん、余裕色で。すーちんは新選組の隊服の色だって言ってたけど、違う。
私があの時視た色はこの色。
再現した浅葱月。このツナギだってそう。やっぱり違ってた!
私が今視てる……じゃない。魅せられているこの色こそが本物。
「余裕色」
そこで始めて声になった。
「ああ! そうそう、そうだった! 俺、君に間違って答えてたんだよね。あの時、このツナギの色を聞いてたのに勘違いして自分の名前言っちゃって!」
余裕は、身振り手振りであの時のことを再現しようとする。
現場で倒れ、枢の務めている病院に運び込まれ、朦朧とした状態で受付まで行った。そして、静に初めて会ったことを。
ふふ。どうしてこんなに一生懸命なんだろう。
「君、じゃない」
そんなこととっくに知ってるのに 私。
「私の名前は」
ずっと探してたよ、その色を。
「静」
あった。ひとつだけ絶対に間違っていない色が。外に出しても、自分の気持ちだとはっきり分かる本物の色が。
「同じ苗字。あなたの名前は、」
「余裕。静が間違って覚えてた色の名前」
まっすぐ静のことを視つめながら余裕が言う。
興味があった、綺麗だと思ったから。
探してたその色。
知って再現しようとした、あの浅葱月で。
好きになった色。
余裕色。
「余裕のことが好き」
「俺も好きだ。静のことが」
二人は視つめ合いながら同じ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます