第81話 プールにて 2

「おっ、ナジカじゃん!」


 渚たちと二人乗りボートのウォータスライダーの列に並んでいると、前の方で何やら手を振る男が。男は肌を焼いていて頭は金髪。そして連れがもうひとり。


「やっほー。ケンヤくんにハルト、来てたんだ?」

「おうおう、来てた来てた。ちーしな」


 七虹香の知り合いっぽい二人が――りぃけど後ろに回らせてくんない?――と階段を下りてきて僕らの前へ入る。


「そうそ、あたしらも暑くて屋内からこっちに予定変えた。てかあんたら二人、そう言うカンケー!?」

げーよ、全制覇したくて乗りに来ただけ。――カナエも来てたのか。こっちはショーセーも来てんぞ。フリーなら一緒に遊ぶか?」


「あたしらもナンパしたんだけど奢ってくれる相手居なくてぇ」

「一緒に乗ろうぜ、ナジカ。オレらも一緒に遊んでくれる子居ねーんだわ」


 ただ、三村が困った顔をしてた。以前はどうだったか知らないけれど、最近、三村は身持ちが堅くなってたはずだった。


「いいよー」――そう言って三村の方を向き、その表情に気付いて固まる七虹香。

「ああ、いいよ七虹香、私、下で待ってるから」

「カナエちゃん、オレ、一緒に乗ってあげるから」


 ハルトという男がそう言ってきた。

 ただ、渚がぎゅっと僕の腕を抱きしめてきた。


「七虹香、せっかく遊びに来たのに三村を一人にさせるなよ」


 そう言うと、ケンヤという男は僕を上から下まで値踏みするように見る。


「おっ? お兄さんナジカのツレだった?――おおっ? お兄さん、いい女連れてるじゃん。一緒に遊ばね?」

「あー、ごめごめ、あたしこっちのツレがいるんだったぁ、やっぱ一緒はパス~」


 七虹香が慌てて誤魔化す。七虹香でも対人で失敗することあるんだななんて思いながらひとつため息をつき――。


「悪りぃけどお兄さん、のツレと一緒のとこ邪魔されたくねーんだわ。カナエも好きな男が一緒に来てるから邪魔したくねーし」


 彼らの使う言葉を組み合わせてソレっぽく台詞を組み、西野をイメージしながらそう言った。

 七虹香と三村が振り向いて驚き、口を開けたままにしている。


「おー…………そうかそうか。わかった。――悪りぃなナジカ。後で飲み物だけ奢ってやんよ」


 意外なことにケンヤという男はそれで引き下がってくれた。


「えっ、いいのかよケンヤ。オレ、女の子と遊びたいんだが……」

「いいじゃん、いいじゃん、オレと仲良く滑ろうぜハルト~」


 そう言いながら彼はハルトってやつと肩を組んでいた。


 ブッ――とこちらを向いた七虹香が噴き出す。


「(渚、すっごい顔。めちゃ睨んでた)」


 前の二人に聞こえないようにそう言って笑う。

 腕に縋りついた渚を見ると、眉をひそめて口を尖らせていた。


「(ちょっ、瀬川、私の好きな男って誰だよ)」


 顔を赤くして慌てる三村。


「太一、お前、自信持ってから急にガラ悪くなったな」

「瀬川先輩って意外とそういうのもいけるんですね」

「(いや、ハッタリだから二人ともちょっと黙ってて)」



 ◇◇◇◇◇



「「フラー!!」」


 叫びながら男二人がボートに乗って滑って行った。

 まあ、楽しそうだからいいんじゃないかな……。


「男二人でイってろ……」


 彼らが行ってから、サムズダウンと共に辛辣な言葉が三村から呟かれる。


「かなたん、あたしらは女二人でイこうか!」

藪蛇やぶへびだった……」


 えっ、ちょっ、あたしが前!?――とか七虹香が言いながら二人で滑って行った。

 そしてさっきから僕の腕を胸の前で思いっきり抱きしめてた渚がようやく離れた。


 まあ僕はそれどころじゃなくて、初めて乗るスライダーのボートにドキドキしながらスタッフさんの指示に従っていた。ボートに座ると後ろにくっつくように渚が乗ってきて彼女の太腿に挟まれる。


