十二章 夏
第80話 プールにて 1
「そういえば山崎、C組の女の子と遊びに行くって今日じゃなかった?」
男子更衣室で相馬は山崎にそんなことを聞いてきた。
そんな話になっていたとは知らず、僕も心配して――。
「えっ、山崎、いいのか? こっち来てて」
「ああ、まあ、いいよ。渡辺さんはどうせ試合前で練習忙しいし。――てか何で相馬が知ってるの?」
「向こうのメンバーに従妹が居るんだよ。小鳥遊って」
「C組のアイドルかー。この間、田代が廊下の曲がり角でぶつかって下敷きになって、それで仲良くなったって。それで今日、遊びに行ってる。意味わかんねーよな」
「田代はいい奴なんだけど女子には分かり辛いよな」
「それが意外と話が合うとか言ってたぞ」
「田代に? マジに?」
「それは俺も聞いた。本人が姉さんに話してたけど、自分に遠慮なしに話しかけてくれるから気楽なんだってさ。あとあいつは姉さんたちと一緒で結構スケベだぞ」
「相馬、そういうこと漏らしてるとまた怒られるぞ」
「うっ、内緒で……」
「でも山崎が居ないと田代一人で心細くないのか?」
「それなら大丈夫。黒葛川も一緒だから。あいつはなんか世界史の授業でいつも隣になる飛鳥さんって子と仲良くなってたな。その子もかわいい子だったけど、商店街で絡まれてたのを助けて仲良くなったんだって。意味わかんねーよな」
「飛鳥さんって子の話は小鳥遊から聞いたことある。素直じゃないって言ってた」
「黒葛川が常に真っ向勝負だから相性いいんじゃない?」
「それで? 山崎は相手の女の子とはどうだったの?」
「いやそれがな…………図書館の書庫に入ったとき偶然その子――三桜さんが居て、偶然書庫の鍵を掛けられちゃって、偶然内鍵が壊れてたもんだから二人でしばらく一緒に過ごしてるうちに、偶然趣味の話が合ったりして仲良くなった」
「「お前がいちばんわかんねーよ!」」
結局、それでも山崎はその三桜さんとは遊びに行かなかったようだ。
そんなことを喋りながらロッカーを探して服を脱ぎ終わり、水着を引っ張り出していると――。
「ああ太一、糸井がお前のそのパンツ、小学生が穿くメーカーだろってバカにしてたぞ」
「ああこれ? 気に入ってるんだけどな」
「太一はいつもコソコソ着替えてるから糸井はよく知らないんだよ」
「糸井も前から見たらビビるぞ。俺はビビった」
「太一ひとりだけビキニだからね」
「えっ、いいだろ別に……」
「太一も最初からその恥ずかしげもない下半身くらい自信持ってればな」
「そうだね」
ブフッ――と、山崎と相馬は吹き出し、笑っていた。失礼な奴らだ。
◇◇◇◇◇
七月に入り、僕らはウォーターパークへ遊びに来ていた。
六月下旬は水泳の授業が肌寒いくらいだったけれど、先週くらいから急に暑くなってきたので、屋内の市民プールからウォーターパークに予定を変更した。
男子は僕ら三人。女子は渚とノノちゃんの他、七虹香、三村、萌木、それから一年の鹿住さんが来ていた。他には奥村さんが来たがっていたらしいけど、家の用事で来られなくて悲しんでいたとか。鈴音ちゃんは年下彼氏とデート。そして鹿住さんは最初、祐里に頼まれてメンバーに入った。それなのに肝心の祐里が来られなくなったみたいだった。
「太一くぅん!」
更衣室を出ると少し外れたところで渚たちが待っていた。山崎のことで話し込んでいたから女子よりも遅くなっていたみたいだ。
「うっわ、何だあれ、鈴代ちゃんどうしたの、やばくない?」
「ちょっとあれは刺激が強すぎるね」
手を振る黒ビキニの渚。山崎と相馬がちらりと僕を見る。
「僕は大丈夫…………たぶん」――前に一度見たし。
僕らも渚たちの元へ行く。渚はというとシャワーで濡れた髪がしっとりとしている。
「お待たせ、ちょっと話しこんじゃって」
「待ってないよ、今来たところだから」
「いや全然待ってたっしょ」
「太一! 何そのピッチリのエロいパンツ! メチャクチャ目立っ――」
「やーめろ七虹香、恥ずかしい」
三村が顔を赤くして目を逸らしている。
僕のは渚が選んだ黒の短パンの水着。最初はビキニを選んできたので焦った。
「太一くん、いつもはビキニなんだよ」
「やめろ渚、恥ずかしい」
「マジで!? なんでビキニにしなかったの!」
「するわけないだろ!」
「渚にこんな格好させといて!?」
「いやそれはその……」
七虹香に言われてみれば確かにそうだと思ってしまう。
相馬に助けを求めようと思ったら、既に相馬はノノちゃんと離れたところに居た。よもや相馬に見捨てられようとは。そして山崎は山崎で鹿住さんと話をしていた。
「あたしたちにも何か言うことは無いの!?」
「えっ、いやあ、うん、カワイイネ」
七虹香はなんか柄モノのビキニでパレオみたいなの付けてて、三村は青のビキニ、萌木のはなんかフリフリのついたやつだった。
