第5話
interlude2:Girls Just Want To Have Fun.
「汪さん! 本当にこんなの着る必要があったんですか!?」
斎藤綾香の困惑した声が通学路に響き渡る。
隣には、汪が楽しそうに制服の裾を軽くヒラヒラとはためかせながら小さくウインクして見せた。
「うーん、いいネ。まだまだJKで通じる、綾香ちゃんも自分でそう思うでショ?」
彼女の口調はどこか悪戯っぽく、同時にどこか若々しさすら漂わせている。
眩しい。
「思いません! ていうかそれ、褒めてます? 私をおだてて楽しんでるんじゃ……」
斎藤が眉をひそめ、制服のスカートを引っ張りながらぼやく。
汪はその様子も面白がっているのか、ニヤニヤと笑いが止まらない。
実際のところ、二人は影街中央高校で情報収集をするために向かっている。
だが汪の提案で、二人はどこから調達したかは不明の制服姿という謎のスタイルに身を包んでいるのだった。
汪が歳若く見えるせいで、この格好でも違和感がないのはちょっとした皮肉だ。
「なんだか学生気分が戻ってきて、チョットだけワクワク?」
汪は楽しそうに自分の制服姿をくるりと回してみせる。
スカートの裾が舞うのを、まるで自慢げに見せびらかしているようだ。
「まあ、汪さんは若く見えますし。違和感ないですよね……私がどう見えてるかは別として……」
斎藤がため息をつくが、汪はそれを聞き流すように、さらに話を続けた。
「そうそう! まだまだ学生に見えるって自信も大事。これで潜入もバッチリ。ここの教師たちだって、まさかこんな美人二人がただの偽装とは思わないでショ?」
「……自分で言うあたり、相当な自信ですね」
「謝謝。褒め言葉として受け取っとくヨ!」
汪が弾むような足取りで校門をくぐる中、斎藤はその背中を見ながら小さく肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
彼女には何だかんだで汪に付き合わされる運命が見えていた。
「それにしても、駅のトイレで着替えてる時にびっくりシタ。綾香チャン、カワイイ顔に似合わずランジェリーは結構セクシー」
汪はからかいを隠さず、大きな目を細めて綾香に笑いかける。
彼女の視線はどこまでも愉快そうだが、どこか計算されたものが混じっているようにも見える。
「今日は夫とちょっと予定があって。まさかこんなことになるなんて」
綾香は少し顔を赤らめながら、困ったようにため息をついた。
それからふと何かを思い出したかのように、汪に向かって声を張る。
「……それに、汪さんには言われたくないですよ。私よりももっとえげつないの履いてたじゃないですか!」
「フフフ、それは乙女の嗜みヨ。綾香チャンももっと若いうちから楽しむべき、そういうの」
汪は肩をすくめて大げさに頷き、まるで真剣に説教でもしているような風情で綾香に笑いかける。
「いや、あれは乙女の範疇超えてますよ。というかあのデザイン、どうやって履いてるんですか?」
綾香は目を丸くしながら、思い出したかのように尋ねる。
「秘密。綾香ちゃんももっとお姉さんなったらわかるヨー」
汪は意味深に笑いながら綾香をからかい続ける。その態度は終始崩れることがなく、綾香はただただ困惑するばかりだ。
「もう……今日は一日中こんな調子なんでしょうか」
綾香は小さくつぶやくが、汪は気にすることなく聴き覚えのない中国語の歌謡曲を口ずさみながら制服のスカートをひらひらとさせる。
その無邪気な態度が、余計に綾香の気苦労を増していた。
◇
「さあて、お仕事の時間ヨー。ここの学生たち、普通じゃない連中がいっぱいいるとかいう噂」
汪は制服の襟を正しながら、影街中央高校の校門を見上げる。
その瞳には、好奇心と狩猟本能のようなものが宿っているように見える。
「普通じゃない学生ですか。こんな格好してる私たちも大概だと思いますけど」
綾香は自分のスカートを直しつつ、校門をくぐる。高校生の制服を着ていることに違和感を抱えつつも、少しだけ懐かしさも感じている自分がいた。
「久しぶりに若い気分になるのもいいこと。アヤカちゃんは今が華ヨ。ワタシもう、ちょっと枯れてきたカラ」
汪は苦笑する。
「いやいや、汪さん、全然枯れてないですよ。めちゃくちゃ若く見えるし。むしろ、あれだけノリノリで着替えてるところを見たら、私のほうが気後れしましたから」
綾香が苦笑いしながら答えると、汪は得意げに笑う。
彼女の笑顔は、無邪気さに裏打ちされた年齢不詳の謎めいた魅力を醸し出している。
そんな彼女と初対面の綾香が、こんな形で二人で行動することになるとは思ってもみなかった。
「それにしてもゴメンネ、アヤカちゃん。そんな大事な日だったのに、旦那さんとチュッチュできなくて」
汪が笑みを浮かべて謝罪とも皮肉とも取れないことを言うと、綾香は肩をすくめる。
「まあ、また日を改めればいいだけですし……でも、夫には帰ったらちゃんと説明しないといけないですね。『影街中央高校にJKの制服着て潜入してました』なんて、普通に言えませんし」
「フフフ。『私のセーラー服姿、見たい?』って言ったりしてネ。綾香チャン、カワイイからきっと旦那さんも喜ぶヨ」
「何言ってるんですか、もう……」
綾香は呆れながらも、汪の軽口に付き合う自分が少し楽しいと感じていた。
どこか波長があってるのか、成り行きでできた二人のコンビは意外と悪くない。
校内に足を踏み入れた瞬間、綾香は周囲からの視線を感じた。
生徒たちの目が二人に集まる。彼女たちの制服姿はどこか場違いに見えたのだろう。
「さーて、行くヨ。綾香チャン、張り切っていこうカ!」
汪が先に進むのを見て、綾香はひとつ深呼吸をしてから彼女の後を追う。
情報収集と称して女子高生になりきる、そんな奇妙な仕事が始まった。
二人が校舎内に足を踏み入れると、さっそくざわついた空気が二人を包む。
影街中央高校の生徒たちが、ちらちらと彼女たちの方を窺っている。
「うわ、見られてますね……」
綾香が小声で漏らす。
周囲の好奇に満ちた視線が妙に重たく感じられ、少し居心地が悪い。
「好事、好事。視線が集まるのは当たり前。美少女二人が制服着て社長出勤ヨ」
汪はまるで注目を楽しむように、手を振って生徒たちに笑顔を向ける。
「本当に楽しんでますよね、汪さん」
綾香は肩を落としながら、少しだけ感心したように呟く。
彼女にはこうした注目を浴びるのを気にしない汪の態度が、どこか羨ましくも感じられた。
「楽しいことしかやらないヨ。それが人生の流儀。綾香チャンも、もっと楽しみなサイ。こういうの、ナカナカ体験できないデショ?」
汪が軽やかに歩きながら言う。
彼女の背中はどこか無邪気で、綾香にはその姿が子供のようにも見えた。
「まあ……それもそうですね。でも、情報収集はどうするんですか? 普通にしていたら怪しさ全開ですよ」
綾香が心配そうに聞くと、汪は片目をウィンクしながら答えた。
「フフ、心配ご無用ヨ。こんなとこにいる生徒たちなんて、ちょっとおだててやればペラペラ喋ってくれるモノ。『お兄さん、カッコイイネー!』とか、『面白いトーク、プリーズ』とか。単純なのが一番ヨ」
「それ、私にできるかなあ……」
綾香が不安げに呟くが、汪は軽く彼女の背中を叩く。
「大丈夫ヨ、綾香チャンはかわいいカラ。そんな顔でお願いされたら誰だってペラペラ話しちゃうネ。よし、さっそく狙いを定めていきまショ」
汪が目を向けると、廊下の先にいるのは一目見て不良っぽい雰囲気を纏った男子生徒たちのグループ。
彼らは校内という限られた箱庭の中ではそれなりの権力を持っているようで、周囲の生徒たちが頭を下げて道を譲る様子を見て取れた。
「よし、アレにするヨ」
汪が指差した先にいる男子生徒たちを見て、綾香は少し躊躇する。
「え、あれに行くんですかぁ。なんだか、すごく面倒くさそうですけど……」
綾香の困惑を、汪は笑い飛ばす。
「面倒くさいのが美味しいんじゃない。ササ、いきまショ」
そう言うと汪は一直線に彼らの方へ歩いていく。
「ちょっとお兄さんたち、ヒマ?」
汪が男子生徒たちに声をかけると、彼らは一瞬面食らったような表情を見せた。
制服姿の二人に、何か妙な気配を感じ取ったのかもしれない。
「なんだお前ら。見ねえ顔だな」
リーダー格らしき男子が眉をひそめて尋ねる。