「きゃー! こわいー!」


 まだ押されても居ないのに抱き着いてくる渚。抱き着いてくるだけじゃなく、体の前を撫でまわされる。スタッフさんも呆気に取られているのかなかなか押してくれない。


 ――早く……早く押してください恥ずかしいので……。


 羞恥に耐える中、漸く押し出されるボート。

 軽い浮遊感を感じると続いてふわりと浮いたような感触。あっという間に大きな水しぶきと共に着水した。ただ……着水までの間に渚はどさくさに紛れてパンツを触ってきていたのを僕は知っている。


 ボートが回収され、七虹香たちに合流する。萌木はカメラを構えていたが、続く山崎たちを撮り終えると僕の顔を見てニタリと笑った。相馬たちは早々に滑り終わり、プールで僕らを見物していたみたいでそちらとも合流。


「飲み物買ってきてあげるから場所取っといてぇ。みんな何がいい?」


 七虹香が言うので僕と渚は適当に頼んでパラソル付きのテーブルを確保し、後の皆は飲み物を買いに。


「渚、さっき変なトコ触ってたでしょ」

「なんのことかなあ……」


「萌木にはバレてたみたいだけど――」

「えっ、ほんとに!?」


「渚……」

「さっきの太一くんカッコよくてつい……」


 つい――で何故そんな所を触るのか分からない。


「ガラが悪いのはカッコいいのとは違うと思うよ」

「そじゃなくて、ちゃんとみんなを守ってくれて嬉しいなって」


 ――まあいいか。とりあえず理解したので渚の手に手を重ねておいた。



 戻ってきた七虹香は当然のように飲み物以外もたくさん持っていた。


「誰が食べるんだよこのホットドッグとポテト」

「あたしに決まってるじゃん! 皆もポテトつまんでいいよ」


 とりあえず飲み物代を払おうとすると――。


「――あっ、いいから。さっきの埋め合わせ。太一たちのはお・ご・り」

「そのくらい払うから」


「大丈夫。あたしのはケンヤくんに奢らせたから。それにあたしスマホだけで財布持ってないし」

「あたしもついでに奢って貰っちったぜ」

「私も無理矢理奢られた……」


「結局、さっきの誰だったの? なんか普通に話しかけてくるから和美とかびっくりしてさ」

「あー、あたしの元カレ~」――と七虹香。


「七虹香ちゃん、ああいうのが趣味なんだな」

「いや、どうかなぁ。――付き合う前はいい感じに見えたんだよね、マジ」

「ナジカは勢いで付き合うからにゃあ」


 ホットドッグに齧り付きながら山崎に答える七虹香。さらに萌木が付け加えた。

 ただ、山崎は――変わるもんなんだ?――と、割と真剣。


「じゃあ今はどうなのよ」

「太一みたいなのが一個欲しいかな」

「モノみたいに数えるな!」

「私のだよ? いいでしょ!」


「あー! それ、渚でもなんか腹立つぅ!」


 みんな笑ったけれど、山崎は思い悩んでいるように見えた。まあ、理由は大体わかるが。


「渡辺先輩ってそんなに恋愛に興味ないんですか? 女子が恋愛対象とか?」


 そう聞いてきたのは鹿住さん。普通に話してるけど、山崎の恋愛事情を知ってるんだろうか。

 ただ、みんな特にツッコみもせず、普通に話し続ける。


「美月ちゃんの恋愛対象はちゃんと男の子だよ」

「文化祭くらいまでは相馬に惚れてたよな」――と三村。

「いや、俺?」


「気づいてなかったのか? 相馬ばっかりモテるから田代とか恨み節が酷かったぞ」

「あの頃は……ごめん、周りがよく見えてなかった」

「これだよイケメンは」


 ――なんて男子みたいなことをいう三村。相馬はたぶん、渚のことしか見えてなかったんだろう。


時化しけつらしてないでほら行くよ、山崎! チューブ!」

