第94話 七虹香のキモチ 3
「ちょっとお手洗い行ってくるねー」
夕食後、四人で明日の予定を話し合っていたところで席を立つ。
奥村も同じく。
これは渚への合図だった。渚は今日、太一をあの部屋へ誘う。
ただ、あたしにとっても行動開始の合図。あたしはお手洗いではなくお風呂の準備をして屋内のお風呂に向かう。今日だけは、ゆっくり湯船に浸かっている暇はない。いつもと違う檜風呂はちょっと魅力的だったけれど仕方がない。
シャワーだけ浴び、先に出ると告げたあたしは脱衣場で髪を乾かす暇も惜しんで浴衣を着ると、お風呂用の荷物も持ったままであの場所へと急ぐ。隠し戸を開けるのに少し手間取ったけれど、渚たちが戻ってくる前に開かずの間に忍び込むことができた。
「ふぅ、とりあえず上手くいったから腹ごしらえ」
荷物に忍び込ませておいたグミを取り出そうとした時だ――。
バタン!
入り口の戸板が開き、開いた下の穴を潜り抜けてくる人影!
「ヒィィ!」
「…………笹島」
ぬぅっと立ち上がった浴衣のお化けは巨乳だった!
「巨乳が化けて出た!」
「誰がお化けよ、私! こんな所で何をしてるの?」
「お、奥村? どうやってここへ!?」
「あなたの後をついてきただけだけど……それよりもここは何?」
カタン――と、部屋の方で障子の締まる音が聞こえた。
「(奥村、静かにぃ!)」
あたしは屈みこんでスマホを取り出し、ミュートしてメモ帳に文字を打つ。
『この壁の向こうに渚と太一が居る』
「(なっ――)」
声を上げかけた奥村に、唇の前で人差し指を立てて静かにするよう促す。
奥村も理解したのか屈みこみ、荷物からスマホを出して同じように文字を入力する。
入力するんだけど奥村、フリック遅っ!
『なんでこんなとこ』
『ごめん、一生のお願い! あたしに渚と太一のエッチを覗かせて! 一回だけ、お願い!』
奥村は今にも声を上げそうなほど口を開くけど、思いとどまって画面に指を滑らせる。
『だめよじしゅしましょ』
『あたし、どうしても二人のエッチが観たいの。じゃないと前へ進めないの』
奥村の入力したたどたどしい文章が超可愛すぎて笑ってしまうのを堪える……。
『まえへ?』
『あたし、彼氏とのエッチにどうしても満足できなくて。したら渚が似た体質だったんだけど、太一はそれを乗り越えたらしいの。だから知りたいの』
隣の部屋では物音が聞こえていたけれど、静かになる。
あたしは屈んだところの高さにある覗き穴を開き、部屋を覗く。
奥村が同じ穴から覗こうとするので、上の穴を教えてあげるとそこから部屋を覗き込んだ。ただ、ちょうどそれは渚と太一がキスしたタイミングで――。
ゴトン――と、奥村が後退って壁にぶつかった。
あたしが人差し指を立てると、奥村はまたよろよろと、覗き穴に目をやった。
『冷房消さなくていいの?』
『うん……お布団、汗でびっしょりにすると困るから』
隣から聞こえる声。冷房……そういえばここ、暑い。奥村まで居るから余計に。
『じゃあ灯りを――』
『そっちもそのままでいいかな……』
それはありがたい。――恥ずかしいから灯り消して――なんて言われたらどうしようかと思った。さすが渚エロい!
