第77話 かかったなアホが
昨日は渚の家には寄らずにそれぞれで帰って夕食を取った。
渚はお母さんにタレントの仕事の話をしたそうだ。渚のお母さんからは、渚がやりたいことなら応援すると言われたらしい。
「いいのかい?」
えっ――と声の主を見やるとそこには鈴木。
僕は黒板消しを持ったまま立ち尽くしていたようだった。
「――本当に鈴代さんを芸能界に進ませてしまっていいのかい?」
鈴木の目線の先には渚の席。
昨日の話で渚はクラスメイト達に囲まれている。クラスメイトには演劇部員も居るから彼らも興味津々なのだろう。
「どういうことだよ。渚がタレントになることに問題でもあるのか?」
「僕はいいよ。むしろ応援したいくらいさ。鈴代さんだっておそらく、その道に進めば必ず話題になると思うよ」
「じゃあいいだろ……渚のためになるなら」
「僕が言いたいのはそう言う事じゃなくて…………ほら、彼女だっておそらくそういうつもりだと思うよ」
鈴木が指さしたのは山咲さん。
山咲さんは渚にスカウトの話が舞い込んでからというもの、クラスではいちばんと言う程に応援してくれている。普段は渚にいくらか警戒されていることもあって余り積極的に関わってこないけれど、今回はどうしたことか周りを盛り上げながら渚を推してくれているように見える。
「どういうつもりだっていうんだ? 応援してくれてるだけだろ」
「違うよ。彼女の目的は――」
そう言って鈴木は山咲さんに一度向けた指を、その彼女の後ろ。少し離れたところに立つ奥村さんへと向けた。奥村さんはというと、珍しく渚から離れた場所で浮かない顔をしていた。奥村さんならむしろ喜んでくれているかと思ったけれど。
「――太一は本当にそれでいいのかい?」
◇◇◇◇◇
結局、鈴木が何を言いたいのかはわからなかった。
あの後、鈴木が何を企んでいるのか問いただしてみたけれど、やつは上手くはぐらかすだけだった。
「えっ、男の人は困ります!」
そう言って止められたのは渚と訪れたスタジオの控室。女性のスタッフが、渚と一緒に控室へ入ろうとする僕を止めてきた。
――いやまあわかる。僕だって女性の着替えのために用意された控室へ入るのは憚られる。けど――。
「着替えは彼も一緒に居てもらうって約束ですよ」
強い口調でそう返した渚。
渚は辻本さんにひとつだけ条件をつけた――着替えには僕が必ず同席すること――を。
やはりというか、そんな変わったお願いはスタッフに伝わっていなかったようで、向こうも困っている。とにかく辻本さんに確認してください――と、その場を動かない渚に、スタッフも確認を取り始めた。
結局、二人で通された控室は渚以外には人は居らず、特に女性専用と言うわけでもなかった。そしてすぐに辻本さんもやってきて、カメラマンさんを紹介してくれた。衣装については、幾つかの役どころを想定した何種類かのワンピースとスーツ、ドレスもあった。ただ――。
「えっ、これもですか?」
渚が驚いたのはビキニ。
「う~ん、いずれはビキニでのカメラテストも必要になるけど、今回はナシで行こうか」
「…………お願いします」
そうか。そういうのも必要になるんだ――考えると少しだけ胸に
辻本さんが出て行くと、渚はメイクルームへ連れていかれた。
バッグ預かっててね――と渡された渚のバッグを持って控室でひとり待つ。
やがて戻ってきた渚は、同じナチュラル系でもプロのメイクでハッとするほどに魅力を引き出されていた。渚は最初からメイクが上手かったけれど、あれは満華さんの指導の賜物らしい。最初は難しいらしいけれど、渚はどれだけ練習したことだろうか。
それから渚は着替えに入るが、ついていた二人の女性のスタッフが僕のことを邪魔そうに扱っていた。渚には笑顔で対応するけれど、僕を見るときはあからさまに眉をひそめる。
渚はハイウエストのゆったりしたワンピースを着せられた。ただ、何と言うか胸の下で絞ってあるからか、渚の目立つ胸がさらに目立つ気もするが――。
「きれいだよ」
そう声を掛けると渚の表情には抑えきれないほどの興奮が見て取れた。そしていつもなら抱きついて来そうなところをぐっと我慢しているように見える。ただ、なんというか僕としては他の人には見せたくない――そんな気持ちもあった。
最後にメイクルームでヘアメイクを終えると、渚は完全に化けた。
うちのクラスのトップカーストどころじゃない。渚は誰が見てもいちばんだ――そう思えた。
◇◇◇◇◇
「やっぱり、思った通り化けたね」
僕が思ったことと同じようなことを言ってくる辻本さん……渚も照れた顔を見せる……。
スタジオはいくつかの扉の無い小部屋に分かれていて、それぞれの部屋の壁際にはどれもヴィネット風に切り取られた不思議な空間が造られていた。西洋風の建物の出入り口には落ち葉まで落ちていたり、白い大理石の柱と床で囲まれた場所もあった。
「――興味あるかい? こっちでも撮ってみようか?」
僕たちが興味津々でそれらを見ていると、辻本さんはそう言ってカメラマンさんと話し始めた。
「気分が大事だからね。画にも出るから」
カメラマンさんはそう言って、西洋風の小さなポーチでの撮影を始めてくれた。
渚はカメラを向けられるといくらか緊張した様子だった。カメラマンさんがいろいろとトークで持ち上げてくれるけれど、渚はなんというかそもそもが人見知りだ。いくら歯の浮くような台詞でも、知らない人に話しかけられてる時点で緊張は増すばかりだった。
「あ、あの……一枚だけ彼と一緒に撮って貰ってもいいですか?」
「いや、一応これプロのお仕事だからね?」
そう辻本さんが言うけれど、カメラマンさんは――構いませんよ。このままだと緊張が解れないから――そう言って許可してくれる。
えっ――と戸惑っている間に、渚に腕を引かれてヴィネットの中へ。撮影の舞台へ上がりこむこと自体が躊躇されたけれど、上がってみると意外なことにこちらからの風景は何の変哲もないただのスタジオの一室だった。当たり前か。むしろ周りの人がこっちを見ていることに緊張する。
「いいんじゃないかな」
シャッターを続けざまに切りながら、カメラマンさんがそう言う。
渚を見ると、僕の腕を取る彼女には緊張の欠片も無かった。
「――見てみるかい?」
カメラマンさんが言うと、助手の人が持っていたタブレットの画面上にいま撮った写真が表示される。
わぁ――と渚の感嘆の声。そこには天使がいた。画面の中の変な顔した僕の隣に。
「これ、頂くことはできませんか?」
「これプロの写真だからね? 簡単にあげられるようなものじゃないんだよ?」
「構いませんよ。ただし他の人にあげないようにね。見せるのは良いけど、それだけは絶対」
「はいっ! ありがとうございます!」
僕は持っていた渚のバッグからスマホを取り出し、渚は写真を送ってもらっていた。
渚は嬉しそうにスマホを見て抱きしめる。
「――これ、一生大事にします!」
「そう、喜んでもらえて良かった」
そう言ったカメラマンさんも辻本さんも渚に笑顔を向ける。気前がいいなとも思うけれど、渚だけを見る二人の目がちょっとだけ嫌だったのは我儘なのだろうか。
◇◇◇◇◇
その後は渚も緊張が解れたのか、本題の辻本さんらが白ホリと呼ぶ白いスクリーンをバックにしての撮影も順調に進み、渚に似合いそうな衣装へと着替えながら撮影は進んでいたのだが……。
バタン――と控室のドアが開いて現れたのは五十代くらいの恰幅の良い男。
えっ――と渚が小さい声をあげるも、二人の女性スタッフはその男を見ても文句も言わない。それどころか頭を下げて挨拶をしている。
――いやいやいや、渚は着替え中だぞ!?
僕は男の前に立ち塞がり、渚への視線を切った。
「なんだね君は、ここは女性の控室だぞ」
「はあっ? それはあんただろ、渚が着替えてるんだぞ!」
「俺はプロデューサーだ。渚ちゃんを面倒見ることになるんだぞ、着替えくらいで驚いてたら仕事にならねえよ」
「僕は渚の恋人だ。彼女が条件を出しただろ、控室では一緒に居るって」
「恋人? 薄っすい関係だな。せめてデビュー前に醜聞を晒さんようにしとけよ!」
「何だと!?」
「か、金田プロデューサー! ちょ、ちょっとこちらへ」
何だあいつは――と怒号を発しながら金田という男は辻本さんに連れられて行った。
やがて戻ってきた辻本さんが説明するには、あれはアイドルユニットとして大躍進中のスワルトルを見出した大物プロデューサーらしい。僕はよく知らなかったけど。
その後も撮影は続いたけれど、渚の気分が落ち込んでしまって予定より早めに切り上げられることになった。ただ、それでも遅くなったので渚を家まで送って行くと、渚のお母さんが夕食を用意してくれていたのでご馳走になった。
◇◇◇◇◇
翌日、あの貰った写真を皆に見せる渚。
プロが撮った渚の写真はみんなが驚きと共に絶賛していた。
「なんで太一だけ普通の私服なんだよ」
――そう言って笑う田代と山崎。ただ僕はそんな二人に何の冗談も返せず、口元だけで笑うのが精一杯だった。だって、写真に写る天使の傍に居るのはみっともない高校生男子でしかなかったのだから。
◇◇◇◇◇
昼の休み時間、渚のスマホにメッセージが来た。
カメラテストの各方面への評判がとてもいいらしくて、早速次の土曜にでも雑誌の撮影をお願いできないかという話だった。今度のはギャラがでるよ――と言われ、金額を聞くとGWの二人のバイト代を合わせた分くらいあった。
◇◇◇◇◇
「太一くん、今日もしないの? 昨日もだったよね」
夕方、渚の家で夕食を準備していると、渚からそんなことを言われた。
