幼馴染のギャルと地味子が七夕に天の川を見るそうです

SEN

本編

 私、清水しみず美幸みさちには幼馴染がいる。名前は花巻はなまき風花ふうか。家が隣同士で親同士の仲が良く、自然と私と風花ちゃんも仲良くなったというよくある幼馴染の関係だ。


 でも、ほんのちょっと普通とは違うところがある。私は切り揃えられたセミロングの黒髪でアクセサリーも付けない地味な子で、風花ちゃんは金髪でマニキュアとかをつけてる派手なギャルと、見た目と性格が正反対なことだ。


 小中高全部同じ学校に通い、どっちも部活はしてなくて、家族ぐるみで一緒に旅行に行くなど同じような環境で育ったのに、どうしてここまで差ができたのか両親も不思議がっていた。


 でも、私と風花ちゃんは変わらず仲良しで、いつも一緒にいる。今日も近くの公民館で開催される七夕祭りに一緒に行く約束をした。


 学校が終わって一緒に帰り、準備のためにそれぞれの家に入る。そして自室に戻るといつも通り窓を開けた。すると案の定、向こう側で風花ちゃんが待っていた。


「よーっすみさっち。さっきぶりだね」

「ふふっ、そうだね」


 家が隣同士な私たちは窓を開ければこうやって自室から会話ができる。お互いに身を乗り出して手を伸ばせば触れることができる距離。危ないからやめなさいとお母さんに言われて以来、家を挟んでの触れ合いっこはやってないけど。


「今日の七夕祭りさ、どんな服着て行くん?」

「うーん……まだ迷ってるんだよね」

「そうなん。ならさ、迷ってる服全部着てみてよ。どれが一番可愛いか、あーしが決めたげる」

「えっ……うーん……でも……」

「どしたん?」


 提案を受け入れない私を不思議に思って、風花ちゃんは小首を傾げた。少し恥ずかしいけど、ちゃんと説明しないと納得してくれないだろうな……。逸らしていた目を風花ちゃんに向けて、意を決して訳を話した。


「その……自分で選んだ服で風花ちゃんに可愛いって言って貰いたくて……」


 我ながらなんて恥ずかしい理由なんだ。幼馴染に褒められたくて意地を張ってるなんて。どんな反応をしてるか恐る恐る顔を上げると、風花ちゃんは両手を口に当てて、目をキラキラと輝かせて感激していた。


「みさっち……可愛すぎでしょ……!」


 意外な反応をされただけでなく、可愛いとまで言われて私の頬が紅潮する。反射的に窓を閉めるけど、透明なガラスだから全く姿が隠せてない。


 焦りすぎた私を見た風花ちゃんは吹き出して、今度は笑い声を抑えるために口を押さえた。それがさらに恥ずかしくなって、今度は窓を開けて風花ちゃんを怒鳴った。


「も、もう! 笑わないでよ!」

「ごめんごめん、ワタワタ慌てるみさっちが可笑しくってつい。お詫びにとっておきのマニキュア塗ったげるからさ」


 彼女はそう言うと、いつも化粧品を入れているピンクの可愛いポーチを両手で持ち上げて見せてきた。風花ちゃんはこんなふうにたまに私にメイクをしようとしてくる。


 それ、お詫びというか風花ちゃんがやりたいだけなんじゃ……まぁ、メイクの時に私に優しく触れてくれるのが好きだから断らないのだけど。


「それじゃあ、着替えて準備ができたらそっち行くね」

「オケマル! 待ってるよー!」


 風花ちゃんとこの後の予定を決めてから、着替えるために窓とカーテンを閉める。一週間前から悩んでた七夕祭りに着て行く服。今日までで二択まで絞ったけど、やっぱり決めきれない。


「ええいままよ!」


 このまま迷っていてもどうにもならない。目を瞑って勢いのままクローゼットに手を突っ込んだ。そうして手に取った服に私は着替えた。


「おぉ……着てみたら結構しっくりくる」


 鏡の前に立って確認してみると、自分で言うのもなんだけど思ったより似合っている。紺色と青色のグラデーションと、まばらに散らされた白い点が星空を思わせるワンピース。私にしては派手かなって思ったけど、勇気を出して買ってみて良かって。


「……いやでも、私ってファッションのことあんまりよくわかんないからなぁ」


 私が似合ってるって思ってても、ファッション雑誌をよく読んでいる風花ちゃんからしたら全然似合ってないって見えるかも。そう考えてしまうと不安がだんだん湧いてくる。でもこれ以上風花ちゃんを待たせるわけにもいかないから、ベッドの上に置いていたバッグを持って風花ちゃんの家に向かった。


 インターホンを鳴らすと、風花ちゃんのお母さんがすぐに出てきて入れてくれた。


「風花をよろしくね、美幸ちゃん」

「はい、任せてください」


 こんな見た目だからか、親から見たら私が風花ちゃんのお世話をしているという認識なのだ。実際、勉強を教えたり夏休みの宿題を溜めないように監視したりはしてる。でも、いつも私の前で手を引いてくれるのは風花ちゃんだ。


 今日の七夕祭りだって、風花ちゃんを誘おうか迷っていた私に、なんて事の無いように一緒に行こうと言ってくれた。


「入るよー」

「いーよ」


 風花ちゃんの許可を得て扉を開けると、そこには赤い着物を着て、長い金髪を後ろでまとめて簪を刺している風花ちゃんがいた。いつも制服を着崩している風花ちゃんからは想像できないお淑やかな姿に見惚れていたら、風花ちゃんは両手を広げて着物を見せて笑った。


「どーよ?」

「あっ、えっと、すごく似合ってるよ」

「ふふっ、ありがと」


 呆けていた私に感想を求める目をしていたので、思った通りのこと言うと風花ちゃんは満足そうに笑った。そして着物姿で私に近づくと、足元から私の頭のてっぺんまで視線を動かして、何かに納得したように頷いた。


「チョー似合ってるよ。可愛い」

「あ、ありがと……」


 綺麗な着物姿の風花ちゃんに褒められて心臓が跳ねる。まともに目を合わせられなくて顔を逸らすけど、風花ちゃんは回り込んで私と目を合わせてくる。


「ふふっ、照れてるの可愛い」

「それは風花ちゃんのせい……」

「そのワンピース初めて見たけど、もしかして今日のために買ってくれたの?」

「うっ」


 図星だ。まだ誘うか迷っていた時に七夕に合ったワンピースを買ったのだ。これで少しは勇気が出ると思ったけど、いざとなると言葉に出なくて、結局風花ちゃんが誘ってくれたのだ。


「今日のために買ってくれるとか、あーしのこと大好きじゃん」

「そ、それは……」


 揶揄うように笑った風花ちゃんに反論しようと顔を上げた瞬間、風花ちゃんが私を抱きしめた。


「この着物ね、おばあちゃんに無理言って出してもらったんだ。あーしもそれくらいみさっちのこと大好きだよ」


 耳元で優しく囁かれて、更に頭の熱が上がる。けれど私を抱きしめる風花ちゃんの温かい体温の安心感で、彼女に私の素直な言葉を返す。


「私と風花ちゃん、おんなじだね」

「うん! 服は違うけど、気持ちはおそろ!」


 そう言って私の肩を掴んで目を合わせた彼女の満面の笑みは、私の緊張を優しく解いた。


 いつもそうだ。話しかける前はどうしても緊張してしまうけど、いざ話し始めると今までの緊張が嘘のように楽に話せるようになる。


 私が風花ちゃんに抱く気持ちは、いつしか友情から恋心に変わっていた。こんな気持ちを親友に向けてる罪悪感と、初恋の緊張のせいで風花ちゃんに話しかけるのすら躊躇う時がある。でも、風花ちゃんはそんな事気にしなくていいと言うように明るい笑顔を見せてくれる。


 昔と変わらない、私の心を温かくしてくれる笑顔。そのおかげで私は風花ちゃんの隣に居られる。恋心はまだ隠したままだけど。


「んじゃ、約束通りマニキュア塗ったげる」

「そうだったね。よろしくね」


 私は風花ちゃんに促されてベッドに座る。そして風花ちゃんは私の手をとって、慣れた手つきで下準備を終わらせ、マニキュアを塗っていく。


 綺麗に塗るためにじっと私の爪を見つめる目は真剣で、普段とのギャップにドキッとする。しかも今は和服美女だからよりセクシーになって、吸い込まれるように彼女の顔を見てしまう。


「よしっ! できたよ!」

「あっ、ありがと」


 ついつい風花ちゃんの顔を見てしまって、爪を見ていないからから、どんな仕上がりか分からない。ワクワクしながら私の爪を見ると、夜空の色をしたマニキュアがキラキラと輝いていた。


「じゃーん! 七夕限定発売、星色マニキュアでーす! ど? 気に入った?」

「うん。すっごく綺麗……」

「今のみさっちには特に似合ってるね。一足先に夜空を見てるってかんじ」


 風花ちゃんは私を眺めてそんな感想を漏らした。夜空を思わせるワンピースに星色マニキュア。今の私は夜空を連想させる見た目をしている。


「ちなみに、あーしも同じマニキュアだよ」


 風花ちゃんは自慢げに手を裏向きにして、笑顔でお揃いの色の爪を見せてくれた。長くて綺麗な指にそのマニキュアはすごく似合っていた。そして、彼女の笑顔と綺麗なマニキュアが、星空の中に太陽があるという現実では見れない幻想的な光景を作り出していた。


「綺麗……」

「でしょ? 可愛いみさっちのために頑張ったからね」


 風花ちゃんはそう言って部屋の時計を確認する。時計の針は6時前を指していて、もうそろそろ日が沈み始める時間になっていた。


「それじゃ、行こうか」

「うん」


 一緒に階段を降りて、玄関から外に出る。空は夕暮れが少しずつ夜空に色移りしてる頃で、天の川が見られるまでもう少し時間がありそうだった。


 公民館まで歩いて行くと、たくさんの人が集まっていた。七夕祭りということで屋台もたくさんあって、いい匂いが漂っている。


 でも、私たちは屋台に目もくれない。ご飯は帰ってから風花ちゃんの家で一緒に食べることになっているからだ。私たちはすぐに公民館の玄関前に佇んでいる四本の笹の前までやって来た。


 笹の前には机と筆記用具と色とりどりの短冊の束が置かれていて、周りに織姫と彦星のイラストが描かれたポスターが貼られていた。その中心には「願い事を書こう!」とデカデカと書かれていて、子供たちがその通りに短冊に願い事を書いていた。


「懐かしいねー。私たちもあんな感じで無邪気に願い事書いてたっけ」

「風花ちゃんは金色か銀色の短冊によく書いてたよね。無かったら少し不機嫌になってたっけ」

「ちょっとー、あーしの黒歴史やめてー」


 そんな昔話を挟みつつ、短冊を手に取って机に置く。私は桃色、風花ちゃんは赤色の短冊に願い事を書いていく。


 願い事か……風花ちゃんと恋人になれますようにって書きたいのは山々だけど、風花ちゃんに見られてしまう可能性があるから書けない。でも、恋の成就の願い事はしておきたい。


 そこで私は「好きな人に振り向いてもらえますように」と少し誤魔化して書いた。これでよしとヒモを通して笹に結ぼうとしたら、トントンと肩を叩かれた。振り向くと、ニコニコと笑っている風花ちゃんがいた。


「わぁ! み、見ないで!」


 反射的に手で短冊を隠すと、風花ちゃんは悪戯成功というかんじで無邪気に笑った。


「ハハハッ! だいじょぶだいじょぶ。そんな無粋な事しないって」

「もー! びっくりさせないでよ!」


 風花ちゃんの名前は書いてないけど、本人にあんな願い事を書いた短冊を見られたくない。とりあえず秘密は守り通せたと安心し、改めて短冊を笹に結んだ。


「それじゃ、いつものとこ行こっか」

「そうだね」


 公民館のお祭りに行くといっても、私たちの本番はこれから。今日はご飯を家で食べるから、いつもより早く公民館から退散となった。


 公民館から歩いて10分くらいにある公園。ここはお祭りにみんなが夢中だからだれもいないし、住宅街の明かりからも離れてるから星空もしっかり見える。


 小学三年生の頃に、もっと星が綺麗に見える場所を一緒に探そうと探検した時に見つけた。そこから毎年、七夕の日に晴れたらここに来るのがお決まりになっている。


 今年もいつも通り誰もいない。ブランコと砂場しかない小さな公園だから、普段でも人がいるところはあまり見たことがないけど。空はすっかり夜に染まって、街灯一つない公園は真っ暗だ。


 けれど私達は淀みない歩みでこの公園唯一のベンチまで近寄り、隣り合って座った。


「ここは静かでいいね」

「ギャルな風花ちゃんがそんなこと言う?」

「もー、私だって日本人らしいワビサビというのがあるんだよー」


 風花ちゃんはそう言うと、ベンチの上に置かれている私の右手に彼女の左手を重ねた。急な接近に驚いて彼女の方を向くと、真剣な目で私を見つめる彼女がいた。


「それにさ、みさっちと二人きりの時間は誰にも邪魔されたくないんだ」


 静寂に包まれた夜の空間に二人きり。そんな場所で普段より低い声でそんな事を言われたら、否応なく意識してしまう。止まってくれない心臓の鼓動が風花ちゃんに聞こえてしまわないかという不安と、もしかしたら風花ちゃんも私と同じ気持ちなのかもしれないという期待がせめぎ合って、返事をすることができない。


 そうしている内に風花ちゃんの視線は夜空に移ってしまった。


「やっぱりここの星空は映えるね」

「あ、うん、そうだね……」


 合わせるような返事をして、彼女の後をついて行くように夜空を見た。


 そこには満天の星空が広がっていた。


 夜空を横断する天の川と様々な夏の星座が、雲に遮られることなくハッキリと見えている。七夕の日に必ず見上げるこの星空の中でも、過去一番と言っていいほど美しかった。


「ねぇねぇ、あれとあれが織姫と彦星で合ってる?」


 風花ちゃんがそう言って指さしたのはベガとアルタイル。昔は私が教えないと全然見つけられなかったけど、高校生になってからこうやって自分で見つけられるようになった。


「そうだよ」

「よし、どーよあーしの成長は」

「ふふっ、帰ったらお母さんたちに伝えてあげるね」

「あーダメダメ! それはハズい!」


 ふんとドヤ顔をしたり、揶揄ったらすぐに慌てたり、風花ちゃんはいつも通りに戻っていた。さっきのは何だったのか疑問に思いつつも、今日話そうと思っていた小話をすることにした。


「織姫と彦星って一年に一回しか会えないってお話あるよね」

「そだね」

「あれって、星の寿命ってすごく長いから、人間の寿命で考えたら0.3秒に一回会ってる計算になるんだって」

「えっ、そうなん!?」


 風花ちゃんは私の予想通り、しっかりとリアクションをしてくれた。風花ちゃんはちょっとした豆知識を教えてあげるとこんなふうに素直に反応してくれる。


 小学一年生の頃にテレビで見た豆知識を教えたのが最初で、すごいとか、物知りだねって褒めてくれた。それが嬉しくて、もっと褒めてもらおうと沢山の本を読んで豆知識を集めたっけ。そのおかげで今ではちょっとした雑学王だ。


「そんなに沢山会ってるって、あーしらと一緒じゃん!」


 風花ちゃんは半ば興奮状態で私の手をとって、グッと顔を近づけた。暗くてハッキリと見えないとはいえ、好きな人の顔が近くにあるというのは心臓に悪い。


「そ、そうかも」

「でしょ? 織姫と彦星と一緒とか、あーしらチョーサイキョーじゃん!」


 風花ちゃんのテンションは時折分からなくなる。今さっきの言葉が何故彼女にとってそんな喜ばしいものなのか、私には分からなかった。幼馴染とはいえ、地味な私とギャルな風花ちゃんでは少しズレてるところがあるのだ。


「ねぇ、みさっち。これからもずっと、織姫と彦星のみたいに何度も会う関係でいようね」


 満面の笑みで風花ちゃんはそんな事を言った。それは彼女のズッ友宣言。何度も会う関係が彼女にとって喜ばしいものであるのは間違いない。そして、ここで私がうんと頷くのも何の間違いもない。


