第79話 僕の恋人

「鈴音ちゃん、怖かったよぉ~~~」


 ――と、鈴音ちゃんに後ろから抱きつく渚。土日は結局、時間が無くて鈴音ちゃんには会えず、また鈴音ちゃんの恋人が僕らにバレてからというもの、最近の登校時は鈴音ちゃんが年下彼氏と待ち合わせてることもあって教室まで会えなかったのだ。


 渚は平均より少し背が高いくらいだけど鈴音ちゃんの背が低いこともあり姉妹のように見える。鈴音ちゃんは恥ずかしがりながらも振り払おうとはしない。鈴音ちゃんはかつての渚の心の拠り所だったからね。微笑ましい二人を見ていると――。


「や、やめろ太一、百合の間に挟まるんじゃねえ」

「挟まんねえよ」


 田代がまた馬鹿なことを言ってくる。


 クラスのコミュニティの方では渚の話は既に七虹香を通じて広まっていた。渚の芸能界入りもナシ。こういう事もあるから芸能界関係の進路は秘密にしておいた方がいいと新崎さんは言う。そしてもちろん渚が望んでなかったこともあって概ね皆は好意的。概ね――というのは僕が文句を言われているからだ。


「ぜったい瀬川、お前が悪い! お前が中途半端な態度だから渚が困ったんだぞ」


 ほら、今も三村が文句をつけてくる。


「三村だって応援してただろ……」

「それはお前、瀬川がそう決意したんだったら応援してやるしかないだろ」


「カナエは鈴代ちゃんの居ぬ間に瀬川狙ってたんしょ」

「バッ、バッカ夏乃子! そんなわけねえだろっ! なんで瀬川なんか!」

「あら、私は狙っておりましたのに残念です。鈴代さんが芸能界デビューしたら必ず成功すると思いましたし、そうすれば瀬川くんは捨てられますしね」


「わ、私、何があっても太一くん捨てないよ!」


 山咲さんの煽りを聞いて声を上げる渚……。


「太一……なんでそんなモテんだよ……彼女が居るのによ……」


 そしてこっちはこっちで恨み節を言ってくる田代。


「萌木や山咲さんの話を真に受けるなよ、田代。どう見ても僕を揶揄からかってるだけだろ……」


 ――そう言うと――。


「太一くん!」――と何故か渚が声を荒げる。


「――太一くんはもっと自分に自信を持ってって言ったでしょ!」

「いや、今のはどう見ても自信を持つべきところじゃなくない?」


「ほら、痴話喧嘩してないで席に着けよ。SHR始めるぞ」


 そう言って担任が入ってくる。

 なお、担任は游塚ゆうづか先生と言う。31歳独身だ。



 ◇◇◇◇◇



「太一くん? 悪いけど今日は帰っていただけるかしら?」


 下校時、奥村さんとか七虹香とかの親しい友人をたくさん連れた渚が、腕を組み声色を変えてそんなことを言ってくる。そしてそう長くもない髪を手で払ってポーズをキメる。悪役令嬢か何かかな?


「へいへい……」


 何を企んでるのか知らないけれど、渚の言葉に従って家路に就くが――。


「あっ、寄り道しないでね。気をつけてね」


 ――とか普段声で付け加えてくるから結局締まらず、三村にツッコまれていた。



 ◇◇◇◇◇



 翌朝は、先に学校へ行っていてとメッセージを貰い、本当に久しぶりのひとりでの登校だった。一年前はこれが当たり前だったのに、隣に渚が居ないだけで空虚に思えてしまう。


 もし渚がタレントになっていたら、これが日常になっていたのかも――改めてそんな想いに胸を痛める。


 教室に着くが、渚はまだ登校してきていなかった。


 鈴音ちゃんは既に来ていた。渚の企みには参加していたと思うんだけど……。他にも参加していたはずの七虹香やノノちゃん、姫野もいつも通り……というより挨拶しただけで後は知らん顔。奥村さんはいつもちょっと遅めだし、強いて言うなら三村が普段より遅いくらいか。


