第93話 七虹香のキモチ 2
あのあと、渚は例の部屋での太一とのお泊りを翌々日に決行しようと光枝さんに相談していた。ちょうど汐莉さんが合気道の寄り合いに参加するらしい。渚が言うには母親には既に太一との関係を知られてしまっているみたいだけど、さすがに大っぴらにはできないといったところなのかな。
さて当日。残念ながら午前中から雨。ただ、夜には晴れるという予報ではある。予報は当てになんないけど。
「つーまーんーなーいー」
渚と太一はその日、奥村も一緒になってランニングに出たあと、雨だからというので勉強を始めた。二人は、自由にお付き合いさせて貰っている代わりに、しっかり勉強をしてるところを親にアピールしているのだそうだ。奥村も付き合っちゃってるし、あたしも少しやったけど、学校でもないのにこんな時間から勉強ばっかできない。
「光枝さんとお話ししてくる!」
「あっ、七虹香ちゃん!」
渚が呼び止めるも、あたしは光枝さんの所へ。
お屋敷の人に光枝さんの所へ通してもらい、お茶を頂く。
光枝さんとは翔子さんとパパの話をたくさんした。
あたしが翔子さんとパパの仲を取り持って背中を押してあげたことを話してあげたり、光枝さんからは翔子さんの小さい頃からの話を聞いたり。翔子さんは光枝さんが実の子のように面倒を見てきたこともあって、翔子さんの本当の両親よりもたくさん話をしてくれた。あちらの両親はあのイケてないオジにべったりだから。
「
「んん……そうね……」
両親の話の中で特に気にもせず振った話題。だけど家系図のことと言い、家督のことと言い、何かちょっと光枝さんが変。
「曾御祖父ちゃんと汐莉さんって何かあるんですか?」
「ん? ううん、そうじゃないの。汐莉さんは普通に血の繋がった孫よ」
「え、じゃあ誰か血の繋がらない孫が居るんですか?」
「えっ!?」
あたしの何となくのこの突拍子もない質問に、思った以上に驚く光枝さん。
ただ、こちらの驚きも伝わったのか、光枝さんも考え込むように顔を逸らし目を瞑る。
「――はっきりしたことじゃないのよ。でも私は何となくわかっちゃった。今まで誰にも話したことはないけれど、誰かに話したかったの。だから七虹香ちゃん、聞いてもらえない? 飛倉の家の秘密」
光枝さんは
「――七虹香ちゃんからすると
光枝さんは自分の母親であるはずの人をそんな風に呼んだ。
「――お父さん、良家の娘だった
やっぱり、光枝さんは自分の母親のことを人から聞いたみたいに言う。
「あの、なんか聞いてると光枝さん、曾御祖母ちゃんが母親じゃないみたい……」
「そうね……母親じゃなかったらって何度思ったことか……」
「じゃあ母親ではあるんですね?」
「ええ、残念ながらね」
ゴクリとつばを飲む。残念ながら――って? なぜそんなに実の母を嫌うのかがわからない。
「――お父さん、最初は許嫁なんて嫌だったみたいなの。だけど十五の時に実際にその本人に会って、見惚れたらしいわ。それで許嫁だと言うのに恋文を送ったり、お出かけに連れ出したりして気を引いて……よくその頃の話を昔から聞かされた」
「仲はよかったんだ」
「ええ、一途だったのね。お父さんは齢を取ってからはもう、その頃の思い出しか話さないし、その方が幸せだと思う」
でもね――と光枝さんは涙ぐむ。
「――私の祖父――曾御祖父ちゃんのお父さんが酷い人だったのよ。強い人だったし、人を動かすのが上手で飛倉の家を盛り返したと皆言うわ。でも、私は御祖父ちゃんのことは嫌い。女癖が悪くて、とにかく愛人が多かった」
「――ただそんな御祖父ちゃんでも、一人だけどうしても手に入れられなかった女性が居たの。それが曾御祖母ちゃんのお母さん。私は会ったことないんだけど似ていたって言うし、たぶん綺麗な人だったのね。ただどうやったのか、曾御祖母ちゃんを息子の許嫁にした」
「――御祖父ちゃん、お父さんに最初の子供――つまり渚ちゃんの御祖父ちゃんができたあと、
「――だから、私と弟は家を継ぐべきじゃないの」
衝撃的な話。つまりそれって光枝さんと弟さんは
えっ? これってエロ小説? そんな感じで現実味がない。
「これって渚、知ってる……わけないですよね」
「そうね」
「じゃあ……えっと」
「私は継ぐつもりもないし、弟にも継がせない。だからね、いよいよとなった時、もし汐莉さんや渚ちゃんが躊躇するようなら、喜んで家を継いでほしいの。遺産だけ貰ってもいいわ。不動産だらけだし、相続でいっぱい持って行かれるからお屋敷だって売るかもしれないし。だから七虹香ちゃんが思ったときでいいから、この話を教えてあげて」