「そうですね、遊びに来てるんですから楽しみましょう、先輩」


 そう言って引っ張って行かれる山崎。


「いやあれ食ったばっかりなのに大丈夫なの?」

「七虹香ちゃんなら平気だと思う……」

「瀬川たちも行って来たら。和美と片付けとくから」


 相馬に礼を言ってチューブスライダーに行ってきた。

 山崎もギャーとかヒーとか叫びながらプールに放り出されて元気になっていた。



 ◇◇◇◇◇



「息継ぎは、ちゃんと吐き出すことが大事だから」


 渚はそう言いながらプールの人の空いてる辺りにやってきて、僕と三村は息継ぎの練習。

 萌木は優雅にフロートに乗っかって近くに浮いていた。他の皆は少し離れて遊んでいる。


 僕と三村は渚に倣って水中に沈み、鼻から息を吐いた。


 ブッ――と、思わず吹き出してしまう。おかげでその場で水を吸ってしまい、慌てて立ち上がりむせる。


「太一くん!? 大丈夫!?」

「ごめん、三人で水中に沈んで鼻から空気を出してるのがおかしくて……」


「瀬川お前、人の顔見て笑ったろ!」

「いや、別に三村の顔をみて笑ったわけじゃなくて」

「おーおー、仲が宜しおすなあ。キャッキャウフフかあ?」


 カメラを構えた萌木が揶揄ってきたものだから、三村もそれ以上は言えずに潜っていった。

 僕らも潜って練習を再開したけれど、三村は顔を見られるのが嫌なのか後ろを向いたまま。


 そして何度も息を吐いて水面で息を吸う練習をしていると――。


 ん!?――三村が見ていないのをいいことに、渚が僕の頬に両手をやり、水中でキスしてきたんだ。


 水中で舌を挿し込んできた渚。自然と口の中にも水が入り、息継ぎのことも忘れて口づけを交わし合った。それまではごとんごとんと不快な水中の音が反響して耳にうるさかったが、それさえも忘れていた。口に入ったプールの水――その中で渚の唾液を探り当てると甘く感じられた。いよいよ息が持たなくなったところで一緒に水面へ顔を出し、パッと息をする。ただ、その瞬間、渚は僕の両肩に手を置いて体重をかけ、再び僕を水中へと促す。鼻から息を吐きながら渚の唇を探り当て、僕らは再びプールの底へと膝をついた。



 そんなことを繰り返していたら、いつの間にか息継ぎが平気になっていた。それまで感じていた水への忌避感が薄れ、少々口に水が入ろうが気にならなくなっていた。


「佳苗ちゃんはどう? できるようになった?」

「ん……まあ……」


 よかった――と渚は言ったが、三村はなんだか大人しかった。


 ただ、やってきた七虹香に――えっ、どうしたのこの雰囲気? もしかして太一、プールの中でヤった!?!?――とか言われたんで否定しておいた。



 ◇◇◇◇◇



 その後、少しクロールの練習をした後は広いパーク内をあちこち泳いだりして回った。

 子供だましだよな――なんて昔なら思ったかもしれないが、今はただの噴水ひとつで大騒ぎできていた。


 結局、へとへとになるまで遊びまわった僕たちは、帰りに皆でファミレスに寄って早めの夕飯を食べ、それぞれの家路についた――――んだけど、渚は途中で汐莉さんに電話を掛け、――泊ってっていい?――の一言と共に、うちへの一泊が決まった。もちろん、渚の目的なんてひとつしかない。


 そしてまた夜、萌木から送られてきた沢山の恥ずかしい写真に二人でギョッとしたのであった。







--

 ありきたりなプール回になっていなければいいな……と思います。

 まあ、あまり普通のラブコメ読んできてないのですけど作者……。


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