「え、だって何かあったら困るでしょ?」
渚とは昨日もそうだけど、しばらくエッチしていなかった。
あの金田という男の言っていた“醜聞”という言葉が頭に引っかかっていた。
「だって、それ言ったら高校だってそうだよ?」
「そうかもしれないけど…………芸能界ってスキャンダルにうるさいんじゃない?」
「太一くんとのことはスキャンダルなんかじゃないよ、ちゃんとしたお付き合いだよ!?」
「だって渚はタレントになるんでしょ!?」
そう言うと渚は黙ってしまった。
突然、重くなってしまった空気の中、夕食を作り終えた後――ごめん、帰る――と断って渚の家を後にした。
◇◇◇◇◇
翌日の金曜日、朝、渚からメッセージがあった。
『昨日はごめんね』
『あと、なんかまた私の写真が投稿されてたって』
えっ――と声を上げて通話ボタンを押す。
『あ、もしもし太一くん? 昨日はごめんね』
「いや、そんなことより写真って何の写真? まさか昨日の?」
『ううん、教室で撮られた写真みたい。たぶん最近の』
「クラスに犯人が居るってこと?」
『わからない……けど』
クラスのコミュニティを見るとまた騒ぎになっていた。
まだ朝早いから人は少ないけれど、奥村さんが怒っていた。
◇◇◇◇◇
「朝からペコペコペコペコうるさいったらなかったわ。誰なのよまったく」
鈴音ちゃんがそう毒づいていた。
朝、2-Aのクラスの誰もが早めに登校してきていた。
「写真の感じからするとお昼休みじゃない?」
「でもこれだけ近いと撮られたときに音でわからないかな」
「それにしても何でこんな写真……」
写真は確かに渚の写真だったけれど、目から上が映っていなかった……というか切り取られていた。それでも正面に近い斜めからの写真だったので、以前の雑誌の写真を知っていれば何となく渚とわかるものだと思う。席なんかの位置を見るに間違いなくごく最近の写真。ただ、犯人がクラスメイトの中に居ることが僕も渚もちょっと悲しかった。が――。
「かかったなアホが!!」
みんな教室の前の出入り口を見る。萌木が引き戸と柱にそれぞれ両の手をかけニヤリと笑っている。
「どういうことよ夏乃子!」
「んにゃ…………ちょっと言ってみたかっただけ」
七虹香が突然の発言について問いただすも、萌木は――冗談、冗談――と手をヒラヒラしている。
「――とりま言ってた動画の犯人、ほぼ見つかったにょ」
「犯人!? この写真を撮った犯人じゃなくて?」
そう言いながら七虹香がスマホの渚の写真を見せる。
「んにゃ、それ撮ったのはあたし」
わっ――と教室が大騒ぎになり、皆が萌木を問い詰める。
「――いやいや、撮ったのはあたしだけど投稿したのはあたしじゃない」
「写真横流ししたってこと!?」
「ナジカ落ちけつ。前言ったじゃん? マルメのサーバに侵入したのが居たって。うちセキュリティ甘いから前から文句言ってたんだよね。結局分かったの海外のVPNのアドレスくらいだったから特定はできなかったんだけど、そのVPNの運営が個人だったから――」
「ごめん夏乃子ナニ言ってるかわからん」
「んー、要するに、ネットで他人の家のパソコンに入るような悪いコトすると、そのままだと自分ちもバレるから他の家をトンネル使って経由するんね。んで、経由する家が大きな会社のとこもあれば小さな個人のとこもあって、中にはタチの悪い個人も居て、悪いコトした人の情報を教えてくれなかったりもするんよ」
「なるほどー?」
「で今回、その個人と仲良くなって、教えて貰いましたー。カノコかしこいー、拍手ー」
フリを付けて首をかしげる萌木だが、もちろん周りは呆気に取られて誰も拍手しない。
「や、どうやって海外の個人運営なんかと仲良くなるんだよそれ!」
雪村がツッコむ。何だかんだ仲良くなってるな、雪村。
「そりゃあおめぇ、日本のJKの写真送れば一発よー」
「はぁ!? お前、渚の写真を送ったのか!?」
「そんなわけないじゃん、あたしの写真」
「ええ……やめとけよ……」
「学校通してISPに問い合わせてるからぁ、その連絡待ちぃ。教えてくれなかったら警察通すけど」
渚の写真は昨日の夕方、餌に置いといたらしい。せっかくだからもうひと犯罪犯してもらってしっかり学校から交流サイトまでの足跡を取って貰ったそうだ。ていうか渚の写真を囮に使うな! とりあえず、渚の動画や写真を盗んだ犯人は捕まえられそうで安心した。
--
ロジックだいたいあってますかね?(だいたいいつもガバガバ
タイトルが前回に続いて雑なのは、展開がベタ過ぎてタイトルだけで内容が分かりそうなのでカノコ先生にご協力いただきました。けっして考えるのが面倒だったのではありません!
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