渚と太一はしばらくそのままだった。ゆっくりと恋人とのキスだけを楽しんでいる。太一は男のクセに渚の身体を撫でまわしたりはしていない。あたしが男なら即、浴衣を脱がして渚の身体を触りまくり、揉みまくっているところだろう。だけど、太一は渚の背中に腕を回して身体を支えているだけ。逆に渚の方が太一の背中を撫でまわしている。
『今日はゆっくりしよ?』
『ん、わかった』
だんだんと激しさを増すキスに、渚はうっとりとし始めた。呼吸が荒くなり、息が続かなくなった渚は口を逸らす。すると、それを合図にしたように太一が耳元に口づけし、首筋へと。太一は渚の浴衣の帯をしゅるりと解く。渚も同じように太一の帯を。
太一は渚の体に、指の腹で掠めるように軽く触れると渚は身体を震わせる。
『くすぐったい?』
『……うん』
わかる――答える渚に同意した。
男ってのはこういうトコそもそも雑。例えばこちらとしては脂肪の所を揉まれてもなんとも思わないけれど、それを知っていて、逆にフェザータッチならいけると思う男も居る。これは半分正解で半分間違い。あたしのようなスロースターターはフェザータッチはマジくすぐったくて仕方がない。一度、女の扱いなら任せろと言う調子に乗った男にそれをやられ過ぎて本番前に顎へ蹴りを入れて別れたこともある。
ちゃんとそこを分かっている太一は、それ以上繰り返さなかった。
渚の言う――ゆっくりしよ――はたぶん、今日は場所も違って緊張もあるからいつもより立ち上がりが遅いということを伝えたかったのではないだろうか。
二人は頭をこちらにして寝そべり、抱き合い始めた。まあこの辺からはわかる。お互いの肌の温もりを楽しみながら撫でまわしたりしている。ただちょっと、ここに来るまでが少し長めなだけ。
奥村を見ると、二人に見入っていた。口を半開きにしているようにみえる。男と付き合ったことも無いのにこんなもの見せられたら辛いだろうと、あたしはスマホに文字を入れ、奥村をつついて画面を見せる。
『辛いならやめといたら?』
奥村はブンブンと頭を振る。ただ――。
『あつい』
――と文字を書いた。そういえば――思い出したあたしは、押し入れに通ずる穴をそっと開く。すると、押し入れに入っているエアコンに冷やされた空気が流れ込んできた。涼しさにホッとする。渚が冷房を消さないでいてくれて助かった。
◇◇◇◇◇
渚と以前、こんな会話をした。
『――そのボロンっていうのはなに?』
『アレが出る時の擬態語?』
『こぼれ落ちるってこと?』
『そうそう、そんな感じ』
『う~ん、そんな感じじゃないかなあ。太一くんはいつも――』
ああー、そっか。あれが普段からなら渚じゃわからないわ。
だってあれはどう考えても――ビターン――だから。
奥村からは――ほわ――という声が漏れた。
渚のことだからそのまま食いつくのかと思ったけど――。
『ダメだからね。大人になるまでは』
『卒業まででしょ?』
どうやら渚はお預けされてる模様だった。
◇◇◇◇◇
「(えっ……)」
太一は無難な所ばかり攻めるので少々じれったかったが、手と手は繋いだまま、徐々に腰骨や脚の付け根を狙い始めると渚も身体をよじり始め、やがておもむろにそこへ行った。
太一! あんた女に触れるのにもビクついてる童貞みたいな顔して、そんなことやってたの!? しかも派手な感じではなく、ときおり腰骨なんかに戻ったりしながらゆっくりと。ただ長い。めちゃくちゃ長い。いつまでやってんのってくらい。しかも渚を見る限りでは激しくない。太一は渚の様子を見ながら時間をかけているようだった。
◇◇◇◇◇
『ぁ…………』
――と渚の溜め息のような声が漏れ出る。とうとう太一が渚に繋がった。ただ同時に、あまりにもじらされたためか、あたしからも、そして奥村からも同じ声が漏れていた。
◇◇◇◇◇
……長い。あまりにも長い。太一が徐々に体を進めていき、到達するまでに10分……いや20分はかけている気がする。ただその間、焦らされた渚だけが体を捩じらせる。到達してからも、一度、渚がぐっと体を浮かせただけで太一は動かない。――いやほんと動かない。動いてよってこっちが言いたくなるくらい動かない。そして太一はキスくらいしかしない。
ほんとにそれがいいの? やったことないからあたしでもわかんない。
『おへや、どう?』
『ん……ちょっと変だけど素敵な場所だと思うよ』
そのままで渚と太一はボソボソと話し始めた。
『よかた……』
『みんな知っててやってるの?』
『うん』
『顔を合わせられないよ……』
『ほてるのときも、ばれてたから……』
『あれは、えっと……』
『いつものるーる、きょうだけやぶっていい?』
『ルール?』
『なまえださないこと』
『暗黙のルールみたいになってたやつね、いいよ』
『なじかちゃん、どうおもう?』
えっ、何話してんの渚!
『七虹香はどうだろ。僕らのことを大事にしてくれてるけど、渚から僕を奪いたいわけじゃないでしょ。そこまで好きって思われて無いと思う、三村ほど』
図星だった。あたしの太一への想いは憧れのようなものだ。渚から奪って恋人にしたいわけじゃない。それにどちらかというと――。
『――案外、本当にエッチしてるところを見せたら納得するかもね。見せないけど』
スミマセン、鑑賞させていただいております。ほんとスミマセン……。
『うん……じゃあ、ゆりちゃん……ぁ……』
渚が小さな声をあげる。ん?
