第19話 呼び方
ある冬の昼休み。寒くなりほとんどの人が教室で昼食をとっていた。俺、
唯川とはクラスが違うので、俺が彼女のクラスへお弁当を持っていくことになった。
「はぁ~やっと午前が終わった。お腹が鳴るかと思って4限目は危なかったわ」
大きなお弁当の蓋を開けながら彼女はそう呟く。お弁当の大きさに驚き、何も言わないでいると唯川に机の下で足を蹴られた。
「何で蹴られたんだ?」
「あなたが、私の言葉にうっすい反応するからよ。私は、昼休みに橘と会って話すことを楽しみにしてたというのに……」
「かっ、可愛い……」
唯川が素直にこういうことを言うことはあまりないので、可愛いと思ってしまった。
可愛いと言われて照れた唯川は、お弁当の中を俺に見せてきた。
「そっ、そういうところあるわよね、橘……。ね、何か欲しいものはある? 今なら漫画とかでよくあるあ~んしてあげるわよ」
「漫画……唯川って、どういう漫画を読むんだ?」
付き合い初めて4ヶ月経ったが、まだ彼女の知らないことはたくさんある。自分も漫画は読む方なので、唯川がどんな漫画を呼んでいるのか非常に気になる。
「少女漫画よ。恋愛ものとか読むかしら」
「へぇ、俺もたまに読むよ。『私はあなたのことをずっと』とか」
唯川も知ってるかもと思い、俺が最近ハマっている漫画の題名を口にすると彼女に引かれたような気がした。
『私はあなたのことをずっと』という漫画は、簡単に説明すると主人公の梓胡桃が、松山哲太に恋をする話でその胡桃はかなり愛が重いという。
「重いわね」
「そうか? 一途な胡桃ちゃんとか可愛いと思わない?」
「思わないわ。けど、橘は、重すぎる女が好きなのね」
飲んでいた水筒をガンッとテーブルに置くので、これは嫉妬か怒っているかのどちらかなんだろうなと思った。
「ご、ごめん、唯川。俺が好きなのは唯川綾乃だけだから」
もし、現実に存在しない漫画キャラに嫉妬しているなら唯川、可愛いな。
「別に私、怒ってないから謝る必要なんてないわよ。橘が私のことがどうしようもないくらい好きなのは告白された時からわかってるから」
ほんと好きな唯川と付き合えたことが今も夢なんじゃないかと思うときがある。一度振られてもう諦めるしかないと思っていたから。
「で、話戻すけど何かほしいものはない? 全部食べちゃうわよ」
唯川のお弁当から1つもらえるようで俺は、どれにしようかと悩む。
ウインナー、卵焼き、ミニハンバーグとどれも美味しそうだが、俺は卵焼きを選んだ。
「卵焼きいい?」
「えぇ、1つだけよ。はい、口開けて」
唯川は、お箸で卵焼きを掴み、俺の口元へ持っていく。
「いただきます」
口を開けて、卵焼きを食べさせてもらう。作ったのか、もう作ったものなのかは一瞬でわかった。
(唯川が作った卵焼きだ……)
「美味しい」
「ふふん、美味しくて当然よ。私、卵焼きだけは作れるようになるために頑張ったんだから」
料理は壊滅的と言っていたが、どうやら卵焼きは頑張って作れるようになったらしい。いつか他の料理も食べてみたいな。
「好きな人にあ~んしてもらうと卵焼きが凄い美味しく感じるな」
「へぇ、そうなの……」
彼女は、そう言って箸を持ったままチラチラと俺のお弁当を見てきた。
これはおそらく俺のお弁当が欲しいというよりあ~んしてもらいたいんだろうな。
自分が今食べているお弁当箱を少し彼女の方に移動させ、見えるようにした。
「お礼だ。何か食べたいものあるか?」
「……いいの?」
「お好きなものどうぞ。食べたいの選んで」
「……じゃあ、この肉詰めピーマンみたいの食べたいわ」
「わかった。はい」
肉詰めピーマンをお箸で掴み、唯川の口元へ持っていく。
一瞬驚いた彼女だったが、口を開けてパクっと食べた。
「美味しい……橘って料理できるのね。カッコいいと思うわ」
顔を赤らめながらそう言う彼女は、とても可愛らしくドキッとしてしまった。
しばらく一言も話さず、昼食を食べ進めているとあんなに大きなお弁当箱だったのに完食した唯川が口を開いた。
「さっきの『私はあなたのことをずっと』の話だけど、私も舞桜に借りて読んだことがあるわ。ちなみに橘は、どのシーンが好きなの?」
唯川は、読んだことがないと思っていたが友人である
『私はあなたのことをずっと』は、いいシーンがたくさんがあるが、好きシーンはあれだろう。
「初めて好きな人に下の名前で呼ばれるところかな。やっぱ好きな人に名前を呼んでもらえるっていいなって思ったからさ」
あのシーンは本当に良かったなぁと思い出していると唯川がボソッと俺の名前を呟いた。
「良太」
(っ! い、いまっ、名前呼ばれた!?)
「ゆ、唯川さん。もう1回言ってくれません?」
名前を呼ばれた嬉しさに俺は彼女に頼む。すると、彼女は、目をそらして小さく口を開いた。
「良太」
「ありがとうございます」
「何でお礼? そんなに名前を呼ばれたことが嬉しいの?」
「そりゃまぁ、好きな人に呼ばれたら……」
「へぇ、なら私のことも下の名前で呼んでみて」
呼んでみてと言われたが、いざ呼んでみるとなると物凄く緊張する。
「あっ、綾乃……」
「!」
照れながら名前を呼ぶと彼女は、顔を赤らめ、照れ隠しなのか髪の毛を触り始めた。
「たっ、確かに嬉しいわね……もう付き合い始めて4ヶ月も経ったことだし、これからは下の名前で呼び合うのはどうかしら?」
「それは唯川のことをあっ、綾乃と呼んでもいいってことか?」
「そう呼びたいなら呼んでもいいわよ。私は、橘のことこれからは良太って呼ぶつもりだから」
こうしてこれから下の名前で呼び合うことに決まったところで、予鈴が鳴った。
そろそろ教室に戻らないといけないので椅子から立ち上がると綾乃が、俺の腕を掴んできた。
「綾乃?」
「……ほ、放課後、どこか美味しいものが食べられる店にでも行きましょ」
「……うん、放課後、待ち合わせて行こっか」
じゃあまたと手を振り、教室から出ると綾乃は、さっきは我慢していたが、口元を緩ませた。
「綾乃……ふふっ、いいわね」
【完結】ツンデレな彼女を助けたら、その日を境に仲良くなった件~今のこの関係を何と呼ぶのか~ 柊なのは @aoihoshi310
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