「フフ、ワタシたち今ちょっと困ってる。校内をぐるぐるっと案内して欲しいカナー」
汪はあくまで無邪気な笑みを浮かべて言う。
綾香もそれに合わせて笑顔を作り、軽く頭を下げた。
男子生徒たちはしばらく無言で二人を見つめた後、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「案内か。いいぜ。だが、俺たちのルールに従ってもらう」
彼の言葉に、他の男子たちもにやにやと笑いながら頷いている。
「望むところヨー」
汪はそう言って彼らに近づいた。綾香もそれに続き、心の中で覚悟を決める。
(なんだか、とてつもない方向に進んでる気がする……)
そう思いつつも、綾香は汪の後ろ姿を追った。
◇
男子生徒たちは得意げに歩き出し、汪と綾香はその後ろに従う形で進む。
廊下の曲がり角をいくつか曲がり、やがて人気のない古い教室に辿り着いた。
「着いたぜ。ま、ゆっくり楽しもうぜ、姉ちゃんたちよ」
リーダー格の男子生徒がふんぞり返りながら教室のドアを開け放ち、二人を中へと案内する。
仲間たちもその後ろに続き、教室内には少し薄暗い雰囲気が漂う。
「まさかとは思いますけど、これって私たち、詰められるんですか……?」
綾香が小声で汪に耳打ちすると、汪は楽しげに肩をすくめて答える。
「フフ、どうだか。でも、お姉さんに任しときなサイ」
「不安だなぁ」
綾香は困惑の表情を浮かべるが、汪は彼女を励ますようにウィンクを送る。
その瞬間、男子生徒たちが二人を取り囲むように立ち並んだ。
「さて、案内してほしいって言ったよな。まずは俺たちに紹介してもらおうか。どこから来たんだ、姉ちゃんたち?」
リーダー格が冷笑を浮かべながら汪に問いかける。
汪はまったく動じる様子もなく、相変わらずの陽気な笑顔を崩さない。
「ワタシたち? うーん、どこかって言うと、アッチコッチ。今日は影街中央高校を見学しに来た。でもまあ、アタシは案内人よりもこの子にお任せしたいヨー。ね、綾香チャン」
突然振られた綾香は一瞬戸惑ったが、汪の意味ありげな笑みに気づいて、何かしら意図があるのだろうと理解する。
「えっと、そうですね……あの、私たちはちょっとした用事で来ていて、別に怪しい者ではないんです。ただ、少しだけ校内の情報を知りたくて……」
リーダー格の男子生徒は綾香の言葉を鼻で笑い飛ばす。
「おいおい、ただの見学で制服なんか着てんのかよ。何か裏があるんじゃねえのか?」
男子たちがにやにやといやらしい視線を向げながら、次々に不審そうな視線を送る。
綾香は返す言葉に詰まりそうになるが、汪がすかさず口を開いた。
「フフ、面白いネ。お兄さんたち、勘が鋭いヨ。でも、本当に怪しいことなんか何もないネ。もしあるっていうなら……そうね、みんなちょっと怖いってとこカナー?」
汪の言葉に男子たちが一瞬だけ反応を見せる。
その言葉が挑発と受け取れたのか、リーダー格の男子は目を細めて汪を睨む。
「姉ちゃん、随分と強気だな。でも、ここででかい態度取れるのも今のうちだぜ。俺たちのルールに従ってもらうんだって言ったよな? 少しは、俺たちに楽しませてくれるんだろうな?」
その声には明らかな敵意が含まれていたが、汪は平然とした態度を崩さない。
「楽しませる? いいヨ。ワタシたちも、お兄さんたちからいろいろ聞きたいしネ。お互い様ってヤツ」
その瞬間、汪は綾香の肩にそっと手を置くと、そのまま彼女の制服のリボンに触れた。
「ちょ、汪さん!? 何を——」
綾香が驚きと焦りで声を上げる間もなく、汪は彼女の制服のボタンに触れる。
「ほら、綾香チャン。せっかくのお気に入りなんだから、見せてあげたら? サービス、サービスヨ」
汪はからかうような笑みを浮かべつつ、男子生徒たちにその姿を見せつける。綾香は恥ずかしさで顔を真っ赤に染め、慌ててシャツの前を合わせようとするが、その前にリーダー格の男が彼女の前に立ち塞がる。
「おうおう、分かってんじゃん。ゴチでーす」
彼はそう言うと、綾香の胸倉を掴み上げる。綾香は恐怖と羞恥が入り混じった表情で彼を見上げる。
「あ……あの、これは……」
