第3話
庭師というのは、花学を学んだ生徒が資格を得られる職業だ。
花学というのは、花をエネルギーとして扱うものを言う。炎属性の花を使って火を焚いたり、雷属性の花を使って電灯をつけたり。そうした自然エネルギーについて研究する分野だ。そして、同時に花を育てることにも知識を注ぐことになる。
また、花壇を飾るのも仕事のひとつだ。オーナメントを使ったり、色や種類を合わせて装飾したりするのも、一切合切が仕事だった。
研究と実際の花壇造り。その二つが主な仕事であるために、自然にお屋敷に仕えることが多くなる。飾るような庭園を持つのは、邸宅を持つものだ。
そして、薬師というのは花学を学ぶ中で出てくる一要素だった。言葉の通り、薬を作るものであるが、これは薬草に特化しているものを指し示す。
花学として花をエネルギーとして取り扱う。薬学として薬草を薬として取り扱う。ことは分かりやすかった。
ただし、薬師になろうと思えば、別に講義を受けなければならない。多くの生徒はそれを面倒くさがって回避していた。俺が受けたのは、花学に傾倒していたことにある。
何故か、と言われると困るのだが、花学というのは未発達の研究分野だ。第一人者になることもある。そうした研究に興味を持った。
もしかすると、うちにも小さな花壇があったことが原因かもしれない。そこに花が咲いているのは、見ていて気持ちがよかった。
些末な環境だろう。そうした小さなものをきっかけに、学園に入学した後で俺は徐々に花学の面白さに魅了された。沼に落ちた俺は、薬師の資格を取るまでには傾倒していくことになる。
結果として、薬師の資格を入手した。結果の問題であるので、薬師として就職するつもりはなかったのだ。
薬草と花の育て方には、いくらかの差がある。俺はどちらかといえば、花のほうに一家言があった。いや、一家言というのは大言だろう。分からないことが多い分野で、それをいうほど傲慢になったつもりはない。
だが、薬草とではどうしても差が出る。花学はエネルギーとして、直接花弁を利用する安直な方法が主軸だ。それでも、さまざまな利用方法があるし、一概には言えない。
だが、あくまで利用方法は簡易的であることが利点として捉えられているものだ。研究は、それぞれの花の属性を調査する。抽出できるエネルギー量や、属性を分別し、より効率よく利用するために。そういう研究だった。
薬師となれば、薬草の掛け合わせを繰り返して、適量を見極める。症状に見合ったものを用意しなければならないし、命への責任が重い。俺は生命を取り扱うことに尻込みがあった。
植物であっても生命ではあるけれど、人の命と同等というわけにはいかない。花学の研究材料としても見ているのだから、育成もするがむしることもする。生命としての研究ではない。薬師とでは精神性が違った。その差を埋めなければならないことが俺の課題になりそうだ。
何しろ、若当主が主に打ち合わせしたのは、紫乃様のことだった。花壇についても、紫乃様のために整えるらしい。薬師としての働きも、当然紫乃様のためだ。
過保護な父親であるのだろう。病弱だった妻が残した忘れ形見であるらしい。しっかりとその虚弱体質を受け継いでしまったために、心配は尽きないようだ。
なので、屋敷で過ごす間、紫乃様を見かけたりした際には気を配って欲しいと。何か不測の事態が発生し、手を貸した際には手数料をつけてくれるという。話し相手を持ちかけられたことも含めて、大盤振る舞いだった。
そのうえ、花壇やハウスのお世話をきちんとしていれば、余暇で研究をしていいと言質をもらっている。設備投資もしてくれるというのだから、大盤振る舞いでも足りない。過剰な待遇といっても良かった。
学園を卒業してからの初めての就職先がここでは、この先苦労するような気がする。そうした待遇だ。
楽な仕事とはいかないだろう。紫乃様がどのようなお嬢様なのかも分からない。父の前ではよい子を気取っているかもしれないし、良い子だとしても趣味の話となると我慢の利かない子ということもある。
先ほどの態度を見れば、その辺りは十分にありえそうだった。いくら金になるといっても、安請け合いだったかもしれない。
ただ、研究をしたければ軍資金は必要だ。不分明な分野を解き明かそうと思えば、金がかかる。珍しい花の苗を取り寄せるにしても、育たなければ金をドブに捨てるのと同じだ。研究は常にそうした側面を有している。
そんなものだから、研究をしたければ資金源の確保は必須だ。その目星がついたことは幸運だろう。望んでもこんな環境を手に入れることはそうできない。どれだけ紫乃様に不安があったとしても、現状これ以上はなかった。
それから、若当主に紹介されたのは、メイドの高橋結月。そして、一人息子の
結月さんは、住み込みで働いている。要は俺と一緒の業務形態らしい。ただし、俺よりもずっと業務時間は不規則だ。紫乃様に仕えるメイドであるので、紫乃様の生活にかなり左右されるらしい。
こればかりは、お屋敷での生活を担保として納得してもらっているという。細かい内容は結月さんの契約問題で、俺に知らされることはない。屋敷内で顔を合わせることも多いだろうから、ということで紹介されたようだ。
将樹様のほうは、騎士団に入団して活躍しているらしい。任務で地方へ派遣されていることも多いし、基本は騎士団の寮で生活している。ただし、休みが取れればすぐに本邸へ帰ってくるということで、こちらもまたそのうちに顔を合わせるだろうと言われた。
会うかどうかは定かではないと言われたが、含みがある気がしてならない。何か不都合があるのだろうか。
騎士と研究者は精神性が重ならない。
いや、これは偏見だろう。けれど、騎士は根性論や筋肉脳で押してくるところがあった。研究者だからといって、自分が理論的だと思っているわけじゃない。感覚的に作業することもある。だが、どうしたって相容れないところがあった。
できれば会わずに済めば助かる、と思ってしまったのも仕方がないだろう。顔を合わせるくらいならば構わないが、関わりを持ちたくはない。どうか、と願うことが多くて考えてしまう。
やはり、屋敷勤務という形を取ったのは軽率だっただろうかと思ったほどだ。
そもそも、俺は人付き合いが得意ではない。家族とも付き合わなければならない屋敷勤めは、心理的障壁があった。
俺がここに来ることを決めたのは、学園で世話になっていた教師からのコネということもある。コネといっても、条件に合う人物を探して俺に声をかけてくれたというものだ。あくまでも斡旋で、俺は若当主から面接を受け、身辺調査されたうえで就職が決まった。最終的には自分で選んだ。
とはいえ、斡旋してくれたものであるから、という部分は大きかった。俺だって、社会に出るのだ。いつまでも苦手だなんていっていられない。
そうした意気も持って、飛び込んだのだ。だから、引くつもりはない。ないのだが、考えることは人に関することばかりで気疲れはある。それ以外に問題はない。花学と触れ合える時間を思えば、気持ちは上向くほどだ。
その乱高下に揺さぶられながら、若当主との話を終えて、俺は離れへと戻った。
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