第4話 勝負する女。

「こっからだ…」

女は虎視眈々と次なるてだてを考えていた。


体を狙いすましたように吹き抜ける大量の風と、体温を越えようとする大気温度、この時期特有な湿気と熱気が最大級な弊害になる日常。


しかし女はその弊害を吸収する。


「もう少し、これじゃまだ足りない」


項、額、首、脇、肘と膝の裏、足の甲と裏。

あらゆるところから水分が逃げていく。

人としての当然な現象ではあるのだが、女にとっては発散、もしくは発露となって出力されていた。

それは、常時変化する人の手ではどうすることもできない力に抗い、隙あらば動きをやめさせようとしているからだった。


「くそったれめ! 私はまだ負けてない!!」


次第に意識が遠のく…。

それは女の待ちわびた感覚だった。


青と緑と茶が混ざり、そこに、ごく少量の赤を加える。

黒色を拒むように、けれど、混ざりあったそれを消滅させまいと、透明な水分で薄めた白を入れる。

そして完成した自分色で世界に色をつけていく。

モノの輪郭が曖昧になっていき、次第に一つになって現れてくる。


荒木静あらきしずかはそれを本物だと思った。


「出来た!!!」

荒木静は大声で叫んだ。


そこは白だけの世界だった。


「…あーあ、またかぁ」

あれだけ気をつけていたのに。今回こそはと思っていたのに。

静は「何億回目だろう」と、病室のベッドの上で鷹揚に呟いた。


「白だけはなあ、もう飽きたんだよ。チキショウ! またかああああああ!!」


静には冷え切っている空間。

人よりも少し大きな目から水分が溢れる。

それは、さっき、あの場所で発散、もしくは発露していた水分とは明らかに違っていた。

静は、額をつたり落ちてくるそれを両手で受け呟く。


「これで薄めたら何色になるんだろう?」


「おーーーーらーーーー!!!」

白から、黒へとグラデーションしていく目線にある空間から怒号が聞こえる。

次第に黒は赤色の光で照らされ明るく、眩しく輝いていく。


「やばい」

ここに来てしまったのは今回で七回目。

これからここで行われるであろうやり取りも同じく七回目。

それは、荒木静の目的が達成出来なかった回数でもある。


「しーーーーずーーーー!!!!」

辺りを照らす赤色となればそれは炎。

近づくにつれて炎は暖色から中性色を飛び越え、寒色である青へと変わる。

炎の特性上それは、温度の上昇を示す。


「こわっ」

青い炎を身にまとった白衣の女医が、静に迫ってくる。


「しずっ! あんた、これで何回目よ!」

「あーーー、ごめんって」

青鬼と化した女医は、他の患者に構わず大声で静を叱る。


「でも、でもね。今回はあとちょっとだったんだって」


目から溢れた水分は、極小の白い粉末だけが手のひらに残り、すでに乾いていた。

パチンと勢いよく手を合わせ、静が青鬼に謝罪の格好をした時、それは空中に飛散し、偶然にも大きく目を閉じ、目の前の弊害から逃れようと俯いた静の鼻腔へ吸入された。


「あっ!」


それは、さっきまで居たあの場所の風景を静に思い出させた。

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