第92話 七虹香のキモチ 1
「それにしても光枝さん、気前いいわよねー」
あたしは髪を括りながらさっきまでの話の続きをする。大伯母の光枝さんが屋敷へ来るなり早速、浴衣を着せてくれると言う。あたしたちは汗を流すよう勧められてお風呂を頂きに。今は脱衣場。もちろん横目での視線は渚と奥村へ。
「舞踊とか着付けとかの教室やってるのもあるかな。お着物大好きだけど着てくれる人が少ないのかも」
「着物部屋、壁一面着物箪笥だもんねー。びっくりしちゃった」
渚はこのところずっと太一との関係に遠慮がない。太一が学校の廊下で渚にキスしてからずっと。おかげでクラスではちょっとエッチな七虹香で通ってるあたしが完全に後れを取っている。今だってほら、遠慮なく脱いでいく。あ……れ? 前より大きくなってない!?
「琴音が言ってたけれど、洋服はどんどん安い方向に行くのに、和服は作る人が限られていて値が下がるどころか上がってるからって。いいものが高くなるのは当たり前だけど……着るのもひと手間だものね」
奥村は太一の居ない所では普通に喋る。なんなん? 恋する乙女なの、こいつは? いくら太一に乙女見せたって、渚がいるでしょぉが。見たらわかんのに……佳苗だって諦めたのに……。渚も渚で奥村には佳苗以上に気を許しているようにみえ――う~~~わ、でっか! しかも重力仕事しろ! 高校生が持ってていいもんじゃないわよ!?
「……ま、まあ、浴衣くらいなら慣れれば簡単なもんよ」
「七虹香ちゃんは花火の時にもカッコよく着てたしね」
「もち、途中で脱いでもバッチリよ!」――そんな事態にはならなかったんだけど。
「私は背が高いから和装は自信なくて……」
奥村は花火の時にも洋装だった。バッカよね、お金あるんだから浴衣買って太一にアピールすればいいのに、太一と渚の後ろをついて回るばかり。それで切なそうにしてるのかと思えば、ときどき太一の後ろで満足そうな顔をしている。わっかんないわよね、ほんと。
「大丈夫だよ。お母さんの浴衣もあるし、百合ちゃんくらいの背の女の子なら普通に居るんじゃないかな」
「少々はサイズ変えられるし、いまどき背が高い位で心配してる子いないしー」
三人で小さな中庭に入る。ホントにここ、露天風呂があるのよね。そして謎なのがもうひとつ、別にお風呂があるの。渚が言うには、理由は知らないけれど夫婦で入るのと小さな子供以外は、その日その日で男湯と女湯がしっかり決められてるってこと。旅館でも無いのに。
他にもおかしなことがある。トイレが男性用と女性用ではっきり分かれている上に、離れた場所にある。敷地自体が広いから、離れも合わせると三,四世帯くらいの平屋の住居って考えるとしっくりくるんだけど、男性と女性をはっきり分けた部分だけがちょっと変。
洗い場はちょっと狭いので三人で膝をつき合わせるようにして座って洗う。
――ほっほー、眼福眼福。
あたしが男なら絶対襲ってるシチュエーション。泡が肌をところどころ隠すと余計に興奮する。女子なら平気? 触っても怒られない? さぁやなんかは覗いても触っても平気だけど、あの子みたいにこの二人はスレてない。おふざけで勢いがあればイケる!?
――あたしの中のオッサンが目覚めようとしていた。
「笹島、目が怖い」
「えっ!?」
胸を隠す奥村。ヤバい、この女に恥じらいなんて付け足したらエロすぎる。隠しても到底隠し切れないところなんかもヤバい。上だけ隠して下が無防備なのもヤバい。
「先に借りるわね」
――と、シャワーで泡を流し、奥村はお風呂に向かった。
「(ダメだよ、百合ちゃん恥ずかしがりなんだから)」
あの運動部男子とも堂々と渡り合う奥村が恥ずかしがり? 確かに太一の前でだけはそうだけど、意味わかって言ってんの渚ァ! あんたその先は寝取られだよ? ざまぁだよ? 本命ヒロイン出て来ちゃうわよ!?
