幕間 文芸部にて 11

「うっへっへー、見てたゾ、見てたゾ、ご両人!」


 一年の皆で折り本を作っていると、二年の先輩たちが騒がしい。あれは成見先輩。体育祭の後、幼馴染で恋人の同級生を殴ったって言ってた。すげえよな。あの先輩、普段は大人しいけれど、同じ文芸部の一年、A組の柏木さんと掛け合いを始めると結構うるさいし。それが今日は瀬川先輩と鈴代先輩に絡んで行っている。


「朝、大衆の目の前でそれはそれは熱ぅい口づけを交わしてたよね!」


「……えっ、朝の話って本当に鈴代さんだったんですか? いいなあ」

「下の階まで騒ぎが聞こえてきてましたね」

「私も見ました! 先輩、新たな伝説ですね!?」


 鈴代先輩は照れながらも否定はしない。


「先輩~、今日のメイク、バリかわいいと思ってたらそんなことしてたんですかぁ?」


 十川たちも手を止めて先輩たちの方へ行ってしまう。

 鈴代先輩も瀬川先輩もすげえよな。文芸部員でも二年にもなればそんな風になるのか。しかもA組の先輩ってカップル率めっちゃ高いって聞くし、教室とかではカップル同士が机くっつけてイチャイチャしながら勉強してるんだろうなあ。


 ぼ~っと眺めていると、おもむろに優香がスマホを構える。


「いやちょっと待て、優香!」


 俺はスマホのレンズの前に手をやり、食い止める。


「大丈夫よ、音は消してあるからお邪魔にはならないわ」

「そう言う問題じゃない、勝手に撮るな」


 ちょっと待ってろ――そう言って席を立ち、瀬川先輩の方へ。


「瀬川先輩、鹿住が鈴代先輩の写真を撮らせて欲しいそうで、お二人一緒に撮らせてもらってもいいでしょうか?」

「ん、いいよ。どうぞ」


 そう言って鈴代先輩の手を取って恋人繋ぎにする二人。


 あれ? 瀬川先輩ってこんな積極的だったっけ?――そんな違和感を感じたが、まあともかく、盗撮じゃなくてちゃんとした写真を優香に撮らせてやることができた。



 ◇◇◇◇◇



 四月の終わり、優香は大泣きして俺の所にやってきた。その日はずいぶんとおめかししていた優香だったけれど、何があったのかまでは話してくれなかった。こんな優香は見たことが無かった。俺はただ胸を貸すだけ。優香には心を許せるほどの友達が他に居ないんだろうな。


 優香が瀬川先輩の誕生日パーティに行っていたと知ったのはその少し後になって。鈴代先輩を妙にあっさりとあきらめたと思ったら、瀬川先輩を好きになっていたとは……。


 初めての失恋を経験した優香は、見た目だけでなく中身も少し落ち着いたように見えた。



 見えたんだがなあ…………。


 体育祭が終わって、三年の先輩が修学旅行に出発する。俺としては樋口部長くらいしか知り合いが居ないのであまり関係のある行事じゃない。


 樋口部長がいない間は相馬先輩が文芸部を仕切るけれど、相馬先輩はあまり書く方じゃない。どちらかというと西野先輩がああみえていちばん文章を書くし、批評に対してはすごく謙虚だ。最初は見た目にビビったけど。逆に言うと瀬川先輩、あの人は見た目地味っぽいのに鈴代先輩といつもイチャイチャしているらしいし、時々やってくる他の美人の先輩たちとも仲がいい。人は見た目では判断できない。


 まあそれで、西野先輩主導で主に一年中心に皆で折り本を作ってみようという話に。初めての本作りで結構楽しかった――んだけど、優香が何やら悪い顔をしているのを見かけたんだ。


 部活もそろそろ終わろうかという時間、早めに帰り支度をする優香は俺に、先に帰っていてと声をかけ、トイレの傍の化粧室へ。ピンときた俺は昇降口近くの階段の陰へ隠れて優香を待った。