 渚の意図が分からず、そのまま席で待っていると何やら廊下の方が騒がしい。

 何事かと立ち上がり、廊下に出てみると――。


「な……ぎさ?」


 廊下の奥からやって来るのは、服装こそ暗色のボックスプリーツと白いブラウスにリボンをつけたうちの高校の制服だけど、メイクが……メイクがあの日の彼女を完全に再現された天使がそこに居た。左手の薬指にリングをつけた天使は安定した体幹で自信に満ち溢れたウォーキングを披露し、大勢の見物人に見守られながらこちらへとやってくる。


 タン――と目の前で立ち止まる渚。


「これが私の今の目いっぱいの最高。あなたは私に見合うのかしら?」


 迫力のある声色は僕を震わせた。

 馬鹿だな、こんな凄い相手に見合う男がこの学校に居るかよ――なんて笑いそうになる。


 だけど僕は余裕の笑みと共に応えるんだ。


「もちろん。渚は僕のものだから」







 それからはもう、恥ずかしげもなくお決まりのコースだった。

 正気に返ったのはルージュをさんざん移された後。


「あーあー、せっかく綺麗にメイクしてやったのに。後でパウダールームな」――と渚の後ろについて歩いてきていたらしい三村は何故かいつもより柔らかいメイク。


「渚、よかったわね……」――もうひとりついて歩いてきていたのは奥村さん。大きなボストンバッグを肩にかけている。


 教室の方からは、口笛を吹く七虹香が騒ぎ立てる。

 姫野は――渚、サイコー!――とスマホのシャッター音を立てまくっていた。

 ノノちゃんはいつの間にか近くでスマホを構えていて、おそらくは録画中。

 鈴音ちゃんはというと、いつもの座った眼――ではなく、柔らかく微笑んでいた。

 クラスの男子は相馬が音頭を取って、クラスの女子は新崎が先導して、僕たちに祝福の歓声を送ってくれていた。

 他のクラスも結構な数の生徒がノリに合わせてくれたし、そうでない生徒もブーイングを贈ってくれたので、片手を挙げて応えながら教室へと渚をエスコートした。


 先に渚を席に座らせ、隣に座ると、二人とも可笑しくて可笑しくて大笑いしたし、クラスメイト達もつられて笑っていた。


「太一、お前こんなかわいい彼女に公然とキスしやがって! ズルいぞ!」


「いいだろ! 僕の彼女なんだから! 僕の彼女はすごいだろ!」


 田代は笑いながら――後で〆る!――とか言っていた。田代は本当にいいやつだ。


「今度は何のお祭り騒ぎだ。渡り廊下まで響いてたぞ。――おっ!?」


 ――なんて言いながら担任がやってくる。そう言えば、渚はあの目立つメイクな上に左手には指輪が……。こちらを向いた游塚先生に何を言われるかと焦る。


「――瀬川お前、薄っすら口紅なんてしてるのか。化粧するにももうちょっと上手になれよ」


 再び巻き起こる笑い声。渚も笑っていたし、もちろん僕も笑った。



 ◇◇◇◇◇



「ほら、今度はリップコート塗ってやったから好きなだけキスしやがれ」


 業間、そう言って化粧室から戻ってきた渚と三村。

 うちの学校、演劇に力入れてるのもあって普通にトイレに併設して化粧室があるんだよな。男子用は場所が限られてるけど女子用は全階に。もちろん入ったことが無いので中がどんなかは知らない。