渚と二人で露天風呂に入っていく。特別広いわけじゃないけれど、三人なら並んで余裕で足を伸ばせる広さ。渚は奥村に楽しそうにお屋敷の話をしている。ボディタッチを交えながら。
もちろんあたしにも話を振ってくるが、あたしが生返事なので奥村にたくさん話しかける。さらには渚、奥村の手を取ったり指を指に添えたり。渚、もしかして女も行けるタイプかなとも一瞬思った。美月とも抱き合ったりするくらい仲がいいし、巨乳か? 巨乳が好きなのか? あでも佳苗はそんなにないか。よく考えたら奥村の名前、百合って言ったわよね。流石に考えすぎ?
◇◇◇◇◇
昼間から長湯してるわけにもいかないと、お湯から上がる。
渚からは湯上り用の浴衣を借りていた。
「お邪魔しまぁす」
三人であの着物部屋に入る。本当に壁一面が着物箪笥で着物用の倉庫みたい。
さらに増して、今日は畳の上に櫃や書類がたくさん置いてある。
「ごめんなさい、散らかっていて。竜宏が持ち出してた資料を引き取ってきたんだけど整理がつかなくて」
「竜宏ってあのイケテないオジ?」
「ふふふっ、そうね。イケてないわね」
「あっ、すっごい。家系図とかあるんですねー。『飛倉家家系図』だって!」
「そんなのあったんだ。初めて見た」
「見ても構わないわよ。渚ちゃんは載ってると思うわ」
「いいんですか? あたし、こんなの初めて! 奥村のとこもある?」
「私の家は祖父が会社を大きくしただけだから、琴音や麻衣の家と違って歴史は浅いわ」
巻いてあった家系図を畳の上に広げると、長々と飛倉の家系が綴られていた。
どこにあるのかわからない渚の名前を光枝さんが教えてくれる。
「ほんとだ! 渚すごい!」
「でも渚の苗字は鈴代よね? 書いてないけれど」
「お父さんの名前にも書いてない……」
「曾御祖父ちゃんが汐莉さんを嫁にやるのを嫌がってたのよね。山咲なら仕方なしと思ってたようだけど、鈴代の家なら取り込めると思ったんじゃないかしら」
「その、家を継ぐのって大叔母様ではいけないのですか?」
「私は…………そうね。本当なら私が継げれば良かったんだけど……」
「光枝さんならあたしも大歓迎!」
そうね――と返した光枝さんには何か憂いが見えた。ただ、取って付けたように――。
「そうそう! 渚ちゃん、太一くんとのお部屋はどうするの?」
「えっ、お部屋ですか? いつもの部屋でと思ってたんですけど」
「いい部屋、教えてあげましょうか。えっと――」
そう言って別の巻物を出してきて広げる光枝さん。
それはお屋敷の見取り図だった。
「――ほら、ここ。この部屋、新婚さん向けの部屋なのよ。汐莉さんたちも泊ったことがあるわ」
「へえ」
「そんなのあるんだ!」
「ここ、お庭がいちばん綺麗に見えるわよ。おまけに夏なら南向きで天の川が綺麗にみえるし、太一くん口説くならいい部屋よ」
「あ、う~ん、でも……」
「それにここ、声が響き辛いの。ほら見て、入り口も二重になってるし、あと小さいけどお風呂もついてるわよ」
「うっわ、渚えっろ。ここにしよ」
「お母さん居るからダメだよ」
「あら、残念ね。私としては早く子供作って貰って、お屋敷を継いでくれると嬉しいのに」
ふふふ――と、光枝さんは浴衣を見繕い始めた。
ただ、その部屋の見取り図、何かちょっと変だった。
何が変なのか、その時のあたしにはわからなかった。
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久々の七虹香視点です。エキセントリックなキャラの視点は書いていて楽しいです。
オマケにどこかで見たお風呂ネタ。『堕チタ勇者ハ甦ル』の第62話でやったやつやん!――って思われるかもしれませんが、いやあ、このネタ何度やっても楽しいものですねw 自分で書くと楽しいんですよ、何故か。
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