 すぐに昇降口へやってきた優香は上着を羽織り髪型を変えて顔を隠し気味にし、メガネをかけていた。


「なんだあれ……」


 また何かロクでもないことを始めたと悟った。

 優香は昇降口の陰に隠れて誰かを待っていた。

 優香が目を付け、後を追い始めた相手は瀬川先輩と鈴代先輩。


 諦めたんじゃなかったのかよ――そう思いながら優香を追う。


 優香は瀬川先輩たちと十分に距離を取りつつ尾行していた。駅に入るとホームでも二人を見張っている。怪しい。瀬川先輩たちが降りる駅は俺らの駅と同じだ。ただ優香は、いつもの出口とは反対側の出口へ瀬川先輩たちを追う。そのまま近くのマンションまで追い、瀬川先輩たちはそのマンションへ。瀬川先輩かあるいは鈴代先輩の家なのだと思う。


 優香はどうするのかと見ていたら、しばらくマンションの傍に居たあと、マンションから道路を挟んで向かいのカフェチェーンへ。何を企んでいるのか知らないけれど、さすがにそこからは付き合いきれずに俺は家路に就いた。



 ◇◇◇◇◇



 その日から優香の尾行は続いた。ただ、何故わかるのか、優香は瀬川先輩たちが文芸部に来るときは同じく文芸部に顔を出すのに、直接家に帰るときは昇降口に向かって二人を待つのだ。誰かから情報を得ているにしても、あの優香の企みに協力する人なんて居るのだろうか?


 優香が何を待っていたのかはすぐに分かった。駅から二人をつける他校の男子生徒を見つけたのだ。その高校生は二人の跡をつけながらスマホを向けていた。優香もまた、その高校生を撮影していたようだった。マンションへ着く前に優香はその高校生に話しかけ、人通りの少ない脇道へと引っ張った。


 離れていて聞こえないが、優香は高校生にスマホを見せ、小突きながら低い声を発し、脅しているように見えた。やがて高校生はペコペコと頭を下げ、スマホを優香に渡していた。やがて再び高校生は頭を下げると、スマホを受け取って逃げるように去って行った。


 翌日もまた同じような――だけど高校生では無く大人の男に遭遇した。優香は同じようにその男にも接触し、小突きこそしなかったが今度は表情をくるくると変えながら、やはり同じように男に謝らせていた。


 三度目はマズかった。相手が三人組の高校生だったからだ。優香は先日の男と同じように接触したけど、今度は高校生のひとりに腕を掴まれていた。ったく、当たり前だろ!


 俺は飛び出そうか誰か呼ぼうかと迷っていたら、その俺の脇をさっと駆け抜けて行く影に驚く。その影は音も無く優香の腕を掴んでいた男の背後に忍び寄ると、腕を取って捩じ上げた。残りの二人はその見覚えのある影――確か鈴木と言う先輩――に詰め寄る。二人が鈴木先輩に掴みかかろうとすると、鈴木先輩は避けざまに腕を捻っていた高校生の脇腹に一撃を入れる。


 とにかく三対一ではまずいと、通りまで人を呼びに行った。

 ただ、戻ってくる頃には三人の高校生はうずくまっていて、優香と先輩の姿は既に無かった。


 翌日、優香に何か言われるかと思ったけれど、特に何も言われないまま。鈴木先輩が黙っていてくれたのだろうか? ただ、優香の尾行はそのまま続いていた。



 ◇◇◇◇◇



 別の日、優香が何かめちゃくちゃ怒っていた。何に怒っているかは教えてくれなかったけれど、しばらくして流れてきたクラスの女子生徒の噂では、タウン誌のインターネットコミュニティか何かに鈴代先輩の動画が無断掲載されたらしいのだ。去年の文化祭の動画は俺も見たことがある。申請すれば、視聴覚室かコンピュータ教室で昔の演劇の動画を観られるからだ。ただ、データの持ち出しは禁止されてたはず。