「なんか雑じゃない!?」
そうは言われても目のやり場に困るし、渚以外の女の子をじっと見るわけにもいかない。
「佳苗ちゃんのは一緒に選びに行ったんだよ。鈴音ちゃんと朋美ちゃんも一緒に」
「へぇ、そうなんだ……綺麗な青だね」
三村のは上がタンクトップっぽいスポーティなやつ。ただ、その青色は以前、渚と水着を買いに行ったときに僕が指差したような水着の青だった。三村の僕に対する気持ちは少し前に知った。知ってしまった。渚は三村と仲がいいし、渚はおそらく三村の気持ちを知っている。水着の色は、なんとなく渚のアドバイスのように思えた。
「……ありがとう」
三村は珍しく憎まれ口さえ叩かず唇を噛んで照れていた。
珍しく七虹香も茶化してこず、微妙な沈黙が生まれる。
「あ! あとね太一くん、七虹香ちゃんと夏乃子ちゃんがナンパを――」
「もうナンパに遭ったのか!」
「じゃなくてナンパを始めて困ったの……」
「する方かよ! 萌木は彼氏いるんじゃないのかよ」
「ええ、別に居たっていいじゃん。プールで遊んで奢ってもらうだけだし」
「あくどいな……」
「一応だけど、渚がナンパされそうになったのを逆ナンしてただけなんだけどな、七虹香たちが」
「渚、男引っかけてタカるのにちょうどいいよね、目立つから!」
「渚を餌にすんな!」
なんだっけ、そういう犯罪があったよな。タチ悪いなこいつら!
「それよりも太一、鈴木子は? 来ないの?」
「何か来られなくなったって言ってたぞ」
「祐里なら俺の代わりにC組の子と遊びに行ったんだよ、数合わせで」
「へえ、祐里にしては珍しい……」
「ええなに山崎それぇ、C組の子って何の話――」
七虹香が山崎に絡んでいく。ボディタッチと共に。山崎はビビっていた。気持ちはよくわかる。
ただ僕はその隙に渚の手を取る。
「行こう」
「うん!」
渚の手を取ってプールへ入ると、渚はひゅっと息を飲む。
「冷たくて気持ちいー」
プール慣れしていない渚は震えた声でそう言い、ぴょんぴょん水の中で飛んでいた。プールでも渚はスロースターターで、学校のプールの授業でも後半ほど
「ぶはぁ」――と、息継ぎが下手でその見た目に反してあまり泳げない三村が水から顔を出す。
「三村が泳げないのは意外だよな……」
「おまっ、瀬川だって泳げないだろ!」
「背泳ぎとクロールと交互にやれば問題ない」
「問題ありまくりだろ」
「二人とも、あとで息継ぎの練習しようね」
「「はい……」」
「太一ぃ! 置いてくなぁ!」
ザバーン――と、でかいケツが飛び込んできて大きな水しぶきが上がる。
迷惑なその女は、さらに僕と渚に向かって飛び掛かってきた。
「きゃあやめて七虹香ちゃん!」
「やめろくっつくな!」
「プールは肌と肌の触れ合いの場だよ」
「そんな場所じゃねえ! 三村もやめろ」
「いいじゃんか減るもんじゃなし」
途中から三村まで混ざってくすぐってきたので溺れるかと思った。
きゃあきゃあ言いながらすり抜けた渚と手を取り合って逃げた。
おかげでウォーミングアップは済んで、渚もすっかり元気になったわけだが。
◇◇◇◇◇
「太一、ウォータスライダー行ってみない?」
追いかけてきた山崎と鹿住さん。鹿住さん、仲間に入れて欲しいと頼んできた鈴木が居ないから困っているかと思ったけれど、意外と山崎が相手をしてくれて楽しんではいる様子。鹿住さんも三村と似た、ただ少しデザインの凝った青系の水着を着ているみたい。
「いいけど、相馬は大丈夫か?」
やってきた相馬とノノちゃん。
ノノちゃんは白い水着、髪をまとめていてゴーグルを首からかけていた。
「俺たちは低いやつに行くから、そっちはみんなで楽しんで」
「わかった。で、どこに行くんだ?」
「俺と鹿住ちゃんはあの長いチューブのやつに行こうかと思うんだけど」
「太一、渚と一緒なら向こうにカップル用のがあるよ!」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
「太一くん、私それがいいな」
「せっかくだし山崎も鹿住ちゃんと一緒に行こ! チューブもみんなで回ればいいじゃん」
「いや俺は相手が居ないし……」
「いいですよ先輩、私が付き合いますから」
「えっ、マジで? いいの?」
驚きの声をあげる山崎。三桜さんとか言う人は断ったのに鹿住さんはいいのか――とかちょっと思ったが、まあいいのかな?
「行ってら~。下で写真撮ったげる~」
そう言った萌木は、ガッツリ防水っぽいカメラを首から下げていた。
--
長くなるので本章、ちょっと各話を分けようと思います。
区切りにあまり意味はありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます