第28話 READY。

遠くで微かに音が聞こえる。


「確かに、似てるな」

余裕が音に反応する。

それと同時に、ポンポンとFDのボンネットを軽く叩く。


今まで逃げてきた自分と向き合う。と、余裕は決心していた。


逃げをする。

間違いであることを、にする。


『自分=ホンモノ?』

そんなふうに取り掛かってきた人生。


疑問符を、感嘆符に。

そして、ホンモノから本物へ、変換出来るようにこれから生きていく。


「悪いけど、道連れだ。いいよな、相棒」

余裕の声は、とても透き通っていた。



下から音が上がってくる。


「きれいに回ってるな。あっちは今なお現役か……」


ヘッドライトが峠道の木々たちを照らし始めた。

たまに、それらの隙間から、光がチカチカと余裕たちを挑発するかのように照らしてくる。


「くくっ、この感じ……。いま思うとよくやめれたよな俺」

余裕の表情はニヤけきって、完全に弛緩していた。



キーッと、小さくブレーキ音が鳴る。

その光は、はっきりと余裕とFDのペアを照らし出して止まった。


「へえ、イジってきたんですか。準備する時間なんて無いと思ってたんで、余裕決め込んでました。……流石ですね」

「啓介は?」

「下のゴール地点です」

「悪かったな、本当なら俺が連れて来なくちゃいけないのに」

「ははっ、大丈夫です。それに、余裕さん啓介が今どこに住んでるか知らないでしょ?」

「ああ……そうか、そうだった」

「ふふ、本当に突貫工事だったみたいですね」


今夜啓介を連れてこよう。余裕はそう決めていた。

けれど、そのことを思いついたのは、家を出てからだった。

電話をかけても繋がらず、結局、島に頼ることになってしまった。


「あいつ、いま、どこに住んでるんだ?」

「俺も今日入れて、三回行っただけですけど……、なんか妙なアパートで」

AP2のヘッドライトで逆光状態の島が腕組みをし、首を傾げる。


「妙?」

「ええ。二階家の見た目少しくたびれた感じのアパートなんですけどね」

さらに島が首を傾ける。


「そこは島さんが?」

「はい。うちの不動産です。でも、そこ、二部屋しかないんです」

「は?」

「そうなりますよね、普通。しかも、大きさが常識的考えても、8部屋くらい余裕でとれる位の大きさなんですよ」

「なんですか、それ……。そんな建物どこが?」

「確か……遠明寺建設だったと思います」

「なっ」

余裕は思わず絶句した。


遠明寺建設=遠明寺椎。

余裕は頭のなかでそう変換する。


「それってアパートじゃなくて借家じゃないんですか? だって、部屋数が少なければアパート収入なんてろくに入らないじゃないですか。いったいどこの誰が大家やってるんですか!」

興奮気味に余裕が言った。


「いいえ、啓介が一階、二階は別の方が住んでます。なんで、共同住宅です。それと、大家は、うちでも把握出来てないんです」

「はあ!?」

「すみません」

なぜか島が謝る。


「これはあくまで噂程度なんですが……その大家が」

島が余裕に近づきながら続ける。

「画家らしいんです」

「画家? へえー」

「はい。あ、でも噂なんで、真に受けないで下さいね」

島が取り繕うように言った。


「一度行ってみたいですね、そこ」

「これが終わったらお教えしますよ。じゃ、始めますか!!」

これから命を削るような勝負をするとは思えない雰囲気で二人は各々の相棒に乗り込んでいく。


「あ! 余裕さん!」

運転席から顔を思いっきり出しながら、大きな声で島が叫ぶように余裕を呼ぶ。

「見せてもらいます。って言われていた理由を」

言い終えると、島は窓を閉めた。


余裕は、島の言葉を車内から聞いていた。

『天才』。

そう言われたのは久しぶりだった。


先に島のAP2が動き出す。

余裕のFDがあとに続く。


ここでの勝負内容を二人は嫌というほど理解していた。

制限速度30キロメートルの峠道。それは道幅の狭さを表していた。

一般車からした話は、先に記した通り。

そして、余裕と島のような人種をもってしたルールは、サイドバイサイドの勝負は厳禁。スタートはよーいどんのではなく、縦列からのスタートで、勝敗は、先行車の逃げ切りのみで勝負がつく方式。


その理由は、二つ。

一つは、全開走行中での追い抜きポイントがこの道にはほとんどないこと。

二つ目は、事故を考慮してのことだ。

この道路では昔、無謀ともいえるドッグファイトで何十台もの車、人間たちが潰れていった。その教訓から、絶対にここでの追い抜き勝負、ましてやサイドバイサイドのドッグファイトなど自殺行為だと。暗黙のルールが敷かれた。


AP2がスタートラインに着く。

その横、セオリーな縦列ではなく、並列に余裕がFDを並べる。


下り一本勝負。

それが二人が望み、選んだ勝負方法だった。

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