「いやあ、流石に勢いがないと無理だと思うよ……」


 渚も今更ながら正気に返ったみたいで恥ずかしそうに唇を噛んでいた。


「太一くん、このお化粧とヘアメイク、だいたい覚えたから明日から覚悟しておいてね」

「渚にバッチリ仕込んでやったからな」――と三村。

「必要なお化粧品は置いて来たから」――と奥村さん。


 朝から三人で準備してたのか……渚の友達みんなで企んで……。


「わかった。わかりました。僕はちゃんと自分に自信を持つから――これくらいで勘弁してください」


 そう言ってまいったと両手を上げる。


の方がいいわよ?」

「新崎さんにまで好かれたら困るのでやめとく」


「あら、大した自信ね。瀬川くんのクセに」

「クセには余計だよ」


「ふふっ、合格じゃないかしら鈴代さん」

「調子に乗り過ぎて渚を泣かせるんじゃないわよ、色男」

「わかってるよ鈴音ちゃん」


「どうだかね」


 ともかく、渚の友人たちからのありがたいお墨付きを貰い僕は解放された。


 解放された僕は、その足での所へ向かう。そして――。


「ありがとう、祐里」

「太一!?」


 田代や山崎と話をしていた祐里。彼は目を丸くして驚く。


「祐里が声をかけてくれた意味が分かった。おかげで渚を失わずに済んだ。ありがとう」

「太一…………」


 祐里はぽろぽろとその場で落涙した。

 祐里が僕を好きだと言ったあの言葉、もちろんその気は無いけれど、今なら受け入れられる。

 祐里は昔から本当に僕のことだけが大好きだったんだ。


「なんだよ、泣くなよ祐里。せっかくの仲直りなのに」――田代が祐里の肩を抱いて揺する。

「よかったな。だけど鈴代ちゃんは望み薄だぞ」――山崎が祐里の背中を叩く。


 祐里は二人の言葉に何度も頷いていた。



 その日は文芸部にも顔を出したけれど、あの騒ぎを見ていたらしい成見さんにさんざん揶揄われたし、皆でノノちゃんが撮った動画を見たりして騒いでいた。



 ◇◇◇◇◇



「太一くん、ちょっとそこで待ってて」


 渚の家に上がっていつものように手を洗うと、部屋の前で待たされる。

 また何かおかしなことを始めるのだろうかと緊張半分、期待半分で待つ。


「――いいよ、どうぞ」


 中に入ると、渚は前に買った黒のビキニを身に着けていた。


「渚!?」

「ほんとはプールか海でお披露目したかったけど、もう我慢できなかったから…………どう? 私が頑張った成果だよ? ぜ~んぶ、太一くんのためだよ? わかってる?」


 僕は嗚咽するように震えながら身を縮こまらせた。


「――たっ、太一くん!? 大丈夫??」


「あっはっはっはっはっ……」


 僕はそのまま床にお尻と手を着き、涙を流しながら笑った。あまりにいろんな感情が昂って、どうしようもなかったんだ。渚がそこまで言ってくれる嬉しさや、そこまで思い詰めさせてしまった至らなさ、そして何よりこんなにも愛してくれる僕の恋人が、こんなにも素敵なことに泣きながら笑ったんだ。


「太一くん??」


「渚……」


「なに?」


「愛してる」


「わたしも。愛してる」


 このあと僕らはめいっぱい愛し合った。渚が求めるままに、僕が求めるままに。

 なんだかもう、クラスのみんなには僕たちがどれだけベッタベタに愛し合ってるか知られてしまったけど、いいじゃないか。大好きなんだもの!



 まあ、ちょっと興奮しすぎて夕食の事をすっかり忘れてしまっていたんだけどね。

 じゃあ……今日は外食にする?――と、渚のお母さんに気を遣わせてしまったけれど、たまにはいいよね。



 第十一章 完







--

 これにて十一章完結となります! ここまでお読みいただき、応援していただいた皆様には感謝しかありません! ありがとうございます!


 本章でエクストラステージの大きなテーマである太一の成長が完結しました。こちら、本来は二章エピローグ完結のあと、三章・十一章・最終章のみを執筆する予定が、七章(旧友)が増え、六章(親戚)が増え、十章(体育祭)が増え……とエピソードがどんどん増えていきました。まあ中には日常のようなグダグダもありますので全部を全部楽しんで読んで頂けたとは思いませんが、好みに合ったエピソードは楽しんでいただけたのではないかと思います。


 残すはあと一章。最終章の夏のみとなりました。

 渚の待ち望んでいた夏が来ます。

 楽しくて笑える部分の詰め合わせみたいな章になればいいなと思います。

 最終章もぜひ、お楽しみいただけますと幸いです。


 あと、応援ボタンはどんな話が好まれてるかの参考になりますので、お好きなエピソードがあれば、後からでもどんどん押してやってくださいませ! 私も好きな話に押したいんですけど作者は押せないんですよね! 残念! 振り返り応援コメントももちろん大歓迎です! 当時のノリのままにリプライいたしますのでぜひ。


 それでは幕間を挟んで最終章でお会いしましょう~。



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