「い、いやだ……」


 でも、私はいつの間にかそう口に出していた。なんで、と自問する前に目の前の彼女の表情がみるみる沈んでいった。そして彼女は私から距離を取り、申し訳なそうに顔を逸らした。


「ごめん……さっきのはキモかったよね……」


 普段の彼女からは想像ができないほどの悲しそうな顔。違う、私はそんな顔させたかったんじゃない。


 でも、私自身もなんであんな返事をしたのかまだ分かっていなかった。私は風花ちゃんを傷つけるつもりであんな返事をしたわけじゃないというのは確実だ。でも、なんでずっと友達でいようっていう約束を拒絶したんだろう。


 友達……あぁ、そうか。そうだったんだ。


「違うよ風花ちゃん。さっきの返事は風花ちゃんを拒絶したんじゃないよ」

「……だったらなんで」


 私の言葉で酷く傷ついてしまった風花ちゃんを安心させるために、私は彼女の手を取って、優しく包み込んだ。


「織姫と彦星みたいに何度も会う関係じゃ、足りなかったの」


 ずっと友達。それは逆を言えば永遠に恋人になれないという事。恋に臆病になってる私だけど、諦めたわけじゃない。だから、風花ちゃんに可能性を否定されたと感じて、反射的に彼女の言葉を拒絶したのだ。


「私は風花ちゃんとずっと一緒にいたいの」


 ハッキリと目を合わせて宣言する。強い意志と決意を込めて、私の恋心がバレるかもしれないとかそんなのどうでもいい。今ここで私の気持ちをハッキリ伝えなければならないのだから。


「み、みさっち……それって……」


 弱々しい声で、でもどこか期待を込めているように彼女は私の次の言葉を待っていた。あぁ、そうか。どうやらさっきの願い事が星空に届いたらしい。


 そっと私の背中を押してくれた織姫と彦星に感謝しながら、私の気持ちを伝えるために彼女にまっすぐと視線を向けた。


「ずっと前から好きでした。私の恋人になってくれませんか」


 工夫もない、だけど包み隠さない真っ直ぐな告白。その瞬間、風花ちゃんは勢いよく私に抱きついてきた。触れ合った体から彼女の鼓動が伝わって、私の鼓動と重なる。それが彼女の答えだった。


「あーしもみさっちのこと大好きだよ。これからはずっと一緒だから」


 満天の星空の下。天の川のそばにいる織姫と彦星に見守られながら、私と風花ちゃんは幼馴染から恋人になった。


 告白で昂った気持ちが落ち着いた頃、私たちは肩を寄せ合ってベンチに座り、星空を眺めていた。


「……あーしさ、みさっちがどこか行っちゃうんじゃないかってずっと不安だったの」

「え?」


 風花ちゃんが打ち明けた言葉はあまりにも予想外だった。いつも元気で楽しそうな風花ちゃんからは、そんな不安を抱いていたかんじは全く無かったから。


「あーしは出会ってすぐにみさっちのことが好きになったの」

「え、そんなに早く?!」


 次々に打ち明けられる衝撃の事実に頭が追いつかない。私が風花ちゃんを好きになったのは少なくとも中学生になってから。私より風花ちゃんが先に好きになったなんて想像もしてなかった。


「みさっちを見た瞬間に、この子があーしの運命の人だってビビッときたの。それからずっと好きで……だから、初めて一緒に七夕祭りに行った時に、ずっと一緒にいられますようにってお願いしてくれたのがすごく嬉しかった」


 そうだ、私は小学生の頃は何かになりたいみたいな夢がなかったから、一番仲良しな風花ちゃんと一緒にいたいとお願いしたのだ。今思えば大胆だな、昔の私よ。


「でも、中学生になってからそう書いてくれなくなって……あーしのこと飽きちゃったのかなって不安になったの」


 私はその頃から風花ちゃんのことを意識し始めたから、ずっと一緒にいたいなんてことが書けなくなっていた。代わりに書いたお願いはダイエットが成功しますようにとか、高校受験が成功しますようにとか当たり障りないこと。


 今思えば臆病すぎるぞ中学生の私よ。ん? そういえば風花ちゃんがギャルになっていったのもその頃からのような。まさか。


「それでギャルに……?」

「うん」


 なんて事だ。風花ちゃんのギャル化の原因が私だったなんて。風花ちゃんのお母さんが心配して相談されたこともあったのに。


「今の私のままじゃ、このままみさっちが離れて行っちゃうって思ったの。だから、お人形みたいに可愛くて、天使みたいに優しくて、先生みたいに頭がいいみさっちの逆を行こうって決めたの」


 なんて思い切りがいいんだ。その勇気を臆病なっていた当時の私に分けてあげてほしい。


「ギャルになってからみさっちが構ってくれることが増えたから、あーしが想定してたより深いギャルになっちゃたんだよね」


 構うことが増えたというのは多分、いきなり金髪に染めたから何かあったのでは心配になっていたからだ。ある意味風花ちゃんの作戦通りなのだろうけど。


「最初は無理にギャルになってたけど、今はギャルのあーしが好きだよ。だって、ギャルになったおかげで友達から自然とメイクの情報が集まって、みさっちを可愛くできたからね」


 証拠を示すようにマニキュアと満面の笑顔を見せてくれた。


「私も風花ちゃんにメイクしてもらうの好きだよ。可愛くなれるし、風花ちゃんの色に染められてるってかんじがするから」

「ふふっ、じゃあこれからは今まで以上にたくさんメイクしてあげるね」


 前までは私は地味だし、風花ちゃんに長時間いじられるなんて耐えられなかったけど、風花ちゃんと恋人同士になった今そんな障壁はない。今度の休みの日に風花ちゃんにメイクをしてもらって、一緒に出かけようかな。


「それでね、ギャルになって順調だったんだけど、今日のみさっちの短冊を見てそれが一気に崩れたの」

「……え、見てたの」

「それはごめん……でも、好きな人に振り向いてもらえますようにって書いてるのを見て……あーしより好きな人を優先するみさっちを想像しちゃったの」


 なんて事だ。私が変に誤魔化したせいで風花ちゃんを不安にさせていただなんて。今は普通に話してるけど、その時のショックは相当なものだっただろう。もし私が同じ立場だったら冷静でいられないだろうから。


「だから、せめて友達でもいいから、みさっちと離れないようにしたかったの」

「だから、織姫と彦星の話の時にあんなにテンションが上がってたんだね」

「……うん」


 全ての点が線で繋がった。私が自分の恋心を隠していたせいで、こんなにも風花ちゃんを苦しめていたなんて。


「今まで不安にさせてごめん」

「あっ、いや、みさっちが謝る事じゃないよ」

「ううん。私が恋から逃げようとしてた時も風花ちゃんは諦めずに向き合おうとしてくれた。私が不甲斐なかったから風花ちゃんに負担をかけてた」


 今度は私が変わる番だ。今までの臆病の分、勇気を出して風花ちゃんに愛を伝えるんだ。


「これからは不安になる暇もないくらい好きって伝えるね」

「み、みさっち大胆……!」

「そう。これからの私は見た目は地味だけど大胆な恋人になるんだよ。覚悟しててね」

「あ、えと……よろしくお願いしますぅ……」


 派手なギャルとは思えないほど弱々しい声。それがたまらなく愛おしくて、宣言通りその愛を大胆に伝えることにした。


「風花ちゃん、顔上げて」

「な、なに、んっ」


 風花ちゃんと目が合った瞬間、彼女の唇を奪った。少し強引だったけど、彼女は私の唇を受け入れてくれた。


 受け身な恋人を唇で責め立てる。キスなんて初めてしたけど、こんなに気持ちいいなんて。風花ちゃんも蕩けた目をして、大人しく私の全てを受け入れていた。


 長い長いファーストキスを終えて唇を離す。そして、頬を紅潮させたまま笑い合った。


「大好きだよ」

「あーしも愛してる」


 言葉で互いの愛を確かめ合い、手を出して指を絡めた。


「帰ろっか」

「うん!」


 そうやって幼馴染と一緒にいつも通りの同じ帰り道を歩く。だけどその中で、目に見えない恋人という関係と、目に見える恋人繋ぎで歩いているというところが変わっていた。

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