「――ごめんね、こんな大役。できれば……の希望だから」
「いえ、光枝さんの想いはいつか伝えます!」
「ありがとね、七虹香ちゃん」
◇◇◇◇◇
きゅぴーん!――と、頭の中が高速回転していた。
非日常的な情報で頭の中がぐるぐるしていたけれど、あたしの頭はいま、人生で最高に冴えていた。曾曾御祖父ちゃんは最後、痴情の縺れか知らないけど刺されたと言う噂もあったと教えて貰った。元気だった割に突然亡くなってるし。もしかすると曾御祖父ちゃんが刺したのかもしれない。若かった曾御祖母ちゃんもすぐに亡くなってるし、何よりあんな話を親戚ぐるみで隠し通せるなら、刺したことだって隠せるだろう。
――えっ、でもちょっと待って、翔子さんの娘だったらもしかすると曾御祖母ちゃんの血を継いで、渚みたいにボインボインだった可能性もあったってこと!? 曾御祖母ちゃんがボインボインだったとは聞いてないけど。ああ! 翔子さんの娘に生まれたかった!(ここまで0.03秒)
あたしが思うに、お屋敷の異常なまでの男女割り、これはたぶん不貞を嫌った曾御祖父ちゃんの仕業ではないだろうか。女にだらしなかった父親に成り代わって屋敷のルールを作り替えたのかもしれない。
そしてもうひとつ――。
あたしはそれを確かめるためにお屋敷の、とある一角へと向かう。
他の部屋とは少し離れた場所にあり、その入り口からはあつらえたように庭が綺麗に見える。一応声をかけて部屋を覗くが誰も居ない。障子は板間を挟んで二重になっているだけでなく、障子そのものも二重になっている。手前奥に長い十二畳の座敷は奥に床の間と後付けのエアコン。床の間は屋敷の他の場所では砂壁だったのに、この部屋だけ板壁。右手は角部屋で本当なら障子でもありそうなのに押し入れ。左手は砂壁で戸があってたぶん先に風呂場がある。外から見るとわからないけれど、隣の部屋との間が風呂場なのだろう。
あたしは部屋を出、向かって右手の廊下を行く。ちょうど押し入れの裏手のためか板張りの壁が続く。部屋の北側は建物と建物の間が少し空いている。目隠しの板が立ててあって廊下からは入れないようになっているが、たぶん、お風呂の方に通じているのだと思う。こんなところまで温泉だと管理が大変だろうし、薪で湯を沸かす方がいい。そのための昔の通用口だろう。
そして問題はここ。部屋の北側は見取り図にも床の間と小さい押し入れが描いてあった。その小さい押し入れには今エアコンが据え付けられている。ただ、何故かその奥にも二畳くらいの細いスペースがあったのだ。防音スペースにしてはおかしい。建物と建物は離れてるのだから、隣には声は響かないと思うし無駄に広い。
あたしはそのスペースの東側の木の壁を探った。
すると、板の足元に小さな継ぎはぎのような部分を見つけた。ここだけ修理して板を継いだようになっている。そこをどうにかこうにかいじっていると――カタリ――と横にスライドした。あたしはあたしの天才っぷりに震えた。
ただ、さらにそこから中に入るための仕掛けを見つけるまで半時間ほどかかった……。
板壁は人が潜れるほどの幅で、全体の中ほどの高さで回転する仕掛けになっていた。
板の上部を叩きこむと、下側が手前に開く。上下さえロックしてしまえば勝手に開くような仕掛けでも無かった。あたしは興奮と共に中に屈んで踏み入る。スマホのライトをつけると、足元は畳。わざわざこんな場所に畳なんて普通は敷かない。
畳を縦に並べた二畳ほどのスペースは突き当りの左側に図面には無かった登りの階段。
部屋側の壁を探ると、思った通りスライドする仕掛けが。
そっと動かすと、覗き穴が現れて部屋の中が覗けるようになった。
「やっば、曾曾御祖父ちゃんの作ったエロ部屋やっば」
これ絶対、曾曾御祖父ちゃんが覗きに使ってたやつだ! 覗き穴は複数ある。しかも足元には人が通り抜けられるくらいの押し入れに通じる穴もあった。そして奥の階段の先には……なんと、風呂場の天井裏に繋がっていて中を見下ろす覗き穴があった。
今日の夜、渚と太一はこの部屋をきっと使う。
だからゴメン! ちょっとだけ! 一回だけでいいから覗かせて!
あたしはウキウキで渚たちの部屋へと戻った。おかげで勉強にも身が入った。
しかし天才のあたしにも見落としがあった。
開かずの間から転々と続く自分の足跡に……。
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ダメじゃん!
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