 放課後になると優香は盗撮狩りに出かけることなく北校舎へ。

 優香は放送室の戸をノックし、中へ入る。

 放送室は防音だから盗み聞きもできないか――と帰ろうとしたところ、すぐに戸が開いて優香が出てきた。優香は隣の部屋の戸をノックして入る。外のプレートを見ると“編集室”とあった。


 優香がまた危ないことに首を突っ込んでいないか、やはり確かめる必要があると思った俺は、編集室前まで近づき、扉の傍の柱にもたれ掛かり耳を澄ませる。


「――そういえばメメメ、この前は黙ってくれたみたいでありがと」

「いいってことよー。サイムには中学で世話になったし――」


 ただそこで急に会話が止まる。聞いてるのがバレたのかと思ったが、すぐに会話は再開された。

 サイムって確か、優香がよく匿名アカウントに使ってる名前だな。


「アカ作ってもらえただけでも助かったのに」

「あれパスワード簡単すぎ。破られたんしょ?」


「私だけが使う訳じゃないから。覚えるより導き出せるものの方が書かないで済むし。――あとバレた相手とは今は協力関係になってる」

「ほう、意外」


「それより動画の方、犯人分かりそう?」

「んにゃ、セキュリティ甘いんよね、ここ。ロクなログも残っとらんし、デフォゲのログも見せてくれんし」


「串かVPN?」

「海外だしね。かなり前から入られてたっぽ」


「ガバガバだね」

「いい機会だから大事にしてサーバも編集用のPCも全部更新させたろ」


 ウヒヒ――と笑う優香の話し相手。何やらヤバい計画を聞いてしまった俺は、見つかる前にさっさとこの場から退散した。



 ◇◇◇◇◇



 その後、優香は盗撮狩りこそやめたが今度は街中をどこへともなくうろつくようになり、知らない家にあちこちポスティングしていたようだった。何を放り込んでいるのかはわからなかったが、盗撮狩りよりはいいか。



 成見先輩をきっかけに始まった瀬川先輩周りの大騒ぎは動画視聴会へと変わっていった。

 一年の女子たちがノノちゃん先輩と呼ぶ野々村先輩がスマホで今朝の騒ぎを再生してた。野々村先輩、体ちっこくて華奢なのにスマホでっかいんだよな。重くないんだろうか。


 小岩先輩は女子の先輩ではいちばんたくさん書く。書評とかエッセイとか。メモ取りも熱心だし最近では恋愛小説にも挑戦してる。こういう先輩が居てくれると文芸部って感じがする。


 鈴代先輩は一年の女子の間では伝説とも囁かれるほどの美人で有名。ただ、瀬川先輩にぞっこんなのは見ていてわかる。短編小説やエッセイをたくさん書くし、女子からの評判もいいので文芸部の顔みたいになってる。


 坂浪先輩はエッセイも書くけどそれ以前に大の鈴代先輩のファン。メガネに隠れたその目はちょっとツリ目のキツい印象だけど、本人はむっちゃ内気。自信なさそうな喋り方なのに、鈴代先輩と時々めっちゃエロい顔して作品の話をし――むふぉ――とか声を漏らしたことさえある。一回だけ聞いた。確かセミダブルのベッドが何とかって話をしていた気がする。そして今も食い入るようにしてスマホに映し出された動画を観ている。皆、鈴代先輩ばかり持ち上げるけど、坂浪先輩も結構美人だと思うんだけどな、髪も長いし――。


「(聡、坂浪先輩気になるの?)」


 ぶっ――いきなりそんなことを囁いてきた優香。


「(そんなわけねえじゃん)」

「(応援はする)」


 そんなつもりは無かったんだけど、何となく坂浪先輩ばかり見ていた。

 う~ん、見過ぎだっただろうか。とにかく、そんなつもりではない。







--

 ええ、そんなつもりではありません!

 芦野五十鈴の暗躍でした!


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