彼女は震える声でなんとか言葉を紡ごうとするが、うまく言葉が出てこない。
「綾香チャン、何言ってるか分からないヨー。ほら、ちゃーんと見せてあげないとネ」
汪が笑いながら綾香に声をかけると、男子生徒もニヤリと笑って綾香のシャツを掴む。
「ちょ……ちょっとやめてください!」
綾香は慌てて抵抗しようとするが、なすすべなくシャツのボタンを外されてしまう。
ワイシャツの間から白い肌と溢れそうなほど大きな乳房を包んだレースが大胆にあしらわれたブラジャーが露わになると、周囲から下卑た笑い声が上がった。
「へへ、姉ちゃんよお、いいもん持ってんじゃねえか。こんなエロい下着で男誘ってんだろ?」
男子生徒の一人が綾香の胸元を覗き込みながら言う。
「なっ……! それは……」
嘘ではないので否定しきれないが、綾香は顔を真っ赤にして抗議する。
しかしそんなことはお構いなしといった様子で、リーダー格の男が彼女を床の上に押し倒す。
彼は綾香の上に跨り、乱暴に彼女のシャツを剥ぎ取ろうとする。
「やめ……やめてくださいっ!!」
綾香が必死に抵抗しようとする。
「暴れるなよ……ホラ」
男はスタンガンを刺す。
「ッ……!」
微弱なものとはいえ、綾香の全身に電流が迸る。
彼女の身体が大きく跳ね、指先が痙攣している。
すぐに回復はするはずだが、こうなってしまってはどうすることもできない。
彼女は目に涙を浮かべながら助けを求めて汪の方へ視線を送ろうとする。
するとその姿はすでに視界から消え、その代わりに不良生徒たちの首元にいくつもの光る糸が張り巡らされていた。
「な、なんだ!?」
リーダー格の男が慌てる。
よく分からない中国の歌謡曲。
それが口笛となって風に運ばれる。
その発信源を辿って振り返ると、汪が窓辺に立っていた。
そしてその手には髪の毛よりも細い鋼鉄のワイヤーが握られている。
ワイヤーが窓からの日光を浴びて、光り輝いていたのだ。
「ヘイヘーイ。綾香チャンから離れないと、お兄さん達の首と胴がバイバイヨー?」
そう言って微笑む彼女の表情は先程と変わらず無邪気でかわいらしいものだが、その瞳には光がない。
男子生徒たちはその迫力に気圧されつつ彼女を睨みつける。
「お前…… 調子に乗るんじゃねえぞ!」
「そうだ、俺たちにこんなことしてタダで済むと思うなよ!」
彼らは口々に叫びながら彼女を睨みつけるが、汪は全く動じず余裕の笑みを見せる。
「そんな怖い顔しないで欲しいナ。ワタシただ、楽しませてあげようと思ったダケ。でもビリビリはちょっとやり過ぎ。これ以上綾香チャンで遊ぶとどうなるか、お兄さん達理解できるカー?」
そう言って彼女は男子生徒たちに顔を近づける。その目は獲物を狩る獣のような鋭い眼光を放っており、その表情には一片たりとも恐怖や緊張の色は無い。
男子生徒たちはその迫力に気圧され、綾香を拘束していた手を緩める。
「嗯嗯、いい子いい子」
汪は満足そうに笑うと、再び綾香の側にしゃがみ込み、彼女の乱れた着衣を整える。
そして優しく微笑みかけると、彼女はまるで何事もなかったかのように立ち上がった。
「あ、あの。ありがとう、ございます」
綾香が戸惑いながら礼を言うと、汪は軽くウインクをして答える。
「お礼を言うのはこっちの方ヨー! 危険な目に合わせてごめんなさいネ」
「いえ、そんな……」
綾香はまだ少し混乱していたが、何とか平静を保とうと努める。
「それで、これからどうするヨ。ワタシたちも暇違うからナー」
汪は自分のワイヤーをゆっくりと緩めながら、男子生徒たちを順番に見回した。
その視線は、彼女の陽気な表情に反して冷たさを感じさせるものだ。
「さあて、お兄さんたち。ここからはこっちのターンヨ。質問に答えてくれると助かるけどー……まぁ、そうじゃなくてもワタシは楽しく遊べるしネ」
リーダー格の男子生徒が顔を引きつらせた。先ほどまでの威圧的な態度はどこへやら、手の震えを隠しきれない。
先ほどの威勢はどこへやら。
彼は、いつの間にか自分たちが完全に形勢逆転されていることを悟った。
「ふざけんな。俺たちは、お前らに……!」
彼が言葉を吐き捨てる前に、汪は再びワイヤーを指で弾く。
途端に、教室内に張り巡らされた糸が鋭く唸り、共振する。
振動音はまるで音楽の一部であるかのように調和しているが、同時に男子生徒たちの心臓を震わせる。
「まったく、ワタシだって好きでこんなことしてるわけじゃないヨー。でもね、これも調べものには必要なこと」
汪は笑顔を浮かべ、今度は綾香の方を振り返った。
綾香は未だに戸惑いと不安が混じった表情を浮かべていたが、彼女の存在が汪にとって一種の頼りであることを感じ取ったのか、少しだけ安心したように息をついた。
「ワタシの家に居候してる城下始っていう男、お兄さんたちの知り合いが彼と会ってるって聞いタ」
汪の言葉は軽妙だが、言葉の裏に何かを仕掛けている感覚を漂わせている。
「……知らねぇよ。そもそも、そんなやつ、見たこともねぇ」
リーダー格の答えは即答。
だが、その顔に余裕を感じられない。
明らかに何かを隠していることが、見え透いていた。
「はは、そういうことを言っちゃうと、困るんだけどなぁ」
汪の声はますます柔らかくなるが、彼女の手の中でワイヤーが軽く振動する。
リーダー格の表情が引きつり、その背筋が凍る。
「……分かった、分かった。言うよ。けど、俺じゃないんだ。俺のツレが話してただけだ」
その言葉に綾香が反応する。
彼女は緊張を隠しながらも、目を伏せることなくリーダー格を見据える。
わずかな表情の変化から、彼の心を探ろうとしている。
「彼女?」
彼女の口から出た短い問いに、リーダー格は少し言葉に詰まるも話を続ける。
「ああ、そうだよ。最近、そいつが城下とかいうやつと話してるのは聞いたさ。けど、俺は詳しい話なんて聞いてねぇ。俺が知ってるのはそんだけだ」
リーダー格は憤りを隠し切れないまま、吐き捨てるように言う。
その目には、もはや寸分の強がりも残っていない。
綾香と汪は視線を交わし、目的に一歩近づいたことを確信する。
「そりゃいいことを聞いたネ、感謝しなきゃ」
汪はわざとらしく笑みを浮かべ、ワイヤーを指で弄ぶ。
その様子に、リーダー格の表情はさらに曇る。
「で、彼女さん今どこにいるカ?」
リーダー格は一瞬、視線をそらし、そして深いため息をつく。
「……たぶん、シャドウエンジェルだ。あそこでギャル仲間と体験入店してくるって言ってた」
「シャドウエンジェル。高校生があんな店で働くのは感心しないけどそれはそれ。ありがとネ、お兄さん」
汪は軽くお礼を言いながらも、その声には冷たさが漂っている。
綾香も情報をしっかりと頭に刻み込み、汪の隣で静かにうなずいた。
リーダー格の男は答えに窮し、わずかに頭を抱える。
その瞬間、汪の目が鋭く光る。
「まあ、ありがとネ」ともう一度繰り返し、汪はゆっくりと立ち上がる。
彼女の動きには、どこか張り詰めた静けさが漂い、それが男たちの緊張を一層煽る。
「私たちはシャドウエンジェルに行くから、お兄さんたちも邪魔しないでネ」
リーダー格たちは、目の前の女性が小柄で可愛らしい外見とは裏腹に、何か底知れないものを持っていると確信している。
しかし、動揺を悟られまいと無言を貫く。
汪は小さく笑い、視線を綾香に向けて「行こうか、綾香ちゃん」と優しく声をかける。
綾香は静かにうなずき、二人は並んで部屋を後にした。
◇
暗い夜道を歩きながら、汪は軽く口笛を吹く。
彼女の小柄な背中は、静寂の中にどこか不気味さを漂わせている。
綾香は気配に少し眉をひそめるが、何も言わずに彼女に続く。
「シャドウエンジェルか……嫌なところに繋がっタ」と汪はぼそりとつぶやく。
綾香が視線を上げ、汪に問いかける。
「彼女が本当にそこにいるか、確かめる必要がありますね」
「もちろん。BOONDOCKs以外の男たちの言葉なんて、全部信じちゃダメだからネ」と汪は柔らかく笑い、彼女の目には冷徹な光が浮かんでいる。
血染武具 TAKEUMA @atsushiA1210
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。血染武具の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます