第45話 共鳴。
「四季の絵はすべてご覧になられましたか?」
筑波波は、笑っているようでそうでない、まるで静のなにかを試すように聞く。
「はい……一応」
「一応?」
「え? あ、すいません。全部視ました。77番まで」
「そうですか。どうでしたか? 鈴鹿四季の作品は」
目を合わせようとしない静に、無理やり波は視線を合わせようとする。
「すごかったです」
「そうですか。特に気になったりした作品は?」
その質問に静は黙り込んでしまう。
「静さま? どうなさいました? 質問に答えてください」
語尾を強めた言い方に、静はつい波の顔を見てしまう。
「やっと目を合わせてくれましたね。では、答えを」
「――77番です」
静の答えを聞いた波は、「あいつの言ったとおりだ」と静に聞こえないように呟いてしまう。
「なにか?」と静が尋ねると、「いえ、なんでもございません」と波が濁した。
「静さま、このあとのご予定はございますか?」
「いえ、なにも」
その答えを聞いて波が突然笑みを浮かべる。
「よろしければ、このあと、四季のパフォ、じゃない、トークショーなるものを行う予定ですので、聞いていきませんか?」
「いえ、私は結構で」
そう途中まで言いかけた静に。
「おや? その手にしていただいているのは。パンフレットをご購入して頂けたんですね! ありがとうございます! これから執り行う鈴鹿四季のトークショーは、そのパンフレットの絵がテーマなんですよ! とくに77番の絵は、今回の絵の中で四季が一番気に入っているものなんです。どうです? お聞きになっていっては? 後半では四季への質問コーナーもございますので、直接四季本人の口からあの絵について聞けるチャンスですよ?」
怒涛のように続けざまに言われて、静は呆気にとられる。
「じゃあ」
と、ほとんど無意識に口からその言葉が溢れていた。
――77番の絵を一番気に入っている。
波が言ったあの言葉は、そのまま四季の言葉でもあった。
「これだけ完成度の高い絵があるのに、どうしてあの絵が……」
静は昼食を食べながら、パンフレットを開き、今回の絵のリストを眺めていた。
『静さま、昼食は?』と聞かれ、用意してきていないことを伝えると、波は『スタッフのあまりでよろしければどうぞ』と、どこからか弁当をひとつ静に用意してくれた。
『トークショーにはまだ時間がありますので、それまでは自由になさっていてください』と言われ、言われるがまま静は、もらった弁当を美術館に併設されている公園内の東屋で昼食をとっていた。
「それに、春、夏、冬、秋。この順番に並べてあったのはなんでだろう?」
ページを最初に戻し、今回の表題である『Genius』と書かれた下の案内文に目をやる。
そこにはまず、白黒で撮られた何かを描いている時の四季のバストアップ写真と、直筆であろう毛筆で、鈴鹿四季・四十九と書かれていた。
「えっと――国内五年ぶりとなる鈴鹿四季の個展『Genius』。そして、画家・鈴鹿四季の20周年にあたる本年を、原点となったこの場所で開きたいと、本人たっての願いによって実現させていただきました。へえ、二十年。ってことは、今の私より上で売れたのか……」
静は声に出し、指でなぞりながら、その案内文になにかヒントでもないのかと確認していく。
「20年前。学生時代の友人たちと資金を出し合い開催した合同展覧会がきっかけで、一気に鈴鹿四季の名は世界中に広がっていきました。その後、遅咲きといわれながらも、数々の個展を開き、そのすべてで高い評価を受け続け、今日に至ります。文字通り色褪せることのない、それどころか、進化し続ける鈴鹿四季の集大成ともいえるものが今回の個展『Genius』です。この77作品……? あれ?」
そのとき、指の先に違和感が走る。
意識を集中させ、もう一度その部分を指でなぞる。
すると、77という数字の一桁部分に、テープタイプの修正液が貼られていた。
「印刷ミスかな? だとしても雑というか……。もしかして急に変更したとか?」
静は、順路に迷っていた時、前から走ってきた波が言っていたことを思い出す。
「あのわがまま女王が! いまから個展名変更なんてふざけんな! ただでさえ」という、あの罵倒は、このことを言っていたのではないのかと見当をつける。
「これ剥がせるよね」
なぞっていた指の爪を立て、削るようにして修正テープを剥がす。
「6……ってことは、増やしたの? あの77番の絵を」
ポーンという音が静の場所から少し離れたところから聞こえてくる。
『このあと14時より、受付右側、特別展示ホールにて、鈴鹿四季によるトークショーを行います。皆様、ぜひ、挙って起こしください。』
聞き覚えのある声に、静は弁当を一気に口にかき込む。
近くにあったゴミ箱に殻になった弁当箱を捨て、もぐもぐと咀嚼しながら、美術館のほうへと足を進める。
静の頭の中が様々なことで渦を巻き、ありとあらゆることを想定していく。
羽生に渡されたチケット。
筑波波はなぜ自分に声を掛けてきたのか。
合同展覧会。
そして、『No.77 月』と題し、急遽足された絵。
「魂胆、あったか。やっぱり」
現段階で、静にはそれが何かまでは分からない。
分からないが、これからあの場所に自分が行けば何かが起こるというのは間違いないということを確信し、自然と口角を上げる。
入り口の扉を引く。
一度出た場所に、もう一度踏み入る。
「再度のご来場ありがとうございます」
波が受付の前ですでに待ち構えていた。
「お弁当はお口に合いましたでしょうか?」
変わらない笑顔で静にむかって言う。
「はい。米粒一粒まで残さずにいただきました。ごちそうさまでした。おいしかったです」
しっかりと波の目を見ながら静は言う。
「それは良かった。では、行きましょうか」
そう言って、フイっと向きを変えた瞬間、波が笑顔から真剣な表情へと変化させた。
静は、そのことにすぐに気づいたし、波も、静に気づかれることを分かっていてそうしていた。
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