『――そか……きになるんだね』
『いや、そう言う訳じゃないんだよ』
『いいよ。ゆりちゃんのどこがすき?』
『いや、その…………』
『おこらないよ?』
『……匂い……とかかな』
ハッ――と息を飲む声。見ると、奥村が口元を手で覆っていた。
『せがたかいのにがて?』
『どうして? 背が高い方が綺麗だと思う。渚だって少し高い方でしょ?』
『ゆりちゃんきれいだよね。おふろでみたし、すごくやわらかくて…………』
『……ごめん、ちょっと交換』
『ゆりちゃんがよかったんだね』
『いや、今のは渚でしょ?』
太一が体を起こすとアレを換えていた。念入りにウェットティッシュで拭いて。
身体も動かさずに暴発したみたい。
しかもよりによって渚以外の女の話で……。
ただ、どちらが原因だったとしても渚が怒っていないのが不思議。
渚は誰に対してもすごく寛容。こっちが心配になるくらい。
奥村はというと口を押えていた手も離し、見入っていた。ただ、パタタッ――と足元で音がしたかと思うと、その目からはぽろぽろと涙を流していた。この子は今、どういう気持ちなのだろう。あたしには複雑すぎてわからない。太一に片思いしているだけかと思っていたけどそうでもない。渚も大好き。その渚もこの子を大事にしている。そして太一も……。
「(百合)」
あたしは声をかけ、ハンドタオルを手渡す。
奥村は唇を噛み、思った以上に情けない顔を見せて頷き、タオルを受け取った。
百合が今後、どういう選択をするのかはわからない。だけどなんとなく、この子を後押ししてあげようと思った。
その後、ようやく動き始めた太一はごく小さな動きで渚を乱れさせていた。たぶん、骨と骨が擦れる程度の動き。それが続いた後、太一が渚に体を寄せた時、不意に渚が太一の首に腕を回した。すると今度は太一が体を起こす。抱き着くようにして太一の上に座った渚。
そこからはすごかった。太一が身体にキスすると、渚がついに我慢できなくなったのか動き始めたのだ。渚! そんな動き、どこで覚えてきたの!?――ってくらいに滑らかに、そして
『くすぐったい?』
太一がフェザータッチを解禁した。渚は頭を振って否定する。
やばい! あれが良くなるくらいまでヒートアップしたのだ!
さらには太一が腰回りを揉むだけで、渚は身体を跳ねさせる。
すごい! すごいすごい! あたしもあんな風にやってみたい!
それがまたかなりの時間続いた。渚に体力がついたのだと思う。
少しだけ姿勢を変えたり、太一が動いたりもしているけれど、基本的に向き合って座ったまま。男の都合でアレしたりコレしたりが無い。あたしも一度離れてしまうと冷めてしまうことが多かった。
『最後はどっちがいい?』
そう太一が聞くと、渚は――下がいい――と答える。
太一はそのまま渚を後ろに寝かせ、覆いかぶさって動く。
そこからもまた十分な時間をかけ、最後を迎えた。
ただ、その後も繋がったまま、愛の言葉を囁いただけで後はじっとしている。渚は満たされてる感いっぱいで居ることだろう。あれの後はくっついてくれてるだけで嬉しい。
そうしてそのまま眠ったのかと思った頃、ようやく離れた太一は大の字に転がった。
◇◇◇◇◇
その後、二人は抱き合って眠った。
あたしたちはこっそり戸板を開け、抜け出していった。
無言のまま、お布団に潜り込んだあたしたち。
隣の部屋の渚のお母さんはもう帰っているみたい。一体、どれだけ時間が経ったのやら。幸い、隣の部屋から声をかけられることは無かった。
「あの…………ありがとう」
「へっ?」
突然、仰向けで布団を頭まで被ったままの百合に礼を言われる。
「一緒に覗かせてくれてありがとう」
「い、いいってもんよー」――なんか変な会話だったけど。
「笹島は――」
「七虹香って呼んでよ」
「……七虹香は……瀬川くんのことが好きなの?」
「あたし? 違う違う。あたしは太一のエッチが凄いって聞いたから憧れてただけ。太一も渚もどっちも好きだけど、百合の好きとは違う」
「私……」
「好きなんでしょ?」
「好き……かも。でも、渚も好き」
「その、太一への好きと、渚への好きは違うっしょ?」
「…………」
「渚みたいにして欲しい?」
ガバッ――と布団を跳ね上げ、起きる百合。
「…………ん、うん」
「そうなれると……いいよね……」
じわりと目に涙を溢れさせた百合。
あたしは百合に胸を貸してやり、その夜はふたりして泣いた。
ま、あたしの方が借りたいくらいの胸なんだけど。
--
またこんなオチか!――ってやつです。
太一は将来、腰やりそうですね。太一のいつものやつ、腰に来るので要注意です。
そして突如として襲い来る無慈悲なBAN!
いや、七虹香と奥村さんの気持ちを整理するにはどうしてもこのくらい必要になるかなと思ったんですよ。本人たち真剣だし。
内容自体は第10話でやった叡智ほぼそのままです。枕がこっち向きなので、二人の表情がしっかり見えてる感じです。
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